上高地散策

食事を済ませて上高地の自然を満喫する。夏真っ盛りだったがここ上高地は涼しく、過ごしやすい。水も綺麗だ。

しばらく川辺に座っていると時の経つのも忘れそうだ。

休日ということで人は多かった。人気の高い観光地だ。
おやつにジェラートを頂く。美味!

 

 

上高地15時15分のバスで戻る。バスの車中ではところどころで写真もとったが結構うとうとしてしまった。

 

のどかな風景を見ながら、30分揺られて松本に戻る。これもまた心地が良い。

松本で再びJRのホームに出る。0番線にはちょうど211系の快速飯田行きが停車していた。飯田線直通も115系から211系に置き換えられて、特になんということのない光景だろうが、初めて見たのでなんだか珍しかった。

飯田までの道のりは長く、松本16時34分発、飯田着はちょうど3時間後の19時34分だ。一応快速列車だが、途中飯田線の宮木まで各駅に停車し、飯田線内も単線である上通過駅もさほど多くないので、あまり速くはない。
以前は快速『みすず』として飯田線と長野駅を結ぶ列車が存在したため、一応はその名残だろうが、直通列車の効果もだんだん薄れていっている気がしてならない。

帰りは上諏訪で降りて、ちょっと行って見たかった片倉館に行き、そこで入浴する。

国指定の重要文化財でとても歴史を感じさせる建物だ。現代となってはここが公衆浴場とはとても思えないかのようだ。ちなみに映画『テルマエ ロマエ』の撮影でも使われている。
中には千人風呂、その名の通り大人数が一度に入浴できるほどの広さがある(公式サイトによると100人入れるようだ)。広いだけでなく深さも1.1mとプールのように深い。縁の方は段々になっているので座ることもできる。そこの部分には砂利が敷き詰められていてこれも気持ちが良い。
とても面白くて気持ちが良いが、つい入りすぎてすっかりのぼせてしまった。(笑)なるほど、これはまさにテルマエだ。
上がった後にはこれもいまどき珍しい瓶の自動販売機でジンジャエールをグビグビ、それがまた気持ち良かった。

 

あたりもかなり暗くなった。上諏訪の駅前に出たところちょうど諏訪市のバス(かりんちゃんバス)があったのでそれに乗って宿へ戻る。今日はよく歩いた。

 

 

 

 

上高地へ

二日目の上高地行き、茅野から松本に出て、松本電鉄上高地線に乗り換える。松本市内をゆく私鉄で全線単線、2両編成。昼間は30-40分に1本程度とローカル私鉄である。しかし、終点の新島々駅で上高地をはじめとする各方面へのバスに連絡しており観光の足として利用されている。松本駅から新島々まで国道も通じているが、バスは一部を除き松本発着とはなっておらず、基本的に新島々で乗り換えである。

 

松本駅では7番線から発車する。JRとは改札を出ずに乗り換えられ、ホームも大糸線の6番線と共有している。今回は松本までSuicaで乗ってきたのと、電車と上高地へのバス運賃がセットでお得な往復きっぷを買うため、一旦駅外に出て入り直している。
Suicaエリアを拡大するためかもしれないが、東京近郊区間が長野県内は松本まで伸びたと聞いた時は、驚きしかなかった。

ホームに降りると、ちょうど電車が入ってきた。
車両はすべて3000系で、元京王井の頭線の車両を譲り受けたもの。中型の車両とあって、各地方の私鉄に譲渡されて元気に活躍している。京王時代は井の頭線のシンボルであるレインボーカラーをまとっていたが、譲渡されてからは各鉄道の色に変更されている。松本電鉄では、ステンレス車体でありながら全面白に塗られているのが特徴的だ。『Highland Rail』というネーミングもいい。
車内はギャラリーになっていて何やら賑やかだ。沿線の子供達の絵も飾られている。

休日とあって私のような観光客やハイカー達で座席が埋まり、発車した。JRの線路群を見ながら、右カーブして進路を西にとる。松本駅に隣接して松本車両センターがあり、信州エリアや特急あずさの車両がここに暮らしている。
少し走ると車窓にのどかな風景が広がるのが信州らしくて良い。

松本平の盆地をいくので大体平坦な景色だが、進むにつれて山が迫り起伏も目立ってくる。

松本駅から30分ジャストで、終点の新島々駅に到着

隣の線路に止まっているのは同じ3000系だが、かつて運用されていたモハ10形の塗装を復刻した車両。やはり、この色もこれで味があって良い。時代の流れとはいえローカル私鉄には、こんな色の車両が少しは残っていて欲しいと思う所。
妙に親近感が湧くなと思ったら、以前の小田急ロマンスカーの色にも似ているからだろう。そちらもついこないだ7000形LSEが引退して、この色の車両はついに見納めとなってしまった。

新島々は周囲を山に囲まれ、本当に山への入り口という感じの場所だ。
以前は、ここからさらに進んだところに島々駅がありそこが終点で、バスターミナルもそちらに設けられていた。しかし、地理的な問題からバスターミナルの機能が新島々駅に移転、さらに昭和58年の台風による土砂災害で線路が被災して運行不能となった。そのまま昭和60年には廃止されて、新島々駅が正式な終点になり現在に至っている。
なお、新島々駅の前には旧島々駅の駅舎が移築保存されている。

新島々駅の前は広いバスターミナルが取られ、観光需要に対応している。

 

 

