今年も残すところ(2)

あと2日ですな。

というわけで阪急今津線で、宝塚から西宮北口まできたんだったな。この先西宮北口で神戸線を挟んで反対側の今津方面が残っている。まあそこについてもちゃっかり乗ってるわけですがw

神戸から阪神電車で大阪に帰る道すがら(というか普通ならそのまんま阪神電車で梅田に行くか初っ端から阪急神戸線に乗るもんだろうがw)、西宮市は今津駅で電車を降りる。

阪神電車で西宮の一つ隣、快速急行までは止まるが特急は止まらない。特急に乗ってきたので西宮で普通に乗り換えて今津へ。ありふれた都会の高架駅だが六甲山系をバックに市街地が広がるのは実にこのあたりらしい景観。こう言ったらなんだか怒られそうな気もするが『六甲おろし』という語が確かにしっくりくる気がする。ちなみに今津から梅田行きの普通で二つ目が甲子園である。

阪神の駅を出て連絡通路を通り、阪急今津線乗り場へ。かつては両線とも地上であったが今はどちらも高架駅。地上時代だった頃には線路もつながっていた時期があり(阪神と阪急はレール幅が同じ)、阪急電車が暴走して阪神の線路に乗り込み今津から一駅走って停止する事故もあったという。かつて阪神と阪急といえば強いライバル関係であり阪急の殴り込みかと言われた逸話がある。
   
 阪急今津線の今津〜西宮北口間は途中阪神国道駅があるのみ、わずか3駅である。西宮北口から北側の宝塚方面はそれなりに距離も長く、梅田への直通もあり利用客が多いが、今津側はひたすらこの区間の折り返し便のみで、列車も3両編成のワンマンカーである。

最初の駅、阪神国道。その名の通り駅の南に阪神国道(国道2号線)が交差する。珍しい名前だ。まあこれと同様のものが関東は鶴見線の国道駅(こちらも第一京浜国道の上に駅が存在)となるだろうが。

JR神戸線の線路群を越えると単線になり西宮北口へ(もう一方の線路は車両回送用の神戸線への連絡線となる)。高架駅だが線路は行き止まりで完全にぶった切れており、ホームからそのまま先端へ進むと駅の2階コンコースである。今津線の宝塚方面行きは神戸線を挟んで北側、1階のホームでこちらも行き止まり式、双方が繋がる望みはもう完全に絶たれてしまったようだ…。
   
 駅コンコースから。奥の2階の壁の中が今津線(今津行き)ホーム。下の線路は神戸線との連絡線。

ここで神戸線に乗り換えるがやってきた8003Fは車体に埃がビッチリ、少々残念な感じだ…。
今度は神戸線を塚口で降りて、伊丹線に乗り換える。特急は通過し、昼間は普通しか停車しないが通勤客の多いラッシュ時は通勤特急が停車する。

伊丹線は塚口から伊丹までを結ぶ支線。神戸線から分かれるように伸びるが直通列車はなく全て線内折り返し便である。

   
   
塚口駅構内は敷地の関係か単線で、神戸線上りホームと同じホームを共用している。いきなり速度制限15km/hのきついカーブを抜けて、複線の直線に入る。

住宅街をゆく普通の通勤路線。4両編成の列車が往復する。山陽新幹線をくぐり新伊丹。

高架に上がって伊丹中心部に入り、早くも終点の伊丹。駅周辺はマンションが林立している。阪神大震災時は駅舎が倒壊する被害を受けて営業出来なくなり、南側に仮駅を設置して営業していた。その後駅ビルと合わせて再建され現在に至っている。

   
   
時を経て再生した伊丹の街。真新しい駅ビルに、何事もなかったかのように見える街。しかしその背景では計り知れぬ苦難を乗り越えてきたものだ。

来年も、前向きに行きたいものです!

それでは、良いお年を!

今年も残すところ(1)

はや5日となってしまった。全く早いものだ。

しかし今年は本当に色々あったものだ。まあ一番でかいのはまとまった期間大阪で過ごすことになったことですかね。公私ともに初めてなことではあったがお陰さんで鉄活動もはかどったもんだしw

そんなわけで大阪でよくお世話になったもんと思えば阪急電車w ここではそういえばそこまで大々的に取り上げてなかったかもしれないが、住んでいたところが阪急沿線に近かったこともあり実は結構な頻度で阪急に乗っている。というわけで阪急の旅から振り返ってまとめてみよう。

最寄り駅の一つだった三国駅から阪急宝塚線に乗る。8000系先頭車転換クロス、それもパイプ式のフットレストがついている。ちょっと硬めだが通勤電車にしては破格!

  

  
中国道をくぐり、石橋。山が目前になってくる。ここで箕面線に乗り換える。昼間は折り返しなので行き止まりのホームに着くが、朝夕は梅田直通があるので直通用のホームもある。

支線用3000系、4両編成。阪急は外見は同じマルーンだし、8000系とあまり遜色ない車体だが、設備面は違うし音的にも古さが現れている。
  
踏切が鳴り発車。山が近いからか。軽い登りになる。住宅街を走るが、バックはすっかり山。終点箕面に到着。周囲は観光地ムード、駅には足湯、名物はもみじの天ぷららしい。駅から少し行くと温泉がある。

 
   
  
山の上にある温泉施設。どうやって登るかといえば目の前巨大なエレベーターが…。

石橋から6112 急行宝塚行きに乗る。高架になり飛ばして、池田。季節柄だ。川に鯉のぼり❗️
川を渡ってすぐ川西能勢口。でかい高架駅。能勢電鉄乗り換え駅だが、能勢電鉄もすっかり阪急色になってしまった。もともと阪急の譲渡車が中心だから無理もないが。

進行方向右手は山に住宅街が張り付く。平野部は終わり山岳地帯に近づいた。雲雀丘花屋敷。普通のほとんどがここで折り返す。ここから先は多くの時間帯で10分毎の急行のみ運転になる。平井車庫がある。このあたりで眼下に福知山線が並行しているのが少しだけ見える。

山本。宝塚線らしく?急カーブを走って中山観音。山の上の方にお寺が見える。

すぐに売布神社(めふじんじゃ)。読みが難しい。その次もまた難しい清荒神。阪急は難しい読みの駅が多い。
先に潜った中国道を再びくぐる。左を見ると福知山線の207系が走ったいるのが見えた。そういえば中国道としても悪名高い宝塚トンネルを通過するあたりだ。連休となれば東は東名高速の大和トンネルとセットで、東西の渋滞個所としてテレビに登場する地点だ。

清荒神をすぎ、目の前に宝塚のメルヘンチックな建物が現れ、高架になって宝塚へ。2面4線だが昼間は片面のみ使用し、今津線と同じホームで乗り換えられるようにしている。

   
   

