紀伊半島一周の旅(7)

新宮から特急南紀6号で名古屋に向かう。三連休最終日とあって、新宮から結構乗って混雑する。
駅を出ると短いトンネルをくぐった後、川を渡ってすぐに三重県に入る。新宮までと比べると、この辺りの地形はそこまで険しい感じがしない。山は少し後退しており、トンネルも少ない。家並みの間を行く区間もある。20分ほどで熊野市に到着。

熊野市からは再び山が多くなる。長めのトンネルが続き、合間に海が見えるパターンが多い。トンネル同士の間は短く一瞬であることもある。その分割と直線的でスピードが出る。

山と海に囲まれたわずかなところに工業地帯が広がる。尾鷲。まだ新宮から、2駅しか停まっていないがもう発車から1時間経っている。だがまだ名古屋まで2時間30分ほどある。沿道には熊野古道の案内板が見えることがある。やはり熊野だ。

ところどころで山の向こうに海が覗き、やがてトンネルを抜けて海が拝める区間に出る。島が点在する。
紀伊長島に停車、紀伊半島で海側区間なのはここまでで、この先は紀伊山地を越える山越え区間となり松坂あたりから伊勢湾側に出るルートとなる。紀伊半島の海とも、いよいよここでお別れだ。しかし今回の旅は、本当に海でお腹いっぱいになった気分だ。

山を登って行く。トンネルと山が続くが眼下に紀北町の景色が広がることがある。かなり登っている。ただ、少しすると川沿いに集落を辿りなが進むのでそんなに山深い印象はない。三瀬谷に停車。駅の手前で三瀬谷ダムを通過した。
栃原で行き違い待ちのため停車、下りの南紀を待ち合わせる。ここまで少しまどろんでいた。乗車してからもうすぐ2時間、名古屋まであと約1時間半。

伊勢自動車道の勢和多気のインターを通過。佐名、桜華と通過して広いところにおりてきた。大きくカーブして参宮線に合流、多気に停車。駅周辺は住宅もあるものの田園風景が大半を占める。

このあたりからは過去、伊勢に何度か来ているためおなじみの街が続く。だが毎回近鉄で来ていたので、JRは初めてだ。普通列車に遭遇するが、このあたりでも新宮行きのようで、なかなかロングランだ。
松阪に停車。近鉄線、名松線との接続駅。赤福の看板に出迎えられる!

名松線が少し並行後、離れて行く。名松線は松阪と名張を結ぶはずだった路線だが、途中までで終わっている。近年の台風災害で長らく一部不通になっていた。

次はいよいよ、津。あっという間に乗車時間はあと1時間になった。近鉄線をくぐる。
六軒で反対列車と行き違いのため停車、紀勢本線は単線なのでところどころ行き違い待ちを強いられる。特急同士の行き違いではなく、相手は鳥羽行き普通であった。こういうところだと特急優先で、普通の方が待って特急は停車せずに通過してしまうように思うが、この路線ではそうとも限らないようだ。

津の手前では阿漕(あこぎ)駅を通過する。あこぎだけに、とシャレを言いそうになるが、この「あこぎ」っていう言葉(筆者もそんなにこの言葉使わないし、よくわかっていなかったのだが)いざ調べてみると、この駅周辺にある阿漕ヶ浦から来ているそうだ。阿漕ヶ浦は、伊勢神宮にお供えする魚を取る領域として禁漁とされていたが、それでも密漁を繰り返す者がおり、そこから「度重なる」、「しつこい」とかの例えとして「あこぎ」と言われるようになったらしい。ははぁ・・・地名も色々見てみると興味深いものも多い。

左から近鉄線が合流し並走する。近鉄線は途中、津新町駅があるが、こちらに駅はなく津に到着する。

津を出ると紀勢本線から離れて、途中の河原田までは私鉄の伊勢鉄道を走る。紀勢本線はこの先まだ進んで、関西本線と接続する亀山が終点であるが、名古屋方面へ向かう特急や快速はみな伊勢鉄道に入ってしまうので、津〜亀山間は1時間に1〜2本程度の普通列車しか走らない。筆者はいわゆる「乗りつぶし」をそこまで狙っているわけではないが、今回の旅で「紀勢本線全線制覇」と言いたいところなのだが、特急南紀に乗ったことで惜しくも津〜亀山間だけが、今回残る形となってしまった。まあ別にいいんだが。

伊勢鉄道は、途中の津から分かれて出ている通り、名古屋と津・伊勢方面を短絡するルートとされて、国鉄伊勢線として昭和48年に開業した。それまで名古屋からの列車は、先にも書いた関西本線・亀山経由で紀勢本線を全線走るようなルートで走っていたが、山側で少し遠回りのルートになる上、亀山駅の構造上スイッチバックをしないと紀勢本線に入れず、その点もロスとなっていたのだった。国鉄と並走しライバルであった近鉄名古屋線は、海側を直線的に通るしスイッチバックも必要ないので所要時間で有利であった。そのため、近鉄の路線に比較的近い海側を短絡するように建設された。所要時間短縮の期待をかけられた路線だったが、蓋を開けてみると開業しても一部単線であまり本数もなく、利用者数も伸び悩んで赤字路線となってしまった。昭和62年には第三セクターの伊勢鉄道に転換されて、現在に至っている。現在では特急南紀や、近鉄の伊勢輸送への対抗馬として快速みえがJR関西本線・伊勢鉄道のメインの列車として走り、以前と比べればスピードや利便性は上がっているものの、近鉄の優位性は依然、揺るぎない状況である。なお、三重県内の紀勢本線と同じく全線が非電化である。