新島々駅前に移築された旧島々駅の駅舎

さて、ここから上高地へのバスに乗り換える。
ところで先ほど、バスは基本的に新島々で乗り換えと書いていたが、今度乗るバスは松本始発であった。これから上高地まで、また1時間ほどバスに揺られることになる。座席が確保できるか気になったが、乗って見ると7、8割は埋まっていたもののなんとか座ることができた。
山を登りダムを見ながら進む。かなりの登りで、上からダムの方を見下ろすとちょっと怖く感じることも。。。
途中からはマイカー進入禁止の道路に入る。上高地はマイカー規制されており、バスやタクシーといった交通機関で入ることになる。ただし徒歩で入ることは問題ないらしい。とはいえバスで入るにも結構長くかかるし、ハイキングモードでないと「自力」はきついだろう…。

上高地バスターミナルに到着。
大自然の前に、まずターミナル中に所狭しと並ぶバス達に驚く。サービスエリアさながらの光景。(笑)

 

 

ちょうどお昼ということでまずは腹ごしらえ。
観光センターの2階にある上高地食堂で、カツカレーを食べる。
バスの数が多いということで、観光客、食堂の客の数もかなり多かったが(笑)、なんとか座ることができた。
しかし、諏訪からでも結構距離があったな。

さて、たっぷりと食べたところで自然を満喫するとしよう。

諏訪神社下社へ

信州の旅の二日目、この日はまず茅野から中央線で下諏訪で降りて、諏訪大社の下社をお参りした後、松本乗り換えで移動して上高地へ向かう。

まずは、茅野7時55分発の普通列車 辰野行きに乗り込む。意識しないでこの列車を選択したが、JR東海の313系だった。飯田線から乗り入れてきた列車(飯田駅5時ちょうど発の、茅野行き始発列車)の折り返しである。明るくゆったりした車内とクロスシートの座席、観光には快適な車両と思う。諏訪・松本エリアでは辰野で飯田線、塩尻で中央西線とJR東海の路線が接続し、どちらの路線もJR東日本の路線(中央東線、篠ノ井線)に乗り入れてくるので、東海の車両に当たることもある。JR東日本の車両は、以前関東の東海道・宇都宮線などで活躍していた211系がメインだ。好きな車ではあるが、ロングシート車もあり通勤用のイメージがどうにも強い。313系の方が導入時期も新しいこともあってどうにもそちらに軍配があがる。

 

座り心地の良い座席ですっかり観光気分。上諏訪を過ぎて諏訪湖畔に出る。そういえば中央東線は大部分複線だが、茅野の先からは単線(岡谷〜塩尻間の新線のみ複線)になっている。茅野や上諏訪あたりは飯田線も一部乗り入れて、むしろ本数が多いはずだが。単線で駅間も長く本数が多めなこともあって、普通列車は途中駅で行き違い、特急待ち合わせなどで長く止まることもある。

 

15分ほど乗って下諏訪駅に到着、下社の秋宮と春宮が位置する。どちらも歩いてもいける距離で、秋宮は駅から北東の方に徒歩10分ほど、春宮は駅から北に20分ほど。春宮は万治の石仏でも知られる。というか、下諏訪駅で降りたらホームに石仏が鎮座していた。今回は残念だが時間の都合上、春宮はまたの機会に。。。

 

 

下諏訪駅前の様子。駅前にも御柱が立っている。

 

駅前の道をそのまま数分歩き、突き当たりの道で右に入ると諏訪大社の秋宮である。と書いたけれども実はこの時駅前の道は先の方が工事中でやむなく手前で右折して迂回している。
駅前の突き当たりの道路はちょうど中山道、今の道路でいうと国道20号線。東京の者にとっては「あれ、国道20号って甲州街道じゃなかったっけ?」と思ってしまうが、甲州街道はちょうどここ下諏訪が終点、旧道は諏訪大社秋宮のそばで、北から峠を越えてきた中山道に合流して終わるようになっている。しかし国道20号自体は中山道の一部として塩尻峠を越えて、塩尻市内で国道19号線と交差して終わっている(中山道自体は、国道19号線がその先岐阜に向かって引き継ぐ)。中山道や甲州街道も、歴史の授業で五街道で出て来るのを契機に知ることも多いだろうが、実際どこを通っているのかは、出かけてみたり歴史や地理が好きでもないと、なかなか深く知る機会はない。中山道にしても、関東に住んでいるとどうしても17号のイメージが先行してしまうだろう。
それにしても、昔の人は中山道経由でよくぞまあ江戸と京とを行き来したものだと思う。今だって車でまともに走ったら大変な経路だ。
ついつい地理的な話に熱を上げてしまった(笑)。

 

 

秋宮の前から中山道塩尻方面を望む。

 

涼しい上に一日の始まりである朝の神社参りというのも、気持ちが落ち着いてきよきよしく感じる。(何を言ってるんだ…)

 

ここにも御柱、今日も朝から記念撮影の主役として人気者だ。

 

ゆっくりしていたい所だがこの日の目的地の上高地も待っている。電車の時間に合わせて大社を後にする。下諏訪から普通列車でまずは松本へ。
今度乗るのは、JR東日本信州エリアの主力211系。かつての115系がなくなってしまいすっかり世代交代してしまった。

 

岡谷からまた複線になり、長大な塩嶺トンネルで塩尻峠近くの山を越え、広い松本平に出る。もともとはこのトンネルの掘削が技術的に困難で周囲の山々を避けるためなどの理由で、岡谷を出た中央東線は塩尻とは反対の南側に南下して、一旦辰野に出てUターンするように塩尻へと向かっていた。しかし地図で見ても分かる通り、当然ながら大変な大回りである。そこで時を経てようやくトンネルが掘られて、昭和58年に岡谷と塩尻の間を直線で結ぶ新線が完成し、列車のほとんどは新線経由に移行した。
旧線の方は、岡谷〜辰野間では辰野で接続する飯田線のほぼ全てが乗り入れ、実質飯田線の一部のようになっている。また辰野〜塩尻間はこの区間メインに折り返しの普通列車での運行で、旧線には乗り入れている飯田線の快速を除き、特急列車など速達の列車が通ることは一切ない(なお、旧線はあとで別途訪問する)。

