紀伊半島一周の旅(3)

現在紀州鉄道は西御坊が終点でその先は廃線となっているが、線路跡が残っており、600mほど行ったところにかつての終点だった日高川駅の跡がある。

西御坊駅付近、車止めで塞がれているがその先一部線路が残っている。

 

終点の日高川駅付近の様子。線路に加えて踏切も「使用中止」の札がかけられたまま残されている。長年風雨にさらされてちょっと痛々しいが、ここまで残っているのも珍しいと思う。

線路周辺に路地が多いため訪問するのは容易だが、現地に書いてある通り線路内は紀州鉄道の敷地となるので、立ち入ったりしないように。

 

少し行くと日高川駅の跡地がある。ここも線路が残っていて終着駅を示すかのように線路の分岐も残っている。こうしてみると今にも列車がやってきそうな雰囲気。ちなみにここから少し行くと駅の名前になっている日高川が流れている。

 

その日高川の堤防を兼ねた県道から見下ろした日高川駅跡、奥が御坊方面。

 

西御坊周辺にきてから雨が再び降り出してしまったので、さっさと西御坊駅に戻る。簡素な駅舎はあるが、ホームまで屋根付きでありがたい。自動販売機も置かれている。時間限定で駅員がいるようで駅員室の設備があるが、この時は無人だった。
駅の壁面には地元の写真家による写真がいっぱい貼られていてにぎやかだ。

無人状態の改札の横には発車時刻表が貼られている。全ての列車と、御坊駅で接続するJRの列車が書いてある。わかりやすくて有難い。ただ、見ての通り終電は20時台と早い。。。

鉄道ファンの多いローカル私鉄らしく、ノートが置かれておりメッセージが書かれている。私も一言書かせて頂いた。頑張って下さい。

 

「日本一短いローカル私鉄」の看板もある。以前は「日本一短い鉄道」だったが、平成14年に関東に芝山鉄道(東成田〜芝山千代田間2.2km、途中駅なし)が開業して、日本一の座を明け渡した。しかし今でも短い部類の路線であることには変わりない。ちなみに芝山鉄道は東成田折り返しはなく全ての列車がそこから京成線には乗り入れているので、あまり日本一短いという実感は薄い。

 

終端部と日高川駅方面を望む。

 

紀伊御坊行きの列車が到着。

 

いよいよ列車に乗る。16時15分発の列車に乗るのだが路線が短くすぐ往復できてしまうため、折り返しになる下り列車は15時34分着、40分も前に入線してきた。路線が路線だけに到着した列車の乗客は、やはりこの路線目当てという感じがする。運転手さん一人になった車内に乗り込む。席に座ると「せっかく来てもらったのに、雨で申し訳ないですね〜」と、こちらが申し訳なくなるような一言をいただいて思わず笑ってしまった。訪問客にも慣れたものである。短い路線だがボックス式のクロスシートが備わり、座り心地はよかった。

静かだった構内に力強いエンジン音が響く。
数名の乗客を乗せて時刻になり発車。ワンマン運転のため自動でのアナウンスが入る。各駅に止まるが隣の市役所前はホームに乗客がおらず、ドアが開かずに発車した。なんだかバスみたいだ。しかし歩いてきてもわかった通り駅間は本当に短く、ほとんど徐行運転と言えるほどのスピードだが、それでもすぐに着いてしまう。

運賃は初乗り1kmまで120円、全線2.7kmを乗り通しても180円である。一見すると安く感じるが、全長2.7kmはJRの初乗り運賃3kmの範囲に収まってしまう数字であり、東京のJR(電車特定区間)の初乗りが140円なので全線乗ると少し高くはなる。駅の距離が非常に近くて本数が少ないところもあり、地元の利用は学生などを除くと厳しい状況である。乗る時は整理券を取るのかと思うとそうではなく、降りるときに車内に出ている運賃表を見て運賃だけを支払う方式である。

紀伊御坊、学門で少し乗車があった。学門では名前の通りで夕方の帰宅時間でもあったので学生の乗客が乗って来た。
少し賑やかになった車内だがあっという間の時間、御坊の中心部を離れて田園風景の中を走り、紀勢本線に合流して終点の御坊に戻って来た。