あっという間の宝塚滞在を終えwここから、今津線で南下して西宮北口へ向かう。映画『阪急電車 片道15分の奇跡』の舞台ともなった路線だ。7000系の6両編成。

宝塚を出るとカーブを曲がって武庫川を渡り、宝塚南口。駅名票に宝塚ホテル前と書いてある。車内はそれなりに乗車がある。

逆瀬川、結構乗車あり。混んできた。沿線の山に宝塚神社がある。小林、おばやし。読めないってのw

沿線には桜があるがほとんど散ってしまった。仁川、阪神競馬場前ちょうど桜花賞開催の前日で、列車もヘッドマークを付けている。引き上げ線があり西宮北口〜仁川の幕を出した電車が止まっていた。競馬向けの臨時便だろうか。

山陽新幹線をくぐり、門戸厄神。いつの間にか先頭車は人で埋め尽くされていた。宝塚から約15分で終着駅の西宮北口へ。神戸線との接続駅で乗降も多い。今津線そのものはここから二つ先の今津までの路線で、かつては実際にそこまで通しで運行されていた。接続する神戸線とは平面交差で線路が直交しており、双方の電車がまるで交差点のように相手の路線の線路を渡るダイヤモンドクロッシングとして親しまれていた。しかし神戸線のホーム延長が行われるにあたり支障となるため廃止され、今津線は西宮北口を境に今津方面と宝塚方面とに分断された。そのため今は双方とも西宮北口で完全に行き止まりの構造で、まるで無関係な路線のようである。ちなみに宝塚方面の路線は神戸線との連絡線があり朝ラッシュ時には直通の準急があるが、連絡線にはホームが設置されておらず直通準急は西宮北口には停車しない。

  
さて、次は今津方面に乗車するが続きはweb、ではなくて次回に!

南海汐見橋線

前回取り上げた南海の通称汐見橋線に乗る。
前にも触れたが正確には高野線の一部、といいつつも現在線路はつながっていない。南海線、高野線(難波・橋本方面)と接続する岸里玉出(きしのさとたまで)駅から、北西に向かって支線のように線路が伸びているだけである。
先にも書いたが2両編成の普通列車が往復するのみ。本数は終日ほぼ30分間隔。地理的に大阪都心部に乗り入れる路線としてはかなり異質である。利用客の姿もほとんどなく、この路線が残っているのは周辺の需要に応えてというよりは、汐見橋で接続(と決まってもいないようだが)の構想がある、なにわ筋線計画を意識したものと言われる。

南海線でやってきて乗り換えたので、岸里玉出駅から乗る。
元は岸ノ里駅と玉出駅という別々の駅で、難波から走ってきた南海線・高野線が分かれて汐見橋線が接続するのが岸ノ里駅で、そこから南海線を一つ南へ行くと玉出駅があった。しかし両駅の間は400mほどしか離れておらず、平成に入ってこの付近が高架化された際に、玉出駅を吸収するような形で両駅が統合されて、岸里玉出駅となった。

高架駅で、南海線、高野線二つの主要路線が接続し、汐見橋へ向かう線が接続する様は、さながら高速のジャンクションのような構造だが、実態としてはどの路線も各駅停車しか停車しない。そのため南海線と高野線の乗り換えは、一つ北に行った天下茶屋駅(ここは特急も含め全ての列車が停車)で行うのが一般的である。大阪都心部に近いのでそれなりに駅の利用客はいるが、広い構内の割に乗り換え客も少ないので、寂しい感じではある。

南海線の普通列車を降り、汐見橋行きの出る6番のりばに向かう。
列車は2両編成が岸里玉出~汐見橋を往復するのみ。高架化されたとはいえ、短くちっぽけなホームが、立派な南海線の線路の隅っこに、まるで申し訳程度にあるだけである。ホーム内は単線で1列車しか進入できないが、本数の少ない今となっては十分である。一応「高野線」でありながら同線とはつながっておらず、むしろ南海線と線路がつながっている。よって車両は同線の車庫から出入りしている。

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列車が来て乗り込むが、日中は2両編成でも乗客はわずか数人というお寒い状況だ。

時間になり汐見橋へ向けて発車する。
高架を左に向けてカーブし、華々しいミナミへ向かう線から離れて、我が道を行くように走る。しかし岸里玉出駅構内は単線だったのに、分岐してから線路は複線になった。かつて高野線だった頃の名残で、実は岸里玉出駅を除くと全て複線になっている。
とはいえ今や列車本数は終日わずか30分間隔、距離も短く起点から終点までたったの9分で着いてしまう。往復しても走行時間は18分、余った時間で折り返しが出来るので、2両編成の車両1本あれば事足りる。というわけで途中列車のすれ違いが全くなく、せっかくの複線も完全に持て余している。

線路の右側に片側二車線の立派な道路が走っており、その沿道は住宅街となっている。線路も複線で、これだけ見れば都会の私鉄電車の雰囲気そのものだが、実態はあまりにも違いすぎである。
そうこうするうちに最初の駅、西天下茶屋駅。
複線ということで上下線揃ったホームだが、屋根や壁など設備はほとんど昔のまま。
反対方向のホームには、この路線があくまで高野線であることを示すように「高野山・橋本方面のりば」と書いてあるものの、そちらの方面に向かう乗客はどれくらいいるだろうか。一応、岸里玉出で乗換が必要な旨が書かれているので別に間違ってはいないのだが…。ちょっと、かつての栄華に近いようなものがある気がしてならない。

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津守、木津川と進んでいく。木津川あたりからは海に近くなり、阪神高速も通り工業地のような雰囲気になってくる。路線のローカルぶりも手伝って関東の鶴見線のような光景である。しかし鶴見線はあくまでも工業地帯への通勤路線であって、日中はローカル線になっても朝夕のラッシュ時は本数も増えるし通勤客で混雑している。
実はその昔、この汐見橋線も同じようにこのあたりへの工業地への通勤客でそれなりに賑わっていたという。しかし今となってはそれも想像がつかない。

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阪神高速と並行しながら汐見橋へ向け走る。最後の途中駅となる、芦原町駅を過ぎる。隣に阪神高速の出入り口もある。どう見てもそちらの方が綺麗で目立つ存在である。

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芦原町の先でJR大阪環状線をくぐる。むろんそちらの方が本数、利用客とも圧倒的に多いのは言うまでもない。この汐見橋線の所だけ周囲から隔離されたかのような感覚である。
減速して終点汐見橋に到着。わずか9分の非日常的な空間が終わる。汐見橋駅の有様は、前回に書いた通りである。
こんな路線だが、ゆくゆく大阪の動脈の一つとなる地下鉄路線と接続する夢を期待されている。もっともそんな夢が本当にかなうのかどうか、という時勢になってしまった気がしてならないが。もっと早い時期にその夢の実現に向けて世間的に動いていたとすれば、この路線の姿はきっと、今とはだいぶ違っていたことだろう。

