奈良井にて

奈良井宿に沿って走る中央西線、宿場をざっと一通り歩いてみたあとは線路沿いを歩いてみる。まずは主力の383系特急『しなの』

 

ちょうど奈良井で通過待ちする普通列車があり、しなのに続いて発車した313系普通列車。このあたりは特急街道で、日中ダイヤでは特急が1時間に1本あるのに対し普通列車は2時間に1本程度と極端に少ない。

沿線の路上にあった「線路横断禁止」の注意書き。昔ならばまだあり得たのかもしれないが、現代の都会に住む者にとっては、踏切以外で線路を渡るなんて考えもしないもので奇妙なものだ。
しかし、わざわざこうして書いてあるからには、今もここを渡る人がいるということである。

実は奈良井のあたりは直接鉄道を横断できる箇所が少なく、地元に古来よりある道(赤道というらしい)が線路を横断していて、地元の人が横断に使っているようだ。建前上は横断を認めるというわけにはいかないので「横断禁止」となっているが、実態としてはもともと道があった以上完全に締め切ってしまうわけにもいかず、止む無く目をつぶる感じで渡ることができる構造にしてあるようだ。
そんなことなら鉄道開通の時に踏切を一つでも作っておけばよかったのに、と思うがようやくその動きが起きて、もうすぐこの付近に歩行者用踏切が一箇所設置されるそうだ。実際、線路沿いを歩いてみてわかったが、鉄道を普通に横断できる箇所は宿場の南の方に踏切が一箇所と、北側奈良井駅の近くに線路を潜る地下道が一箇所あるくらいだった。中間のあたりから線路の反対側に行こうとすると、かなり大回りしなければいけない状況である。危険ではあるが、多少無理もないところだろうか。ちなみに筆者は、ちゃんと踏切と地下道を使っております。念のため。というか線路を渡る勇気はさすがにない…。

線路の反対側には奈良井側が流れており、木曽の大橋が掛かっている。木製の立派な太鼓橋で奈良井宿のシンボル。

 

奈良井宿の駐車場には蒸気機関車C12形が保存されていた。
中央西線は電化が比較的遅く、昭和48年まで蒸気機関車が走りD51も活躍していたようだ。機関車復活の動きも最近盛んになってきましたね。

奈良井宿へ

塩尻から中央西線の普通列車で奈良井へ向かう。
長野から名古屋方面への路線ということで、この辺りに来る行程を立てないと乗る機会はなかなかない。
中央西線は中津川以東の大部分で中山道沿いのルートをとる。沿線には馬篭宿や奈良井宿など宿場が点在しており、今も多くが史蹟として残り多くの観光客が訪れる。一度乗ったことはあったものの降りて宿場を歩いて見たことがなかったので、今回は奈良井宿に行ってみることにした。

塩尻から普通列車で5つ目の奈良井で下車する。この間にも、洗馬、贄川といったかつての宿場とそれに対応する駅が設けられている。

 

奈良井駅、宿場の佇まいに合わせるかのような作りが良い。駅の自体も特徴的。

 

この辺りの中山道は、山間の少し険しい地域を通る。かつては人の往来も今より多かったことだろうが、自動車や鉄道に取って代わられた今は少し寂しい感じもする。鉄道にしても中央西線はこのあたり、長距離輸送の特急『しなの』が主体で1時間に1本程度走るが、普通列車は2時間に1本程度と極端に少ない。特急も一部臨時で奈良井に止まるものがあるものの、通常は塩尻を出ると木曽福島までノンストップである。そのため、この辺りを鉄道で訪問する際は列車の時間に注意して行程を組む必要がある。

というわけで現代もっとも往来が激しいのは道路で、名古屋と長野を結ぶ国道19号線が今の中山道にあたるが交通量がかなり多い。奈良井あたりでは中央西線沿いに奈良井川が流れていて、その川の向こう側が19号線となるが、実際見ていても片側一車線ながらトラックなどの往来が激しかった。本数の少ない鉄道、落ち着いた宿場町の雰囲気とは対照的だ。
現在の名古屋〜長野方面の中山道にあたる高速道路には中央自動車道が相当するものの、岡谷〜中津川の間は飯田線沿いを通り、恵那山トンネルで中津川に出ているため、この辺りを直接通る高速がない。19号線自体も走りやすいのでこちらを選択する車も多いようで、交通が集中しているようだ。

 

奈良井駅を出るとすぐに奈良井宿の入り口となる。
南に向かう旧中山道沿いに細長く宿場の街並みが続く。
木曽路にきたんだなぁ…。しゃぶしゃぶの方で名前はすっかりおなじみだが(すいません)

昔からの建物がしっかり残された宿場町をゆく。本当に徹底して残されているのがよくわかる。しかし歩いてみるとわかるが非常に長く、歩きがいがある。それもそのはずで全長1km、日本最長の宿場とされている。恐れ入った。
思わずシャッタを押すがなんだか恐れ多い気にもなってくるような。昔はどこでも当たり前な感じだった光景なのだろうが。

 

看板類も昔のままでノスタルジックだなぁ〜

店の軒先に「日野百草丸」という薬の看板や製品が積まれてるのを目にする。この辺り(日野製薬)で作られ売られている胃腸薬のようだ。買って飲むことはなかったが、正露丸みたいなものなのだろうか。
写真に撮っていなかったが、本店がここ奈良井にある。

井戸もいくつかあり、飲めるものがある。虫によりつかれてしまったが(笑)

 

上問屋資料館、明治天皇が休憩された行在所で、中も見学することができる。

 

ジョンレノンがこよなく愛したと言われるソフトクリームを見つけて、休憩に食べる。おやきも良いが、ソフトクリームもよし!