トンネルを抜けてみどり湖駅を通過、ほぼ直線のルートを走って、左から山を下ってきた旧線が合流してくる。かつての塩尻駅があった線路群を通り過ぎて右に大きくカーブし、左から中央西線が合流して塩尻に到着する。東西の中央線の合流地点であるとともに、塩尻市の中心駅ということで構内は広く乗客も多い。塩尻駅は最終日に西線からの乗り換えで下りているが、駅ナカのぶどう園などこの駅自体もまた面白いので、別途また取り上げることにしよう。

塩尻から先は篠ノ井線となり、松本平の盆地に向かって下っていく。運転席の後ろで見ていると結構な下りだ。ここまで路線は直線的だが、塩尻峠を越えるのにかなり高低差があったことがわかる。
村井の貨物操車場を過ぎて松本らしい都会の車窓に変わっていき、終点松本に到着する。中央線のほぼ全てがここまで乗り入れ、大糸線や松本電鉄も発着することから、各方面への始発列車が出る一大ターミナル駅である。
ここで上高地に向かうため、松本電鉄上高地線に乗り換える。切符が松本までだったので買い直しも兼ねて駅の外に出る。長野の主要都市らしく、とても活気がある。以前にも、松本城観光も兼ねてきたことがあるな。駅前では時代物の衣装に扮したガイドさんが、観光客に観光ルートの説明をしていた。
ほほえま〜(笑)

信州旅行へ

8月も終盤だが気晴らしに休暇を取って小旅行へ。
長野県内でいくつかの路線にまだ乗っておらず、上高地の方にも前々から行ってみたい(行くことで、ついでに松本電鉄にも乗れる)と思っていたこともあり長野方面へ向かうことにした。
行程は二泊三日、一日目は特急『あずさ』で茅野まで行き諏訪大社上社の観光、二日目は朝に諏訪大社下社(秋宮)に行ったあと松本を経由して上高地を訪問、三日目(最終日)は辰野回りの中央線(旧線)に乗り、そのまま塩尻から中央西線に乗り奈良井宿を観光、奈良井から塩尻に戻って『スーパーあずさ』で帰る、というものとなった。
普段東海道線(新幹線含む)や東名方面へ向かうことが多く、中央線方面自体久々だ。

八王子駅9時7分発の特急あずさに乗り込む。夏の休日の八王子駅、下りホームは行楽客や私のような鉄ちゃんで今日も賑わっている。鉄ちゃんの比率が心なしか多く感じたが、休日の朝ということでホリデー快速富士山号、そして特急『はまかいじ』と行楽向けの臨時列車があることも要因だろう。私も『はまかいじ』は初めて目にした。『はまかいじ』は、「ハマ」の名の通り横浜発の特急で、横浜線を通って八王子から中央線に入る。土休日のみ運転で中央線の特急では珍しく185系が使用される。なお、通常の特急『かいじ』は甲斐路の名の通り甲府あたりまでの運転だが、『はまかいじ』は『あずさ』と同様松本行きとなっている。

さて、いよいよ『あずさ』に乗り込む。先頭車を予約したが、休日朝の下りとあって車内は満席状態。グループも多く賑やかなこと…。高尾を抜けて、早くも山に入っていくと誰でも胸が踊る。
最初の停車駅は大月だが、ここで多くの人が降りて一気に静かになった。笹子トンネルを抜けて勝沼ぶどう郷へ。峠越えで登ってきた中央線はここから甲府盆地に向けて下っていく。

勝沼ぶどう郷にて、甲府盆地の眺めが素晴らしい。

 

2時間ほど乗って茅野駅に到着。
ちょっと雲が多く、空模様が怪しい感じもするがなんとか持ってくれることを祈る。

 

発車案内を何気なく見ていたら、「木曽あずさ号」の文字!
今年は、観光キャンペーン「信州アフターデスティネーションキャンペーン」に合わせてJR東海と共同で信州方面の臨時列車の運行が盛んに行われているが、その一環となる。
後日この旅行でも訪問することになるが、松本へ向かう通常の『あずさ』とは違う木曽方面に向かう列車である。塩尻から先、中央西線(JR東海管轄)に入るが、定期列車では東西の中央線の直通列車は一切なく、臨時でしかみることができない非常に貴重なものである。

なお逆バージョンみたいなものとして、中央西線の特急『しなの』が9月8日、9日の土日に、臨時の『諏訪しなの』で塩尻から中央東線に入り小淵沢まで乗り入れる。近年、臨時ではあるが東西の直通列車の運転機会も徐々に見られていると思う。定期便でも、少し設定につながれば面白い所だが…。

さて、茅野(ちの)といえば、ごちうさのチノちゃん(笑)
茅野市でもアニメの聖地のプロジェクトをやっているそうで、
この駅の観光案内所には市内の聖地紹介コーナーが設けられている。
もはやご当地のアニメ聖地巡りも新しい旅の楽しみ方か。
で、チノちゃんもいると聞いて期待して、
心ぴょんぴょんさせて見に行ってみたら、もういなかったようで、残念。。。
いつかまた、呼んであげてください。

 

ゴホン!気を取り直して諏訪大社へ。全国にある諏訪神社の総本社。諏訪は何度か通ってもあまり降りたことがなく、諏訪大社も初めてだ。上社と下社に分かれてそれぞれ二箇所ずつの四箇所ある。上社は茅野・諏訪周辺、下社は下諏訪の周辺にある。上社もさらに前宮と本宮に分かれており、前宮が茅野市内、本宮が諏訪市内にある。ちょうど茅野に宿泊だったので上社を歩いて回ったが、茅野駅からは前宮まででも2km強はある。お昼時だったので駅から30分ほど歩いて昼食にして、ホテルに荷物を預けて回る。昼食は、勝味庵でトンカツを食べたがなかなか量が多く満腹になった。地元でも人気があるようで、開店間もない時間だったがほぼ満席で賑わっていた。
国道を歩き、中央道をくぐって山にぶち当たると、前宮と本宮に分かれる地点に出る。まずは前宮を訪問。

