東武のりつぶし(6)

東武のりつぶしの旅も6回目になった。今回は小泉線に乗車する。
小泉線はちょっと変わった路線で、館林〜西小泉間の路線と、前者の途中駅である東小泉〜太田間を結ぶ路線とで構成されていて、列車も別建てである。案内上はどちらも小泉線であり、特に区別はされていないようだ。しかしここでは便宜上、前者を本線、後者を支線とさせてもらおう。
今回は太田から入るということで、まず支線に乗って東小泉へ行き、そこから本線で一旦館林に出て、戻って西小泉へ行って終ることにした。

太田には2両編成の8000系ワンマンカーが止まっている。当時の支線は基本的に東小泉〜太田間、わずか3駅をひたすら往復するだけの形態。1時間に1本だから、1本の車両が往復するだけだった。なお、2013年現在は桐生線との直通運転が基本となっており東小泉から太田経由で赤城まで運行される。
高架の太田駅を出るとすぐに右にカーブして伊勢崎線と分かれ、高架を降りて行く。途中小さな竜舞(りゅうまい)を過ぎるともう次は東小泉である。基本的に太田の市街地を走っており竜舞駅の近くは住宅街だし富士重工の工場もある。しかしそれでも基本的に1時間に1本しか列車は来ない。
ちなみにこの小泉線西小泉〜太田間の支線は昭和16年に開業したもので、当時は第二次世界大戦下でこの地にあった中島飛行機関連の輸送を目的に人員、物資輸送の為の路線建設が強化されていた。かつて熊谷から利根川手前までの妻沼までを結ぶ熊谷線があったが、これも利根川を渡って小泉線とつなぐことで熊谷(高崎線方面)とこの地とを結ぶ輸送ルートを確保するためであった。戦時下の建設とあって資材不足もあり、日光線の一部区間を単線にすることで建設資材を捻出したとされる(戦後、日光線は再び全て複線に戻っている)。しかしこちらは完成する前に終戦となり、利根川の橋脚建設が行われた段階で中断、線路は繋がることはなく熊谷線も廃止されて、今の小泉線だけが残り営業を続けている。小泉線が現在のような奇妙な形になったのはこのような経緯がある。

 

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東小泉駅。西小泉へ向かう本線と太田へ向かう支線が分岐。元々は単なる信号所だったらしく、本数、乗客も少ないためか駅は小さい。ちなみに路線が「小泉線」、駅も「東小泉駅」なのに、所在地は「群馬県大泉町」と書いてある(もちろん間違いではない)。ちょっとツッコミたくなるところだが、それについては後々触れることにしよう。

 

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東小泉に停車中の8000系2両編成ワンマンカー。太田までの2駅をひたすら往復していた。しかし東小泉、この列車も含めて乗客は少なく寂しい状態だ。駅周辺まで宅地化されているが、この辺りはやはり自動車が主体である。

投稿者プロフィール

smith
学生時代に旅行好きから発展(?)して鉄道好きになり、かれこれ10年以上ヒマを見つけては主に乗り鉄を楽しんでいます。
最近は車両面などの関心も強まって少しずつ撮り鉄にもなりつつあります。興味対象についてはあまり限定せずに幅広く、程よくがモットー、のつもりでおりますが本ブログでどれくらい反映出来るか、果たしてどうでしょう?(笑)まあ基本旅中心なので主に行きたいと思う所ベースに選んでます。
あ、ちなみにハンドルネームの「smith」はちょうど自分が受験戦争前後だった頃にテレビでやっていたロボットアニメの影響(?)から、何気なく使ってるものです。。。

どうぞお楽しみに!!!
カテゴリー: ローカル線, 小泉線, 東武鉄道, 群馬, 関東   作成者: smith パーマリンク

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学生時代に旅行好きから発展(?)して鉄道好きになり、かれこれ10年以上ヒマを見つけては主に乗り鉄を楽しんでいます。 最近は車両面などの関心も強まって少しずつ撮り鉄にもなりつつあります。興味対象についてはあまり限定せずに幅広く、程よくがモットー、のつもりでおりますが本ブログでどれくらい反映出来るか、果たしてどうでしょう?(笑)まあ基本旅中心なので主に行きたいと思う所ベースに選んでます。 あ、ちなみにハンドルネームの「smith」はちょうど自分が受験戦争前後だった頃にテレビでやっていたロボットアニメの影響(?)から、何気なく使ってるものです。。。 どうぞお楽しみに!!!

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