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変な駅シリーズ(3)

2016年10月27日、一部加筆しました。

変と思う駅を取り上げていくこのシリーズ。時に、関西からでも送ってみようか。
大阪はミナミから府の南部、和歌山方面へ伸びる南海電鉄。大手私鉄路線で通勤・通学の足として機能している。都心から離れた和歌山方面や観光地として名高い高野山方面ではローカルさも漂うが基本的にはごくありふれた通勤電車である。しかしそんな中、まるで裏切るかのように忽然と妙な駅が存在する。いや、これは路線といった方が適切かもしれないが…。

大阪ミナミの繁華街の中心として名高い難波。南海電鉄のターミナルも存在し、人通りが絶えない。そんな都心の本当にど真ん中から、電車でたった一つ隣へ行ったところに、その駅は存在する。
難波から大阪市営地下鉄の千日前線(あるいは阪神なんば線)で西へ一つ目、桜川という駅で降りる。
桜川駅自体は特に変わった様子もなく何の変哲もない地下鉄の駅。平成21年には、大阪梅田と神戸を結ぶ阪神電車が、新たに大阪ミナミ、近鉄に乗り入れる路線として阪神なんば線が開業、その途中駅としても開設された。隣の難波に比べると繁華街を外れており利用客の姿はそれほど多くはないが、周囲は都心らしくビルやマンションに囲まれており、上空を高速道路が通るという、典型的な都会の風景そのものである。

地下鉄を降りて、出口に出る。外には開業したばかりの阪神なんば線の真新しい出入り口が構えている。しかし、そこから隣に目を向けたところに、それとはまるで真逆の、時代に逆らってずっと時が止まっているかのような古びた駅がたたずんでいる。南海電車、汐見橋(しおみばし)駅である。

一面白く塗られただけのそっけない建物に、少々遠慮がちにぽつんと汐見橋駅の看板が掛けられているだけ。昔からある商店か何かと間違えそうである。
外見は塗り直されたりしているのだろう。阪神の駅も隣にできたためさすがに古さは隠せないものの、まだそこまで強烈な違和感はない。しかし一歩足を踏み入れたらそこはまるで異空間だ。
黒く煤けた床、壁。駅員の窓口もあるが窓も相当な年代物といった感じだ。
きわめつけは改札の上に飾られている(この表現も、もはや妥当かどうか)『南海沿線観光案内図』だ。さてこれでも見て南海沿線を…なんていったらとんでもない!内容は昭和30年代当時のもので、ご丁寧にもそれを示す注意書きが左下に書いてある。普通ならその前に案内板自体を掛け替えるはずだが…。
資料的価値(?)がある、とでも判断したのだろうか。でもそれ以前に内容がすっかり煤けてさっぱり読み取れない、というか真ん中あたりが破れてしまっていて、ちょっと痛々しい。保存するにしても何か方法があるような気がするのだが。そこまですることもないのだろうか、ずっとここに掛かっている。まあどうしようか決めるというほどでもなく、ただそのままにされている所だろうか(※2016年3月、とうとう撤去されてしまった)。この駅で新しいものを見つけようとすれば、改札だけがちゃっかり自動改札になっているくらい。でもそれも果たして必要だったのかどうかと思えてくるが…。

ただ駅が古いというだけではない。難波から地下鉄で一つ隣、こんな都会の駅だというのに利用客の姿はほとんどない。そもそも列車の本数が終日に渡ってほぼ30分間隔、朝夕のラッシュも関係のない完全にローカルのダイヤだ。始発は6時前後と遅く、終電も22時台と早い。都会の鉄道とは思えない光景である。ちなみに、先に取り上げた和歌山県内の加太線の方が1日の本数が多い。
まったくこんな路線を維持、運行する意義がどこにあるのだろうか、とすら思えてくる。

ここ汐見橋駅は、南海線の途中駅、岸里玉出(きしのさとたまで)から汐見橋までを結ぶ、通称汐見橋線の終着駅である。
わざわざ「通称」と書いたのは正式名称ではないからで、正確には高野線の一部である。
高野線というと難波から出て橋本、高野山方面へ向かう路線として、今や何の違和感もなく機能している。立地上、誰が見ても難波が始発駅だというのは疑いのない話だが、実はあれは難波から途中の岸里玉出まで、南海線に乗り入れという体裁になっていて、ここ汐見橋駅の方が正確な起点である。

なんでこんな形態になってしまったかといえば路線の成立過程が関係している。もともと高野線は、難波から和歌山市方面へ向かう南海線(当時の南海鉄道)とは別会社の路線で、当時は高野鉄道の路線であった。高野山へ向かう鉄道として建設された訳だが、その際にターミナルはやはり難波に構えるつもりであった。が、既に南海鉄道が難波に乗り入れていたので許可されず、それでも何とか大阪都心に自力で乗り入れることを画策して、道頓堀にほど近いここ汐見橋(当初は道頓堀駅と名乗っていた)に延伸してターミナルを構えた、ということである。
しかし大正期に入って高野鉄道と南海鉄道は合併、路線についても両線が交差する岸ノ里駅(現:岸里玉出駅)に連絡線が設けられ、高野線もほとんどが難波発着になり、この時から汐見橋方面は実質支線扱いになった。すべてが難波発着になった訳ではなく、長らく汐見橋発着の高野線各停も見られたが、後に岸里玉出駅高架化の際に、汐見橋方面の線路は高野線から完全に分断されて直通運転が出来なくなった。そのため現在は同じ高野線でありながら、難波方面の電車とは全くつながりはないし、かつて高野鉄道時代にわざわざ汐見橋まで建設された意味もまるでなくなっている。そんな訳で今は「汐見橋線」と呼ばれることが多く、一般に高野線との認識はなかろう。しかし南海では今も「高野線」として扱っており、公式サイトの各駅の時刻表でも、汐見橋駅なども「高野線」と書かれている。
今はローカル線そのものの雰囲気漂う汐見橋線だが、大阪都心部を縦断する地下鉄なにわ筋線構想があり、その接続路線となる構想がある。この路線が今もなお存在する意義としては、どうもそんなところもあるようだ。しかしその構想自体も具体的に固まっている状態でもないようで、また難波を起点とする案が有力視されつつあるようだ。

 

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阪神電車桜川駅(左)と並ぶ、南海電車の汐見橋駅(右)

出来たばかりで真新しい阪神桜川駅とは対照的に、時が止まったままのような景観。
いうまでもないが利用客の数も雲泥の差である。

 