 

道路から鳥居をくぐって石段と坂を登っていく。それほどきつくはないが貫禄がある感じ。休日とあって観光客も多かった。でも公共交通では少々行きづらく、車で来る人ががほとんどだろうな。鳥居の前に駐車場がある。

境内にはなんと湧き水があり、そこで手水となる。
物珍しさに、ここで皆さんすっかり撮影タイム、なかなか順番が来ない(笑)
清流と心地よい風で癒される。

 

前宮をお参りした後は本宮へ。今度は諏訪方面に向かって歩く。それほど遠くはなく、距離にしたら1kmくらいである。しかし日差しが強くなり、暑い。夏の諏訪地方は盆地ということで、標高が高いが気温も高い。(ただし盆地なので朝晩は気温が下がり、いくぶん過ごしやすい)

 

途中で上社本宮に向かう道が左に分かれる。
しかし、そこを入った先には、度肝を抜かれる別の神社があった!

北斗神社

入口の看板にも書いてあるが、見て驚くのはその高さと延々続く石段。
200段にも登る急な石段を登った先に神社があるのだ。

一瞬ためらったが、私の好奇心はここを素通りすることを許してはくれなかった(笑)
本当にこういう場所ほど人の心をくすぐる所はない。。。
というわけで「怖いもの見たさ」で、登る!

下から見ても分かるが、石段はかなり急で軽く登山レベルだ。
登る疲労もさることながら、「高所恐怖症」だけども大丈夫か?
登り始めたらそんなことはすっかり御構い無しに、少しずつ無心に登っている自分がいた。登れば登るほど、「後で後悔しても知らんぞ」ともう一人の自分がささやきかける感じになってくるが(笑)

中腹で上と下を見てみるとこんな感じ。下を振り返るとこの辺りでも結構登った感じがして、ちょっと怖い。。。

 

息も切れ切れにゆっくり登り続けてようやく頂上、いや神社へ!
振り返ると高層ビルを階段で登ったかのような眺望!
ただそれだけに下見たら案の定、ちょっと怖くなった・・・。
でも実際には、登りきって疲れた、暑い!っていう方が大きかったかな。
あんまり頂上に長くいる余裕まではなかった。というか肝心のお社を撮らなかった(苦笑)参拝を終えて、ゆっくり慎重に降りる。降りるときはやっぱり緊張した。
でも、荷物を預けて身軽になっておいたのがよかった。

「天空の長寿神」ということでこれでしっかり長生きできるかしら。。。

 

北斗神社から降りて、ジュースで一休み。はあ、思いがけない運動したな。
今度は本当に上社本宮へ。
入口からもう厳かな渡り廊下。あゆみも自然とゆっくりになるようだ。

 

おお、御柱!7年に一度の御柱祭でも名高い諏訪大社。間近でみると本当に大きい。

自然に触れながらお参りする。緑の中って本当に良いものだ。

暑さしのぎに参拝後に神社前でソフトクリームで一休み。少し早いがこの日の行程をを終える。明日はちょっと朝早く起きて上高地に向かうことになる。

小田急ロマンスカー7000形 LSE引退

2018年7月10日をもって、小田急のロマンスカー7000形、通称『LSE』が運行を終了しました。かつて名車と慕われたロマンスカー3000形(SE車)の置き換え用として1980年に登場しました。1987年から10000形(HiSE)、平成に入ると30000形(EXE)が投入されロマンスカーの主役はそれらの車両に移った感がありましたが、3000形から続いたグレーをベースにオレンジ・ホワイトの帯をまとったロマンスカーお馴染みの塗装で長く残り、38年にわたる活躍となりました。

ロマンスカーに乗ると子供の頃はHiSE、今はEXEばかりに当たるもので、多分私は一度も乗らずに終わってしまってます。(苦笑)というわけでこの私、この車両についてあんまり語れることがありませんが、昭和時代からの古き良き小田急の車両がまた一つ引退したとなると寂しいものです。昭和に登場した車両はこれで通勤形の8000形(1983年)と、1000形(1987年)の二種類だけとなりますし、通勤形にしても白いボディーに青い帯をまとった、昭和後期の小田急らしい車両は8000形だけになってしまいましたね(1987年の1000形以降はステンレスボディですからね)。幼い頃は、通勤形は5000形が主力で白いボディの電車がたくさん走っていたものです。それらとならんでロマンスカーNSEやLSEといった車両が、やはり当時の小田急を象徴する存在として記憶に残っています。そういえばこれも懐かしいですが、急行は10両編成でしたが小田原行き・片瀬江ノ島行きの連結で、途中の相模大野で切り離されるのが多かったですね。乗り間違えないように、駅などで丁寧にアナウンスが入っていた記憶があります。今見ると相当過去の話になってしまった気がします。

そんなわけでというのもなんですが過去に小田急で7000形もたまたま撮ったのを思い出して、当ブログの写真を見返して見ました。はっきり覚えていたのは地下化された直後の下北沢の写真くらいでしたが、見てみると意外と撮っていました。
ということで、2013年頃の写真がメインですが当時の懐かしい風景と一緒にどうぞ。複々線化前というか地下化の前後の写真ばかりなので、貴重な地上区間をゆく姿も残っております。
私的にはまだついこないだのことに思えますが、もうあれから5年も経ったのですね・・・。

南新宿駅を通過するLSE『はこね』

 