御坊駅ではJRの駅構内に紀州鉄道のホームが設けられており、改札もJRの改札を通って出入りする。ただし運賃は紀州鉄道の車内で払ってしまうため、その時に運転手さんから清算済票を手渡され、それを駅の改札で渡して外に出ることになる。御坊駅の紀州鉄道のホームは一線のみで、番線は珍しい「0番線」となっている。奇妙な番線で主要な駅ではその後の整理でなくなった駅が多いが、今でも各地探してみると意外と存在していることがわかる。関東では東京の綾瀬駅や千葉の四街道駅に0番線が残っている。

 


一旦改札を出て駅外で用を足し、今度は再びJRに乗る。今日はこの先の紀伊田辺で一泊する。
ここからは普通列車の紀伊田辺行きに乗る。和歌山〜御坊間は紀勢本線の中でも乗客が多いためか4両編成の列車が多いが、ここから先は2両編成ワンマンの列車が主力となっている。113系の先頭車化改造車でのっぺりした食パン顔の車両にあたった。

再び山々をトンネルで抜けながら走る路線となるが、113系らしくモーター音を立てながらの重厚な走りっぷり。17時近くなって日も暮れて来た。途中印南町、みなべ町を過ぎていく。南部駅は一部特急が停車する大き目の駅だが乗客が少なく、すぐに発車してしまった。
芳養駅を過ぎる。「はや」と読む難読駅名。そこを過ぎるとやがて市街地に入り、車窓が賑やかになってくる。終着駅で、今日の目的地である紀伊田辺に到着した。

田辺市の中心駅で規模も大きく、すべての特急が停車するほか普通列車もほとんどがここで終着・乗り換えとなる。拠点駅ということで駅構内には留置線が数多くあり、車両が停泊している。複線区間もここまでで、この先は終点の亀山まで単線となる。和歌山駅からの距離は95.2kmあり、ここまででも結構な距離である。
駅舎は、1932年の開業当時からのもので洋館風のレトロなものである。

外に出るとまだ相変わらずの雨。濡れるので写真もそこそこにこの日の宿へ。明日は半島をさらに南下して白浜、紀伊勝浦方面へ向かう。

紀伊半島一周の旅(2)

御坊駅で降りる。お目当ての紀州鉄道との接続駅だが、列車には乗らず駅を出て街を歩く。紀州鉄道自体全長2.7kmと短く、歩くのや走るのが好きなら普通に行けてしまう距離ではある(こんなことを書いては、乗って欲しい方にとっては申し訳ないだろうが)。また紀州鉄道が1時間に1本の運行で、特急からの乗り換え時間がだいぶある。ちょうど御坊着が12時55分とお昼になったこともあり、今回は昼食をとって御坊の街を散策しながら終点の西御坊までいき、そこから紀州鉄道に乗って御坊駅に戻るルートをとった。

大阪から和歌山にかけて移動するところでは雨が降っていたが、御坊に降りたときには小ぶりになり少しすると止んでくれた。散策をするにあたってはありがたい。

御坊市は紀伊半島の西側、和歌山県の中部に位置している。名前は、浄土真宗の本願寺日高別院がかつて御坊様と呼ばれ親しまれていたことに由来するようだ。地名は「ごぼう」と読むが、「おぼう」とも読める。子供の頃から地図を眺めるのが割と好きで、当時のアニメ『おぼっちゃまくん』(懐かしい!)もあり、和歌山の南の方にたまたま「御坊」の文字を見つけた時には「おや?」と思った記憶がある。(笑)本筋からは外れるが、まあ思いかえすとあの漫画はすごい破壊力だったと思う。古き良き80年代かな。いまやそんなバイタリティ(?)を世間にもたらすものも、なかなか出てこない気がする。