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駅舎内。古く煤けた構内に件の観光案内図。ちょっと見ていて痛々しい。。。自動改札だけが、時代に最低限応えたかのように置かれている。

 

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噂の観光案内図。丁寧にも昭和30年代のものと明記されている。だいぶ黒ずんでいて読み取るのも困難だ。かといってこの場所に今の路線図をデカデカと掲げるほど、ここの駅の重要性も大きくはないだろう。。。

※先にも書いた通り2016年3月、とうとう撤去されてしまったようである。何かしら保存の手立てはなかったものか、と思うが破れも酷く状態の悪さが災いしてしまったか。

 

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ホーム。始発駅だが発着する列車も少ないので線路は2本しかなく、造りも簡素だ。2両編成しかないのでホームも短い。すぐ左側に阪神高速道路が通っている。

 

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駅名看板と停車中の列車。よく見ると駅には広告らしいものはほとんどない。出したところで…という感じではあるが。

 

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ホームには一応ベンチも置かれているが、実際座る人はどれくらいいるだろうか…。
ちなみに、背もたれにパチンコ屋の広告が貼られているものがあり、「当駅西向い」と書いてある。しかしこれも明らかに今のものではなく、その「当駅西向い」の方向に当の店を探してもどこにもなく、「看板に偽りあり」の状態である…。

 

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駅前の様子。広い通りにマンションが立ち並び、阪神高速も通り、典型的な大阪の都市の景観そのもの。それもそのはずで隣の駅はミナミの中心たる、難波である。南海汐見橋線の駅と路線だけが、まるで周囲と切り離されたかのような雰囲気のまま存在している。

南海加太線

南海線で和歌山市駅の手前にある紀ノ川駅から分岐し加太までを結ぶ路線。全線単線で2両編成の普通列車のみが走る。ローカル線のような感じだが沿線にはほとんど宅地化されていたり工場があったりして乗客が比較的多い。そのため本数も比較的多めである。2014年からは沿線の海産物のPRのため『加太さかな線』の愛称がつけられ車体のラッピングにも使われている。
起点は紀ノ川駅ではあるが、列車はすべて南海線の和歌山市駅から運行されており和歌山市駅の利用者や南海線接続の便宜が図られている。ワンマン対応の7100系が主に使用されている。

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一駅だけ南海線を走行する。のんびり紀ノ川橋梁を渡る。南海線の歴史と共に歩んできた橋梁でこれまで架け替えされておらず、上り線の橋梁はなんと1903年(明治36年)と100年以上も前に架けられ、複線化のために架けられた下り線の橋梁も1922年(大正11年)のものである。耐震性の観点から架け替えの検討・調査がされたが、その後問題ないことが判明して結局中止されたようである。

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橋梁を渡って紀ノ川へ。駅名票、前は毛筆みたいな字体だったと思うが、新しいのに変わっていた。左に分岐して加太線に入る。分かれてしばらく複線だが、左カーブが終わると単線になる。途中大手私鉄で唯一の列車交換の信号場を通過する。なお、上り列車は信号待ちがなくてもここで副本線の方に進入する。
次の駅までが結構長い。しかも速度がやたらとのろい。線形はそんなに悪くないのだが。川を渡ってやっと東松江、上り列車と交換する。その後も直線を走るが、やっぱりのろいw 最高速度が制限されているようだ。

西へ向かって走るため夕刻は西日が眩しい。中松江。八幡前で行き違い。周囲が宅地化され生活路線の加太線。夕方は本数が多い。7100系と交換。右に山を見ながら住宅地を進む。

西ノ庄、二里ヶ浜と進む。右に山が迫り、左は海が近くと、周囲が狭くなる。磯ノ浦。
ちょっと山越えになり緑に囲まれる。右に道路が並行し、山に囲まれた町に出て、終点加太に到着する。

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風情のある駅構内。

 

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午後から出て多奈川線も回ってきたあとだったのでちょうど日暮れ時になった。いい味…。

 

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夕日を浴びる駅舎。観光客もおり乗客は割と多く、そこまで寂しい雰囲気でもない。

 

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せっかく来たので海まで行ってみる。車窓では近くに見えたりしたものの駅からは若干離れており加太の町を歩いていく。でもこの町自体も海近くの昔ながらの町といった景観であり、風情があり歩いていても楽しい。

 

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10分少々歩いて加太の港に出た。釣船も多く、鯛釣りでも有名らしい。

 

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夕暮れの加太湾

南海多奈川線

大阪は「ミナミ」で名高い難波を起点に、和歌山市方面へ向かう本線(南海線)、高野山へ向かう高野線を主軸とする私鉄。関西国際空港へのアクセスも担い、空港開港に合わせて登場した特急『ラピート』はその特異な車両デザインも手伝って、未だに看板の地位を保ち続けている。
大阪は土地柄もあってか、私鉄路線は北部から東部にかけての方に割と集中している。南側はというと地理などの関係もあるのか、あまり広範囲に展開しておらず、南海がほとんど引き受けている格好だ。北側は私鉄同士が競合するが、南側はそうでもない。

基本は通勤電車だが、海が近かったりローカルムード満点な支線があったり、和歌山港で徳島への航路に連絡するなど、観光面の要素も多い。

難波から南海本線の特急『サザン』で45分、和歌山との県境にほど近い、みさき公園。子供達のはしゃぎ声が聞こえてくる。そして潮風がなんと心地よい!香りもいい!

みさき公園から出るのが多奈川線。2230系の多奈川線に乗り換える。2両編成、30分毎。乗客の姿は少なく、寂しい。大阪都心の汐見橋線よりはまだ良いだろうが。

みさき公園駅は1番線から5番線まであり、4番線は3、5番線の和歌山市寄りを切り欠いて設置されたホームである。この4番線が多奈川線用のホームといえるがここから出る列車は毎日13時15分発の一本しかなく、他の列車すべて5番線から発車している。

  
  

緑に囲まれて、単線を進む。のんびりしたペースだ。よく見ると沿線の山にソーラーパネルがある。

海と山に囲まれたローカルムード満点な支線だ。深日町。

ホームは長いが、今は2両編成しかないので途中柵で仕切られている。かつては淡路島行きのフェリー連絡の急行淡路号がなんばから乗り入れていたので6両編成の電車があった。

深日港。古びた駅名看板が印象的。以前はここから淡路島へのフェリーが出ていたが、関西空港開港で空港から出るようになったため現在は発着がない。開業時は存在せず、フェリー開設にあたって造られた。そんなこともあり隣の多奈川駅とは非常に近く、すぐ目の前に多奈川駅が見えている!