中央本線 辰野経由

長野県内の中央本線(中央東線)は、岡谷駅で新線と旧線の二手に分かれている。旧線は一旦南下して辰野へ向かい、その後Uターンするように塩尻へと向かう大回りだが、それをショートカットするように後になって塩嶺トンネル経由の新線が作られたもの。特急をはじめほとんどの列車は新線経由で、旧線の方はほとんどが岡谷で乗り換え、それも辰野で接続する飯田線の直通列車がメインとなっている。

茅野から松本行きの普通列車で岡谷へ、この列車は3両編成しかなく乗客は多かった。岡谷では数分の乗り換えで辰野方面(飯田線直通)の列車に接続するが、列車の発車する0番線は地下通路を通った向こう側。乗り換え時間が短いとあって、降りた客は一目散に階段に向かっていく。そして私もその中を急ぐ。

飯田線のほとんどが岡谷駅まで乗り入れており、ここ0番線に主に発着する。0番線、諸々の都合でできてしまった奇怪な番線ではあるが、今も全国規模で見るとそれなりに存在し、首都圏でも見ることができる。狙ったわけではないが、0番線の写真も集まってきたことだし、そのうち取り上げてみようかと思う。

飯田線ということで車両は313系となる。2両編成で、乗り換え客で席のほとんどが埋まった。

岡谷を出ると、北西側の塩嶺トンネルに吸い込まれる新線と分かれて単線で我が道を進む。ここから先、飯田線にかけて線路のほとんどは天竜川と並行する。天竜川はちょうど諏訪湖が元になっている。
最初の駅、川岸に停車。小さな駅舎を持ち、中央線の駅らしくそれなりな構えだが乗客は少ない。

右に左にカーブが多い。単線ということでローカル線の情緒も感じられる。昭和末期になるまでは中央本線もこのルートしかなかった訳で、列車の往来も多かったことだろう。

坂を下り盆地に降りると、町になって辰野に到着する。列車はここから飯田線に入るので、中央線塩尻方面はここで乗り換えである。ちょうどホームの反対側に塩尻行きが停車していてタイムリーに接続した。

 

ここまでの中央本線(飯田線)はほぼ1時間に1本くらいあるが、ここから先塩尻へは本数が極端に少なく、昼間は2-3時間列車がない。今回12時43分発の列車に乗るが、これを逃すとその次は15時2分まで来ない。以前なら特急街道だったことだろうが、特急が新線に移った今はこんな調子である。
車両はE127系で、飯田線共々新型車両、ワンマン2両編成である。以前はミニエコーと親しまれた、荷物車から改造の123系の数少ない活躍の場だったが、置き換えられた。

 

 

辰野駅。駅構内は広くかつての中央本線の賑わいも想像されるが、今は普通列車しか発着しない。
実はこの駅にも0番線があるのだが、なにせ本数が少ないし時間の都合で割愛・・・。

辰野〜塩尻間はE127系2両編成によるワンマン列車。大糸線中心に運用されてきたが、近年は塩尻、長野方面への運用にも進出してここ辰野にも乗り入れている。

 

E127系と313系の並び。東日本と東海の新車同士が並ぶ。ローカル線ではあるが時代を経て、車両は一新されている。

 

きついカーブで飯田線から分かれて、山を回り込むようにUターンして西北側に向かう。
最初の駅は信濃川島だが、駅はホーム一面のみで周囲は何もない。誰もいないし降りる人もいない。昔の名残か、ホームだけやたらと長い。

 

 

山間に住宅地が見え始めて、小野。ホーム2面あり多少のまとまった乗降もある。中央線の駅らしい感じだが、今となっては本数が少なく持て余し気味ではある。

 

 

この先いくつかトンネルをくぐり、盆地を見下ろすように走る。勾配を緩くするためかトンネルをくぐったりカーブを繰り返しながら下っていく。かなりの大回りだ。新線建設の効果も大きいだろう。
やがて右から新線が近づいてきて合流、塩尻大門を過ぎて左から中央西線が合流、塩尻駅の3番線に到着する。

 

ちょうど反対側の4番線には13時8分発の中央西線中津川行きが停車中で、ここでもタイムリーな接続だ。次はこの列車に乗って、奈良井に向かう。

塩尻駅

 