ほとんど高架で高架橋梁含め、複線のスペースあるが単線しか使っていない箇所もある。高架になり線路も直線的なので一気にスピードが上がる。早い上に駅が短いのであっという間に各駅通過してしまう。

鈴鹿市に入る。伊勢鉄道は鈴鹿サーキットの近くを通っており、最寄駅として鈴鹿サーキット稲生という駅がある。平常時は特急は通過するが、開催時は臨時停車する。ただ小さな駅だし本数も限られていて、周辺に近鉄の路線もあることから、開催時は他の駅からシャトルバスを使う手もある。地図で見てみると伊勢鉄道は第1コーナーの近くを通過しており、車窓を注意して見ていると観覧車や観客席など、少しサーキットの施設が見える。前はF1とかも好きでよく見ていたが、最近は見なくなってしまったなぁ。。。そういえば元F1ドライバーのリカルド・パトレーゼは鉄道マニアで、大の鉄道模型コレクターとして知られる。さすがに鈴鹿サーキットまで電車で来ていたかどうかは知らないが、近鉄とかは乗ったことあるのでしょうか。(笑)

少し走ると鈴鹿に停車、鈴鹿の市街地にある駅で、発車すると地上を走る近鉄鈴鹿線を越える。近鉄は、近くに鈴鹿市駅がある。遠くに鈴鹿山脈が見えるが雲をかぶっている。雪が降ってるのだろう。名古屋まであと40分だ。

 

左から関西本線が寄ってきて、乗り越したところで合流しここからJRに戻る。工業都市の四日市らしい風景になる。近鉄をくぐり市街地を走り、四日市に停車。
しかし近鉄の方が市の中心にあって圧倒的有利で、駅もデパートが付いていて大きく乗客も多いのに対し、JRの駅は海側の離れたところにあり、規模も小さく乗客も少ない。構内は貨物のヤードが広く多数の貨車が止まっており、むしろ貨物の方が主役な感じがする。先ほど通ってきた伊勢鉄道の普通列車はここが始発だが、JRのホームの端っこに申し訳程度に設けられたところに発着するだけである。

桑名を過ぎて木曽三川を渡り、いよいよ愛知県へ。弥富で行き違い停車する。反対側のホームは名鉄津島線だが、列車はいなかった。関西本線は亀山〜名古屋は電化されているものの、今もほとんどが単線である。

蟹江を通過。名古屋に近づいてマンションや団地が増えてきた。高架になり名古屋の高層ビルが見え始める。このあたりから、近鉄名古屋線が左側を名古屋駅手前まで並走する。ちょうど特急アーバンライナーがぴったりついてきてレースになった。

 

しかし全線複線の近鉄名古屋線に対して、名古屋近郊でも単線ばかりなのが関西本線の泣き所。名古屋を手前にして八田駅で行き違い停車し、アーバンライナーにあっけなく置いていかれてしまった。名古屋近郊なので本数が多く、この列車が少し遅れたこともあり止むを得ないのだろうが・・・。

近鉄の烏森駅を通過して地上に降りると、チャイムがなり名古屋到着放送が入る。高層ビル群が目前に広がり、名古屋に到着する。二泊三日はあっという間の旅だったが、充実感はたっぷりだ。

 

旅の締めくくりに、名古屋の新幹線ホームでおなじみ、住よしのきしめんを食べる。長時間乗車で少し疲れた体にまたしみる味だ。忙しい最中だったが良いリフレッシュになった。明日からまた頑張ろう!(完)

高山の旅(2)

名古屋発、特急『ひだ』での高山本線の旅。岐阜からはいよいよ高山本線に入る。
岐阜駅は立派な高架駅だが、高山本線に入ると単線になりすぐ高架を降りる。
同じ岐阜駅に乗り入れている東海道本線、高山本線、どちらも「本線」ではあるが、その格差は非常に大きい。
高山本線は岐阜駅から、飛騨地方経由で北陸は富山駅までを結ぶ。路線長は225.8kmと長く、美濃太田や高山といった沿線の主要都市を結び本線の風格はあるが、大半が山間部を通るため主要都市周辺以外の利用客は少ない。特急は岐阜〜高山でだいたい1〜2時間に1本程度、普通列車は名古屋近郊となる岐阜〜美濃太田間は本数が多いもののそれでも30分に1本程度で、それ以外の区間では昼は3〜4時間も列車が来なかったりする。全線が単線、非電化路線で、特急は、JR東海のキハ85系が4〜7両編成で走り本線の特急らしい感じだが、普通列車は1〜2両編成の気動車がコトコト走り完全にローカル線の運行形態である。岐阜から富山県に入ってすぐの猪谷までがJR東海、その先猪谷〜富山間がJR西日本の管轄となっており、特急以外は猪谷を境に車両も異なっている。

岐阜からはまず東へ向かい、各務原や鵜沼といった周辺の市街地を走っていく。本数が一番多い区間だが、ここでも単線である。ちなみに岐阜〜鵜沼間は名鉄各務原線と並行しており競合関係にあるが、名鉄側の方が複線で本数も多く優位に立っている。私も名鉄各務原線は、一度乗ったことがある。
大幅に遅れてはいるが徐行することなく、特急らしく走る。ただし単線なので所々で行き違い待ちのため運転停車はある。

鵜沼では並行してきた名鉄線が犬山に向かって離れていく。名鉄(犬山線・各務原線)は新鵜沼という駅名だが、連絡通路で繋がっており乗り換え可能である。以前は高山本線の富山側と名鉄犬山線は連絡線で繋がっており、名鉄の新名古屋駅から高山本線に乗り入れる特急『北アルプス』が運行されていた。小田急のJR御殿場線直通『あさぎり』などとともに数少ない私鉄・JRを直通する特急で、私鉄の気動車特急としても珍しいものであった。