電車は発進してすぐに加速を終え、徐行のまま多奈川駅に進入。あっという間の旅であった。

   
  
 多奈川駅から深日港駅を見る。

能勢電鉄(2)

  

妙見線を終点妙見口まで乗った後、途中の山下まで戻って、日生線に乗る。日生線は山下〜日生中央間の一駅のみ、途中駅のない路線だ。もっぱら、日生ニュータウンの交通手段として存在するもので、自然豊かな妙見線とは対象的である。

まずは川西能勢口行きの上り電車に乗って、分岐駅の山下に戻って降りるが、ここで珍妙な光景が展開する。筆者も思わず唖然としてしまった。

筆者が乗ってきたのは上りの川西能勢口行き、山下は途中駅で、この先も終点川西能勢口へ向けて、お客さんを乗せて走る電車である。そして、山下では筆者の降りた所の向こう側のホームにも電車が止まっていたのだが、その電車が先に、上りの方向へ発車した。しかし車内をよく見ると、そちらにもお客さんが乗っている。タイミング的には同じ時間で、回送なんじゃないか、と思ったのだが、見ると車内は空っぽではなく、お客さんが乗っている。ということは、あっちも川西能勢口行きだろうか?
でも自分のたっているホームに止まっているのも、間違いなく川西能勢口行きで、先の電車が発車したのと同じく上り方向へ向かう電車である。そして、先にお客さんを乗せて発車した電車が発車したのち、しばらく待つのかと思いきや、すぐに上りの方向へと発車していった。タイミング的に、やけに近すぎやしないか???
しかし改めて時刻表を見てみると、時間的に川西能勢口ゆきはやはり筆者がここまで乗ってきた電車しかないようだ。能勢電鉄は昼間、各駅停車が10分ごとの等間隔ダイヤで、1、2分の間隔で列車が走るが来るなんてことは、あり得ない。
だとすれば、先に向こう側のホームからお客さんを乗せて発車した電車は、一体何だったんだろうか?
これは西村京太郎のネタにでもされそうなミステリーだ。(大げさだ・・・)

謎を残したまま、通路を通って次の日生中央行きが来る1号線に移動する。「山下始発」の日生中央行きに乗る。
が、ここでまたも変な光景に遭遇することになる。

しばらく待って、電車が入ってきた。電車の行き先は「山下↔️日生中央」と書いてある。そしてその電車は、日生線とは逆の川西能勢口の方向から入ってきた。つまり、山下まで「回送」でやってきて、ここから始発になる電車である。ということで当然ながら、車内は「空っぽ」のはずだ。

座席も含めてすっからかん、座れて当然の状態である。

だが乗り込んでびっくり。
フツーに他のお客さんが、なんとすでに乗っている…。
そして堂々と、席に座っている。

は???

さっぱり、理解できん・・・。
てか、始発やろ?

というわけで、「回送のはずの電車にお客さんが乗っている」という変な光景を目の当たりにした。乗ったはいいんだけど、真面目に「この電車で合っているのか?」と一瞬思ってしまった。
まさに、ナニコレ珍百景!

最初は「なんか俺のアタマがおかしくなったんか?」と思ったが、どうもそうではなく(当たり前や!)、日生線の電車が、以下の方法で運行されていることによるためだ。
日生線は川西能勢口への直通便と、山下折り返しのシャトル便が交互に運行されている。シャトル便の電車は妙見線の電車と接続することで、それに乗っても川西能勢口へ行けるようにしており、逆に川西能勢口からやってきた能勢線妙見口行きの電車からも、山下で乗り換えて日生中央へ行けるようにしている。
しかし線路の都合上、シャトル便はホーム上で直接折り返すことができず、一旦上り方向に引き上げ、下り日生中央行きのホームに入ってくる。山下では、能勢線の下り妙見口行き乗り場と、日生線の上りが同じホームとなっていて階段を経ずに乗り換えられるため、日生線の山下止まりの電車は、到着するとお客さんを降ろし車内を空にして引き上げるのではなく、妙見口行きの下り電車で来て日生線に乗り換えるお客さんを、この時点で乗れるようにしているのである。
かくして、お客さんを乗せたまま列車が引き上げて折り返す光景が生まれた、ということである。しかし、乗り換えたお客さんもまた、日生中央行きのホームに入るまで、一旦逆向きに進んで、ホームもない場所で停車して折り返すという妙な光景を見ることになるわけだから、これまた慣れないものだ…。

珍妙な光景なおかげで、始まる前にだいぶかかってしまった・・・。

というわけで一駅の旅。山下を出ると左にカーブし、長いトンネルを抜ける。線形は良く能勢電にしてはかなりスピードを出す。トンネルを抜けると谷越えで立派な高架線になる。完全にニュータウンの路線、妙見線とは対照的で、だいぶ能勢電らしくない感じだ。高台にトンネルで突っ込んで終点日生中央。ウッディタウン中央のようなニュータウンの終点駅。本当にニュータウンの駅はどこも良く似ている。ただ、山が近い分ニュータウンとしては規模は小さめに感じる。

自然と人工物とが共存する環境。いかにも人間様が作ったと言わんばかりだ。

  

  

能勢電鉄(1)

阪急宝塚線の川西能勢口から、能勢妙見堂のある妙見山方面へと向かう路線。川西能勢口自体山の麓といった感じで、そこから山へ分け入っていくような山岳路線だが、山間の地まで宅地化、ニュータウン化され、利用実態的には通勤路線である。しかし山岳路線ということですぐ山は迫っているし、急カーブやらンネルやら渓谷やらと変化も激しい。

川西能勢口〜妙見口間を結ぶ妙見線と、途中山下から分岐して日生中央へ向かう日生線で構成される。基本的に線内運転だが、朝夕ラッシュ時には阪急梅田と日生中央を結ぶ、特急日生エクスプレスが走る。朝夕ラッシュを除き、各駅停車のみの運転である。

   
 川西能勢口で降りて、4号線に移動する。阪急と共用の高架駅で、阪急宝塚線の3号線とは同じホームで乗り換えられる。ほか、朝夕ラッシュ時には阪急梅田へ直通の日生エクスプレスがある。

能勢電鉄の1500系が入線。車両も阪急のお古で、塗装も同じマルーン、目立ったところは会社のロゴくらい。かつては独自の車両塗装だったが、阪急と同じになってしまいちょっとつまらない。阪急の子会社ではあるが、最近は名実ともに阪急の一員になってしまったような感がある。車内の路線図も、能勢電鉄専用のものではなく、阪急宝塚線の路線図が掲載されている。もともと能勢電の路線も描かれているものだ。

発車メロディーとともに発車。列車は4両編成だが、阪急と同じく10分毎の運行。夕方とあってかそれなりな混雑。発車するとすぐに急な左カーブ、高架を降りて山に向かっていく。川西能勢口は都会的な駅だが、山が近い。