和泉多摩川〜登戸間で多摩川を渡るLSE、ちょうど流し撮りを試しにやって見た頃でしょうか。

地下化が迫る世田谷代田駅付近、環七通りとの交差地点をゆくLSE。地下化直前の沿線を散歩して撮っていたので車両メインでないのはすみません。。。

地上だった頃は環七が地下道で線路をくぐっていましたが、今は逆の関係になってしまいました。ただ、環七通りがこの地点だけすり鉢状に上り下りするのは今も変わらず、当時の跡を残しています。

 

全く意図しませんでしたが、そしてそのためか出来はかなり悪いですが、貴重な写真。
地上ホームの最終日を迎えた、下北沢駅を通過するLSEです。
野次馬根性で会社帰りに東北沢、下北沢、世田谷代田と降りて撮影してたんですね。。。

 

そしてその翌日(2013年3月23日)、地下になったばかりの下北沢駅を通過するLSE。なぜか不思議とLSEに当たっていたもんですね。

 

 

 

東急の新型

今日は田園都市線の新型2020系デビューの日だったんですね。長津田の車庫に止まってるのを前に見かけましたが、今日初めて通勤途中に営業運転で見かけたかな。外観5000系と似てるところも多いからなんだか前から使われてた車両に見えてしまう…。

そもそも仕事モードでそれどこじゃなかったし、ホームも混んでたので写真は省略っす!(汗)またいずれ…。

と書いていたのですが翌朝も見かけて撮ることができたので貼っておこう。(笑)

二日続けて、同じ列車に使われたみたいですね。発車後の後追いだし、こんなもんですんません。前面のカラーリングはブラック基調で、側面からホワイトとグリーンのラインを回り込ませたデザインが良いですな。

花見2018

寒い日が続いていたがいきなり暖かくなってきて一気に桜の開花、お花見のシーズンを迎えてしまった。ついこないだは雪がふったというのに。全く季節の移り変わりは、最近よくわからない。

というわけで3月24日の土曜日は天候に恵まれ、桜も咲き始めて少し早いながら各地お花見日和となった。用事のついでに花見をすることにして、方角がちょうど良かったので東急線で目黒川に向かった。前にも目黒川は行っているが中目黒駅近辺しか歩いたことがなかったので、今回は大崎あたりからゆっくり長く歩いて見ようと思った。

大井町線に乗ってきたので、旗の台で池上線に乗り換えて大崎広小路駅へ。池上線も久しぶりだ。

 

最近は新型が増えた池上線だが、以前からの7700系電車もまだ現役。元は昭和37年、東横線・日比谷線の相互乗り入れに当たり、東急側の車両7000系として製造されたもの。同期である京王井の頭線の3000系、大阪の南海6000系とともに、アメリカのバッド社との技術提携により東急車輛製造の手で製造された国内初のオールステンレス車両である。この当時ステンレス車はまだまだ高価で珍しく、国電は普通鋼で路線の色一色で塗装した101系や103系が大量生産されていたが、80年代以降は国電、JR(E電?)にも普及して今や銀色の電車の方が当たり前になっている。

登場してから年月が経過し、時代背景から冷房装置がなかったこともあり昭和末期からは新型車両に代替されて日比谷線直通からは退いたが、車体がオールステンレスで腐食しておらず状態が良かったため、多くの車両は7700系に改造されて池上線などに転用されたり、一部地方私鉄に譲渡されて第二の人生を送っている。近年になって本格的に廃車が出ているがまだ全車両の引退には至っておらず、今も全車両が残っている南海6000系とともに、製造からすでに50年以上経過しても現役である様はまさに「さびない鉄人」と言える。新型は新型で技術革新、新しい設備とメリットは多いが、古い車両を大事に使うのもまた良さかと思う。

 

大崎広小路駅で下車。五反田駅から目と鼻の先にあり歩いてでも行けるほどの距離だ。山手通りに面していて目黒川も近い。山手通りといえば椎名林檎の『罪と罰』にも歌われている。あれは確か初台あたり、だったでしょうか。環状6号線に指定されていることから環6と呼ぶ人も多い。時代は流れて、今や地下には首都高中央環状線の山手トンネルが通っている。

 

というわけで早速目黒川へ。せっかく来たのですぐ近くの大崎あたりから遡って中目黒方面へ向かった。

 

場所にもよるがまだまだ三分咲き〜五分咲きくらいな感じ。川といえば橋から見る桜並木の眺めも圧巻だが、まだちょっと寂しい感じかな…。花とは打って変わって人はかなり多かったが、どこからも「まだだねぇ」の声が聞こえる。最高な状態で眺めたいのは誰も同じ、人間のワガママは際限がない…。

 

目黒、中目黒と遡るにつれてやたらと人が増えてきた。呼応するかのように桜もこの辺りまで来るとそこそこ咲いてる木も増えてきたようだった。場所や木によっても随分差があるものだ。

 

駒沢通りを越えて中目黒駅へ。毎年祭りで賑わうところでもっとも人通りが多い。この時は歩行者は一方通行にされていた。凄い人だったが綺麗だったのでゆっくり進めてちょうど良い。

近隣のお店がおつまみやお酒などを出している。チョリソーソーセージを食べながら歩く。花より団子なのは皆同じやな…。

さらに足を伸ばして大橋まで歩いた。246との交差地点で、川はこの先暗渠になってしまう。桜並木もこの辺りまで。

川沿いの巨大な円柱状の建造物は、首都高の大橋ジャンクション。前に登ったことがあるが屋上は公園になっている。こんなものまで作ってしまうんだから、人間て凄いなぁ…。(はいぃ?)

