祐天寺から

いきなりこんなタイトルではナンノコッチャという感じだろうが、まあ通な方はこれだけみてもすぐにピンと来るかもしれない。ということで、行ってるようで行ってなかった、兼ねてから行って見たいと思っていた、通な方には(最近はそうでなくても?)有名な祐天寺のカレー店、ナイアガラに足を運んだわけです。

この手の店として愛好者なら好きな方も多いだろうし色んなところで紹介されてるだろうから、細かい説明は割愛するが取り敢えず店内店外問わず(!)鉄道グッズをそこかしこにひたすら散りばめたカレー店である。

まずは東横線で祐天寺駅に降りる。各駅停車しか停車しない。そう用事のある地域でもなく祐天寺駅に敢えて降りたこともない。

ちょうど上下線のホームの間にもう一本の線路を敷く工事が進行中で、完成するとこの駅でも列車の追い抜きが可能になる。しかし高架という拡張がやりづらい環境で、うまいことホームを後退させてスペースを設けたものである。祐天寺に限らず東急線沿線は割とびっちり宅地化されていて線路の周囲に余裕のない箇所がほとんどである。つい10年ほど前まで武蔵小杉〜日吉間の高架化も余裕のないところで線路の上に高架が建設されていた。難工事であることは容易に想像でき見ている方もなかなか胸躍る(?)ものであった。
祐天寺駅を出て線路沿いの路地を中目黒方面に向かって歩く。駅前にケンタッキーがあるがそこにその店の広告が道案内のごとく掲げられていた。しかし飲食店それもチェーン店の入る建物に広告がかかげられているとはちょっと挑戦的な印象。
ちょうど右に折れて線路から離れた先にその店はあった。そしてその辺まで来る頃踏切の音が聞こえて来る。東横線が近いのでそちらの踏切の音かと思いそうになるがこの界隈の東横線は高架なので踏切は存在しない。店に近づくとだんだん音が大きくなる、ということで店の前に踏切が置かれていてそいつがずっと鳴りっぱなしということであった。


店の周囲は住宅街で、最初は店に近づかないと存在にちょっと気づきにくいかもしれない。しかし踏切の音が聞こえると思わず反応してしまうだろう。ちなみに踏切の音は周囲に配慮してかボリュームは控えめにされているようだ。さすがに普通の踏切の音量でずっとカンカン鳴らされたらたまらないというか、本当に間違えそうだ。

店の入口のドアは、客車の乗降用ドアがそのまんま使われている。押して入るのだが客車のドアって折戸式だしそもそも自分で開けることまずないので、まあ、慣れない…。(笑)

店内に入るとカウンター数席にボックス席というこぢんまりした配置。

まずは最初に食券を購入、そしてこれは昔からなのだろうか、メイドさん風の女性店員が接客をされていて食券を渡す。こうして書くと一見、昨今の風潮を連想してしまうが、あくまでもそう言う格好というだけで接客は(後で書くがある部分を除いては)普通の店員さんである(というか、今こんなスタイルがあまり見られなくなって物珍しいだけの話だろう)。ついでに食券機も駅の券売機風なデザインにして切符調の券がでてきたら面白いかも、ってそんなこと注文してどうする…。

好きな人はとうに足を何度も運んでることだろうし、あくまでお店の中ではあるし、あんまりむやみに中のことを載せては逆につまらないだろうし、とはいってもとっくのとうにメディアやらネットやらで紹介されてしまってるだろうから、店内の写真をここにあれやこれや載せたりあんまり細かく書いたりするのはよそうと思うが、とにかく中は鉄道関連で埋め尽くされている。取り敢えずまだ行ったことないという方は是非足を運んでみて下さい、はい(笑)!

筆者はカウンターに座ったが、ボックス席の方は昔の車両で使われていた鉄道車両のボックス席(固定式のクロスシート)である。壁には国鉄時代のものであろう駅名の看板、 カウンターの向こうはまるで駅さながらに「定期券はハッキリとお見せ下さい」とある。その横には駅長さんから寄せられた色紙が掲げられている。そして大きな丸いものがかかっていると思ってよくみたら0系の団子鼻だ!