急な左カーブをまた曲がる。カーブは宝塚線よりもきつく制限45km/h。
絹延橋。5100系とすれ違うが、すっかり阪急色だ。進行方向右手は家をバックに山、気持ちが良い。複線で進むが速度は低速、鶯の森。
すぐトンネルに入る。渓谷を抜けてトンネルを行く。すっかり山岳鉄道だ。それでもトンネルを抜けると住宅地になる。このあたりは高尾あたりに似ている。鼓滝で結構降りるが、まだ立っている人も多い。1700系とすれ違う。
駅間が短くすぐ次の駅に着く。多田。車庫をみながら平野。それなりに大きい駅で阪急の駅に匹敵する。日生エクスプレスが停車する。なんか写真を撮ってるてっちゃんが多い。留置線に1757が止まってたのだが、それを撮ってた。なにか珍しいのだろうか?よくわからない。
右手は崖になりへばりついて走る。道路を渡り警笛とともにトンネルへ。箱根登山電車みたいだ。

  

長めのトンネルを抜けて、すぐに畦野。うねのと読む。難しい。急に住宅街に出て、高架駅の山下。日生線との分岐駅。乗ってきた列車は日生中央行きだったので、乗り換える。
乗り込んだ1550は緑色の復刻塗装。
右カーブして3000系をみながら進み、単線になりすぐに隣の笹部。能勢電鉄では最短の0.4km、利用客も少ない。駅の周りは集落みたいな家がぽつぽつあるだけ。山間をゆき、軋み音を響かせながらきついカーブを行く。

  

光風台、駅舎つきの立派な駅だが谷底にあるため、車窓から見ると駅設備以外は、車素晴らしいほどひたすら緑しか見えない。立派すぎる駅設備に比べて車窓は自然豊かである。しかし立派な駅がある以上、とはなるが実際は駅の上はニュータウンで、一つ先のときわ台から戻ってくると光風台駅の方角に団地が見えるのが確かに見える。トンネルの合間にあり、駅を出るとまたすぐトンネルとなる。
住宅街が広がり、ときわ台。車内はさすがに?1両に数人になった。
再び山の中へ入ってトンネルを抜け集落っぽくなると、終点妙見口。2面2線。山下もそうだったが時間がないようで、電車は着くとすぐに折り返し発車する。

   
   
都会人の感覚ですっかりPASMOで乗ってしまったが、能勢電鉄で使えるのはPiTaPaのみで、PASMOとの相互利用にはなっていない。阪急乗り換えの川西能勢口駅も、改札を通らずに乗り換えることができてしまうため、うっかり阪急からそのままPASMOで乗ってしまいやすい。関東では京成に乗り入れている芝山鉄道もそうだが、なんとかならないものだろうか。。。
P残額も足りないので駅員のご厄介、と思ったら駅員もいない。
無人駅である。と、傍に機械、おお、自動精算機で精算かと思うが前に使っている人の動きを見ると、何やら妙だ。お金を入れて精算しているのではなく、どうやら係員と通話して、指示に従って改札を通り抜けているではないか。自分の番になって行ってみると、それは精算機ならぬ、「自動筆談機」というやつであった。
置いてあるメモ帳に鉛筆で書いて、機械の読み取り部に置いてボタンを押すと、職員と通話できる仕組み。自分の場合、阪急から通しで来たがPASMOの残額も足りなかったので、実質「乗らなかった」ことにされ、改札を出て妙見口から乗車駅までの切符を買うように指示された。ということで指示に従って改札を通り抜け、妙見口から逆向きに乗るように切符を買って、傍にあるインターホンの下にある投入口に入れて完了。なかなか優れたシステムではないか。これは驚いた。
  
風情のある妙見口駅、夕刻だったので逆光になっちまった…。

京阪電車

大阪と京都を結ぶ鉄道、JR京都線(東海道線)と阪急京都線が梅田(JRは大阪駅だが)から出ていて途中もほとんど並行し距離も割と短いとあって、この二つが割とメジャーなところだろうか。しかしもう一つ、淀川を挟んで向こう側を走る京阪もまた京都へのアクセスルートの一つだ。大阪に来てまだ京都に行っていないということで、JRと阪急は以前乗ったことがあったので、今回は京阪で向かってみることにした。

梅田から御堂筋線で一つ、大阪都心のビジネス街の一角である淀屋橋からスタート、京都市街の北東寄りの出町柳までを結ぶ。梅田に乗り入れておらず、淀川の対岸を多くのカーブを通りながら結ぶとあって距離が長くちょっと不利な印象がある。反対の京都側も全く違うルートを取っており、テリトリーも少し違う感じである。京都側は鴨川の東側を南北に走っており、終点の出町柳は叡山電鉄線に接続、比叡山や鞍馬山方面へは京阪の方がアクセス性が良い。京都の街の中でも祇園や清水寺といった京都市の東側の観光地は沿線に比較的近い(もっとも祇園あたりであれば、阪急の終点河原町から歩いても近いが)。

淀屋橋から京阪の特急に乗る。車両は特急用に造られた8000系。大阪と京都、そんなに長くない距離を結び特急料金も要らないが、車内はクロスシートが並びダブルデッカー車も連結される豪華仕様。かつてはテレビがついているのも京阪自慢だったが、撤去されてしまった。

地下駅の淀屋橋ターミナル。地上を走る道路が狭いのか、スペースには制約がある。最大4本まで列車が入れるがホームをいくつも作れず、実質1面だけのホームでやりくりしていて、基本的に3・4番線が使用されるが、京都寄りはホームを一部切り欠いてそこに2番線を設けており、また4番線の線路についてはホームの京都寄りを1番線として、列車を2本「縦列駐車」可能にすることで、1番線から4番線まで確保している形である。なんとも窮屈なやりくりである。休日昼間は3、4番線しかつかっておらず、京都寄り先端部にある1、2番線は消灯されている。ちなみに、同じく京阪の大阪側起点である中之島駅も同じような構造をしている。
ターミナル駅のはずだがホーム、停車中の特急ともにガラガラと、各方面からの旅客が終日集まる阪急梅田と比べると、ずいぶんと寂しいものだ。ちなみに各駅停車は淀屋橋発着がほとんどなく、二つ先の天満橋で合流する中之島線から乗り入れてくるので(中之島線が開業する前は、天満橋で折り返しであった)、もともと淀屋橋を発着する列車がそんなに多くない、という事情もあるだろう。

 