松本とともに信州の主要都市に数えられる塩尻にある中央本線の駅、東京から222.1km、名古屋から174.8kmと、ほぼ中間に近い。中央本線にとっては途中駅だが、路線はここで東西に分断されている。東西間の直通は定期便では存在せず、その代わりに双方の列車がここから篠ノ井線に入り松本・長野方面へ向かうユニークな形態である。東京・名古屋双方と長野方面との流れがメインになっていることが伺える。
線路も北側から見るとY字型で中央線側が分岐になっており、東西の中央線と篠ノ井線を行き来するのに都合良い形になっている。現在のこの形になったのは昭和57年のことで、それ以前の駅は岡谷寄りに位置し、中央本線側の線路がメインで東線(東京方面)側から篠ノ井線が分岐する形だった。しかし以前から東西間の直通はあまりなく篠ノ井線との直通の方がメインで、分岐が東線側からになっていたため西線(名古屋方面)と篠ノ井線の行き来にはスイッチバックを強いられていた。実態に合わせた駅の移転だったと言える。かつての駅あたりは今も線路が広がっており、以前は貨物駅として使われていた。

ホームは3面で、東側の1面(1・2番線)が中央東線、西側の1面(5・6番線)が中央西線となっている。ただし東西の中央線のどちらも、東京・名古屋と反対の方向は篠ノ井線となるので、2番線・6番線は篠ノ井線の乗り場ということになる。ということで同じ中央線、篠ノ井線でも乗り場は変わるので注意が必要である。行き先・列車により乗り場が違うため、駅の構内は乗り場案内が充実している。

 

ホーム3面と書いた通り、東西の中央線がメインで使用する2面の間にもう1面ホームがあり、3・4番線となっている。ここに発着する列車はあまり多くないが、主に中央東線の小野方面(旧線)の列車が発着したり、列車の退避で使われている。4番線はこの駅で唯一線路が全方向につながっていて、中央西線の普通列車も一部発着する。
そしてこの3・4番線ホームだがこの駅の名物、ぶどう園があることで知られている。塩尻はぶどう、ワインでも知られる町。
列車から見たことはあったものの降りてきたのは初めてだ。
コンコース、ホームに通じる階段にはしっかり看板もつけられている。

 

 

ホームの松本寄り、屋根のない部分は木柵が設けられぶどうに覆われている。

いやー本当に、ぶどうだ!(当たり前や)
香りも良い。
というかこれだけ見ると、どこで撮ったのかわからん・・・(笑)
本当に収穫前!という感じだが、実際に収穫もしているらしい。

では、ここがちゃんと駅のホームだっていう証拠に(笑)

ここの駅名標には植えられている銘柄「ナイアガラ」、「メルロー」と書かれている。収穫されたぶどうはワインにもなっているようだ。
ベンチも置かれていてここで一休みもできる。

乗換の合間にベンチでしばし座ったが、人のあまりこないホームの端っこに作られた自然の空間で癒された。ぶどうもそうだが、こういった緑の環境が都会の駅にももっとあっても良いんじゃないかと思う。
入り口の看板にあった「日本でここだけ」、そらそうでしょう!(笑)塩尻を通る際は、少し時間を作って立ち寄って見ることをお勧めしたい。

 

5・6番線は中央西線(名古屋方面)系統が発着、名古屋と長野を結ぶ、特急『しなの』も発着する。
JR東海管轄となるためオレンジ色の車両がメイン。東線は信州エリアの色で青系になっているが、東京近郊はオレンジ色ですな。東京で中央線というとやはりオレンジの方がしっくり来ると思う。

 

中央西線はJR東海となるため、5・6番線ホームの駅名標は名古屋側(洗馬駅)がオレンジ色になっている。
写真にも写っているが、ホームは地酒の広告などでも賑やかだ。地方の主要な駅ではよく見かける光景だが、酒も飲めないのになぜかこれを見ると、なんだかその土地にきたという感じになったり、妙にホッとした感覚になる。看板に使われている文字やデザインもやっぱり昔ながらというか、どこかしっくりくるものがあるのだろう。

 

1・2番線が中央東線で東京・新宿と長野方面を結ぶルートとなる。特急『あずさ』もこちらから。新型の特急E353系『スーパーあずさ』で東京に帰る。

 

1・2番線から全体を見る。3・4番線にぶどう園があるのでちょっと無理やりだが、ちょうど1番線に『スーパーあずさ』、5番線に『しなの』と東西の特急が揃った。4番線には中央西線の普通列車が停車中。

 

さて、最後にもう一つこの駅の見どころ(?)を。
1・2番線の階段を上がった所にある立ち食い蕎麦「信州そば」
肝心の蕎麦の方ではなく、その変わった店舗の構造で有名になってしまったお店だ。

写真右側が店の入口だがご覧の通り、店の入口というよりも従業員用の入口かと思うほどの狭さ。「そば処」と大きく看板が出ているが、なかったら気づかないかもしれない。
中に入ると人の立つスペースがなんとたったの二人分という狭さだ。

実は店のカウンターは改札の内、外側両方にあり、超狭いのは内側の方だけで、外側(待合室)の方は普通の広さである。よく見ると、混んでいる時は改札を出て待合室側のカウンターに行くように書いてある。写真に写っていないが、お店の隣にはホームに向かうエレベータが設置されており、それをつくるために内側だけこんなに狭くなってしまったようだ。これもある意味「日本にここだけ」ですな。
信州といえば蕎麦だけにせっかくなので入ってみたい所だが、二人ぶん埋まっていたし時間も半端だったので、やむなくまた今度に・・・。

上高地散策

食事を済ませて上高地の自然を満喫する。夏真っ盛りだったがここ上高地は涼しく、過ごしやすい。水も綺麗だ。

しばらく川辺に座っていると時の経つのも忘れそうだ。

休日ということで人は多かった。人気の高い観光地だ。
おやつにジェラートを頂く。美味!