カウンター席のテーブルはガラスになっていて中には模型が並べられている。そして筆者は直接味わえなかったもののボックス式の座席には線路が通じていて、SL牽引の模型列車が料理を運んできてくれる。メイドさんが威勢良く「新幹線カレーが発車しまーす!」などと、駅員さん風の掛け声とともに模型を操作している。なんとも徹底的に鉄にこだわった店内だ。

ハンバーグカレー辛口を頼む。結構本格的なカレーだ。ご飯の盛り方も独特だ。それなりに辛みがあって美味い。店のたたずまいからついカレーのことを忘れそうになってしまうが、来る前にこの店のことをわずかながらも店のサイトで見てみたら、この店の店主ならぬ駅長さんのカレーに対する思いもまた特別なものであったことを知る。

そしてそんな中でも「カツカレー発車しまーす!」

威勢のいい発車の合図が何度となく響き渡るw

つい長居したくなる雰囲気だが、席数がかなり限られているので、食べ終えたは早々に店を出る。言うまでもないだろうが家族連れにも大人気で筆者の入った後にボックス席はすぐ埋め尽くされた。

店を出ようとすると当のメイドさんに呼び止められた。何かと思えば記念に切符を発行してもらえるとのことだった。記念のスタンプとともにありがたく頂戴する。

滅多に来ないこの辺りだが、少し歩くと三宿に近いことがわかり、バスもあるのでそこまで歩くことにした。ということで歩いていたが途中で小雨が降り出し、空も明るいのでまあそんなに長くなかろう、と思ってたらこの野郎、強くなりやがった(笑)というわけで半ばずぶ濡れで三宿からバスに揺られたとさ。

ともあれ、たまに足を運んでる鉄道模型バーのバー銀座パノラマに加えて、今後時々足を運ぶかもしれないな…。バー銀座も本家の銀座が変わってから行っていないし、また足を運んでみるとするか!

日帰り日光と餃子の旅(4)

また間が少し空いてしまった。

JR日光駅にやってきた。ここから日光線で宇都宮へ向かう。

日光線は日光駅と宇都宮駅を結ぶJRの路線。全長40.5kmあるが駅は7駅しかなく、駅間距離がかなり長い。全線単線で車両は京葉線の中古を改造し帯を日光線仕様とした205系が使われている。

日光駅の標高は500m級で、日本国内最高のJR小海線野辺山駅(長野県、標高1,345m)には遠く及ばないものの、関東地方の駅の中ではかなり高い部類である。東京タワーの高さ(333m)を軽く凌ぎ、高さ634mの東京スカイツリーとではてっぺんには負けるものの、お客が入れる最高地点である第二展望台(450m)よりは高い。ちなみに関東で標高が高い駅は高い山地の続く群馬・栃木県にほぼ集中している。

この標高の高さのため宇都宮との高低差は400m近くあり、ほぼ全線にわたり日光に向かってひたすら登り坂となっている。カーブがきつくなく直線的だし勾配もそれほどきつくはないので箱根登山電車のような本格的山岳路線の雰囲気まではなく普通にスピードを出すが、特に今市周辺から日光間は(並行する東武線もそうだが)車窓からも段々畑などが見えたりして急な地形を登っているのがよくわかる。

日光を発車するとさっそく宇都宮に向けて急な下り坂を下り始める。先述の通り線路自体は割と直線的で、駅間が長いためそれなりにスピードを出す。

今市を出ると東武線が右カーブして交差、東京都心方向へ向かう。こちらはそのまましばらく直進し、少し間隔を置いて南下する。両線は間隔を置きながらも鹿沼市内までほぼ並行している。

