北しなの線


平成15年の北陸新幹線開業に伴い、信越本線のうち長野駅以北に当たる長野〜妙高高原間を第三セクターのしなの鉄道に移管した路線。妙高高原から先の区間は、新潟県となるため別会社のえちごトキメキ鉄道に転換されている。

長野駅から妙高高原行きに乗り込む。JRとは別会社であるが特に改札は分離されておらずJRと共通、車両も譲渡された115系のためほとんど変わった感じがない。

特急『しなの』の接続待ちで遅れて発車。少し進むと長野車両センターが広がる。ほんの少し前までJRだった区間である。須坂か信州中野あたりが遠望できるが、こちらの方が高いことがよくわかる。長野電鉄をくぐり、新幹線とも分かれる。ちなみに北長野以北は単線である。豊野から少し行くと飯山線が分岐する。

少し眠くなってしまった。単独走行になって一気に車窓が変わり、渓谷沿いを行き、牟礼。豊野からかなり距離があった。このあたり、複線化しようとしたのだろうか。トンネルの廃坑があり抜けると複線分の路盤。

里の方に出て、古間。かつて使われていたホームの跡が残っている。黒姫は長野県最後の駅。左側にひときわ高い山が見える。黒姫山か?

次は終点妙高高原、ここから新潟県となる。黒姫〜妙高高原までは複線である。野尻湖近くを行き、終点妙高高原。ここから先はえちごトキメキ鉄道妙高はねうまラインとなり、駅も同線の所属となっている。かつて一本の路線であり単なる途中駅だったため終点という雰囲気はなく、むしろ今も直通運転があってもおかしくない雰囲気だが、今のところ直通運転は全く行われていない。とはいえダイヤは接続が考慮されている。まだ運行始まってそんなに経っていないし、利用状況次第ではいずれ直通も再開されるかもしれないと思う。

日本三大車窓からの夜景

長野県はJR篠ノ井線の姨捨駅。松本からひと山越えて善光寺平へと降りていく途中にある駅で周囲より標高が高く、駅ホームから善光寺平に広がる長野市街を一望ことができる展望スポットとなっており、日本三大車窓の一つに数えられている。

昼の景色も素晴らしいが、夜は夜で長野市内の夜景が広がるとあってこれもさぞ魅力的なことだろう。昼は以前眺めたことがあるので、今回長野旅行にきた際に夜景を見るべく夜に訪れてみた。しかしここで夜景を取り上げるのも初めてだなぁ。

長野駅19時6分発の普通茅野行きで姨捨駅へ向かう。以前は115系の天下だった長野も今やすっかり211系が主力となっている。東北・高崎・東海道線などから転属したもので中央本線を中心に山梨・長野県内の普通列車で活躍している。中央本線の普通列車用とあって都内も高尾まで入線し、立川や八王子にも一部顔を出している。しかしどうにも未だに115系のイメージが根強く、なんだかまだ見慣れない。

途中篠ノ井から篠ノ井線に入る。最初の駅稲荷山まではまだ普通の路線といった感じだが、稲荷山を過ぎると山に入り標高を上げていく。線路と同じ高さだった市街地をだんだん眼下に見下ろすようになり、長野の中心部からも離れていく。途中列車はスイッチバックし信号場で停車したが行き違いもなく発車。篠ノ井線はこのあたり急な上り坂が続くので信号場や駅をそのまま設置できず、姨捨駅や信号場はスイッチバック型の配線を取り、通過する列車のみ本線を直進させている。

信号場を過ぎるとだいぶ標高も高くなり、長野市街地からの距離も離れて街明かりも遠くに集まる感じになり、夜景らしくなってくる。

再びスイッチバックして姨捨駅に停車。列車を降りる。周囲は山だし乗降は少なく、普通ならこんな夜にここで列車を降りる人もそういないだろうと思うところだが、やはりここは夜景スポット!観光客やカップルが何組か見受けられた。


姨捨駅構内。急勾配の途中にあるため本線上にホームはなく、枝分かれした線路に位置するスイッチバック型の駅。駅名標もスイッチバックを強調するような図で描かれていた。写真上は駅構内の様子だがスイッチバックのため、写真奥の方向に進むと行き止まりで手前側だけが本線に通じている。以前は特急しなので本線を通過しただけだったので降りるのも初めてだ。


ホームには展望案内図が設置されている。日本三大車窓の文字も忘れずに。

さて、夜景を堪能してみようか。

おお〜❗️(笑)

山に囲まれた善光寺平に煌々と夜景が展開する。大都市の夜景と比べると、という部分はあるかもしれないが、旅先の鉄道駅からこんな夜景が見えるとなると感動モノだろう。

ちなみに上写真右の方に小さく花火が写っているが、この日何も知らずにきたら川中島古戦場まつりが開催されており、夜は花火が打ち上げられていた。旅に出れば思わぬ収穫やらトラブルやら色々あるが今回もまた思わぬ展開になったな。ちょっと遠くて小さくなってしまったが夜景との偶然のコラボは最高だ。


さて、当たり前だが乗ってきたからにはちゃんと駅を出てから戻りましょう。

洋風の洒落た駅舎を持っているが無人駅で窓口らしいものもあるが閉まっているのがちょっと寂しいところ。眺めもいいんだし駅舎を活用してちょっとした喫茶店にでもしたらどうかと思う雰囲気だが、まあ厳しいだろうか。無人なので切符はホームの回収箱に入れて下車。乗るときも券売機がないため、乗車証明書発行機で乗車証明書を発行し車内か下車駅で精算する。