 

鵜沼までは平野部に広がる市街地といった感じだったが、ここからは少し山越えのようなルートになり木曽川に沿ってカーブしながら走る。山を越えて盆地に出てくると町が広がって、美濃太田に着く。美濃加茂市の中心駅で、太多線や長良川鉄道が分岐し、高山本線の駅では利用客が多い。なお、岐阜から運行されている普通列車の多くは、ここから太多線に乗り入れて多治見へと向かう。普通列車はここまでが1時間に2本程度(約30分おき)の運行だが、ここから先高山方面へ向かう普通列車は極端に少なく、平成30年1月時点の時刻表では下りで見ると9時57分発の下呂行きの次は、なんと12時39分発の高山行きまで3時間近く来ない。この間に特急が3本走るダイヤとなっており、この先利用が多いのは、特急の止まる主要駅に限られることを物語っている感じがする。

 

途中坂祝で少し長めに運転停車した以外あまり異変がないような感じだったが、美濃太田の時点で列車の遅れは50分になっていた。
美濃太田を出ると太多線と分かれて北へ進むようになる。しばらくは美濃加茂の市街地を走り車窓は賑やかだが、やがて本格的に山間部に入っていく。飛騨川の渓谷沿いに走り、上麻生〜白川口間あたりは飛水峡と呼ばれる渓谷となっている。車窓からでも迫力十分、自然の叡智が感じられるスポットの一つである。

 

 

そうかと思うと少し走ったところで上麻生ダムを通過する。完全に人工物ではあるが、これもまた間近で見ると迫力がある。私はダムには詳しくないが(笑)、ダムもまた一つ一つ違っていていろいろと見ていると面白いことだろう。ダム好きにとってここはどう思われるでしょうか。しかし、こんなにダムのすぐそばを走る鉄道路線もそんなに数多くないだろう。

ダムから少し走ると白川口、ここでも運転停車する。同じ岐阜県内に、世界遺産にもなり有名な白川郷(白川村、この旅でも最終日に訪問した)があるがそちらのことではなく、ここの駅でいう白川は、沿線にある白川町のことを指している。私も駅名だけは前から聞いたことがあったが、ずっと白川郷の玄関口だと思っていた。地図を見ると全然場所が違う。
上りの普通列車を待ち合わせるがなかなか来ず、長時間停車した。ダイヤ乱れで上り列車もかなり遅れているようだ。単線であることもさることながら、この辺りは駅間距離が特に長く、間を埋めるために信号場も設けられているものの列車の行き違いは特に一苦労である。

飛騨金山通過、ここから下呂まで28kmの間、川の両岸は中山七里と呼ばれ国定公園に指定されているそうだ。列車は鉄橋を渡りながら川のこっち側向こう側と行ったり来たりしている。そして断崖の下の川岸のわずかな部分に線路が続いている。建設も一苦労だったことだろう。

そして1時間3分の遅れで下呂に到着。あたりは日本三名湯の下呂だけあって、温泉旅館に囲まれて車窓は賑やかだ。ちなみに、翌日に下呂温泉を訪問するスケジュールで行程を組んでいる。

この先も反対列車待ちが長く飛騨萩原、上呂と停車、長い…。

飛騨一ノ宮を過ぎ、山から町へと入ってようやく高山に到着。結局1時間の遅れとなり時刻はとうに18時を回っていた。通常なら、ひだ13号は高山着17時10分である。

ともあれなんとか高山に着くことができた。実質的には明日からの観光だが楽しみである。
この日は名物の高山ラーメンで締めくくった。

高山の旅(1)

更新が滞ったまま年明けを迎えてしまった。ということで2017年夏のことにはなるが、以前から行って見たいと思っていた岐阜県は飛騨高山に行ってみることにした。ついでに高山本線も初乗車となる。
行程としてはまずは東海道新幹線で名古屋へ。新横浜9時32分発の、のぞみ215号で名古屋に10時54分に到着、そこから11時43分の高山本線特急ひだ9号に乗り換える、はずだった。

東京を離れるときは天気も良く幸先の良いスタート、と思っていたが静岡県内あたりからちょっと空模様が怪しくなる。数日前に犬山あたりがゲリラ豪雨で、犬山城のしゃちほこが落雷で破損するほどの状態となり高山本線も運休になっていた。以前に書いた北陸日帰りの旅も大雨で予定変更を余儀なくされたばかりだった。

が、またも不安が的中。新幹線車内のテロップには無情にも高山本線運転見合わせ、特急ひだも運休との文字が…。ひゃああ!またも東海地方を記録的大雨が襲い、犬山、各務原、美濃太田方面で局地的にゲリラ豪雨となったのであった。高山本線の岐阜〜美濃太田間、名鉄の一部区間で運転見合わせとなってしまった。
今やもう夏に雨が降るとなると、タダでは済まないようだ。

雨の名古屋に降りる。運休の高山本線、この天気ではしばらくは動きそうにない。大人しく運行再開を待つが、まあ暇である。名古屋で観光しても良いのだがそれが目的ではないし、どこかへ行っている間に運転再開の情報が入る事を考えたら、あまり名古屋駅から離れたところには行きたくなかった。
事前に買っていた特急の指定券を払い戻し、矢場とんで昼食をとる。名古屋駅周辺は、昼食の間に天気が回復してすっかり晴天になった。だが列車はなかなか再開の気配がなく、運行情報を気にしながら駅構内をウロウロしたり、ドトールに入って時間を潰す。名古屋から高山方面へは高速バスも出ているので、念のためバスセンターで高速バスを調べたりもした。そうこうするうちに13時頃になってようやく高山本線が運行再開し、14時48分発予定のひだ13号に乗れることになった。
やれやれ。。。