鹿沼までは日光例幣使街道にほぼ沿って走り、車窓には杉並木が続く。なかなか見応えある車窓で、気持ちが良い。時に牧場を通過したりするのものどかなもんである。


鹿沼を過ぎると進路を東にとり宇都宮市街地に入っていく。鶴田あたりでは日光駅周辺の長閑な雰囲気とは打って変わって住宅街に囲まれ都会的になってくる。

やがて右から東北本線が合流してくる。まるで複々線のようになるが、線路自体は合流しないので日光線はあくまで単線で途中のすれ違いはできない。

東北新幹線をくぐり終点宇都宮に到着する。宇都宮とはいえありふれた都会の駅。パーティー一同「ああ、都会に帰ってきてしまったな」と、素直な感想を述べるw



宇都宮駅も日光線のホームは各駅共通のレトロな仕様。

でも、落ち着きがあってとてもいいと思う。どこも同じような駅デザインになる傾向がある昨今、都内の駅でも全部とは言わないので、どこかでやってもらえないだろうか…。

折り返しを待つ日光線電車。銀の車体にブラウン濃淡という帯はいままでになかなか見られなかった組み合わせだが暖色系の色ははあっていると思う(見方を変えると「カフェオレ」に見えるという感想はおいといてw)



ドンキの地下にある宇都宮きらっせで餃子タイム!各店の餃子を食べ比べできる。店毎に個性があって好きな店も分かれたりで面白い。そしてご当地ビールを片手に楽しむw

個人的には焼き餃子もよかったが宇都宮みんみんの水餃子も推しだった。


餃子浪漫、なんとも餃子のお供にと言わんばかりのご当地ビール。しかし日光のもそうだったが色も味も上品な印象。私はここで今日初めての酒に入るが、同行者さんはさてこれで何杯目でしょうかwww

そして酒の弱い筆者はこのあとすっかり眠気に襲われてテーブル席でも帰りの電車の中でもぐうたらしてしまったとさ…。

楽しい時間、とくに人といる時間というのはあっという間なもの。最終の東武特急スペーシアで帰るべく東武宇都宮から再び東武線へ。

栃木で最終の上りスペーシア、きぬ140号浅草行きに乗り換える。

旅の最後を飾る特急、やってきたのはなんと金ピカ仕様の日光詣スペーシアであった。


思いがけない収穫に一同興奮気味。栃木で撮る方に集中して、ここで乗るのを忘れてしまわないように…。北千住まで揃って乗車し解散。お疲れ様でした。

(完)

日帰り日光と餃子の旅(3)

湯元温泉行きのバスに揺られる日帰り旅。

バスは中禅寺湖を抜けて奥日光へ。戦場ヶ原を眠っている間に過ぎw、最初の目的地、湯滝。

湯滝入口のバス停でバスを降り、道路から少し下ったところにある。湯ノ湖から流れ落ちる滝で奥日光三名瀑の一つに数えられている(他に竜頭ノ滝とお馴染み華厳の滝がある)。

写真で見たことはあったが実物を見るのは初めて。とりあえず写真を出してはおくものの、これは迫力があり過ぎて実際に行かないと味わい難い。

滝の色は見事なまでに白い!「雪崩かと思った」と同行者。例えとしてはちょっと縁起が宜しくないかもしれないがそう形容してもおかしくはない景観。


大自然の威力に触れ、マイナスイオンもたっぷり浴びて(笑)、次は中禅寺湖へ戻る。

ちょうどお昼時となり湖畔の食事処で昼食にする。

日光といえば湯葉が名産、湯葉定食、湯葉そば、湯葉丼など湯葉尽くしの料理がメニューに並んでいて流石だと思う。ご当地グルメ色々あるけどやっぱり、こういう滅多に食べないものを食したくなるもの。そばを食べたかったので迷わず湯葉そばを頼む。そして同行者は迷わずここでもビールw 筆者は飲めないが(汗)ご当地ビールってのもなかなか面白いもので見た目や味がやはり全然違うものだ。


湯葉そばにご飯をつけてみた。そばというかまるでラーメンとライスにも見えるかw 

食後はお土産を買いつつ中禅寺湖畔を散策。華厳の滝も忘れずに。

小学校の修学旅行以来で、あんまり記憶にない…。エレベーターがあってそれで滝壺まで降りたのだけは辛うじて覚えている程度だ。

しかしエレベーターで降りるだけの高さとあって、実際来てみると改めて滝の高さが半端ではないことに気づく。今回はエレベーターで降りずに展望台から見下ろしたが展望台もかなり高い。そして高所恐怖症な筆者…。