次の長野行き列車で駅を後にする。秋に入り夜の長野はちょっと肌寒かったが、なかなかお目にできない非日常の光景であった。

銀座線渋谷駅移設工事

2016年11月5日、6日と、11月19日、20日で銀座線渋谷駅の線路移設工事が行われる。銀座線の渋谷駅は現在の場所から浅草寄り(渋谷ヒカリエ側)に移転する工事が進められているが、それに伴った工事となる。工事の間銀座線は表参道〜青山一丁目間と溜池山王〜浅草間の折り返し運転となり、渋谷〜表参道と青山一丁目〜溜池山王間は終日運休となる。この区間は途中赤坂見附まで並行する半蔵門線か他の路線への振り替え輸送を利用することとなる。表参道〜青山一丁目間は、途中に外苑前駅があることから運休とはせずに、この区間単線で折り返し運転されることとなった。

所用で渋谷にきたついでに散策がてら渋谷駅周辺と銀座線の様子を見てみた。


渋谷駅東口、渋谷ヒカリエそびえる銀座線のガード下。しかし今日は銀座線の電車は通らない。移設工事というが実際見てみるとそれほど大掛かりに見えずどこが変わっているかよくわからない(実際には南側のガードに線路が移設されるようだが)。

東口からヒカリエに通じる通路から銀座線のガード側を見る。新設のガードが掛けられているのでそこに移設されるのだろうか。

東横線地下化の時もそうだったが工事が終われば時の光景となる。道行く人も皆カメラを構えていた。 


きたついでに246をまたぐ歩道橋に上がって東口付近の全景を見る。かつての東横線ホームの跡地で新しい駅ビルの工事が進んでいる。またJR埼京線のホームもこのあたりに移設される予定である。


しかし旧東横線ホームの246をまたぐガードの部分、まだ撤去されずに残っていた…。


銀座線渋谷駅、降車ホーム側の改札口。ちょうど真後ろがJRの改札口とかる。ご覧の通りシートで覆われている。改札口の前では係員が立ち運休の旨案内していた。ご苦労様です。銀座線が動いていないこともあってか、このあたり渋谷駅にしては人がだいぶ少なかった。

半蔵門線で表参道に移動、ここから青山一丁目までは折り返し運転している。

半蔵門線が着くと1000系が回送で入線、折り返し青山一丁目行きになった。列車は12分間隔の特別ダイヤで運転、二本の線路のうち浅草方面の線路を青山一丁目行き、渋谷方面の線路を表参道行き列車が一本ずつ運転され、各々終点についた後は、同じ線路を回送で始発駅に戻るというダイヤで運行されていた。そのため列車の乗り場としては普段と変わらず、青山一丁目行きなら浅草方面ホームから、表参道行きなら渋谷方面ホームから乗る形である。そして終点となる青山一丁目駅の浅草方面ホーム、表参道駅の渋谷方面ホームは降車専用とされていた。折り返しの設備がないための措置でうまく考えられていると思うが、こんな時でもないと本当に見られない光景だ。日本の地下鉄で最も歴史の古い銀座線を工事で止めるのも実は初めてらしく、ある意味一つの歴史的なタイミングかもしれない。


外苑前にて。パッと見分かりにくいが渋谷方面行きの線路を回送列車が逆方向に通過している様子。


浅草方面行きは青山一丁目行き、渋谷方面行き線路は表参道行きで運転。両駅とも折り返しできないはずだが、どちらも行き先の表示が入っていたとは…。

長野電鉄(3)

信州中野で湯田中行き普通列車に乗り換える。3500系2両編成。旧営団3000系であるわけだが、営団時代も含めて乗ったことも見たこともないのでちょっと新鮮だ。営団の古い車両といえばドアの窓が小さいがこれも久々に見た気がする。子供の頃はそんな車両ばかりだったのでまだ背が小さくせ背伸びをしても届かずさっぱり外が見えなかったのを思い出す。とはいえ地下鉄で外を見るというのも変だが。今から考えれば、安全対策としてはよかったのだろうか。

以前にも書いた通り信州中野から終点の湯田中までは山登りとなり急勾配が続く。信州中野を出発るすると右カーブしながら早速登りに入る。周囲の風景はそんなに山岳区間という感じはなく丘を登っているような感じで、傾斜地にもりんご畑が相変わらず広がっている。

しかし前方黒い雲。しかも入道雲っぽいぞ。ほんの少し平坦にったところで中野松川、運転士は駅に着くなりなんと走って駅舎のドアを開け、切符を回収し、また戻るという忙しさだ。

前方に虹が見え始めた。おおお!


