京王バス復刻塗装

京王電車、バス100周年を記念して京王バスも復刻塗装されている。

80年代頃に運行されていたのはこの塗装のバスらしい。だいぶ昔のこと上にバスなんぞ乗らなかったから、覚えていないw


丁寧にも昔の名前の「京王帝都」と書いてある。名前変わってからも10年以上経過している。

渋谷駅から中野坂上駅まで移動するのに渋64系統に乗車した。渋谷区役所を経由して富ヶ谷から環六に入る。

たまにはバスの旅もいい。

寒川神社と相模線廃線跡

東海道線の茅ヶ崎から分岐して北上し、橋本へ向かう相模線。今は茅ヶ崎から橋本の路線のみ、旅客列車のみが運行されており国鉄からJRに受け継がれているが元々は相模鉄道の一路線で相模川の砂利を運ぶための貨物線であった。そのための路線の一つとして寒川駅から支線が分岐していた。本線同様に旅客営業も行っていたが、運行時間は限られ朝夕のみの運行、昭和59年には廃止となっている。

日帰りで湘南方面に出かけた帰り、行ったことのない寒川神社参拝と合わせて訪問してみた。

茅ヶ崎から相模線に乗り寒川へ向かう。相模線は何度か乗ったことがあるが大概は通過するだけで途中駅で降りたことはほとんどない。

寒川駅は寒川町の中心駅で、相模線の中では乗降も多い。昼間は20分間隔と首都圏では本数の少ない部類に入る相模線、ホームには結構人が待っていた。

寒川神社自体は隣の宮山駅が近いため、車内放送ではその旨しきりに案内されており、寒川駅においても最寄駅と思って降りてしまった人向けか、ホームから改札に出る階段にやはり宮山駅が最寄駅である旨しつこく書かれている。実際宮山駅からだと神社まで500mほどなので確かに近い。

しかし寒川神社の表参道自体は寒川町の中心部から出ているため、そちらも含めて全部歩きたいのであれば寒川駅で降りる必要がある。表参道は後で取り上げるが緑に囲まれていていかにも神社らしく散策にもいい。寒川駅からだと1.5kmほど歩くことにはなるが、足に自信のある方は歩いてみるのもいいだろう。筆者は廃線跡探訪も兼ねていたため、寒川駅で降りた。


寒川駅。左側の下り線の隣に寒川支線が並んでいた。

寒川駅を発車する橋本行き電車。支線が存在していた分、敷地は広々としている。

少し進むと相模線本線から分岐していく。写真の県道を渡ったところからは線路跡が遊歩道になっている。

遊歩道入口近くの大門踏切から寒川神社の表参道が始まっている。こちらは後ほど向かうことにしよう。

線路跡の遊歩道を歩いていく。よく整備されている。


途中には踏切跡だろうか、道路交差部にレールが残されており動輪が置かれていた。

少し進むと一之宮公園に入る。公園内には支線の線路がほぼそのまま残されている。

廃線から30年以上経過してはいるが、ここまで間近に線路を観察?できる場所もそんなにない。

公園が終わる箇所で線路もいきなり終わる。こんな線路が残ってるなら遊具か何かで手漕ぎのトロッコみたいなやつでもあったら面白いのにと思うが、距離にしては短すぎるし管理のことも考えたら面倒だろうか。レール幅も国鉄標準の1,067mm、鉄道にしては普通だが公園の施設にするにしては広すぎる…。

公園の先で再び線路跡を活用した遊歩道に戻り、少し歩いて道路を渡るとほどなく八角広場という広場に着く。八角形の噴水がありこの名前にっているのだろうがこの日は噴水は止まっていた。

この八角広場が、かつての寒川支線の終着駅、西寒川駅があった場所である。

広場の奥に進むと西寒川駅と隣接していた相模海軍工廠の跡を示す石碑が立てられており、例によってその付近には線路が少し残されている。



ちなみに広場の前の通りには神奈中バスの八角広場前のバス停があり、茅ヶ崎駅と寒川駅を結ぶ系統が発着する。寒川支線が廃止されてからも一応交通機関が確保されているような格好だ。しかしバスの本数は少なく昼間は40分に一本しかない上、寒川駅まで歩いてもそう遠くない距離である。