特急券を買い直し、改めてホームへ。コンビニでコーラとおやつを仕入れておく。運転再開したとはいえ当然ながらダイヤは大幅に乱れている。高山本線は全線単線ということもあって、ダイヤの回復は難しい。なかなか列車が来ないしすることもないので、ホームに発着する在来線の列車の写真を撮りながらボーッと過ごす。名古屋も三大都市の一つで日中も乗客が多く、東海道や中央線は6・7両くらいの列車が走り本数も多い。一方で名古屋から西へ向かう関西本線は乗客が少ないのか、昼でも2両編成が見られる。近鉄が並行していて、そちらの方が乗客が多く本数も多い。

 

大都会名古屋でも昼間は2両編成、ワンマン運転の関西本線(313系)。のんびりしたものだ。

中央本線の313系8000番台。かつて運行されていたセントラルライナー用だったため特別な塗装となっている。

上りのひだが遅れて名古屋に14時58分頃にやっと到着、そのためひだ13号は約30分遅れて15時17分発となった。ともあれ、はじめての特急ひだでようやく高山本線の旅の始まりである。

 

高山本線自体は岐阜が起点で、名古屋〜岐阜間は東海道本線に乗り入れている。岐阜駅では構造上、直進して高山本線には入れずスイッチバックして入ることになる。座席の向きは高山本線での進行方向に合わせているため、名古屋〜岐阜間は逆向きとなっており、慣れていないとちょっと違和感を感じる。

名古屋の天気は回復しているものの、岐阜方面の空はまだ薄暗い。ダイヤ乱れの影響で列車はしばしば徐行運転したり、途中止まる箇所もあった。木曽川を渡るが茶色く濁り水量も明らかに多い。一部の木も倒れかかっている。一部の木も倒れかかっていて豪雨の爪痕を見せつけられる。

岐阜から高山本線に入るが、ここから単線となりダイヤ乱れのため反対列車待ちで長く待った。岐阜の時点で43分遅れとなる。
もっともこんな状況下ではあったが無事に乗れたことに、まずは感謝である。

お伊勢参りですが…(3)

どしゃぶりの雨の中、外宮をお参りして次の場所へ。友人の運転する車で昼食がてら二見浦の夫婦岩へと向かった。

昼食はメンバーも食べたがっていた伊勢うどん。お餅のようにもっちりした食感に濃いたまり醤油のたれ、まるで磯辺餅をうどんにしたような食感が特徴。うまい。

食事を終えてそのまま歩いて夫婦岩へ。台風の接近もあり海はすでに荒れ放題。

あたりは岩場で波が激しく打ち付けるが、この光景から何か連想されるものがある。

東映!(笑)

映画の一番最初、岩に波が打ち付けて「東映」というロゴが出てくる映像。子供の頃アニメ映画を見に行っても必ず最初にこれが出てきたわけだが、本編と無関係の実写、しかも自然の厳しさを想起するような映像は妙に何か訴えてくる感じがするし、子供にとってはちょっと怖いものとして映ったかもしれない。なんでこんな映像なのか不思議に思ったものだ。ちなみに調べて見たらこの映像は犬吠埼で撮られたものらしい。
実は、私は頭に連想されたものの先に「東映」と口にしたのは友人だった。東宝のキラキラしたロゴと並んで、日本人なら一度は見ているであろうこの光景、アニメや映画好きなら本編と同じくらい脳裏に焼き付いているものだろう。

二見興玉神社にお参りする。
そういえばこの辺りは蛙の像を数多く見かける。猿田彦神社(翌日に参拝した)の神様の使いなのだそうだ。

夫婦岩を回って、次は宿泊予定の鳥羽へ向かう。予定ではこれまたパワースポットの、いちべ神社にお参りして、鳥羽駅でレンタカーを返して宿に向かうことになっていた。
いちべ神社は友人が見つけたもので私は知らなかったが、鳥羽市内のホテルの中にある神社である(どこにあるかはまあ調べてください)。ホテルの中と思ってしまうのだが、有名人、スポーツ選手も密かに訪れるパワースポットだそうである。ちなみに建立されたのはホテルよりもはるかに前の江戸時代は文政年間とのこと。
宿泊しない単なる参拝者も多いのだろう。ホテルのロビーに立ち寄らずに駐車場に車を止めると、いつも通りといわんばかりにホテルの女性係員が駆け寄ってきて「参拝ですか」と尋ねられた。しかしなんとこの日は悪天候もあって早く閉めてしまったそうだ。通常なら参拝は15時までである。

予定外の動きになり、もう宿泊地の鳥羽まで来てしまったので時間がだいぶ余ってしまった。この後の時間をどう潰すか。有識者会議にて、志摩方面の観光地を回るか、そこまで行って戻ってこれるのかなどいろいろ議論した結果、せっかくクルマなんだし伊勢志摩スカイラインでも走ってみるのはどうか、ということで落ち着いた。

伊勢志摩スカイラインは、伊勢神宮周辺と鳥羽とを結ぶ有料道路で、海沿いから朝熊山に登って降りるルートで山頂付近からのパノラマが良く知られている道路である。ということで実はこの道路を通ると、鳥羽から神宮方面へと逆戻りしてしまうことになるのだが、実はここでちょうどいい(?)事実に気づいたのだった。レンタカーを鳥羽で返すつもりだったが、最初宇治山田駅で借りるときにドライバー君がそのことを伝え忘れており、宇治山田駅で返却しなくてはならなかったのだった。普通なら凹むところだろうが「そんならちょうどいいじゃん!」と、一同大爆笑。。。