大橋からは246を走るバスで帰路へ。大崎から5kmほどとかなり歩いた。午前中は別件で出かけていたこともあって、帰って見てみると20,000歩を超えていた。最近iPhoneにFitbitのアプリを入れてからというもの歩くことにもハマっている。良い運動になった。しばらく走っていなかったが、暖かくなって来たことだしまた少し走ろうかな。

小田急ダイヤ改正

3月17日土曜日、ついに小田急ダイヤ改正の日を迎えた。複々線化を完了しての大規模な改正、ダイヤ改正なのにこんなに話題になることもなかなか無いだろう。

当日は土曜日だったが、たまたま出勤日になったので早速乗車、行きは準急柏行き、帰りは各停の成城学園前行きで帰宅。千代田線直通が大幅に増えたことが特徴で、私もそうだが千代田線ユーザーにとっては特に嬉しいことだろう。

混雑の激しい平日朝が複々線の一番の力の見せ所、誰もがイヤな通勤も変わるとなると、また妙に胸が躍るか。

朝の上りは今まで急行中心だったが、快速急行が新たに主力として設定されて、中・長距離輸送の担い手となっている。多摩方面や短距離系では、多摩線からの通勤急行と、千代田線直通の通勤準急が、今回新たな種別として追加された。各停も大幅に増発され千代田線直通の各停も初登場した。

今回の改正で、快速急行は登戸に追加で停車。通勤急行は多摩線から直通だが、新百合ヶ丘から先は、向ヶ丘遊園、成城学園前、下北沢、代々木上原、新宿に停車する。登戸は快速急行は停車する一方、通勤急行は通過するので注意。もっとも利用客の多くは多摩方面か世田谷エリアだろうし、快速急行の本数が多いので、それで棲み分けを図るという意図なのだろう。今回は通勤急行の設定も含めて多摩線がさらに強化され、多摩ニュータウンのアクセスで京王に対抗できる利便性を確保している。京王を意識したのか新宿行きの列車が中心となり、今まで多かった千代田線直通は、一転してほぼ消滅してしまった。

通勤準急は、登戸までの各駅と、成城学園前、経堂、下北沢、代々木上原に停車してその先千代田線に入る(千代田線内は各駅停車)。ダイヤ改正前の準急とは基本的に同じ停車駅だが、前の準急は朝ラッシュ時上りが特別に経堂を通過していたのに対し、通勤準急は停車することになった。経堂では朝の上りは各停しか使えなかったので、今回通勤準急が選択肢に加わったことになる。

準急は通勤時間以外に主に運行されるが、今回から狛江、祖師ヶ谷大蔵、千歳船橋が停車駅に加わっている。世田谷西部を強化することになったほか、狛江市は特に狛江駅も含めて各停しか停車しなかったので、やっとの準急停車で特に喜ばれたようだ。(もっとも朝ラッシュ時の上りは通勤準急となり、狛江は通過するので残念ながらやはり各停しか使えないが…)なお、急行の停車駅は今までと変わっていない。

改正後の平日に乗った印象としては、各停は大増発により昼間と同じくらいの乗車率になり(成城までならば、うまくいけば座れるかもしれない)近距離は、特に通勤が楽になったと感じる。千代田線直通ということで通勤準急にも乗ってみたが、成城の時点では余裕があったものの経堂停車になった分乗客が増えて、結局は以前の急行とあまり変わらない混雑という印象だった。今回は、複々線化による混雑緩和が一番の注目の的だ。まだ様子見で乗客の側も今後通勤で乗る列車をこれから固定し始めるだろうし、今後の状況次第ではダイヤの微調整もあることだろうが、今後の展開が期待されるところだ。

夕方〜夜間の帰宅ラッシュ時を中心に、千代田線から直通の急行伊勢原行きが新設された。千代田線直通は、今まで本厚木までが最長距離だったが、二つ先の伊勢原まで延長されたことになる。「伊勢原」という地名自体、小田急沿線や神奈川県内ではお馴染みだろうが、そうでなければ東名や246ユーザーなどでもないと、まず知らない人も多いはずだ。実際私の知り合いが伊勢原行きをみて、早速わからなかったようだった。常磐線・千代田線ユーザーにとってはこれまで多数あった「唐木田行き」と並んで、謎な行き先だろう。直通運転で便利になる一方、関係ない路線の知らない駅名が登場して、また困ることになる…。

かくいう私も伊勢原は、行楽(大山とか)でなければまず行かないので、さすがにラッシュの時の状態はよく分からない。帰宅ラッシュ時の伊勢原行きは、実は各停などで前から見られたものだが、今回千代田線直通も含めて増えたのは、やはりそれだけの需要があるということなのだろうか(少し調べてみたが本厚木から先の二駅、愛甲石田と伊勢原の一日あたりの乗降客数は、2016年度の数値でどちらも5万人以上。結構な数値でやはり需要が高いんですね)。

伊勢原行きの直通電車は、千代田線表参道駅の時刻表を見ると、平日18時以降に30分おきくらいで設定されている。一番遅いのは表参道23時1分発の急行伊勢原行き(終点伊勢原には0時7分着!)と、結構遅くまで運行されている。酔っ払って乗り過ごしたりしないよう、ご注意を…。

紀伊半島一周の旅(7)

新宮から特急南紀6号で名古屋に向かう。三連休最終日とあって、新宮から結構乗って混雑する。
駅を出ると短いトンネルをくぐった後、川を渡ってすぐに三重県に入る。新宮までと比べると、この辺りの地形はそこまで険しい感じがしない。山は少し後退しており、トンネルも少ない。家並みの間を行く区間もある。20分ほどで熊野市に到着。

熊野市からは再び山が多くなる。長めのトンネルが続き、合間に海が見えるパターンが多い。トンネル同士の間は短く一瞬であることもある。その分割と直線的でスピードが出る。