と思ったら雨にたたられ運転席はワイパーの出番!とはいえ晴れているので天気雨みたいなもんだ。

信濃竹原では特急通過待ちのため長時間停車した。風の吹き込み防止のため列車のドアは一旦閉まり手動で開閉になる。この間を利用して存分に写真を撮る。


写真を撮ってたら運転士さんが外に出てきて、「ドアは手動で開けられますから」と親切にも声をかけてくれた。気さくな方で少し話し込み、『のんびり号』の案内もして頂いた。明日走ると聞いたのだが、生憎別の行程を組んでしまっていたため明日は残念ながら来れないということを伝えると、相当残念がられてしまった(苦笑)。ここ信濃竹原駅で普段は閉まっている待合室がその時だけ公開になるらしい。後々考えたら日程変えておけばよかったなと思う。運転士さん、ありがとうございました。


昔ながらの佇まいを残す信濃竹原駅

特急の通過を待ってようやく発車。また登って夜間瀬。カメラをこちらに向けている方、いいね!広大なリンゴ畑を掻き分けながら登る。ここまでリンゴだらけで、さすがにぶったまげる。
目の前にホテル群が見えて終点湯田中へ。湯田中では列車が着くなり何やら歌が流れ出す。高原ホテルだぁ!

ただでさえ標高高く気温が低めなところに日もかげってきたので、寒い!

今日のもう一つの目的である、駅前温泉の楓の湯でひとっぷろ浴びる。あまり広くなく観光客で少し混んでいるが、気持ちいい。湯温43度としっかり熱め。露天風呂もある。


駅前温泉、檜の湯

長野電鉄(2)

長野電鉄の旅を続けよう。

先に途中下車した須坂駅は車庫のある拠点であるとともに平成24年まで屋代線が分かれていた駅でもあった。かつて3つの路線から成り今よりも長い路線網を持っていた長野電鉄だが、平成に入り屋代線も含めて一部の路線が廃止、長野〜湯田中間の長野線33.2kmだけが残り現在に至っている。屋代線はつい最近まで営業していたが乗客減が著しく、利用促進に向けての社会実験も行われたが残念ながら廃止となってしまった。駅で売られている鉄道グッズ、何気なく見ていたら屋代線の写真集と、権堂〜須坂駅間開業90周年の記念入場券セットが売られているではないか。ということで、窓口にて早速購入!普段旅先で鉄道グッズを目にしてもそんなに買うこともないが、今回はさすがにちょっと気になってしまった。自分用のいいお土産が出来たな。

さて、お土産も買った所で電車に乗る。

この先直線が続き、列車は80kmを超える速度で快走する。主力である東急からの譲受車8500系に乗るが、東急線時代を彷彿とさせる走りっぷりだ。

北須坂は無人駅。行き違いはできるものの、上下線に挟まれたホームは大変狭い。振り返るといつの間に座席は乗ってきた学生で埋め尽くされていた。

そしてこれまた長野らしくリンゴ畑の中を快走する。実に気持ちいい。この先車窓はリンゴ畑があまり途切れずに続き、見慣れない者にとってはちょっと感動を覚える。本場はやっぱり規模が違うものだ。

途中、遮断機のない踏切を通過する。第4種踏切というやつだ。地方私鉄を中心に残っているものだが、長電にもあるんだな。

小布施。ホームに隣接して長電電車のひろばがあり、かつての特急車、2000系が保存されている。

小布施駅は小布施町の中心駅で、特急も停車する。同じ特急停車駅の須坂に比べると規模感は小さめだが、駅構内では野菜などを売っていたりカフェも営業するなど独特な雰囲気。

次の都住は駅前にりんご畑が広がっている。ここまでりんごだらけだと何やら違和感を覚えてしまうが、地元の人にとってみればこれも日常の一部で見慣れたものであろう。

カーブして山裾に取り付き、桜沢。延徳を過ぎて、快走しながら少し上りになり信州中野に着く。湯田中まで路線は続くが普通列車は基本的にここで乗り換えで、一旦ここまでで終着駅となる。この先は湯田中に向けて急勾配の続く登山区間となり抑速ブレーキを持たない車両は乗り入れできない。ふつ主力の8500系は抑速ブレーキを搭載していないため信州中野までしか入線できず、この先は湯田中までは特急列車を除き、今も3500系の独壇場となっている。

ということでここで湯田中行きに乗り換える。

長野電鉄(1)

JRと接続する長野駅をターミナルとして、志賀高原の玄関口でもある温泉地湯田中へ向かう私鉄路線。地方の私鉄にしては長い路線で、観光客も多いほか長野近郊の通勤需要にも応えている。観光面では専用の車両による特急列車が運転されているのが特徴で、現在は小田急ロマンスカーを譲り受けて運行開始された『ゆけむり』号が看板的存在である。

JR長野駅善光寺口前、長野大通りの直下に位置する長電長野駅。長野駅周辺の地下道も兼ねており東口まで歩いて行くことができる。改札口は広めでベンチが多数置かれ、鉄道グッズや特産品が売られている。改札は駅員による有人改札である。

長野駅から3つ先の善光寺下駅の先までは地下化されており、地方の私鉄では珍しい地下鉄となっている。しかし、(地方の鉄道としては本数の多いほうではあるが)昼間は普通列車で20分〜30分間隔というダイヤなので、大都会の地下鉄のように「待たずに乗れる」というわけには行かず、時刻表は確認しておく必要がある。列車の編成も短く、普通列車は最大でも3両編成である。

改札を入るとさらにもう一層おりて地下2階にホームがある。2面3線のホームで、少々幅が狭く都会に比べると小ぶりではあるがいかにも私鉄のターミナルらしい。設備は地下化当時からあまり変わっていないようで少々くたびれた感じもしなくもないが、駅名票は駅番号もつけられており都会の地下鉄とあまり遜色ない感じだ。