 

 

上高地15時15分のバスで戻る。バスの車中ではところどころで写真もとったが結構うとうとしてしまった。

 

のどかな風景を見ながら、30分揺られて松本に戻る。これもまた心地が良い。

松本で再びJRのホームに出る。0番線にはちょうど211系の快速飯田行きが停車していた。飯田線直通も115系から211系に置き換えられて、特になんということのない光景だろうが、初めて見たのでなんだか珍しかった。

飯田までの道のりは長く、松本16時34分発、飯田着はちょうど3時間後の19時34分だ。一応快速列車だが、途中飯田線の宮木まで各駅に停車し、飯田線内も単線である上通過駅もさほど多くないので、あまり速くはない。
以前は快速『みすず』として飯田線と長野駅を結ぶ列車が存在したため、一応はその名残だろうが、直通列車の効果もだんだん薄れていっている気がしてならない。

帰りは上諏訪で降りて、ちょっと行って見たかった片倉館に行き、そこで入浴する。

国指定の重要文化財でとても歴史を感じさせる建物だ。現代となってはここが公衆浴場とはとても思えないかのようだ。ちなみに映画『テルマエ ロマエ』の撮影でも使われている。
中には千人風呂、その名の通り大人数が一度に入浴できるほどの広さがある(公式サイトによると100人入れるようだ)。広いだけでなく深さも1.1mとプールのように深い。縁の方は段々になっているので座ることもできる。そこの部分には砂利が敷き詰められていてこれも気持ちが良い。
とても面白くて気持ちが良いが、つい入りすぎてすっかりのぼせてしまった。(笑)なるほど、これはまさにテルマエだ。
上がった後にはこれもいまどき珍しい瓶の自動販売機でジンジャエールをグビグビ、それがまた気持ち良かった。

 

あたりもかなり暗くなった。上諏訪の駅前に出たところちょうど諏訪市のバス(かりんちゃんバス)があったのでそれに乗って宿へ戻る。今日はよく歩いた。

 

 

 

 

諏訪神社下社へ

信州の旅の二日目、この日はまず茅野から中央線で下諏訪で降りて、諏訪大社の下社をお参りした後、松本乗り換えで移動して上高地へ向かう。

まずは、茅野7時55分発の普通列車 辰野行きに乗り込む。意識しないでこの列車を選択したが、JR東海の313系だった。飯田線から乗り入れてきた列車(飯田駅5時ちょうど発の、茅野行き始発列車)の折り返しである。明るくゆったりした車内とクロスシートの座席、観光には快適な車両と思う。諏訪・松本エリアでは辰野で飯田線、塩尻で中央西線とJR東海の路線が接続し、どちらの路線もJR東日本の路線(中央東線、篠ノ井線)に乗り入れてくるので、東海の車両に当たることもある。JR東日本の車両は、以前関東の東海道・宇都宮線などで活躍していた211系がメインだ。好きな車ではあるが、ロングシート車もあり通勤用のイメージがどうにも強い。313系の方が導入時期も新しいこともあってどうにもそちらに軍配があがる。

 

座り心地の良い座席ですっかり観光気分。上諏訪を過ぎて諏訪湖畔に出る。そういえば中央東線は大部分複線だが、茅野の先からは単線(岡谷〜塩尻間の新線のみ複線)になっている。茅野や上諏訪あたりは飯田線も一部乗り入れて、むしろ本数が多いはずだが。単線で駅間も長く本数が多めなこともあって、普通列車は途中駅で行き違い、特急待ち合わせなどで長く止まることもある。

 

15分ほど乗って下諏訪駅に到着、下社の秋宮と春宮が位置する。どちらも歩いてもいける距離で、秋宮は駅から北東の方に徒歩10分ほど、春宮は駅から北に20分ほど。春宮は万治の石仏でも知られる。というか、下諏訪駅で降りたらホームに石仏が鎮座していた。今回は残念だが時間の都合上、春宮はまたの機会に。。。

 

 

下諏訪駅前の様子。駅前にも御柱が立っている。

 