ということで車は伊勢志摩スカイラインに入るが、入り口の料金所で係員の一言

「今日は何も見えないですよ!」
「いえ、いいんです!」

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またまた爆笑の渦の中、山を登り始める。この悪天候、係員のいう通り山上はすっかり霧の中で何も見えない。片側一車線の道路だが、こんな天候の中わざわざ走る人はおらず、対向車は数えるほどしかこない(笑)
車中のBGMは友人のセレクションだが、懐かしの90年代アニメ、スラムダンクのテーマソングがメドレーで流れている(懐かしすぎる・・・)。景色は見えないけど、俺らには違うものが見えるんだ!終始爆笑、熱唱、まつたくなにやってんだか・・・(笑)

山頂近くのドライブインに車を止めるが、駐車している車も人の姿もほとんどない。店に入ると売店のおじさん以外、誰もいない。。。そして、寒い。。。

ドライブインには天空のポストなるポストが設置されている。しかし、残念ながらこの天候…。

下山の道になる。そしてBGMもいつのまにかSMAPに変わっている。心憎いことに割と初期のからの選曲、私もあの頃の曲が一番好きだな。彼らが解散して、もう一年経とうとしているのか。いつも変わらずにいるような存在みたいな感じだっただけにあの解散は、歴史の一ページが更新されてしまったように思えてならない。

山を下りきって再び神宮周辺の道を走る。まさかここに戻ってくるとは全く考えていなかった。(笑)

宇治山田駅で車を返却して、再び近鉄電車に乗って今度こそ鳥羽の宿へと向かう。
宿で風呂に入り、一日の疲れを癒す。お部屋での食事に思い出話もまた弾む。

お伊勢参りですが…(2)

さて、名古屋10時10分発の近鉄特急伊勢志摩ライナーで伊勢へと向かう。11時34分に宇治山田で下車の予定で1時間半ほどの旅となる。
快適なサロンシートに一同、胸が踊る。通りかかった乗務員の方に記念撮影をお願いする。

一人旅でも過去に二回訪問している伊勢。そういえば初めて、誰も同行しない泊りがけの一人旅に行ったのが伊勢であった。近鉄に乗って伊勢に行くということをやってみたくて、社会人になってまもない頃に一泊二日で行ったのだったか。1日目は名古屋線の急行に乗って宇治山田から外宮に参拝、伊勢市駅近くのホテルに泊まって、2日目に内宮、バスで夫婦岩方面を回って、帰りはビスタカーで帰ったんだったな。実質初めての一人旅、修学旅行で奈良方面へ行って以来乗ることもない近鉄電車と、神宮の神聖な空間に触れて短いながらも充実した旅だった。そんなこともあって、伊勢方面にはちと思い入れがある。
実は、この時も台風に見舞われて一度は中止しており、実際に伊勢に行ったのは翌年だった。今回も、なんだか当時と状況が似ていて、妙な因縁みたいなものを感じる。。。

少し思い出話が長くなった。悪天候の中を列車は進んで行く。雨がだんだん強まり、木曽川、長良川を渡って三重県に入って行くが、雨の影響で川は増水気味。最初の停車駅の桑名に着くと窓ガラスが雨でびっちりだ。とはいえまだ台風は離れており前線の影響での雨で、風はそう強くなく列車も普通に走っている。

津にも停車する。日本一短い駅名、ひらがな一文字の「つ」の文字が面白い。一同思わず駅名の写真を撮る。

名古屋線も終わりに近づき、久居を過ぎて伊勢中川へ向かって行く、大阪線に入る名阪特急用の短絡線が右に分かれて行く。ここで、前後の列車が遅れているのか駅間で少し停車した。大阪、名古屋双方から伊勢に向かう列車が合流することもあり、ダイヤが乱れると面倒そうだ。

せっかく乗ったので少し車内を探訪する。伊勢志摩ライナーの23000系は運転席背後のデッキが展望スペースになっている。二階建てではないものの前面展望を楽しめる人気の場所だ。今日も代わる代わる見物客が入り、その中に我々も入る。椅子ではないが腰を休められる程度のバーが付いておりそこに寄りかかっている人もいる。とはいえ何人もの人の出入りが繰り返されると、落ち着かないだろうが…。

山田線に入り伊勢へのラストスパートを走る。
伊勢市に止まり、すぐに高架の宇治山田駅へ。
伊勢志摩ライナーに別れを告げて、いよいよ伊勢旅の始まりとなるが、外はすでに大雨で散々な天気。波乱な旅の幕開けであった・・・。

数年ぶりに宇治山田駅にやってきた。赤福も久しぶり。

コンコースに降りると英語の看板にも出迎えられる。このたたずまいが落ち着くのだが、まさかこの翌日、この場所でとんだ目に合うとは、この時誰も予想していない…。

 

駅前でも記念に撮影。雨が普通に降っていて写真を撮るのもちょっと煩わしかった。1日目は、友人が手配したレンタカーで回る。伊勢志摩は観光地同士がそれほど散らばっていないし列車やバスでも充実しているので、それらで回ることもできるが、荷物もあるし人数もいるならレンタカーも便利だ。それにこの雨とくれば車は有難い。

まずは外宮に向かう。
アクセル、じゃなくてワイパー全開!
ドアを開けるともうびしょびしょ・・・。
同行の友人は雨合羽でしのいでいたが、風邪ひくなよ~

お伊勢参りですが…(1)

友人達との飲みの席でまたどこかへ行こうということになり、10月の土日に4人で伊勢に行くことになった。
前回は日帰りだったが今回は幸いにも全員の予定が合い、初めて一泊二日の行程を組むことになった。
しかし、今年の旅行は天候のおかげでどこへ行っても偉い目に遭っている。今回は一体どうなることやら。。。