信州中野行きの普通列車に乗り込む。以前の車両は看板の特急用2000系を始めオリジナル車両も多数あったが、現在はすべて他社から譲受したもので最近は東急からやってきた8500系が主力である。かつて営団日比谷線(3000系)で活躍していた3500系も在籍し、8500系の投入で数は減らしてはいるが活躍を続けている。

発車して暗闇を進んでいく。しばらくの間は本当に大都会と変わらない地下鉄である。こう言ってはなんだが本当にここだけ乗っていると長野県内という感じがあまりしない。

ただ、途中駅に着くと都会の地下鉄と様子が違うのが、どうにも目につくところだ。長野を出てあまりスピードを出さないうちに最初の駅、市役所前に着くが、さっぱり人気がない…。コンクリート打ちっ放しの壁と照明も少なく薄暗く少々不気味である。

次の権堂は市内中心部の繁華街最寄とあって、人も少し多めだった。
最後の地下鉄となる善光寺下。参拝帰りか、それなりに乗車があったものの、ここも寂しい感じが否めない。善光寺の最寄駅でお寺へは駅を出て東参道を10分ほど歩いていくと行けるが坂であるし、長電の本数もそれほど多くないのでアクセスルートとしてはあまり認知されていないだろう。長野駅からバスで行くのが一般的で、そちらの方が門前に到着できるし本数も多い。
ちなみに善光寺帰りに善光寺下から長野まで、敢えて長電に乗ってみたが、20分くらい列車が来ず、こちらのホームには誰もいなかった。薄暗い駅ホームは静かなもので列車が本当に来るのかという感じで、駅上の通りの救急車のサイレンの音が普通に聞こえるくらいであった。

地方私鉄では珍しい地下鉄区間が続く。善光寺下駅
地上に出て本郷。途中朝陽までは複線で、私鉄路線らしい風景が広がる。しかし桐原のように木造駅舎の駅もあるなど、地方の私鉄らしい風情を感じられる所もあるのがいい。

信濃吉田は駅前にマンションが何棟か立ち橋上駅舎を持つ。都会の私鉄の駅といった感じで乗降も多い。しなの鉄道の北長野駅も至近である。

この先、北陸新幹線、しなの鉄道と交差し。カーブしながら急坂を下っていく。千曲川近くに出るためだろう。

次の朝陽から単線になる。しかし今は朝陽で折り返しの列車はなく、特にここから本数が減るということもない。複線区間であっても単線並みの本数で、地下区間で3500系1本とすれ違ったほかに遭遇する列車はなかった。そんなところはちょっと寂しい。

柳原で8500系と行き違い。構内踏切を持つ。単線区間ではあるが行き違い待ちは長くなくそれほど待たずに発車する。


この先の村山橋で千曲川を渡る。近年架け替えられており真新しい。トラス橋だが、鉄道と道路で橋が共用されており、すぐそばに自動車を追い抜きながら走る。速度もかなり乗っていて気持ちが良い。

橋を渡ると地上に降りて村山、上信越自動車道をくぐる。直線を進んで日野、片面ホームの無人駅。単線区間では、行き違いできない駅がところどころある。

山が目の前に迫ってくるが、周囲はそれとは裏腹に須坂の市街地に入って行く。長野周辺の主要都市。家並みが途切れることがない。

車庫が広がって須坂駅に到着。長野電鉄の中心的な駅でもあり始発、終着になる列車もある。

赤帯が外され、営団日比谷線3000系時代の全面銀色の姿に復元された3500系が一本留置されていた。筆者の幼少時代、日比谷線にはまだ3000系が走っていたものの、日比谷線自体乗ることがほとんどなかったので、3000系を生で見たことは一度もない。時期的には既に新車03系への置き換え前後で引退も迫っていた頃だったので、仮に日比谷線に乗ったとしても3000系に出会う確率は低くなっていただろう。

駅の上には歩道橋がかけられていて、車庫のある駅として鉄道スポットとなっている。歩道橋の側面は壁になっているが、線路の上に当たるところだけはご丁寧に窓が設けられていて、そこから眺められるようになっている。

長電オリジナル車として活躍したOSカー10系も留置されている。営業運転に入ることはなくちょっと痛々しい感じもするが、貴重な姿を見ることができる。

    秋の八ヶ岳を行く

    久々に休暇を取り息抜きに信州方面へ向かった。あまり鉄道で行ったことがなく乗りつぶしと観光を兼ねたためそれなりなボリュームの行程となった。ざっとした行程としては新宿から特急あずさで小淵沢、そこから小海線で小諸、しなの鉄道乗り換えで長野に出て、長野市内を拠点に長野電鉄、上田電鉄、さらには北陸新幹線開業でJRから第三セクター転換された旧信越本線(北しなの線、えちごトキメキ鉄道)と、最後は当の北陸新幹線で東京に帰るという行程である。そういえばここ最近あんまり一人旅もしてなかったので、少々新鮮な気持ちで胸が踊る。

    まずは特急あずさで小淵沢へ。そこから小海線に乗り込む。小海線に乗るのは昔清里方面で合宿があったのでその時に乗って以来だが、小淵沢から合宿地までしか乗っていない。今回は終点の小諸まで全線乗って車窓を堪能する。