駅前の道をそのまま数分歩き、突き当たりの道で右に入ると諏訪大社の秋宮である。と書いたけれども実はこの時駅前の道は先の方が工事中でやむなく手前で右折して迂回している。
駅前の突き当たりの道路はちょうど中山道、今の道路でいうと国道20号線。東京の者にとっては「あれ、国道20号って甲州街道じゃなかったっけ?」と思ってしまうが、甲州街道はちょうどここ下諏訪が終点、旧道は諏訪大社秋宮のそばで、北から峠を越えてきた中山道に合流して終わるようになっている。しかし国道20号自体は中山道の一部として塩尻峠を越えて、塩尻市内で国道19号線と交差して終わっている(中山道自体は、国道19号線がその先岐阜に向かって引き継ぐ)。中山道や甲州街道も、歴史の授業で五街道で出て来るのを契機に知ることも多いだろうが、実際どこを通っているのかは、出かけてみたり歴史や地理が好きでもないと、なかなか深く知る機会はない。中山道にしても、関東に住んでいるとどうしても17号のイメージが先行してしまうだろう。
それにしても、昔の人は中山道経由でよくぞまあ江戸と京とを行き来したものだと思う。今だって車でまともに走ったら大変な経路だ。
ついつい地理的な話に熱を上げてしまった(笑)。

 

 

秋宮の前から中山道塩尻方面を望む。

 

涼しい上に一日の始まりである朝の神社参りというのも、気持ちが落ち着いてきよきよしく感じる。(何を言ってるんだ…)

 

ここにも御柱、今日も朝から記念撮影の主役として人気者だ。

 

ゆっくりしていたい所だがこの日の目的地の上高地も待っている。電車の時間に合わせて大社を後にする。下諏訪から普通列車でまずは松本へ。
今度乗るのは、JR東日本信州エリアの主力211系。かつての115系がなくなってしまいすっかり世代交代してしまった。

 

岡谷からまた複線になり、長大な塩嶺トンネルで塩尻峠近くの山を越え、広い松本平に出る。もともとはこのトンネルの掘削が技術的に困難で周囲の山々を避けるためなどの理由で、岡谷を出た中央東線は塩尻とは反対の南側に南下して、一旦辰野に出てUターンするように塩尻へと向かっていた。しかし地図で見ても分かる通り、当然ながら大変な大回りである。そこで時を経てようやくトンネルが掘られて、昭和58年に岡谷と塩尻の間を直線で結ぶ新線が完成し、列車のほとんどは新線経由に移行した。
旧線の方は、岡谷〜辰野間では辰野で接続する飯田線のほぼ全てが乗り入れ、実質飯田線の一部のようになっている。また辰野〜塩尻間はこの区間メインに折り返しの普通列車での運行で、旧線には乗り入れている飯田線の快速を除き、特急列車など速達の列車が通ることは一切ない(なお、旧線はあとで別途訪問する)。

トンネルを抜けてみどり湖駅を通過、ほぼ直線のルートを走って、左から山を下ってきた旧線が合流してくる。かつての塩尻駅があった線路群を通り過ぎて右に大きくカーブし、左から中央西線が合流して塩尻に到着する。東西の中央線の合流地点であるとともに、塩尻市の中心駅ということで構内は広く乗客も多い。塩尻駅は最終日に西線からの乗り換えで下りているが、駅ナカのぶどう園などこの駅自体もまた面白いので、別途また取り上げることにしよう。

塩尻から先は篠ノ井線となり、松本平の盆地に向かって下っていく。運転席の後ろで見ていると結構な下りだ。ここまで路線は直線的だが、塩尻峠を越えるのにかなり高低差があったことがわかる。
村井の貨物操車場を過ぎて松本らしい都会の車窓に変わっていき、終点松本に到着する。中央線のほぼ全てがここまで乗り入れ、大糸線や松本電鉄も発着することから、各方面への始発列車が出る一大ターミナル駅である。
ここで上高地に向かうため、松本電鉄上高地線に乗り換える。切符が松本までだったので買い直しも兼ねて駅の外に出る。長野の主要都市らしく、とても活気がある。以前にも、松本城観光も兼ねてきたことがあるな。駅前では時代物の衣装に扮したガイドさんが、観光客に観光ルートの説明をしていた。
ほほえま〜(笑)

信州旅行へ

8月も終盤だが気晴らしに休暇を取って小旅行へ。
長野県内でいくつかの路線にまだ乗っておらず、上高地の方にも前々から行ってみたい(行くことで、ついでに松本電鉄にも乗れる)と思っていたこともあり長野方面へ向かうことにした。
行程は二泊三日、一日目は特急『あずさ』で茅野まで行き諏訪大社上社の観光、二日目は朝に諏訪大社下社(秋宮)に行ったあと松本を経由して上高地を訪問、三日目(最終日)は辰野回りの中央線(旧線)に乗り、そのまま塩尻から中央西線に乗り奈良井宿を観光、奈良井から塩尻に戻って『スーパーあずさ』で帰る、というものとなった。
普段東海道線(新幹線含む)や東名方面へ向かうことが多く、中央線方面自体久々だ。