ちなみに写真奥に見えている高架橋は圏央道で、その横には相模川が南北に流れている。

八角広場から圏央道沿いの道を歩いて先の県道に戻る。この辺りは二層になっていて都市高速のような景観だ。

都会から少し離れて上空に何もなく相模川沿いとあって広々とした空間、ローカルさを残す相模線の好きなところでもあったが、圏央道の開通ですっかり景観が変わってしまった。

県道に架かる橋から相模川を望む。
寒川駅近くの踏切まで戻って寒川神社表参道に入るとしよう。

1kmほど森林に囲まれた参道が続く。車道なのでそこそこに車の往来はあるが気持ちが良い。ちなみに寒川神社は交通安祈願でもよく知られている。


本殿に入りお参りする。ちょうど海の日の連休となったが関連の祭典があるようだ。

参拝を終えて帰路へ。茅ヶ崎海岸も行ったのでちと歩き疲れた。

帰りは神社最寄りの宮山駅から帰ることにする。参道の途中にはJR宮山駅の案内がされている。

500mほど歩いて宮山駅へ。
神社の周辺には宮山駅の方向を示す案内が割とあるのだが離れてしまうと宮山駅前の信号の所までそれらしい案内がない。相模線自体は神社の脇近くを走っており踏切の音も分かるくらいなのでそんなに困ることはないのだろうが、ちょっとわかりにくい。駅は信号に隣接したコンビニの横の路地を入った所に位置する。

駅はホーム一本のみ、無人駅でなのでかなり小ぶりだ。寒川神社最寄りということで初詣客を考慮してか臨時の出入口も設けられている。

宮山駅のすぐ北側(橋本寄り)には圏央道寒川北インターチェンジがある。圏央道はこの先隣の倉見駅にかけて、相模線の線路のほぼ真上に建設されている。高速道路が出来るってことで当然ではあるものの何もなかった所に突如として建造物が覆い被さることになったわけだ…。

新たな世界遺産への道(3)

上州富岡駅で下車。富岡製糸場へ。

富岡製糸場、初めてやってきたが
世界遺産になったら入場券まちのすごいひと。お土産屋で先に買っておいてよかった。

上州富岡からさらに西へ。高台に上っていく。眼下に鏑川の清流。上州一ノ宮。景色がいい。

のどかな風景が広がる。カーブも少し増えてきた。

南蛇井を過ぎる。一気に山になって急カーブを曲がりながら進む。

千平を過ぎて終点下仁田へ。駅間距離は3.8kmで上信線最長である。しかも路線は急カーブが続き徐行運転するため所要時間も距離の割に相当長く、3.8kmの距離に7分ほどかかる。普通なら3、4分くらいで着く距離だろう。

終点下仁田駅。山間の閑静な雰囲気の中に昔ながらの駅構内。


帰りに南高崎で降りて、ひとっぷろ!日頃の疲れを癒す…。


そして最後はいつも通り?のだるま弁当片手に高崎線で帰路へ。

(完)

新たな世界遺産への道(2)

12:53の下仁田行きでまずは上州富岡へ向かう。高崎の市街地を走るが、隣の南高崎を過ぎるとのどかな風景が広がり始める。コトコトと音を立てながらのんびりと走る。

上越新幹線の高架橋の足下を邪魔そうに交差しながら走る。その交差地点には新駅の佐野のわたし駅がある。

神流川を渡り、根古谷へ。窓からの風が強い。このあたりから高台にへばりついて走り、高崎商科大学前。進行方向左手は少し離れて上越新幹線が並行している。左右にきつくカーブしゆっくり進む。

山名、旧西武101系と行き違い。右カーブで西に向きを変えていき、車窓には沿線の山々が近づいてくる。

のんびり走っていたが、このあたりから直線になってスピードを出す。途中高崎近郊町、吉井も走る。以前は吉井町であったが平成21年に高崎市に合併している。

全線にわたり近くに上信越自動車道が並行しており、吉井、富岡、下仁田とインターチェンジがある。しかし車窓からはほとんど見えず、神農原〜南蛇井間でくぐる程度である。

車中心であろう群馬県とあって事情はそれなりに厳しそうだが、沿線に学校が多く学生の利用が結構多いようだ。なんとかこの活気を維持して欲しいところ。

上州富岡に到着、駅舎はリニューアルされている。綺麗で立派なものだが、デザイン的にもうちょいレトロ調にならなかったかという気もする。

駅舎は建て替えられたが、駅ホーム部は昔のままの佇まい。

富岡製糸場は徒歩10分、しばしの非日常の散策といこう。

新たな世界遺産への道(1)