下の方に見える細い滝との共演も美しいものだが、相当下の方にあるだけにそれらを見てるだけで怖さも増幅されるようだ…。

中禅寺湖も散策。華厳の滝の源となる湖だが滝があることをうかがわせないほど実に穏やかなこと。もちろん、スワンボートなどの観光客お約束の乗り物も完備(笑)


良い腹ごなしになった。

夕方は宇都宮で餃子を食べながらまたビールwってことになってるので、時間をとるためさっさと移動する。この辺りは本数があまりないので制約される。

バスで日光駅へ戻り、JR日光線で宇都宮を目指す。

日帰り日光と餃子の旅(2)

東武日光に着いて湯元温泉行きのバスに乗り込む。いよいよ本当の日光の旅の始まりだ。日光に来たのはどれくらいぶりだろうか。

普通の路線バスではあるが観光バス仕様の車両。乗り心地も上々だ。

まずはメインストリートを通って東照宮、神橋といった日光市中心部の観光地を抜けていく。とても賑やかなポイントだ。しかしひとたびそこを抜けると人気は無くなり始めこの辺りの一角を占める古河電工関連の建物を見ながら奥日光の山に向かってひたすら登り始める。

日光宇都宮道路と合流するとほどなくして馬返に達する。ここからはいよいよいろは坂に入る。そういえばここでいろは坂を取り上げるというのもちょっと今まで思ってもなかったかも。

ここまででもそれなりな登りで標高を稼いできたがここからは急峻な登りになる。目の前には奥日光の山が壁のように立ちはだかり道はその山へとつづら折れを続ける。

ちなみに今でこそ日光の鉄道網はJR日光駅、東武日光駅を終端とするだけになってしまったが、その昔は東武鉄道の軌道線(路面電車)が日光市内を貫いておりここ馬返まで到達していた。そして馬返からはこらまた東武鉄道運営のケーブルカーがあり、いろは坂終端に近い明智平までを結んでいた。その時代まだいろは坂は整備途上(今いろは坂は上り下りで道路が別々にされているが、この当時は上下共用の道路一本しかなかった)で、日光市内の移動手段としても鉄道がメインだったことがうかがえる。しかしモータリゼーションの進展や、いろは坂が改良されて上下別々の道路になるなど道路事情も改善されると、急速に勢いを失い廃止に追い込まれてしまった。というわけで現在はもっぱらバスがこの地の公共交通を担っている。

いろは坂を登るのは自動車、バイクがほとんどだが中には自転車はては徒歩やランニングなど人力で登る者もいる。今日もバスに乗っていてそんな人たちを時折追い越しては一同感心する。ちなみに走っていると歩道がないので一見すると自動車専用にも見えるが、特にそのように指定されてはいないので徒歩で登ることも可能である。ただ正直なところひっきりなしに車が通る上に、つづら折れで時々大型バスなんかが四苦八苦しながら通ることを考えるとその横を申し訳なさそうに登っていくしかないし、休憩ポイントもほぼ皆無なところを長い距離登らなくてはならない。冒険心からでもなければあんまり積極的に徒歩で登ろういう気にはなれない…。ちなみにそもそも人力で馬返までくるまででも延々と登り坂である。

坂ではあるが木々に覆われており遠くの景色を拝めるところはそんなにない。しかし時々覗く景色は絶景である。

上の方まで登っていくと明智平。レストハウスがあり休憩ポイント的な場所になっている。ここからロープウエイが展望台まで結んでおり中禅寺湖方面を一望できる。


明智平を過ぎると長いトンネルを経ていよいよ中禅寺湖畔にでる。湖とその周囲には土産屋や食事処などが立ち並び町のような景観で、ここまで急峻なな山岳道路だったのが嘘のように一気に開けてくる。中禅寺湖周辺は古くから避暑地として注目を集め、諸外国大使館の別荘などが建てられた地域であり日光を国際的観光地に押し上げた大きな要素の一つと言える。