伊勢ということで名古屋まで新幹線、そこから近鉄で向かうことになったが、メンバーの一人の発案で近鉄はしまかぜに乗ろうということになった。ハイグレードだが切符を取るのもそれなりにハードルの高いこの列車、しかし今回も切符手配の達人の力を借りて(笑)帰りだけではあるが取ることができた。その代わり行きは伊勢志摩ライナーのサロンシートが確保された。まったくよくぞここまで・・・。

伊勢に昼過ぎにつく想定で組んでいたが、名古屋できしめんを食べてナナちゃんと再会しようということになり、早めの新幹線に。そのため6時50分に東京駅に集合となった。
が、当日が近づくにつれてまたも天気予報が不穏な動き。一週間前から、台風21号発生のニュースが入ってきてしまった。シーズンとはいえ今回はまさかの台風が相手か・・・。もう嫌な予感しかない。
友人からLINEで「すまん!しまかぜを予約できた強運で台風を呼び寄せてしまった!」と悲痛なメッセージ。もう苦笑するしかないわ。。。
なんとか持ってくれないかと祈る。幸い(と言えるのか)にも台風は速度が遅く、予報では日曜になっても西日本方面にいそうな気配で、なんとか台風本体に見舞われる前には東京に帰って来れるだろうと少し安堵する。が、その期待はやっぱり裏切られることになるわけだが(笑えないわ・・・)

当日を迎えてまだ夜の開けない朝5時台に家を出て、東京駅に向かう。この時点で雨が降ってはいたがまだ台風は遠く、まあ仕方ないと思える程度の天候。
新宿駅に出てそこから中央線で東京駅に向かったが、この時間帯中央線の快速電車はなく各駅停車での移動となる。事前にジョルダンで調べて6時20分新宿発の各駅停車で向かうことにしていたのだが、いつものクセか、早朝でちとボケていたこともあるのか何も考えずに快速線の上りホーム(8番線)に行ってしまった。エスカレーターを上がるがホームには当然誰もおらず、発車案内を見ると快速東京行き6時39分の表示。「列車遅れてるか、これでは間に合わない!」と焦ったが、そこでようやくこの時間快速がないことに気づいて、各駅停車の13番線ホームまで戻る始末。全くなにやってんだか。。。
20分の各駅停車に乗って時間内に東京駅に着いた。

友人と合流して朝食に弁当を調達し、いよいよ出発する。修学旅行的なノリで談笑しながら始まるが朝早いこともあって皆途中うとうとしてしまう。まあ混んでいる車内は、静かに過ごしましょう。(笑)

今日の朝食、朝のおむすび弁当
ワンコイン500円なのが嬉しい。サイズもコンパクトで内容もオーソドックスなおにぎりとおかずのセットだがそれなりに入っている。

グレーな空の中をずっと進み、名古屋に到着。そういえば3年前に4人でリニア・鉄道館に日帰りしているが、その時も天気はこんな感じだったかねぇ。晴れ男くんが同伴しているけれども雨男くんの私が足を引っ張ったかな(笑)そうそう、あの時にナナちゃんと初めて会ったんだっけ。私はそのあと個人的に大阪に行った時も名古屋で降りて会っているので、これで3回目になるかな。

まずは新幹線ホームにあるきしめんの住よしへ。駅ホームの立ち食いのお店で、こんなに有名なお店もなかなかないだろう。関東にも我孫子駅の弥生軒(唐揚げそば、書いてると食べたくなるではないか!)とかあるけど、知名度ではここには勝てない気がする。

立ち食いなので、店内空いたスペースにバラバラに立って黙々と食べる。さっと出てくるのが嬉しい。
しかし、まだ朝9時台なんだが(笑)

食べ終えたらいよいよナナちゃんとの再会だ。桜通口から外に出て名鉄のデパート伝いに歩いていくと、彼女は立っている。ただ、立っている。どこに行くこともなく、逃げも隠れもしない。進撃しない、巨人!(笑)

今回のコスチュームは明治のおいしい牛乳だった。
今日も多くの人のカメラに収められることだろう。

というわけでまたいつの日か会うことを心に誓って、近鉄線に乗る。(笑)
行きは伊勢志摩ライナーのサロンカーだ。
伊勢志摩ライナーは特急車23000系、色が赤と黄色の二種類あり今回は赤の方だった(設備は特に変わらない)。

サロンカーは2号車に連結されている。座席が4人用と2人用のクロスシートになっており、ドアで仕切られてはいないが、背もたれが高くゆったりした座席とテーブルが設置されており個室と遜色ない設備となっている。グループ旅行には最適である。2人用シートは2人以上、4人用は3人以上でないと利用できず、複数名の旅行用に特化した設備となっている。料金の特徴として、サロンカー利用には人数分の乗車券・特急券があれば良くそれ以外の追加料金が要らないというのが嬉しい。席数は限られているが、家族や友人との旅行に是非抑えたい席だ(関東では東武鉄道の特急スペーシアに個室車があるが、こちらは乗車券・特急券に加えて個室券が必要である)。
伊勢志摩ライナーには他にデラックスカーが設けられており、そちらはサロンカーほどではないものの、シートピッチと幅が広くとられておりJRのグリーン車並みの設備となっている。こちらはサロンカーと違い、利用には乗車券、特急券の他にデラックス券が必要である。こちらは一人からでも利用できるので、追加料金を払ってもゆったりした座席に座りたい向きには良いだろう。

新幹線でひとっ飛び、初夏の北陸金沢の旅(5)