    小海線は八ヶ岳の麓を走り、八ヶ岳高原線の愛称を持つ。小淵沢側は標高1,000m以上とJRでもっとも高い所を走り、長野県の野辺山駅は標高1,345mでJR最高、隣の清里駅(山梨県)は第2位で1,275mの高さを誇る。ちなみにJRの駅の標高ベスト10で第9位まではすべて小海線の駅で占められている。標高1,000m級というとんでもない所を一定の距離走るのだからある意味当然のこととはいえ、凄い。
    いつもの通り悪い癖でまた前置きが長くなったがw、そろそろ発車時刻の9:57だ。さあ出発としよう、と思いきや発車する気配がないぞ。乗務員のアナウンスが入り、中央線の特急が遅れており接続をとってから発車するとの由。本数少ない路線ならではの光景。しかし10分近くたっても特急はこず、結局待ち合わせすることなく10:05発車した。この日雨も降っていたのだがその辺も影響していたのだろうか。そういえば乗ってきたあずさも、あんまり走りっぷりは特急らしくなかったと思う。

    キハ110の2両編成、中央線からの乗り換え客は多くなく車内はガラガラ、クロスシートで一人がけが空いてるので気兼ねなく陣取る。外は小雨が振り、発車して右カーブし中央線から分かれると、いきなり霧に覆われて白銀の世界に突入する。さっぱり視界が効かないが、列車はまるでいつものこととばかりに御構い無しに走る。標高の高いこのあたりなら、さして珍しくもないのだろうか。東京なら即、徐行運転か運転見合わせかしそうなレベルだw

    車内アナウンスはワンマン化のため自動化されているが、その中では観光客向けに小海線自体の案内も入る。

    林の中を途中ペンション群を通過しながら走る。八ヶ岳の麓の、アルプスあたりを連想させるこの光景も小海線ならではだ。しかしこの日は本当に霧に覆われ、林の中を行く様はなんだかそのイメージとはちょっと対照的な感じもする。下手すればミステリードラマ?といったら変だが多少の不気味さを感じさせるかのようだ。そういえば霧の中を行く列車を撮ることもなかなかないな。

    甲斐小泉、甲斐大泉と進む。始発の小淵沢もすでに標高は高い(標高881m)が、小海線を進むうちにさらに高度を上げていく。

    そして標高JR第2位の清里に停車。ここで一気に降りて車内はがら空きに。臨時の八ヶ岳高原列車と行き違う。しかしあたりは真っ白だ。ちょうど臨時の八ヶ岳高原列車なるものと行き違いをする。

    次はいよいよJR最高駅の野辺山。アナウンスの前にはお約束、JRの最高駅と一言入る。

    駅における最高は野辺山駅に間違い無いが、駅をのぞいた本当のJRの最高地点は清里駅と野辺山駅の間にあり、標高は野辺山駅よりさらに30m高い1,375mに達する。駅では無いので列車は何事もなく通過してしまうが、その地点には踏切があり、その側にJR最高地点を示す碑が立てられている。時間と足に自信があれば行ってみると良いだろう。今回はさすがにそこまで時間がないのでやめておくw ちなみに最高地点の近くに山梨県と長野県の県境が通っておりこの先長野県に入る。

    最高地点を通過していよいよ最高駅の野辺山へ。ホームにもそれを示す碑がしっかり立てられている。とうとうここでも取り上げる日がやってきたか。


    ここで結構な乗車があり車内も賑わってくる。
    野辺山から少し走ったら少し霧が晴れてきた。地形も少し開けて、林中心の車窓から田畑が入り混じるようになる。しかし八ヶ岳は相変わらず曇っていて上の方がさっぱり見えない。進行方向右手の雲が切れて太陽がいきなり顔を出す。燦々とした日差し。『高原列車は行く』の歌でも浮かんできそうだ。

    山間に家並みが広がって信濃川上。川上村の中心にある駅。標高1,000m台の駅がまだ続くが観光地的な風景は薄れ山間の町を結ぶ生活路線のような風景にだんだん変わってくる。しかし小海線、このあたりは次の駅までの距離・所要時間が長い。小淵沢をでてからまだ5駅、行き違いもそんなに長くなかったが時間はもう40分ほど経過している。ちなみに今走ってきた野辺山〜信濃川上間は駅間距離が小海線最長で8.1kmもある。

    信濃川上は木造の駅舎を持つ昔ながらの駅といった感じだ。

    しかし地図で見るとこの辺の線路はかなり曲がりくねっているのがわかる。

    川を途中渡りながら並行で進む。渡っている川ははきっと信濃川(長野県内では千曲川)だろう。日本最長の川は甲武信ヶ岳を水源として小海線沿いに佐久地方を北上し小諸、上田などを抜けて長野に達し新潟方面へ流れるというルートを取っている。小学校の時に最長とは習いつつも、どう流れるのかと思ったらそんなルートを取っていたのか。

    松原湖を過ぎる。湖からは離れていて湖畔の景色は拝めないものの、景色の良い車窓が続く。天気はすっかり秋晴れになった。

    路線の名前になっている小海に到着。主要駅で一定の乗り降りあり。ホームに隣接して診療所があり立派だ。ここで5分停車し行き違い、ハイブリッドのキハE200系とすれ違う。

    ちょうど小海が中心駅であるかのように、路線の風景もここからまた少し変わってくる。この先佐久の中心部に向けて山から下って町に入っていく感じになる。家並みもあまり途切れなくなり、駅間距離もこのあたりまで長かったがこの先は一転して短くなり1〜2km程度になる。小海線の場合最初が相当長いだけに、かなり短く感じる。