バスは日光駅から国道120号線をずっと走っている。いろは坂を含めてこの辺りのメインストリート的な国道で、この先中禅寺湖畔をしばらく走った後、戦場ヶ原を過ぎて湯滝、湯元温泉と過ぎ、その先は金精峠を越えて群馬県に入り沼田に出るというルートである。
気持ちの良いバスの揺れ、朝早かったこともありこの辺りに来てつい眠くなりうたた寝してしまう。そしてその間に戦場ヶ原を通過してしまった。まあ帰りのバスで見てるからいいのだがw

日帰り日光と餃子の旅(1)

ちょっと忙しくなり大した旅もしなかった今日この頃。

気の置けない仲間と久々に再会。ひょんなことから日帰り旅をすることになった。

宇都宮餃子を食べたいということになり行き先は日光、宇都宮方面ということになった。

休日早朝から浅草駅に集合、8時ちょうどの特急スペーシアでまずは日光へ向かう。スペーシアに乗るのも何年ぶりだろうだろうか。

スペーシアのシートの作りの良さには毎回感心させられる。頭のところには枕も付いていて寝るにもうってつけだ。もっともそんな空間で絶えずくっちゃべりながらだから寝る暇などないw

浅草駅を出ると隣駅にそびえるスカイツリーに見送られるように北へ向かう。ちょうど浅草駅を出るところは急な右カーブになっており、乗っているとちょうどスカイツリーを足元にして前方の車両が曲がっていく構図になり絵になるところである。残念ながら写真は撮れず…。

浅草ではガラガラだった車内も北千住、春日部と進むうちに観光客を次々飲み込んで満腹状態になっていくw

いつの間にやら日光線に入り利根川も渡って埼玉県を抜けていく。仲間同士喋っていると時間が経つのはあっという間だ。



 新鹿沼を過ぎて下今市へ。ここで東武日光行きの普通列車に乗り換え。1分の接続なので慌ただしい。2両編成しかなく一気に観光客がなだれ込む。

上今市を過ぎ、杉並木を見ながら勾配をひたすら登って終点東武日光へ。ここからまずは湯滝を目指すべく湯元温泉行きのバスに乗る。

京王バス復刻塗装

京王電車、バス100周年を記念して京王バスも復刻塗装されている。

80年代頃に運行されていたのはこの塗装のバスらしい。だいぶ昔のこと上にバスなんぞ乗らなかったから、覚えていないw


丁寧にも昔の名前の「京王帝都」と書いてある。名前変わってからも10年以上経過している。

渋谷駅から中野坂上駅まで移動するのに渋64系統に乗車した。渋谷区役所を経由して富ヶ谷から環六に入る。

たまにはバスの旅もいい。

寒川神社と相模線廃線跡

東海道線の茅ヶ崎から分岐して北上し、橋本へ向かう相模線。今は茅ヶ崎から橋本の路線のみ、旅客列車のみが運行されており国鉄からJRに受け継がれているが元々は相模鉄道の一路線で相模川の砂利を運ぶための貨物線であった。そのための路線の一つとして寒川駅から支線が分岐していた。本線同様に旅客営業も行っていたが、運行時間は限られ朝夕のみの運行、昭和59年には廃止となっている。

日帰りで湘南方面に出かけた帰り、行ったことのない寒川神社参拝と合わせて訪問してみた。

茅ヶ崎から相模線に乗り寒川へ向かう。相模線は何度か乗ったことがあるが大概は通過するだけで途中駅で降りたことはほとんどない。

寒川駅は寒川町の中心駅で、相模線の中では乗降も多い。昼間は20分間隔と首都圏では本数の少ない部類に入る相模線、ホームには結構人が待っていた。

寒川神社自体は隣の宮山駅が近いため、車内放送ではその旨しきりに案内されており、寒川駅においても最寄駅と思って降りてしまった人向けか、ホームから改札に出る階段にやはり宮山駅が最寄駅である旨しつこく書かれている。実際宮山駅からだと神社まで500mほどなので確かに近い。

しかし寒川神社の表参道自体は寒川町の中心部から出ているため、そちらも含めて全部歩きたいのであれば寒川駅で降りる必要がある。表参道は後で取り上げるが緑に囲まれていていかにも神社らしく散策にもいい。寒川駅からだと1.5kmほど歩くことにはなるが、足に自信のある方は歩いてみるのもいいだろう。筆者は廃線跡探訪も兼ねていたため、寒川駅で降りた。