八王子駅9時7分発の特急あずさに乗り込む。夏の休日の八王子駅、下りホームは行楽客や私のような鉄ちゃんで今日も賑わっている。鉄ちゃんの比率が心なしか多く感じたが、休日の朝ということでホリデー快速富士山号、そして特急『はまかいじ』と行楽向けの臨時列車があることも要因だろう。私も『はまかいじ』は初めて目にした。『はまかいじ』は、「ハマ」の名の通り横浜発の特急で、横浜線を通って八王子から中央線に入る。土休日のみ運転で中央線の特急では珍しく185系が使用される。なお、通常の特急『かいじ』は甲斐路の名の通り甲府あたりまでの運転だが、『はまかいじ』は『あずさ』と同様松本行きとなっている。

さて、いよいよ『あずさ』に乗り込む。先頭車を予約したが、休日朝の下りとあって車内は満席状態。グループも多く賑やかなこと…。高尾を抜けて、早くも山に入っていくと誰でも胸が踊る。
最初の停車駅は大月だが、ここで多くの人が降りて一気に静かになった。笹子トンネルを抜けて勝沼ぶどう郷へ。峠越えで登ってきた中央線はここから甲府盆地に向けて下っていく。

勝沼ぶどう郷にて、甲府盆地の眺めが素晴らしい。

 

2時間ほど乗って茅野駅に到着。
ちょっと雲が多く、空模様が怪しい感じもするがなんとか持ってくれることを祈る。

 

発車案内を何気なく見ていたら、「木曽あずさ号」の文字!
今年は、観光キャンペーン「信州アフターデスティネーションキャンペーン」に合わせてJR東海と共同で信州方面の臨時列車の運行が盛んに行われているが、その一環となる。
後日この旅行でも訪問することになるが、松本へ向かう通常の『あずさ』とは違う木曽方面に向かう列車である。塩尻から先、中央西線(JR東海管轄)に入るが、定期列車では東西の中央線の直通列車は一切なく、臨時でしかみることができない非常に貴重なものである。

なお逆バージョンみたいなものとして、中央西線の特急『しなの』が9月8日、9日の土日に、臨時の『諏訪しなの』で塩尻から中央東線に入り小淵沢まで乗り入れる。近年、臨時ではあるが東西の直通列車の運転機会も徐々に見られていると思う。定期便でも、少し設定につながれば面白い所だが…。

さて、茅野(ちの)といえば、ごちうさのチノちゃん(笑)
茅野市でもアニメの聖地のプロジェクトをやっているそうで、
この駅の観光案内所には市内の聖地紹介コーナーが設けられている。
もはやご当地のアニメ聖地巡りも新しい旅の楽しみ方か。
で、チノちゃんもいると聞いて期待して、
心ぴょんぴょんさせて見に行ってみたら、もういなかったようで、残念。。。
いつかまた、呼んであげてください。

 

ゴホン!気を取り直して諏訪大社へ。全国にある諏訪神社の総本社。諏訪は何度か通ってもあまり降りたことがなく、諏訪大社も初めてだ。上社と下社に分かれてそれぞれ二箇所ずつの四箇所ある。上社は茅野・諏訪周辺、下社は下諏訪の周辺にある。上社もさらに前宮と本宮に分かれており、前宮が茅野市内、本宮が諏訪市内にある。ちょうど茅野に宿泊だったので上社を歩いて回ったが、茅野駅からは前宮まででも2km強はある。お昼時だったので駅から30分ほど歩いて昼食にして、ホテルに荷物を預けて回る。昼食は、勝味庵でトンカツを食べたがなかなか量が多く満腹になった。地元でも人気があるようで、開店間もない時間だったがほぼ満席で賑わっていた。
国道を歩き、中央道をくぐって山にぶち当たると、前宮と本宮に分かれる地点に出る。まずは前宮を訪問。

 

道路から鳥居をくぐって石段と坂を登っていく。それほどきつくはないが貫禄がある感じ。休日とあって観光客も多かった。でも公共交通では少々行きづらく、車で来る人ががほとんどだろうな。鳥居の前に駐車場がある。

境内にはなんと湧き水があり、そこで手水となる。
物珍しさに、ここで皆さんすっかり撮影タイム、なかなか順番が来ない(笑)
清流と心地よい風で癒される。

 

前宮をお参りした後は本宮へ。今度は諏訪方面に向かって歩く。それほど遠くはなく、距離にしたら1kmくらいである。しかし日差しが強くなり、暑い。夏の諏訪地方は盆地ということで、標高が高いが気温も高い。(ただし盆地なので朝晩は気温が下がり、いくぶん過ごしやすい)

 

途中で上社本宮に向かう道が左に分かれる。
しかし、そこを入った先には、度肝を抜かれる別の神社があった!

北斗神社

入口の看板にも書いてあるが、見て驚くのはその高さと延々続く石段。
200段にも登る急な石段を登った先に神社があるのだ。

一瞬ためらったが、私の好奇心はここを素通りすることを許してはくれなかった(笑)
本当にこういう場所ほど人の心をくすぐる所はない。。。
というわけで「怖いもの見たさ」で、登る!