空いている特急、余裕で運転席後ろの席を陣取る。
シートはリクライニングしないものの分厚くてかなり座り心地が良い。それと京阪の車両の特徴として、営業線全ての車両の端の天井付近に、沿線にある成田山大阪別院のお札が掲げられている。車両にお札が付いているのは、他ではなかなか見られない。成田山大阪別院は寝屋川市内、京阪の香里園駅からほど近いところにある。毎年交通安全を祈願してお札を受けて車内に掲げているものだが、もともと成田山のあった所は京阪が運営していた香里遊園地の跡地の一部だったそうで、そこを京阪が寄進したという経緯もあって今日までの縁があるようだ。京阪の通る方向は大阪から見ると鬼門に当たる方角であり、厄除けの意義は大きいようだ。

淀屋橋を出るとしばらくは大阪都心部を地下トンネルで走る。中之島線が合流する天満橋で乗客が少し増えて席も埋まってくる。地上に出て複々線になり、高架になって京橋に停車。内側の急行線に入る。ホームで待ってる人は多いが、ここでも席は埋まらない。JRや阪急に比べると不利なのが出てしまっているか。空いているもんだ。ちなみに京阪ではここ京橋駅がもっとも乗降客数が多い。JR環状線との接続駅でもあり、拠点と言えるだろう。

京橋を出るとさっそくs字カーブ。ここからは関西の私鉄では珍しい複々線区間が始まる。それと京阪は「京阪電鉄”カーブ”式会社」と揶揄されるほどカーブが多いのが特徴だが、このあたりは珍しく直線が続き、複々線を気持ち良く飛ばす。
途中、千林、滝井、土井、と各駅停車しか止まらない駅があるが、それらの駅は各々400mほどしか離れていない。見ていてもマジで短く、ホームを伸ばせば隣の駅に届きそうに見えてしまうほど。なんでそんな間隔で駅があるのかと首をひねりたくなる。
守口市を通過。特急は止まらないが、急行、準急などの列車は止まる主要駅。この辺からカーブになり速度制限がかかってくる。
生駒山系が見え、避けるように左にカーブしていく。萱島を通過すると複々線が終わって複線になる。眼下に車両基地が広がる。萱島駅は通過であったが、駅のホームを貫通するようにクスノキが立っていることで有名である。萱島神社の御神木で樹齢は推定700年、大阪方面行きのホームにある。駅の拡張をする際にこの領域にホームがかかることになったが、木を保存するために避けた構造としてホームがつくられている。ちなみに同様の例が阪急宝塚線の服部天神駅にもあり、梅田方面行きのホームに堂々とクスノキが立っているのを目にすることができる。東京ではこんな例は見られないぞ!

 

寝屋川市を通過。大阪都心にもわりと近く、けっこうでかい街だ。通勤の便が良さそうだ。
地上に降りて、香里園を通過、名前は綺麗だが現在駅前には巨大なタワーマンションが立ちはだかる典型的なベッドタウンという印象である。先にも書いた通り
少し登りになる。カーブ多いな。さすが京阪という感じだ・・・。速度を小刻みに上げ下げする。
枚方パークを右に見て枚方公園を通過、高架になって枚方市に停車。ここから交野線が分岐する。ここも栄えている街だな。寝屋川市、香里園、枚方市と大阪の周辺の大きな街が続く。

淀川対岸のJR、阪急と違って、京阪沿線は大阪市内で近くを地下鉄谷町線、JR学研都市線などが多少並行してはいるものの、基本的に京阪がメイン路線となっており、それほど競合ムードがない。ということで必然的に京阪に集中する傾向があるようだ。通勤時間帯の混雑も長年激しく、複々線が造られたり、朝夕ラッシュ時は「通勤なんたら」の種別も走らせて関東も顔負けなダイヤ編成をしている。

左手に淀川の河川敷が並行し、樟葉に停車。すぐ左がモロに淀川でガチでリバーサイドな駅である。ということで一見寂しげに見えるのだが、反対側の南側は街として栄えている。
淀川の対岸がよく見える。高槻あたりだろうか。前方も天王山か山崎あたりの山が立ちはだかる。
山沿いに走り淀川から離れ、八幡市を通過。トラス橋で木津川と淀川を渡る。ここで淀川を渡るのか。

淀を通過。駅の南側には広大な京都競馬場があり、淀も高架駅なので良く見える。開催日は競馬ファンでごった返すことだろう。関西の中央競馬はここ京都と、阪急今津線の仁川駅が最寄りの阪神競馬場がある。阪急今津線も開催時は西宮北口〜仁川間の折り返し便がある。そういえば桜花賞の頃に意識もせずにたまたま乗って、かなりの賑わいだった。

南側に宇治川が並行する。中書島に停車、宇治線が分岐する。
伏見桃山を通過して丹波橋に停車。近鉄京都線との乗り換え駅。京都らしくなってきた気がする。
店などを挟んで右手に近鉄が通り、駅を出るとオーバークロスする。
名神高速をくぐって藤森、その次は名神でもよくきく名前の深草を通過。名神に深草バスストップがあるので高速バス利用者にとってはおなじみの地名だと思う(但し名神をくぐったところに藤森駅がある通り、深草バスストップの最寄駅は藤森駅)。伏見稲荷、鳥羽街道と通過。この辺は駅間短い。右手にJR奈良線が並行、オーバークロスして奈良線の右に回り込むと東福寺。正面に東海道新幹線が見え、下り勾配で京都都心の地下トンネルへ。七条に停車。大阪と京都の都心部では多くの駅に止まる京阪の特急だが、京都の地下線では各駅には止まらず、七条の次は祇園四条に止まる。途中清水五条は停車しない。ここが清水寺の最寄駅ではあるのだが、乗降客数は少ないようだ。

三条を過ぎると次は終点の出町柳に停車する。途中駅は神宮丸太町しかなく実質終点に近いが、ここで各駅停車に接続して追い抜く。以前はここ三条が京都側の終点で、今も淀屋橋からここまでが「京阪本線」である。この先、出町柳までの2駅は平成元年に新しく開業した「鴨東線(おうとうせん、難しい名前・・・)」となる。とはいえほとんどの電車は出町柳まで乗り入れ、三条止まりは現在ほとんどないので乗客にとっては特に気にする話でもなかろう。ただし、新しく開業した路線とあって、運賃だけはちゃっかり高めに設定されているのだが。

路線は変わったものの、京阪本線から続くなんの変哲もない地下鉄を走行して神宮丸太町を通過、終点出町柳に到着する。ここも2線だけのターミナルらしさがあまりない地下駅。
ちょっと変わっているのは、特急は停車して客を下ろすとドアを閉めて車内整備を行い、所定の停止位置まで前進しドアを開けて折り返しの客を乗せるという「儀式」がある。
駅の上はすぐ叡山電車の乗り場で、比叡、鞍馬方面へのアクセスは抜群だ。


 