    馬流、地元の学生が乗ってくる。佐久市へ向けて客が増え始める区間か。八千穂駅に出ていた名所案内は、どこも駅から10〜20kmも離れていて、徒歩で行くのは結構ムチャだ。というかこれなら近隣の他の駅からもいけそうなもんだが…。
    気づけば車内は学生中心に乗客が増え、すっかり地元の通勤通学路線の趣になった。座席はとうに埋まり立ち客も結構出ている。関東なら八高線に近いか。八ヶ岳高原線の愛称を持つ小海線だが、この辺りではそのイメージはあまりなくなっている…。

    山をバックに佐久市街が広がるのが見え始め、太田部。次の中込は佐久市中心部にあり乗降が多い。また小海線の運行の拠点で構内は広く、ここから小諸までの区間運転の列車も多い。

    岩村田で一気に学生が降りた。この駅は中込よりも乗客数が多い。小淵沢を出た時の静けさと霧の中の風景はまるでなかったかのようだ。ちょうどここを中山道が通っており、かつて岩村田宿があったということで古くから宿場として栄えてきたようだ。

    岩村田を出ると路線は高架になって佐久平に着く。北陸新幹線との乗換駅だが新幹線も高架だろうと思いきやなかなか見えない。知らなかったが小海線の方が高架で新幹線は地上にホームがあるのだった。普通これは逆のことがほとんどだから珍しいものだ。

    地上に降りてすぐ中佐都。岩村田から佐久平を挟んで中佐都まで各々駅間距離は0.9kmと1kmを割っており小海線では最短となる。もともと佐久平駅は存在せず、新幹線開業に合わせて小海線に駅が新設されたためでもある。
    国鉄型気動車の復刻塗装をされたキハ110とすれ違う。ちなみに車両番号がこれまた珍妙な111-111!そう言えば中込にはこれまた珍しいタラコ色がいたなw 小海線が平成27年で開業80周年となるのを記念したものだそうである。

    三岡を出てs字カーブを描くと、かつての信越本線であるしなの鉄道に合流する。ここから終点の小諸まで線路が平行しており小海線は途中乙女、東小諸の駅があるが、しなの鉄道は小諸まで駅がなくお互い小諸まで行かないと乗り換えはできない。

    遠くの方を見ると長い山裾に家々が点在する風景がなんだか長野らしさを感じさせる気がする。減速してホームが広がり、終点小諸に到着する。


    せっかく信州に来たからにはやはり蕎麦を堪能したいと思い、出発前から気になっていた駅前懐古園のそばにある草笛本店でそばでも(別にオヤジギャグじゃないぞw)、と思ったが事前にちょっと把握してはいたものの予想以上の人気ぶりで長〜い順番待ちであった。残念ながら時間の限りで諦めて別の蕎麦屋で天ぷら蕎麦を楽しむ。でも蕎麦はやっぱりうまい。
    腹も満たしたところでしなの鉄道に乗り長野市内を目指す。

    祐天寺から

    いきなりこんなタイトルではナンノコッチャという感じだろうが、まあ通な方はこれだけみてもすぐにピンと来るかもしれない。ということで、行ってるようで行ってなかった、兼ねてから行って見たいと思っていた、通な方には(最近はそうでなくても?)有名な祐天寺のカレー店、ナイアガラに足を運んだわけです。

    この手の店として愛好者なら好きな方も多いだろうし色んなところで紹介されてるだろうから、細かい説明は割愛するが取り敢えず店内店外問わず(!)鉄道グッズをそこかしこにひたすら散りばめたカレー店である。

    まずは東横線で祐天寺駅に降りる。各駅停車しか停車しない。そう用事のある地域でもなく祐天寺駅に敢えて降りたこともない。

    ちょうど上下線のホームの間にもう一本の線路を敷く工事が進行中で、完成するとこの駅でも列車の追い抜きが可能になる。しかし高架という拡張がやりづらい環境で、うまいことホームを後退させてスペースを設けたものである。祐天寺に限らず東急線沿線は割とびっちり宅地化されていて線路の周囲に余裕のない箇所がほとんどである。つい10年ほど前まで武蔵小杉〜日吉間の高架化も余裕のないところで線路の上に高架が建設されていた。難工事であることは容易に想像でき見ている方もなかなか胸躍る(?)ものであった。
    祐天寺駅を出て線路沿いの路地を中目黒方面に向かって歩く。駅前にケンタッキーがあるがそこにその店の広告が道案内のごとく掲げられていた。しかし飲食店それもチェーン店の入る建物に広告がかかげられているとはちょっと挑戦的な印象。
    ちょうど右に折れて線路から離れた先にその店はあった。そしてその辺まで来る頃踏切の音が聞こえて来る。東横線が近いのでそちらの踏切の音かと思いそうになるがこの界隈の東横線は高架なので踏切は存在しない。店に近づくとだんだん音が大きくなる、ということで店の前に踏切が置かれていてそいつがずっと鳴りっぱなしということであった。


    店の周囲は住宅街で、最初は店に近づかないと存在にちょっと気づきにくいかもしれない。しかし踏切の音が聞こえると思わず反応してしまうだろう。ちなみに踏切の音は周囲に配慮してかボリュームは控えめにされているようだ。さすがに普通の踏切の音量でずっとカンカン鳴らされたらたまらないというか、本当に間違えそうだ。