高崎を起点に下仁田まで、群馬県西部をほぼ東西方向に結ぶローカル私鉄。途中、つい最近世界遺産になった富岡製糸場を要する富岡市を経由する。

起点の高崎駅。高崎線、上越新幹線を筆頭に群馬方面のJR各線が発着するターミナル駅。長大なJRのホーム群を横目に、駅の南端に上信電鉄のホームが存在する。実際上信線の敷地もJRの所有物であり賃貸契約を結んでいるらしい。ホームはかつてのJRの1番線と共有されており、一見するとJRのホームとつながっていてそのまま入れそうな雰囲気だが、柵で仕切られており、乗り換えは一旦改札を出て出口の階段を降り、上信線の入り口から入る必要がある。

ホームは0番線のみ、1線しかないので1列車しか入れない。上信線自体も全線単線である。



上信線高崎線の出入口付近、富岡製糸場・荒船風穴の世界遺産登録を祝う看板が目を引く。群馬県西部の地元の足が中心のローカル私鉄だが、世界遺産へのアクセスをも担うことになっては、なんだか重みが増した感がある。

ところで写真に写っている駅のお蕎麦やさん、なかなか良さげじゃないですか。でも筆者は既に高崎駅周辺で昼飯を済ませてしまってました。(残念)


上信線のりばは0番線、富岡しるくちゃんがお出迎え。富岡製糸場の案内も多い。


駅の端には車両を用いた待合室が設けられている。

駅構内は広告に混じって演歌歌手のポスター、ご当地ムードが高まる。

というわけで世界遺産、富岡製糸場を経て下仁田まで上信線の旅に出るとしよう。

日帰り銚子の旅(6)

鹿島臨海鉄道に乗り水戸を目指す。旅も終わりに近づいた。長者ケ浜潮騒はまなす公園前を過ぎ、北を目指す。臨海鉄道という名前ではあるものの海はほとんど見えず、沿線は住宅街や田園も目立ち、また山近くも通っていて森林も多くトンネルも通る。北浦湖畔から高架区間もある。

旅の疲れで少しまどろむ。長いトンネルを抜け、高架になり市街地に入って大洗。ここからは区間運転もあり本数が増える。

あたりはすっかり暗くなり、月が見える。

進路を西向きに取り、海からからに離れていく。周囲は畑がひたすら広がり、何もないところを高架で快走する。

最後の駅東水戸を過ぎ、水戸市街地に入り常磐線と合流。水戸に到着である。


乗ってきた列車。沿線にゆかりのあるアニメ、ガールズパンツァーのラッピングがされていた。がんばっぺ!



すっかり暗くなった水戸駅前。実は水戸には初めて降り立った。ここまできたからにはやっぱり黄門様に謁見しないと…

(完)

日帰り銚子の旅(5)

香取から鹿島線に乗り、鹿島神宮へ。鹿島神宮手前で北浦を渡る。一度来てはいるが何度見ても見ごたえのある景色。

鹿島神宮から鹿島臨海鉄道に乗り込む。ここからは初めてだ。


運転系統的にはここが鹿島臨海鉄道の起点ではあるが、隣の鹿島サッカースタジアムまでは、実際はJR鹿島線である。しかし鹿島サッカースタジアム駅が臨時駅という事情もあってか、運転系統上は鹿島神宮駅で区切られている。

その鹿島サッカースタジアム駅には臨時停車した。サッカーの試合があったようだ。



おかげで駅をゆっくり見ることができた。そして車内には多くの乗客が乗り込み、列車も一気に賑やかになった。

ここから先は路線上も鹿島臨海鉄道に入る。ここまで電化されていたがこの先は完全に非電化となる。

長大な名前の「長者ヶ浜潮騒はまなす公園前」

駅名看板もデカイ。

日帰り銚子の旅(4)