下から見ても分かるが、石段はかなり急で軽く登山レベルだ。
登る疲労もさることながら、「高所恐怖症」だけども大丈夫か?
登り始めたらそんなことはすっかり御構い無しに、少しずつ無心に登っている自分がいた。登れば登るほど、「後で後悔しても知らんぞ」ともう一人の自分がささやきかける感じになってくるが(笑)

中腹で上と下を見てみるとこんな感じ。下を振り返るとこの辺りでも結構登った感じがして、ちょっと怖い。。。

 

息も切れ切れにゆっくり登り続けてようやく頂上、いや神社へ!
振り返ると高層ビルを階段で登ったかのような眺望!
ただそれだけに下見たら案の定、ちょっと怖くなった・・・。
でも実際には、登りきって疲れた、暑い!っていう方が大きかったかな。
あんまり頂上に長くいる余裕まではなかった。というか肝心のお社を撮らなかった(苦笑)参拝を終えて、ゆっくり慎重に降りる。降りるときはやっぱり緊張した。
でも、荷物を預けて身軽になっておいたのがよかった。

「天空の長寿神」ということでこれでしっかり長生きできるかしら。。。

 

北斗神社から降りて、ジュースで一休み。はあ、思いがけない運動したな。
今度は本当に上社本宮へ。
入口からもう厳かな渡り廊下。あゆみも自然とゆっくりになるようだ。

 

おお、御柱!7年に一度の御柱祭でも名高い諏訪大社。間近でみると本当に大きい。

自然に触れながらお参りする。緑の中って本当に良いものだ。

暑さしのぎに参拝後に神社前でソフトクリームで一休み。少し早いがこの日の行程をを終える。明日はちょっと朝早く起きて上高地に向かうことになる。

八王子にて

たまたま八王子に降りたら中央線で、15:45発の小淵沢行き普通列車に遭遇した。中央線というと東京〜高尾間の「電車」とその先山梨、長野方面への「列車」に分かれる感じなので、八王子で見られるのは大抵高尾止まりのオレンジ色の電車ばかりで、山梨方面は高尾で乗り換えである。電車は10両編成4ドアロングシートで収容力があるが、列車の方は6両と短く3ドアなので混雑に対応しづらい。かつては新宿発着も存在したが(筆者はリアルタイムでは見知っていないが)人口の多い都内区間が長く終日に渡り混雑する中央線、乗客の多い都会の区間は4ドアの電車で占められるようになり、列車は乗客の少なくなる高尾以西の山間部専門に限定し、役割分担されている。東海道線や東北本線など、東京から遠くへ向かう他の放射路線では、収容力最強の15両編成を組み、自ら東京駅や上野駅まで乗り入れてくるが、中央線のみがそれを行っていない。高尾を過ぎて山間部に入り乗客も減る中央線では、そこまですることもないのだろう。
そんな中で、朝夕を中心にわずかながら列車が高尾を越えて、多摩地域に乗り入れてくる。新宿までこそゆくことはないものの東限で立川まで乗り入れており、多摩西部でもギリギリ中央線の普通列車を目にすることができる。
普通列車も長らくクロスシートの115系だったが、最近の世代交代で211系に代わってしまった。3ドアながらロングシート、ステンレス車体とちょっと味気ない感じだが。中央線のこちらのエリアまで行かないと目にする事が出来ないので、撮るのは何気にこれが初めてだったりする。

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八王子に乗り入れた211系長野色による小淵沢行普通列車。線路は中央線を走るものの、長野色の短い6両編成はどこかローカルな雰囲気…。

中央線E353系

JR東日本では現在中央線の特急『スーパーあずさ』に使用しているE351系について老朽化のため、新型E353系を投入することとし量産先行車を2015年3月(来年度末)に12両投入する。
山岳区間が大半を占めており曲線の多い中央線、E351系では振り子を採用して車体を傾斜させていたが、E353系では空気ばね高さ制御により対応するという。ほか、車内照明にLEDを採用し、防犯カメラ、空気清浄機、電気コンセント等最近の車両のトレンドとなっている設備も一通り持ったものとなるようである。最大12両編成を組成するがE351系の8両+4両の組み合わせに対し本形式では9両+3両の構成となっている。このあたりは現在使われているE257系(9両+2両)に近づけたものともいえようか。
筆者も幼少の頃より中央線の特急を見てきて、E351系も1993年登場で当時まだ出来立ての新車だった訳だが、もうそんな年になったんですね。鉄道車両の寿命は20年ちょっと、更新すればもっと使えるものの特急車両は走る距離も長いし経年により設備劣化したり時代のニーズに合っていないなどでやはり比較的早めに置き換えということになるんでしょうか。NEXの253系も置き換えられましたしね。房総方面の特急車255系も同期ですが、そちらももうそろそろなんでしょうか???