山と海に囲まれたわずかなところに工業地帯が広がる。尾鷲。まだ新宮から、2駅しか停まっていないがもう発車から1時間経っている。だがまだ名古屋まで2時間30分ほどある。沿道には熊野古道の案内板が見えることがある。やはり熊野だ。

ところどころで山の向こうに海が覗き、やがてトンネルを抜けて海が拝める区間に出る。島が点在する。
紀伊長島に停車、紀伊半島で海側区間なのはここまでで、この先は紀伊山地を越える山越え区間となり松坂あたりから伊勢湾側に出るルートとなる。紀伊半島の海とも、いよいよここでお別れだ。しかし今回の旅は、本当に海でお腹いっぱいになった気分だ。

山を登って行く。トンネルと山が続くが眼下に紀北町の景色が広がることがある。かなり登っている。ただ、少しすると川沿いに集落を辿りなが進むのでそんなに山深い印象はない。三瀬谷に停車。駅の手前で三瀬谷ダムを通過した。
栃原で行き違い待ちのため停車、下りの南紀を待ち合わせる。ここまで少しまどろんでいた。乗車してからもうすぐ2時間、名古屋まであと約1時間半。

伊勢自動車道の勢和多気のインターを通過。佐名、桜華と通過して広いところにおりてきた。大きくカーブして参宮線に合流、多気に停車。駅周辺は住宅もあるものの田園風景が大半を占める。

このあたりからは過去、伊勢に何度か来ているためおなじみの街が続く。だが毎回近鉄で来ていたので、JRは初めてだ。普通列車に遭遇するが、このあたりでも新宮行きのようで、なかなかロングランだ。
松阪に停車。近鉄線、名松線との接続駅。赤福の看板に出迎えられる!

名松線が少し並行後、離れて行く。名松線は松阪と名張を結ぶはずだった路線だが、途中までで終わっている。近年の台風災害で長らく一部不通になっていた。

次はいよいよ、津。あっという間に乗車時間はあと1時間になった。近鉄線をくぐる。
六軒で反対列車と行き違いのため停車、紀勢本線は単線なのでところどころ行き違い待ちを強いられる。特急同士の行き違いではなく、相手は鳥羽行き普通であった。こういうところだと特急優先で、普通の方が待って特急は停車せずに通過してしまうように思うが、この路線ではそうとも限らないようだ。

津の手前では阿漕(あこぎ)駅を通過する。あこぎだけに、とシャレを言いそうになるが、この「あこぎ」っていう言葉(筆者もそんなにこの言葉使わないし、よくわかっていなかったのだが)いざ調べてみると、この駅周辺にある阿漕ヶ浦から来ているそうだ。阿漕ヶ浦は、伊勢神宮にお供えする魚を取る領域として禁漁とされていたが、それでも密漁を繰り返す者がおり、そこから「度重なる」、「しつこい」とかの例えとして「あこぎ」と言われるようになったらしい。ははぁ・・・地名も色々見てみると興味深いものも多い。

左から近鉄線が合流し並走する。近鉄線は途中、津新町駅があるが、こちらに駅はなく津に到着する。

津を出ると紀勢本線から離れて、途中の河原田までは私鉄の伊勢鉄道を走る。紀勢本線はこの先まだ進んで、関西本線と接続する亀山が終点であるが、名古屋方面へ向かう特急や快速はみな伊勢鉄道に入ってしまうので、津〜亀山間は1時間に1〜2本程度の普通列車しか走らない。筆者はいわゆる「乗りつぶし」をそこまで狙っているわけではないが、今回の旅で「紀勢本線全線制覇」と言いたいところなのだが、特急南紀に乗ったことで惜しくも津〜亀山間だけが、今回残る形となってしまった。まあ別にいいんだが。

伊勢鉄道は、途中の津から分かれて出ている通り、名古屋と津・伊勢方面を短絡するルートとされて、国鉄伊勢線として昭和48年に開業した。それまで名古屋からの列車は、先にも書いた関西本線・亀山経由で紀勢本線を全線走るようなルートで走っていたが、山側で少し遠回りのルートになる上、亀山駅の構造上スイッチバックをしないと紀勢本線に入れず、その点もロスとなっていたのだった。国鉄と並走しライバルであった近鉄名古屋線は、海側を直線的に通るしスイッチバックも必要ないので所要時間で有利であった。そのため、近鉄の路線に比較的近い海側を短絡するように建設された。所要時間短縮の期待をかけられた路線だったが、蓋を開けてみると開業しても一部単線であまり本数もなく、利用者数も伸び悩んで赤字路線となってしまった。昭和62年には第三セクターの伊勢鉄道に転換されて、現在に至っている。現在では特急南紀や、近鉄の伊勢輸送への対抗馬として快速みえがJR関西本線・伊勢鉄道のメインの列車として走り、以前と比べればスピードや利便性は上がっているものの、近鉄の優位性は依然、揺るぎない状況である。なお、三重県内の紀勢本線と同じく全線が非電化である。

ほとんど高架で高架橋梁含め、複線のスペースあるが単線しか使っていない箇所もある。高架になり線路も直線的なので一気にスピードが上がる。早い上に駅が短いのであっという間に各駅通過してしまう。

鈴鹿市に入る。伊勢鉄道は鈴鹿サーキットの近くを通っており、最寄駅として鈴鹿サーキット稲生という駅がある。平常時は特急は通過するが、開催時は臨時停車する。ただ小さな駅だし本数も限られていて、周辺に近鉄の路線もあることから、開催時は他の駅からシャトルバスを使う手もある。地図で見てみると伊勢鉄道は第1コーナーの近くを通過しており、車窓を注意して見ていると観覧車や観客席など、少しサーキットの施設が見える。前はF1とかも好きでよく見ていたが、最近は見なくなってしまったなぁ。。。そういえば元F1ドライバーのリカルド・パトレーゼは鉄道マニアで、大の鉄道模型コレクターとして知られる。さすがに鈴鹿サーキットまで電車で来ていたかどうかは知らないが、近鉄とかは乗ったことあるのでしょうか。(笑)