さて、「古き良き」というところでこれから本当にその手の鉄道を訪問するわけだ。沿線の各駅を回りながら歩く。御坊から西御坊まで2.7kmの間に、学門、紀伊御坊、市役所前と、3つも途中駅がある。全長が短いので駅間も当然短く、最初の区間である御坊〜学門の間だけは1.5kmあるものの、それ以外では次の駅まで、わずか300m〜600mしか離れていない。御坊駅から、市の中心と海の方へ向かって伸びており、かつては御坊臨港鉄道という鉄道であった。その後の再編を経て現在は紀州鉄道となっているが、経緯的な所もあり不動産が主力事業で、本社も和歌山ではなく東京日本橋にある(途中の紀伊御坊駅には事業所がある)。

 

市内を通る県道26号と交差する踏切から。単線、非電化の路線、ディーゼルカーがコトコト走る風景が連想される。

 

最初の駅は学門駅、学びの門ということで受験生などの縁起担ぎで入場券などのグッズでもしられる。しかし実態は無人駅でここでの購入はできず、隣の紀伊御坊駅(有人駅)で販売している。学門という駅名は和歌山県立日高高等学校・附属中学校に由来し、実際に学生の利用が多いようだ。

御坊の街は比較的狭い路地による昔ながらの町という感じだ。このあたりから市の中心部に入っていく。御坊もそうだが、JR(旧国鉄)の駅は市の中心から大きく外れており、中心部の交通は地元の私鉄やバス、路面電車が担っていることが多い(金沢、松山なども同様)。

 

学門から数分歩くともう紀伊御坊駅、300mほどしか離れていない。有人駅で立派な駅舎と車庫が付いており、紀州鉄道の中心的な駅である。駅舎では先の学門駅の入場券など、グッズを色々と売っている。記念に、硬券の乗車券セットを購入する。

 

 

駅周辺は御坊の中心部で商店街となっている。

駅の横にはかつて紀州鉄道で使用されていたキハ600形が静態保存されている。オリジナル車両にも見えるが、かつては大分交通で使用されていた車両とのこと。

 

よく見るとそばにはお弁当、サラダ巻などと書かれたのぼりが立っている。今はお店として営業しており車内で飲食できたりお弁当を買えたりするようだ。長年親しまれてきた地元の車両、大事にされていると思う。

 

紀伊御坊駅に来たところで、ちょうど御坊行きの列車がやって来た。1時間に1本、全線の所要時間もわずか8分(往復16分)なので途中駅での行き違いがなく、1両の列車が往復するだけである。今ではオーソドックスな気動車による運行である。

 

駅から少し西へ向かうと国道42号線に出る。紀勢本線とともに紀伊半島をぐるっと回る国道だが、市内でも主要な幹線道路となっており交通量も多いようだ。今となっては多くの地方都市に共通してしまう光景だろうがここでも国道周辺の方が、店舗が多く発達している状況である。

 

国道を南下するとやがて御坊市役所が見えてくる。市役所の先の角を入ってすぐのところに、市役所前駅がある。学門駅同様無人駅で、駅舎もなく簡素な作りである。紀州鉄道は市役所前〜西御坊にかけて、国道に並行するように走っている。

 

次は早くも終点の西御坊、再び国道42号を歩く。
列車は少ないのに、車の量は本当に多い。

 

西御坊駅。かつてはここから先にも線が伸びており日高川駅が存在したが廃線になっている。そちらについては、後ほど回る。

西御坊駅の近くには市名の由来ともなっている日高別院があり、その周辺には昔ながらの建築が並ぶ古い町並みが広がっている。一部の建物は公開されている。観光として歩くのも楽しい。

昔ながらの細い路地と建物。細い道と、この道の曲がり具合など、ブラタモリにでも取り上げられそうな光景。

 

丸い郵便ポストもある。昔は地元にもあったっけ。

 

風情ある建物が並ぶ。あいにく、御坊に降りてから止んでいた雨が西御坊にきてまた降り出してしまったのだが、歩いていて気持ちがよかった。

 

登録有形文化財に指定されている、旧中川家住宅。昭和初期の邸宅で当時の建築技術を多用したつくり。昔はこのような家屋も多く見られたのだろうが、今や貴重なものである。

 

御坊の由来となった日高別院。この時は門がしまっていた。中には幼稚園もあるとのことで、参拝の時間も限られているようだ。でも門だけでも雰囲気がある。この先も良い旅となりますように。