    店の入口のドアは、客車の乗降用ドアがそのまんま使われている。押して入るのだが客車のドアって折戸式だしそもそも自分で開けることまずないので、まあ、慣れない…。(笑)

    店内に入るとカウンター数席にボックス席というこぢんまりした配置。

    まずは最初に食券を購入、そしてこれは昔からなのだろうか、メイドさん風の女性店員が接客をされていて食券を渡す。こうして書くと一見、昨今の風潮を連想してしまうが、あくまでもそう言う格好というだけで接客は(後で書くがある部分を除いては)普通の店員さんである(というか、今こんなスタイルがあまり見られなくなって物珍しいだけの話だろう)。ついでに食券機も駅の券売機風なデザインにして切符調の券がでてきたら面白いかも、ってそんなこと注文してどうする…。

    好きな人はとうに足を何度も運んでることだろうし、あくまでお店の中ではあるし、あんまりむやみに中のことを載せては逆につまらないだろうし、とはいってもとっくのとうにメディアやらネットやらで紹介されてしまってるだろうから、店内の写真をここにあれやこれや載せたりあんまり細かく書いたりするのはよそうと思うが、とにかく中は鉄道関連で埋め尽くされている。取り敢えずまだ行ったことないという方は是非足を運んでみて下さい、はい(笑)!

    筆者はカウンターに座ったが、ボックス席の方は昔の車両で使われていた鉄道車両のボックス席(固定式のクロスシート)である。壁には国鉄時代のものであろう駅名の看板、 カウンターの向こうはまるで駅さながらに「定期券はハッキリとお見せ下さい」とある。その横には駅長さんから寄せられた色紙が掲げられている。そして大きな丸いものがかかっていると思ってよくみたら0系の団子鼻だ!

    カウンター席のテーブルはガラスになっていて中には模型が並べられている。そして筆者は直接味わえなかったもののボックス式の座席には線路が通じていて、SL牽引の模型列車が料理を運んできてくれる。メイドさんが威勢良く「新幹線カレーが発車しまーす!」などと、駅員さん風の掛け声とともに模型を操作している。なんとも徹底的に鉄にこだわった店内だ。

    ハンバーグカレー辛口を頼む。結構本格的なカレーだ。ご飯の盛り方も独特だ。それなりに辛みがあって美味い。店のたたずまいからついカレーのことを忘れそうになってしまうが、来る前にこの店のことをわずかながらも店のサイトで見てみたら、この店の店主ならぬ駅長さんのカレーに対する思いもまた特別なものであったことを知る。

    そしてそんな中でも「カツカレー発車しまーす!」

    威勢のいい発車の合図が何度となく響き渡るw

    つい長居したくなる雰囲気だが、席数がかなり限られているので、食べ終えたは早々に店を出る。言うまでもないだろうが家族連れにも大人気で筆者の入った後にボックス席はすぐ埋め尽くされた。

    店を出ようとすると当のメイドさんに呼び止められた。何かと思えば記念に切符を発行してもらえるとのことだった。記念のスタンプとともにありがたく頂戴する。

    滅多に来ないこの辺りだが、少し歩くと三宿に近いことがわかり、バスもあるのでそこまで歩くことにした。ということで歩いていたが途中で小雨が降り出し、空も明るいのでまあそんなに長くなかろう、と思ってたらこの野郎、強くなりやがった(笑)というわけで半ばずぶ濡れで三宿からバスに揺られたとさ。

    ともあれ、たまに足を運んでる鉄道模型バーのバー銀座パノラマに加えて、今後時々足を運ぶかもしれないな…。バー銀座も本家の銀座が変わってから行っていないし、また足を運んでみるとするか!

    日帰り日光と餃子の旅(4)

    また間が少し空いてしまった。

    JR日光駅にやってきた。ここから日光線で宇都宮へ向かう。

    日光線は日光駅と宇都宮駅を結ぶJRの路線。全長40.5kmあるが駅は7駅しかなく、駅間距離がかなり長い。全線単線で車両は京葉線の中古を改造し帯を日光線仕様とした205系が使われている。

    日光駅の標高は500m級で、日本国内最高のJR小海線野辺山駅(長野県、標高1,345m)には遠く及ばないものの、関東地方の駅の中ではかなり高い部類である。東京タワーの高さ(333m)を軽く凌ぎ、高さ634mの東京スカイツリーとではてっぺんには負けるものの、お客が入れる最高地点である第二展望台(450m)よりは高い。ちなみに関東で標高が高い駅は高い山地の続く群馬・栃木県にほぼ集中している。

    この標高の高さのため宇都宮との高低差は400m近くあり、ほぼ全線にわたり日光に向かってひたすら登り坂となっている。カーブがきつくなく直線的だし勾配もそれほどきつくはないので箱根登山電車のような本格的山岳路線の雰囲気まではなく普通にスピードを出すが、特に今市周辺から日光間は(並行する東武線もそうだが)車窓からも段々畑などが見えたりして急な地形を登っているのがよくわかる。

    日光を発車するとさっそく宇都宮に向けて急な下り坂を下り始める。先述の通り線路自体は割と直線的で、駅間が長いためそれなりにスピードを出す。

    今市を出ると東武線が右カーブして交差、東京都心方向へ向かう。こちらはそのまましばらく直進し、少し間隔を置いて南下する。両線は間隔を置きながらも鹿沼市内までほぼ並行している。