寒川駅。左側の下り線の隣に寒川支線が並んでいた。

寒川駅を発車する橋本行き電車。支線が存在していた分、敷地は広々としている。

少し進むと相模線本線から分岐していく。写真の県道を渡ったところからは線路跡が遊歩道になっている。

遊歩道入口近くの大門踏切から寒川神社の表参道が始まっている。こちらは後ほど向かうことにしよう。

線路跡の遊歩道を歩いていく。よく整備されている。


途中には踏切跡だろうか、道路交差部にレールが残されており動輪が置かれていた。

少し進むと一之宮公園に入る。公園内には支線の線路がほぼそのまま残されている。

廃線から30年以上経過してはいるが、ここまで間近に線路を観察?できる場所もそんなにない。

公園が終わる箇所で線路もいきなり終わる。こんな線路が残ってるなら遊具か何かで手漕ぎのトロッコみたいなやつでもあったら面白いのにと思うが、距離にしては短すぎるし管理のことも考えたら面倒だろうか。レール幅も国鉄標準の1,067mm、鉄道にしては普通だが公園の施設にするにしては広すぎる…。

公園の先で再び線路跡を活用した遊歩道に戻り、少し歩いて道路を渡るとほどなく八角広場という広場に着く。八角形の噴水がありこの名前にっているのだろうがこの日は噴水は止まっていた。

この八角広場が、かつての寒川支線の終着駅、西寒川駅があった場所である。

広場の奥に進むと西寒川駅と隣接していた相模海軍工廠の跡を示す石碑が立てられており、例によってその付近には線路が少し残されている。



ちなみに広場の前の通りには神奈中バスの八角広場前のバス停があり、茅ヶ崎駅と寒川駅を結ぶ系統が発着する。寒川支線が廃止されてからも一応交通機関が確保されているような格好だ。しかしバスの本数は少なく昼間は40分に一本しかない上、寒川駅まで歩いてもそう遠くない距離である。

ちなみに写真奥に見えている高架橋は圏央道で、その横には相模川が南北に流れている。

八角広場から圏央道沿いの道を歩いて先の県道に戻る。この辺りは二層になっていて都市高速のような景観だ。

都会から少し離れて上空に何もなく相模川沿いとあって広々とした空間、ローカルさを残す相模線の好きなところでもあったが、圏央道の開通ですっかり景観が変わってしまった。

県道に架かる橋から相模川を望む。
寒川駅近くの踏切まで戻って寒川神社表参道に入るとしよう。

1kmほど森林に囲まれた参道が続く。車道なのでそこそこに車の往来はあるが気持ちが良い。ちなみに寒川神社は交通安祈願でもよく知られている。


本殿に入りお参りする。ちょうど海の日の連休となったが関連の祭典があるようだ。

参拝を終えて帰路へ。茅ヶ崎海岸も行ったのでちと歩き疲れた。

帰りは神社最寄りの宮山駅から帰ることにする。参道の途中にはJR宮山駅の案内がされている。

500mほど歩いて宮山駅へ。
神社の周辺には宮山駅の方向を示す案内が割とあるのだが離れてしまうと宮山駅前の信号の所までそれらしい案内がない。相模線自体は神社の脇近くを走っており踏切の音も分かるくらいなのでそんなに困ることはないのだろうが、ちょっとわかりにくい。駅は信号に隣接したコンビニの横の路地を入った所に位置する。

駅はホーム一本のみ、無人駅でなのでかなり小ぶりだ。寒川神社最寄りということで初詣客を考慮してか臨時の出入口も設けられている。

宮山駅のすぐ北側(橋本寄り)には圏央道寒川北インターチェンジがある。圏央道はこの先隣の倉見駅にかけて、相模線の線路のほぼ真上に建設されている。高速道路が出来るってことで当然ではあるものの何もなかった所に突如として建造物が覆い被さることになったわけだ…。

新たな世界遺産への道(3)