中央西線

というわけで松本から中央西線の始発列車に乗る。松本駅の一番端っこに0番線があり、そこに今回乗る列車は入線する。車両は115系長野色3両編成だ。

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塩尻まで篠ノ井線を戻り、そこから中央西線に入る。夏とあって6時も過ぎればもう空はすっかり明るくなっている。
中央西線は中山道沿いに木曽を経由して名古屋へ至る。東京〜塩尻間の中央東線は大月、甲府、小淵沢、諏訪と、山梨、長野の主要都市を結び、山々が広がるものの高原のような感じで車窓の変化も割と穏やかである。それとは対象的に、中央西線は路線こそ古くからの街道には沿いつつも、ほとんどが山間部を通り沿線の集落を結びながら走るような感じである。車窓はかなり山深く、家並みも少なく緑や渓谷が多くを占め、厳しい自然の中を行く路線という感じである。途中、上松には景勝の「寝覚の床」が控える。ローカル線チックに自然を味わうには良いだろう。このあたりの普通列車は1〜2時間に1本しかない。

塩尻の次の洗馬辺りまではまだ松本平といった感じでそれほど険しくないが、急に左右に山が迫ってきて渓谷を中山道とともに進むようになる。トンネルもくぐる。塩尻を出た時点では複線だが、途中何カ所か単線になる所がある。

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そんな所を抜けながら木曽福島へ。木曽町の中心駅で特急も停車する。車窓左側には木曽川が流れ、この先途中離れはするものの名古屋方面を目指すことになる。次の上松を出た所で寝覚の床が広がる。木曽川の流れによって浸食された花崗岩の地形である(写真を撮っておかなかったのが悔やまれる。また行くか)。
上松では長いこと停車したのでちょっとホームをうろうろ。

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「木曽檜の里」ということで堂々檜が置かれている。

 

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名古屋側を望む。すぐ山が迫っている。

木曽の町の中心を抜けて、再び険しい山間部を単線で通過して行く。夜行列車であまり寝付けなかったためかだいぶ眠気も来ているが、もったいないのでなんとかこらえる。といいつつもあまり詳細に覚えていないが。
岐阜県に入り、木曽川から離れていくと中津川。中津川市の中心駅であるとともに、ここから先は瑞浪、土岐、多治見といった都市が続く名古屋都市圏に入るため本数が増える。運行上の拠点となっている駅である。基本的に普通列車はここで乗り換えとなっており、塩尻側は1、2時間に1本しかないが、名古屋側は1時間に2本程度の列車がある。途中瑞浪、多治見など主要都市でまた折り返しがあって本数が増えていく。ここまで3両編成ボックスシートのローカル線に乗ってきたが、ここで一気に8両編成、長椅子の都会電車になる。車両はJR東海の211系か313系が使用される。

 

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中津川にて、ここまで乗ってきた115系(左)。JR東日本所属の長野色。中央西線はJR東海の路線だがここまで乗り入れており、長野色の115系が見られる最西端の駅でもある。

 

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名古屋の通勤輸送の主力、211系(右)。東京でも東海道線や東北本線でおなじみの車両だったが、そちらの方は今やほとんど新型に取って代わられてしまった。

 

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留置線が広がっており広々としている。セントラルライナーに使用される313系8000番台が休んでいる。セントラルライナーは名古屋発着の座席定員制(名古屋〜多治見間では310円の乗車整理券が必要)の快速列車。この当時は現役だった訳だが、つい先頃2013年3月のダイヤ改正で廃止されてしまい、今は特別料金の要らない単なる快速になっている。

 

中央道とぴたり並行しながら開けた所を走る。2つ先の恵那では明智鉄道線が分岐するが、今回は残念ながらスキップする。多治見までは町が続き、名古屋の手前に近づいた感じが、するがちょっと面白いのはここで再び渓谷に戻る。ちょうど愛知と岐阜の県境だが、庄内川上流にあたる土岐川が渓谷を作っている。この区間に古虎渓、定光寺と二つの駅が存在する。名古屋近郊のため止まる列車こそ多いが、周囲が周囲だけに、利用客は極端に少ない。
渓谷区間を抜けて高蔵寺、愛知環状鉄道と接続する。愛知万博では輸送ルートの一つとして活躍したルートである。ここから先は本格的に名古屋近隣の都市部に入り、春日井市を経て名古屋市に入る。もう車窓から家並みが途切れることはほぼなくなり、ごくありふれた通勤路線の車窓になっている。車両が211系だけに東北本線、高崎線などを連想してしまうかもしれない。しかし東京と名古屋の二大都市に乗り入れる中央線、間はローカルだが、都市部となる路線の両端はどちらも似たような事情の、混雑の激しい通勤路線である。東京側は良く知られているだろうが名古屋側の混雑もかなり激しいらしい。東海道線の場合、名鉄などが並行しているため輸送シェアの奪い合いがあるが、中央線では並行路線がないため混雑が集中するようだ。

名鉄瀬戸線、地下鉄、ゆとりーとラインと接続する大曽根を経て名古屋都心部に入る。しかし名古屋だけに、池袋あたりでおなじみの大手予備校の看板がやたらと目立つ。東京にいるときはそんなに感じないが、やっぱり名古屋なんだなと思う。
高架で名古屋の都心を闊歩して、東海道線と合流して金山に到着する。名鉄とも接続する名古屋のターミナルの一つ。もう一駅で終点名古屋なのだが、私はここで地下鉄に乗り換えるために列車を降りた。夜行も使いつつであったが初めて中央線だけで東京〜名古屋を移動した。乗り鉄にはまりだしてそんなに経たない頃だったということもあり、かなり感動を覚えた。