    鹿沼までは日光例幣使街道にほぼ沿って走り、車窓には杉並木が続く。なかなか見応えある車窓で、気持ちが良い。時に牧場を通過したりするのものどかなもんである。


    鹿沼を過ぎると進路を東にとり宇都宮市街地に入っていく。鶴田あたりでは日光駅周辺の長閑な雰囲気とは打って変わって住宅街に囲まれ都会的になってくる。

    やがて右から東北本線が合流してくる。まるで複々線のようになるが、線路自体は合流しないので日光線はあくまで単線で途中のすれ違いはできない。

    東北新幹線をくぐり終点宇都宮に到着する。宇都宮とはいえありふれた都会の駅。パーティー一同「ああ、都会に帰ってきてしまったな」と、素直な感想を述べるw



    宇都宮駅も日光線のホームは各駅共通のレトロな仕様。

    でも、落ち着きがあってとてもいいと思う。どこも同じような駅デザインになる傾向がある昨今、都内の駅でも全部とは言わないので、どこかでやってもらえないだろうか…。

    折り返しを待つ日光線電車。銀の車体にブラウン濃淡という帯はいままでになかなか見られなかった組み合わせだが暖色系の色ははあっていると思う(見方を変えると「カフェオレ」に見えるという感想はおいといてw)



    ドンキの地下にある宇都宮きらっせで餃子タイム!各店の餃子を食べ比べできる。店毎に個性があって好きな店も分かれたりで面白い。そしてご当地ビールを片手に楽しむw

    個人的には焼き餃子もよかったが宇都宮みんみんの水餃子も推しだった。


    餃子浪漫、なんとも餃子のお供にと言わんばかりのご当地ビール。しかし日光のもそうだったが色も味も上品な印象。私はここで今日初めての酒に入るが、同行者さんはさてこれで何杯目でしょうかwww

    そして酒の弱い筆者はこのあとすっかり眠気に襲われてテーブル席でも帰りの電車の中でもぐうたらしてしまったとさ…。

    楽しい時間、とくに人といる時間というのはあっという間なもの。最終の東武特急スペーシアで帰るべく東武宇都宮から再び東武線へ。

    栃木で最終の上りスペーシア、きぬ140号浅草行きに乗り換える。

    旅の最後を飾る特急、やってきたのはなんと金ピカ仕様の日光詣スペーシアであった。


    思いがけない収穫に一同興奮気味。栃木で撮る方に集中して、ここで乗るのを忘れてしまわないように…。北千住まで揃って乗車し解散。お疲れ様でした。

    (完)

    日帰り日光と餃子の旅(3)

    湯元温泉行きのバスに揺られる日帰り旅。

    バスは中禅寺湖を抜けて奥日光へ。戦場ヶ原を眠っている間に過ぎw、最初の目的地、湯滝。

    湯滝入口のバス停でバスを降り、道路から少し下ったところにある。湯ノ湖から流れ落ちる滝で奥日光三名瀑の一つに数えられている(他に竜頭ノ滝とお馴染み華厳の滝がある)。

    写真で見たことはあったが実物を見るのは初めて。とりあえず写真を出してはおくものの、これは迫力があり過ぎて実際に行かないと味わい難い。

    滝の色は見事なまでに白い!「雪崩かと思った」と同行者。例えとしてはちょっと縁起が宜しくないかもしれないがそう形容してもおかしくはない景観。


    大自然の威力に触れ、マイナスイオンもたっぷり浴びて(笑)、次は中禅寺湖へ戻る。

    ちょうどお昼時となり湖畔の食事処で昼食にする。

    日光といえば湯葉が名産、湯葉定食、湯葉そば、湯葉丼など湯葉尽くしの料理がメニューに並んでいて流石だと思う。ご当地グルメ色々あるけどやっぱり、こういう滅多に食べないものを食したくなるもの。そばを食べたかったので迷わず湯葉そばを頼む。そして同行者は迷わずここでもビールw 筆者は飲めないが(汗)ご当地ビールってのもなかなか面白いもので見た目や味がやはり全然違うものだ。


    湯葉そばにご飯をつけてみた。そばというかまるでラーメンとライスにも見えるかw 

    食後はお土産を買いつつ中禅寺湖畔を散策。華厳の滝も忘れずに。

    小学校の修学旅行以来で、あんまり記憶にない…。エレベーターがあってそれで滝壺まで降りたのだけは辛うじて覚えている程度だ。

    しかしエレベーターで降りるだけの高さとあって、実際来てみると改めて滝の高さが半端ではないことに気づく。今回はエレベーターで降りずに展望台から見下ろしたが展望台もかなり高い。そして高所恐怖症な筆者…。

    下の方に見える細い滝との共演も美しいものだが、相当下の方にあるだけにそれらを見てるだけで怖さも増幅されるようだ…。

    中禅寺湖も散策。華厳の滝の源となる湖だが滝があることをうかがわせないほど実に穏やかなこと。もちろん、スワンボートなどの観光客お約束の乗り物も完備(笑)


    良い腹ごなしになった。

    夕方は宇都宮で餃子を食べながらまたビールwってことになってるので、時間をとるためさっさと移動する。この辺りは本数があまりないので制約される。

    バスで日光駅へ戻り、JR日光線で宇都宮を目指す。