犬吠で降りて駅付近を少し撮影、また 弧廻手形にぬれ煎餅一枚の引き換え券がついていたので、駅内の売店で交換。これで今日のおやつをゲットw

外川から折り返しの銚子行きで戻る。今度は終点銚子まで戻り、鹿島臨海鉄道へと向かうべくまずはJR成田線へ。
がら空きのボックス席でぬれ煎餅を楽しむ。真面目に「しょうゆ味!」と言いたくなるほど醤油にどっぷり浸かった独特の甘辛い味と、フニャフニャ(笑)しながらもそこそこに歯ごたえのある食感が最高だ。 

香取駅で列車を降り、鹿島線に乗り換える。香取神宮の近くとあって神宮を模した駅舎が立っているが、実態は無人駅で改札はなく、スイカの簡易読み取り機があるだけ。建物は待合室の役割を果たすのみである。トイレは駅舎の隣に備わってはいるが駅構内ではなく、一旦外に出なくてはならない。

のんびりとした雰囲気の駅構内。人気なく、物音もそんなにしない。静寂に包まれている。



香取16時1分発の鹿島線に乗車。鹿島線に乗るのも二度目だ。これで鹿島神宮へ向かい、その先鹿島臨海鉄道に初乗車する。

日帰り銚子の旅(3)

さて、仲ノ町から銚子電鉄に乗るとしよう。

銚子から外川まで全長6.4kmを20分で結ぶ。

しばらくは銚子市街地を走る。沿線は住宅地で、私鉄路線らしい感じだが、列車は1両のみで駅も小ぶり、ちょっと路面電車感覚だ。仲ノ町から乗ったので、最初は観音駅。

少し小高くなり、緑に囲まれて本銚子。「もとちょうし」と読む。まあでも「ほんちょうし」といいたくなるもの。事実(?)、その読みにかけて銚子電鉄では銚子〜本銚子間の合格祈願の乗車券を販売している。もういっそのこと駅名の読みを変更してみては?(笑)

高台から銚子の市街地を見晴らしながら進む。そのバックには海が覗く。短いながらも面白い。

次は笠上黒生。ネーミングライツにより愛称が付けられているが、ここは「かみのけくろはえ」。少々安直な感じもする…。銚子ポートタワーも近い。

このあたりから市街地から少し離れていく。車窓にはキャベツ畑などが広がる。

  

西海鹿島、海鹿島と過ぎていく。海鹿島はあしかじまと読む。水族館でお馴染みのアシカがこのあたりにいたことに由来するそうであるが、アシカにも漢字の表記があるんですね。ちなみに海鹿島駅は関東地方最東端の駅である。

  
君ケ浜を過ぎて犬吠へ。列車はこの一つ先の外川で終点だが今回は犬吠で下車する。犬吠崎観光の拠点で駅も大きい。駅舎には土産物屋が入っている。  

   
休日とあって観光客も多い。まだ冬だったがこの日はポカポカ陽気。ヤシの木もお出迎え。ちょっと南国風。

北海道新幹線ほか

はい、もう言うまでもないですねw

ニュースは新幹線開業で沸いてますね〜 盛り上げムード満々ではありますが、「夢の新幹線」開業というのに早くもこの先の乗車率の懸念があるというのもなかなか複雑なことであります…。4時間の壁を破れず飛行機への対抗が危ぶまれる状況、筆者としてはむしろ長い乗車時間を利用し、かつて新幹線にも存在した食堂車を是非復活させて、クルーズトレインとはいかないまでもそれなりな観光列車として仕立てた方が良いと思う訳ですが…。一応座席にはグランクラスが設けられていて、相応なサービスが受けられるものの筆者利用したことがないもので、実際のところどうなんでしょうか?

さて、というわけでJRの大規模ダイヤ改正、東京メトロや小田急など乗り入れてる路線も一斉に改正ということで、小田急は快速急行と千代田線、常磐線直通の増発がされてます。梅ケ丘から先で各駅停車になる区間準急も廃止されました。そして今日から千代田線直通が増えるのと、JR常磐線の車両が小田急に、小田急車両が常磐線に乗り入れ開始です。

  

小田急線の経堂駅に堂々乗り入れのJR常磐線e233系。(なんという駄洒落だw)