少し走ると鈴鹿に停車、鈴鹿の市街地にある駅で、発車すると地上を走る近鉄鈴鹿線を越える。近鉄は、近くに鈴鹿市駅がある。遠くに鈴鹿山脈が見えるが雲をかぶっている。雪が降ってるのだろう。名古屋まであと40分だ。

 

左から関西本線が寄ってきて、乗り越したところで合流しここからJRに戻る。工業都市の四日市らしい風景になる。近鉄をくぐり市街地を走り、四日市に停車。
しかし近鉄の方が市の中心にあって圧倒的有利で、駅もデパートが付いていて大きく乗客も多いのに対し、JRの駅は海側の離れたところにあり、規模も小さく乗客も少ない。構内は貨物のヤードが広く多数の貨車が止まっており、むしろ貨物の方が主役な感じがする。先ほど通ってきた伊勢鉄道の普通列車はここが始発だが、JRのホームの端っこに申し訳程度に設けられたところに発着するだけである。

桑名を過ぎて木曽三川を渡り、いよいよ愛知県へ。弥富で行き違い停車する。反対側のホームは名鉄津島線だが、列車はいなかった。関西本線は亀山〜名古屋は電化されているものの、今もほとんどが単線である。

蟹江を通過。名古屋に近づいてマンションや団地が増えてきた。高架になり名古屋の高層ビルが見え始める。このあたりから、近鉄名古屋線が左側を名古屋駅手前まで並走する。ちょうど特急アーバンライナーがぴったりついてきてレースになった。

 

しかし全線複線の近鉄名古屋線に対して、名古屋近郊でも単線ばかりなのが関西本線の泣き所。名古屋を手前にして八田駅で行き違い停車し、アーバンライナーにあっけなく置いていかれてしまった。名古屋近郊なので本数が多く、この列車が少し遅れたこともあり止むを得ないのだろうが・・・。

近鉄の烏森駅を通過して地上に降りると、チャイムがなり名古屋到着放送が入る。高層ビル群が目前に広がり、名古屋に到着する。二泊三日はあっという間の旅だったが、充実感はたっぷりだ。

 

旅の締めくくりに、名古屋の新幹線ホームでおなじみ、住よしのきしめんを食べる。長時間乗車で少し疲れた体にまたしみる味だ。忙しい最中だったが良いリフレッシュになった。明日からまた頑張ろう!(完)

小田急線複々線化完成

2018年3月3日、世間はめでたいひなまつりムードな日であったが、ついにこの日小田急線の複々線化工事が完成した。

複々線化は代々木上原〜登戸間を上下2本ずつの4本、登戸〜向ヶ丘遊園間は下り1本、上り2本の3線として建設された。

30年越しの工事となり郊外側から都心側に向かって少しずつ開通し、最初の開通は平成9年(もう20年も前になるのか)に喜多見〜和泉多摩川が開通、平成16年に世田谷区内は梅ヶ丘まで延長されてかなり長い区間が複々線となり、ラッシュ時の電車の速度も上がって威力を発揮しはじめるようになった。しかし沿線が建物で埋め尽くされていた東北沢〜梅ヶ丘間の立体化・複々線化が困難を極めて最後まで残され、朝上りの増発が出来ず、また梅ヶ丘あたりから電車もノロノロ運転せざるを得ない状況が続いていた。ほとんどの区間を高架線として建設されたが、この東北沢〜梅ヶ丘間は地下化することに決定し、複々線化に先んじて平成25年にまず地下化が完成、踏切が除去されて立体交差化された。代々木上原〜下北沢間はかなり早く昭和53年から複々線になっていたが、地下化工事に際し、一旦複線に戻されている。地下化区間では、将来急行線になる線路を使った仮の状態で複線として運用され、その後各停が走るトンネルと線路を上層部に建設して、ようやく複々線としての完成にこぎつけた。また、複々線の反対側ではこれも用地買収の関係で、登戸駅の手前で下り線が1本に絞られてしまう状態が続いていたが、下りホームの位置をずらして各停用の線路を増設し、1番線の使用を開始して下りも線路2本となった。

構想50年、工事30年と言われた大事業、私はもはや工事開始の頃は小さすぎてさすがに分からないが、小学生だった頃か、沿線の各所に複々線化用として用地買収された土地が散在し、一部では高架橋が姿を現していたような記憶がある。

複々線を先行して使用開始したが、増発を伴うダイヤ改正は3月17日の予定。列車種別の改変や千代田線直通列車の大幅な増発など複々線の威力を発揮できるダイヤで混雑緩和が期待されている。

下北沢駅の各駅停車ホーム。急行用ホームの一層上、地下一階に設けられている。なお、ダイヤ改正後はこのホームに準急と、新設される通勤準急も発着する。

下北沢駅の地上の様子。しばらく降りていなかったが長年の工事がほぼ完成し、太陽光を取り入れられる明るい駅舎が出来つつある。地下一階各停ホームへのエスカレーター・階段と、地下二階急行ホームに直行のエスカレーターがある(各停ホーム経由でも、急行ホームには行ける)。いつの間にか、小田原方面側には、南西口という新しい出入り口ができていた。

昼下がりの各停列車もこの日ばかりは心なしか人が多かった。

ついでというのは何だが、少し足を伸ばして代々木八幡まで行ってみた。各停しか止まらない駅だが、各停の10両編成化に向けてホームの新設工事を行っている。駅舎も新設されるようだ。

駅名にもなっている代々木八幡をお参りして、代々木上原からまた各停で帰路についた。これで、通勤が少しは楽になるかな。