湯涌温泉からバスで再び金沢駅に戻る。せっかく金沢に来たなら市内観光として近江町市場あたりをうろうろしながら海鮮の昼食でもとろうと画策していたのだが、車窓の雨は依然強く降り続いており少し歩こうものならまたずぶ濡れになりそうな天候…。やむなく金沢駅まで戻って昼食と、その間にその後の行程を練る。友人の考案で妙立寺(忍者寺)、香林寺と巡ることになった。忍者寺、それまで知らなかったが興味をそそられるしとりあえず寺の中なら雨が少し強くても大丈夫だろう。

昼食を終えてバスで野町方面へ。犀川を渡った先は寺が集中していて妙立寺、香林寺もその中の一つ。


それまで雨にたたられてなんだか気分が晴れない感じだし(なんという表現だ…)、早朝からでできたことの疲れも出た感じでバスでも少しうたた寝してしまったが、寺に入るとこれがまた妙な落ち着きを取り戻す。妙立寺は忍者寺とも言われるように随所に仕掛けがあり、ガイドの先導で拝観することになったいる。入って最初の説明を聞くが寺の中の環境とも相まってなんだかそれだけでちょっと厳粛な気持ちになり始める。

40分くらいかけて内部を回ったが本当に寺か、お城ではないかといわんばかりの仕掛けばかり。何が何だか分からず一人で回ろうものなら出るのも一苦労だ。 1634年、加賀三代藩主前田利常公が金沢城近くから移築建立したものだそうで、寺ではあるものの出城そのものといった感じだ。そんな中を仕事とは言え全てを頭の中に叩き込んで手早く誘導するガイドさんもまた凄い…。

圧倒された後は少し歩いたところにある香林寺へ。こちらは願掛け寺として有名である。願掛けの前にお寺の方から中の仏像のことも含め説明を受ける。お寺の空間というのはなんだか不思議なものでそれだけで癒し(なんて言っては失礼か?)というか、本当に清々しい気分になれる。まさしくパワースポットだ。

不動明王に手を合わせてから外に出ていよいよ願掛けだ。事前に回り方について詳細な説明も受ける。所定の場所に干支の像が配置されていて自分の干支の前で心静かに願いごとをする。

すっかり心清らかになったところで、さあ夕食というか飲み会だ(あらっ!)というわけで一気に俗世に戻る一同であった。(笑)

日本三大車窓からの夜景

長野県はJR篠ノ井線の姨捨駅。松本からひと山越えて善光寺平へと降りていく途中にある駅で周囲より標高が高く、駅ホームから善光寺平に広がる長野市街を一望ことができる展望スポットとなっており、日本三大車窓の一つに数えられている。

昼の景色も素晴らしいが、夜は夜で長野市内の夜景が広がるとあってこれもさぞ魅力的なことだろう。昼は以前眺めたことがあるので、今回長野旅行にきた際に夜景を見るべく夜に訪れてみた。しかしここで夜景を取り上げるのも初めてだなぁ。

長野駅19時6分発の普通茅野行きで姨捨駅へ向かう。以前は115系の天下だった長野も今やすっかり211系が主力となっている。東北・高崎・東海道線などから転属したもので中央本線を中心に山梨・長野県内の普通列車で活躍している。中央本線の普通列車用とあって都内も高尾まで入線し、立川や八王子にも一部顔を出している。しかしどうにも未だに115系のイメージが根強く、なんだかまだ見慣れない。

途中篠ノ井から篠ノ井線に入る。最初の駅稲荷山まではまだ普通の路線といった感じだが、稲荷山を過ぎると山に入り標高を上げていく。線路と同じ高さだった市街地をだんだん眼下に見下ろすようになり、長野の中心部からも離れていく。途中列車はスイッチバックし信号場で停車したが行き違いもなく発車。篠ノ井線はこのあたり急な上り坂が続くので信号場や駅をそのまま設置できず、姨捨駅や信号場はスイッチバック型の配線を取り、通過する列車のみ本線を直進させている。

信号場を過ぎるとだいぶ標高も高くなり、長野市街地からの距離も離れて街明かりも遠くに集まる感じになり、夜景らしくなってくる。

再びスイッチバックして姨捨駅に停車。列車を降りる。周囲は山だし乗降は少なく、普通ならこんな夜にここで列車を降りる人もそういないだろうと思うところだが、やはりここは夜景スポット!観光客やカップルが何組か見受けられた。


姨捨駅構内。急勾配の途中にあるため本線上にホームはなく、枝分かれした線路に位置するスイッチバック型の駅。駅名標もスイッチバックを強調するような図で描かれていた。写真上は駅構内の様子だがスイッチバックのため、写真奥の方向に進むと行き止まりで手前側だけが本線に通じている。以前は特急しなので本線を通過しただけだったので降りるのも初めてだ。


ホームには展望案内図が設置されている。日本三大車窓の文字も忘れずに。

さて、夜景を堪能してみようか。

おお〜❗️(笑)

山に囲まれた善光寺平に煌々と夜景が展開する。大都市の夜景と比べると、という部分はあるかもしれないが、旅先の鉄道駅からこんな夜景が見えるとなると感動モノだろう。

ちなみに上写真右の方に小さく花火が写っているが、この日何も知らずにきたら川中島古戦場まつりが開催されており、夜は花火が打ち上げられていた。旅に出れば思わぬ収穫やらトラブルやら色々あるが今回もまた思わぬ展開になったな。ちょっと遠くて小さくなってしまったが夜景との偶然のコラボは最高だ。


さて、当たり前だが乗ってきたからにはちゃんと駅を出てから戻りましょう。

洋風の洒落た駅舎を持っているが無人駅で窓口らしいものもあるが閉まっているのがちょっと寂しいところ。眺めもいいんだし駅舎を活用してちょっとした喫茶店にでもしたらどうかと思う雰囲気だが、まあ厳しいだろうか。無人なので切符はホームの回収箱に入れて下車。乗るときも券売機がないため、乗車証明書発行機で乗車証明書を発行し車内か下車駅で精算する。