清水五条へ戻って清水寺へ。駅から結構歩いたな。十数年ぶりに来た清水寺、新鮮だった!雨だったけどすごい人やったな。


南海フェリーで四国へ(1)

さあ今年も待ちに待ったGW!まあ、29日休みだったし前後で有休取っちゃって、「待ってなんかないぜ!」って人もいるかも?そういえば朝のニュースでも、「GW後半」とか言ってたし。それくらい休める人はどれくらいいるんだろうか?多くのサラリーマン(但し土日きっちり休み前提ネ…)にとっては「昨日から5連休始まったばかりじゃないの!」と突っ込みたくなるところではないかと…。別にまあどうこう、って話じゃないんですけど、あんまり騒がれると「こっちはまだ休んでないんだぞ!」って、思えてきませんか??? って、どういう前振りやねん!
というわけでせっかく大阪にいてるからにはその力を発揮して(?)、どっかに行こうということで。昨年出かけた四国にまた行ってみることに。以前は関東から長時間かけて行ったわけだが、大阪からならちょっと足を伸ばす程度、日帰りでもそれなりなことが出来るのだから羨ましいもの。
行き方は鉄道、バス、船舶となんでもあり。まあ、最近は明石海峡大橋も通じて高速道路網が本州と四国をショートカットしているので淡路島経由が主流だろう。船も神戸から高松や、徳島方面なら和歌山へ出て南海フェリーもいい。今回は南海電車に乗るのも兼ねて南海フェリーで向かってみることに。

休日早朝の御堂筋線で難波へ向かう。さすがに休日早朝となれば本数も少ないし、乗ってみると空いている。と油断していると梅田では乗客が列を作って待っていて都心は混雑してくる。この路線で時間帯というものはあまり関係ないようだ・・・。しかし、難波へ向かうにつれ、スーツケースを持つ乗客が目立つようになって納得した。南海電車で関空へ向かう客ということだ。というわけで難波で一斉に下車、スーツケース組と南海電車乗り場へ向かう。まだ朝6時過ぎた頃だが、地下から上がるエスカレータは旅行客中心に上から下まで並んでいる。

南海で徳島へ向かうなら乗車券は「とくしま好きっぷ2000」に決まり!南海電車の発売駅から、電車・フェリーで徳島港までの片道切符で大人2,000円、子供1,000円で販売している割引乗車券で、通常の値段だとフェリーだけでこの料金になるので、電車の分が実質無料という美味しい切符である。むろん遠ければ遠いほど得で、難波から和歌山港なら始発から終点になり通常運賃は920円だがそれもちゃらだ。特急『サザン』の座席指定車や、南海フェリーのグリーン席は別途その分の料金が必要だが、どちらか一方だけなら使ってもお釣りがくる値段である。購入も窓口でなくてもタッチパネルの券売機で購入出来るので、とても手軽だ。

7時10分発の特急『サザン』1号、和歌山港行きに乗る。和歌山方面へ向かう南海線に乗る機会はまずなく、『サザン』も乗ったことがない。
『サザン』は8両編成で、和歌山港側の前4両は指定席、難波側の後4両は自由席である。指定席の方は専用の特急車両、自由席の方は普通の通勤車両が連結され8両編成となっている。リクライニングシートを備えた名実共に特急らしい車両と、いつも乗る通勤電車が連結されるという、ほかではちょっと見られない列車である。自由席は乗車券だけで乗車できるが、指定席は座席指定券(510円)が必要である。自由席と指定席の車両の通り抜けはできず、一本の列車でありながら無関係みたいな感覚である。
せっかく乗るならということで座席指定券を購入する。距離が60km少々でそんなに長くなく、乗車時間も1時間程度とあってか、指定券も直前でもすんなり手に入る。というか指定席の利用客自体低調らしく、時間も時間だろうが、空席ばかりであった。指定席車の10000系に乗り込む。後ろの自由席は通勤型の7100系。リニューアルはされているが、どちらも年季が入った車両である。南海の新型車両導入のペースは鈍く、『サザン』にも新型車両が投入され始めたものの未だに以前からの車両が現役で主力となっている。そのあたり良くも悪くも、通勤電車ながらローカルな面を醸し出しているような気がするが。

   
 
定刻になり発車、ありふれた通勤路線を走っていく。
朝早いこともあってリクライニングで気持ち良くうたた寝してしまう。

途中泉佐野で空港線が分かれ、しばらく走っていくと海沿いに出る。せんなん海浜公園のすぐ横を走る。これから海に出る期待感が増幅される。

   
 

みさき公園を過ぎると一転して孝子峠越えになる。しかし峠自体そこまで高くないし、道路も並行しているのであまりそれらしい雰囲気はない。
孝子峠を越えてすぐ、和歌山大学前(ふじと台)に停車する。南海では最も新しく2012年に開業したばかりの駅である。和歌山大学や造成中のふじと台へのアクセス駅となり、特急含め全ての列車が停車する。
カーブしながら下って行き和歌山市街地が良く見えるようになる。平坦なところに降りて再びスピードを上げる。南海の名物(?)の一つである紀ノ川橋梁で紀ノ川を越える。開業当時からの歴史ある橋梁で、特に上り線の橋梁は架けられてから100年以上経過している(のちに複線化されて下り線の橋梁が架けられている)。

   
紀ノ川を渡るとすぐ和歌山市に停車。南海線の終点で難波からきた列車の大部分はここで折り返す。この先は和歌山港線になるが、地元客の利用よりもフェリー連絡を主体としたダイヤ構成になっているので、運行時間も変則的で2〜3時間に1本くらいしかない。和歌山港までは2.8km、それなりな距離はあるし沿線も過疎地域ではないのだが利用が見込めないか。前は途中駅も存在し列車もそれなりにあったが、今は途中駅は全て廃止されている。

   
 

  

単線で家並みの間を窮屈そうに走って、港に出て終点和歌山港。フェリー乗り換えの客がどっと降り、逆にホームにはフェリーから乗ってきた客が待ち構えている。だがこの駅が賑わうのは本当に列車がつく時だけだろう。

かつてはこの先水軒まで路線が通じていたが2005年に廃止、水軒ゆきは1日たったの2往復というなんともやる気のない(失礼)ダイヤであった。

   
 
和歌山港駅は南海フェリーの乗り場に連絡通路で直結している。フェリーは8時30分発。旅客は1階、2階が客席、一番上は展望デッキ、ほか船底の部分は自動車用のスペースである。

連休とあって結構な人で、グリーン席は満席、普通の席もほとんど埋まって座るところがない。カーペットの席もあるがそこもびっしりだ。トラック運転手用のスペースも開放されていた。あとはデッキに座り込む人も。

徳島までは2時間の船旅、船旅もそんなにするものではない。しばしの非日常体験だ。