上州富岡駅で下車。富岡製糸場へ。

富岡製糸場、初めてやってきたが
世界遺産になったら入場券まちのすごいひと。お土産屋で先に買っておいてよかった。

上州富岡からさらに西へ。高台に上っていく。眼下に鏑川の清流。上州一ノ宮。景色がいい。

のどかな風景が広がる。カーブも少し増えてきた。

南蛇井を過ぎる。一気に山になって急カーブを曲がりながら進む。

千平を過ぎて終点下仁田へ。駅間距離は3.8kmで上信線最長である。しかも路線は急カーブが続き徐行運転するため所要時間も距離の割に相当長く、3.8kmの距離に7分ほどかかる。普通なら3、4分くらいで着く距離だろう。

終点下仁田駅。山間の閑静な雰囲気の中に昔ながらの駅構内。


帰りに南高崎で降りて、ひとっぷろ!日頃の疲れを癒す…。


そして最後はいつも通り?のだるま弁当片手に高崎線で帰路へ。

(完)

新たな世界遺産への道(2)

12:53の下仁田行きでまずは上州富岡へ向かう。高崎の市街地を走るが、隣の南高崎を過ぎるとのどかな風景が広がり始める。コトコトと音を立てながらのんびりと走る。

上越新幹線の高架橋の足下を邪魔そうに交差しながら走る。その交差地点には新駅の佐野のわたし駅がある。

神流川を渡り、根古谷へ。窓からの風が強い。このあたりから高台にへばりついて走り、高崎商科大学前。進行方向左手は少し離れて上越新幹線が並行している。左右にきつくカーブしゆっくり進む。

山名、旧西武101系と行き違い。右カーブで西に向きを変えていき、車窓には沿線の山々が近づいてくる。

のんびり走っていたが、このあたりから直線になってスピードを出す。途中高崎近郊町、吉井も走る。以前は吉井町であったが平成21年に高崎市に合併している。

全線にわたり近くに上信越自動車道が並行しており、吉井、富岡、下仁田とインターチェンジがある。しかし車窓からはほとんど見えず、神農原〜南蛇井間でくぐる程度である。

車中心であろう群馬県とあって事情はそれなりに厳しそうだが、沿線に学校が多く学生の利用が結構多いようだ。なんとかこの活気を維持して欲しいところ。

上州富岡に到着、駅舎はリニューアルされている。綺麗で立派なものだが、デザイン的にもうちょいレトロ調にならなかったかという気もする。

駅舎は建て替えられたが、駅ホーム部は昔のままの佇まい。

富岡製糸場は徒歩10分、しばしの非日常の散策といこう。

新たな世界遺産への道(1)

高崎を起点に下仁田まで、群馬県西部をほぼ東西方向に結ぶローカル私鉄。途中、つい最近世界遺産になった富岡製糸場を要する富岡市を経由する。

起点の高崎駅。高崎線、上越新幹線を筆頭に群馬方面のJR各線が発着するターミナル駅。長大なJRのホーム群を横目に、駅の南端に上信電鉄のホームが存在する。実際上信線の敷地もJRの所有物であり賃貸契約を結んでいるらしい。ホームはかつてのJRの1番線と共有されており、一見するとJRのホームとつながっていてそのまま入れそうな雰囲気だが、柵で仕切られており、乗り換えは一旦改札を出て出口の階段を降り、上信線の入り口から入る必要がある。

ホームは0番線のみ、1線しかないので1列車しか入れない。上信線自体も全線単線である。



上信線高崎線の出入口付近、富岡製糸場・荒船風穴の世界遺産登録を祝う看板が目を引く。群馬県西部の地元の足が中心のローカル私鉄だが、世界遺産へのアクセスをも担うことになっては、なんだか重みが増した感がある。

ところで写真に写っている駅のお蕎麦やさん、なかなか良さげじゃないですか。でも筆者は既に高崎駅周辺で昼飯を済ませてしまってました。(残念)


上信線のりばは0番線、富岡しるくちゃんがお出迎え。富岡製糸場の案内も多い。


駅の端には車両を用いた待合室が設けられている。

駅構内は広告に混じって演歌歌手のポスター、ご当地ムードが高まる。

というわけで世界遺産、富岡製糸場を経て下仁田まで上信線の旅に出るとしよう。