次の長野行き列車で駅を後にする。秋に入り夜の長野はちょっと肌寒かったが、なかなかお目にできない非日常の光景であった。

長野電鉄(3)

信州中野で湯田中行き普通列車に乗り換える。3500系2両編成。旧営団3000系であるわけだが、営団時代も含めて乗ったことも見たこともないのでちょっと新鮮だ。営団の古い車両といえばドアの窓が小さいがこれも久々に見た気がする。子供の頃はそんな車両ばかりだったのでまだ背が小さくせ背伸びをしても届かずさっぱり外が見えなかったのを思い出す。とはいえ地下鉄で外を見るというのも変だが。今から考えれば、安全対策としてはよかったのだろうか。

以前にも書いた通り信州中野から終点の湯田中までは山登りとなり急勾配が続く。信州中野を出発るすると右カーブしながら早速登りに入る。周囲の風景はそんなに山岳区間という感じはなく丘を登っているような感じで、傾斜地にもりんご畑が相変わらず広がっている。

しかし前方黒い雲。しかも入道雲っぽいぞ。ほんの少し平坦にったところで中野松川、運転士は駅に着くなりなんと走って駅舎のドアを開け、切符を回収し、また戻るという忙しさだ。

前方に虹が見え始めた。おおお!


と思ったら雨にたたられ運転席はワイパーの出番!とはいえ晴れているので天気雨みたいなもんだ。

信濃竹原では特急通過待ちのため長時間停車した。風の吹き込み防止のため列車のドアは一旦閉まり手動で開閉になる。この間を利用して存分に写真を撮る。


写真を撮ってたら運転士さんが外に出てきて、「ドアは手動で開けられますから」と親切にも声をかけてくれた。気さくな方で少し話し込み、『のんびり号』の案内もして頂いた。明日走ると聞いたのだが、生憎別の行程を組んでしまっていたため明日は残念ながら来れないということを伝えると、相当残念がられてしまった(苦笑)。ここ信濃竹原駅で普段は閉まっている待合室がその時だけ公開になるらしい。後々考えたら日程変えておけばよかったなと思う。運転士さん、ありがとうございました。


昔ながらの佇まいを残す信濃竹原駅

特急の通過を待ってようやく発車。また登って夜間瀬。カメラをこちらに向けている方、いいね!広大なリンゴ畑を掻き分けながら登る。ここまでリンゴだらけで、さすがにぶったまげる。
目の前にホテル群が見えて終点湯田中へ。湯田中では列車が着くなり何やら歌が流れ出す。高原ホテルだぁ!

ただでさえ標高高く気温が低めなところに日もかげってきたので、寒い!

今日のもう一つの目的である、駅前温泉の楓の湯でひとっぷろ浴びる。あまり広くなく観光客で少し混んでいるが、気持ちいい。湯温43度としっかり熱め。露天風呂もある。


駅前温泉、檜の湯

長野電鉄(2)

長野電鉄の旅を続けよう。

先に途中下車した須坂駅は車庫のある拠点であるとともに平成24年まで屋代線が分かれていた駅でもあった。かつて3つの路線から成り今よりも長い路線網を持っていた長野電鉄だが、平成に入り屋代線も含めて一部の路線が廃止、長野〜湯田中間の長野線33.2kmだけが残り現在に至っている。屋代線はつい最近まで営業していたが乗客減が著しく、利用促進に向けての社会実験も行われたが残念ながら廃止となってしまった。駅で売られている鉄道グッズ、何気なく見ていたら屋代線の写真集と、権堂〜須坂駅間開業90周年の記念入場券セットが売られているではないか。ということで、窓口にて早速購入!普段旅先で鉄道グッズを目にしてもそんなに買うこともないが、今回はさすがにちょっと気になってしまった。自分用のいいお土産が出来たな。

さて、お土産も買った所で電車に乗る。

この先直線が続き、列車は80kmを超える速度で快走する。主力である東急からの譲受車8500系に乗るが、東急線時代を彷彿とさせる走りっぷりだ。

北須坂は無人駅。行き違いはできるものの、上下線に挟まれたホームは大変狭い。振り返るといつの間に座席は乗ってきた学生で埋め尽くされていた。

そしてこれまた長野らしくリンゴ畑の中を快走する。実に気持ちいい。この先車窓はリンゴ畑があまり途切れずに続き、見慣れない者にとってはちょっと感動を覚える。本場はやっぱり規模が違うものだ。

途中、遮断機のない踏切を通過する。第4種踏切というやつだ。地方私鉄を中心に残っているものだが、長電にもあるんだな。

小布施。ホームに隣接して長電電車のひろばがあり、かつての特急車、2000系が保存されている。

小布施駅は小布施町の中心駅で、特急も停車する。同じ特急停車駅の須坂に比べると規模感は小さめだが、駅構内では野菜などを売っていたりカフェも営業するなど独特な雰囲気。

次の都住は駅前にりんご畑が広がっている。ここまでりんごだらけだと何やら違和感を覚えてしまうが、地元の人にとってみればこれも日常の一部で見慣れたものであろう。

カーブして山裾に取り付き、桜沢。延徳を過ぎて、快走しながら少し上りになり信州中野に着く。湯田中まで路線は続くが普通列車は基本的にここで乗り換えで、一旦ここまでで終着駅となる。この先は湯田中に向けて急勾配の続く登山区間となり抑速ブレーキを持たない車両は乗り入れできない。ふつ主力の8500系は抑速ブレーキを搭載していないため信州中野までしか入線できず、この先は湯田中までは特急列車を除き、今も3500系の独壇場となっている。

ということでここで湯田中行きに乗り換える。