八王子にて

たまたま八王子に降りたら中央線で、15:45発の小淵沢行き普通列車に遭遇した。中央線というと東京〜高尾間の「電車」とその先山梨、長野方面への「列車」に分かれる感じなので、八王子で見られるのは大抵高尾止まりのオレンジ色の電車ばかりで、山梨方面は高尾で乗り換えである。電車は10両編成4ドアロングシートで収容力があるが、列車の方は6両と短く3ドアなので混雑に対応しづらい。かつては新宿発着も存在したが(筆者はリアルタイムでは見知っていないが)人口の多い都内区間が長く終日に渡り混雑する中央線、乗客の多い都会の区間は4ドアの電車で占められるようになり、列車は乗客の少なくなる高尾以西の山間部専門に限定し、役割分担されている。東海道線や東北本線など、東京から遠くへ向かう他の放射路線では、収容力最強の15両編成を組み、自ら東京駅や上野駅まで乗り入れてくるが、中央線のみがそれを行っていない。高尾を過ぎて山間部に入り乗客も減る中央線では、そこまですることもないのだろう。
そんな中で、朝夕を中心にわずかながら列車が高尾を越えて、多摩地域に乗り入れてくる。新宿までこそゆくことはないものの東限で立川まで乗り入れており、多摩西部でもギリギリ中央線の普通列車を目にすることができる。
普通列車も長らくクロスシートの115系だったが、最近の世代交代で211系に代わってしまった。3ドアながらロングシート、ステンレス車体とちょっと味気ない感じだが。中央線のこちらのエリアまで行かないと目にする事が出来ないので、撮るのは何気にこれが初めてだったりする。

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八王子に乗り入れた211系長野色による小淵沢行普通列車。線路は中央線を走るものの、長野色の短い6両編成はどこかローカルな雰囲気…。

中央線E353系

JR東日本では現在中央線の特急『スーパーあずさ』に使用しているE351系について老朽化のため、新型E353系を投入することとし量産先行車を2015年3月(来年度末)に12両投入する。
山岳区間が大半を占めており曲線の多い中央線、E351系では振り子を採用して車体を傾斜させていたが、E353系では空気ばね高さ制御により対応するという。ほか、車内照明にLEDを採用し、防犯カメラ、空気清浄機、電気コンセント等最近の車両のトレンドとなっている設備も一通り持ったものとなるようである。最大12両編成を組成するがE351系の8両+4両の組み合わせに対し本形式では9両+3両の構成となっている。このあたりは現在使われているE257系(9両+2両)に近づけたものともいえようか。
筆者も幼少の頃より中央線の特急を見てきて、E351系も1993年登場で当時まだ出来立ての新車だった訳だが、もうそんな年になったんですね。鉄道車両の寿命は20年ちょっと、更新すればもっと使えるものの特急車両は走る距離も長いし経年により設備劣化したり時代のニーズに合っていないなどでやはり比較的早めに置き換えということになるんでしょうか。NEXの253系も置き換えられましたしね。房総方面の特急車255系も同期ですが、そちらももうそろそろなんでしょうか???

中央西線

というわけで松本から中央西線の始発列車に乗る。松本駅の一番端っこに0番線があり、そこに今回乗る列車は入線する。車両は115系長野色3両編成だ。

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塩尻まで篠ノ井線を戻り、そこから中央西線に入る。夏とあって6時も過ぎればもう空はすっかり明るくなっている。
中央西線は中山道沿いに木曽を経由して名古屋へ至る。東京〜塩尻間の中央東線は大月、甲府、小淵沢、諏訪と、山梨、長野の主要都市を結び、山々が広がるものの高原のような感じで車窓の変化も割と穏やかである。それとは対象的に、中央西線は路線こそ古くからの街道には沿いつつも、ほとんどが山間部を通り沿線の集落を結びながら走るような感じである。車窓はかなり山深く、家並みも少なく緑や渓谷が多くを占め、厳しい自然の中を行く路線という感じである。途中、上松には景勝の「寝覚の床」が控える。ローカル線チックに自然を味わうには良いだろう。このあたりの普通列車は1〜2時間に1本しかない。

塩尻の次の洗馬辺りまではまだ松本平といった感じでそれほど険しくないが、急に左右に山が迫ってきて渓谷を中山道とともに進むようになる。トンネルもくぐる。塩尻を出た時点では複線だが、途中何カ所か単線になる所がある。

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そんな所を抜けながら木曽福島へ。木曽町の中心駅で特急も停車する。車窓左側には木曽川が流れ、この先途中離れはするものの名古屋方面を目指すことになる。次の上松を出た所で寝覚の床が広がる。木曽川の流れによって浸食された花崗岩の地形である(写真を撮っておかなかったのが悔やまれる。また行くか)。
上松では長いこと停車したのでちょっとホームをうろうろ。

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「木曽檜の里」ということで堂々檜が置かれている。

 

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名古屋側を望む。すぐ山が迫っている。

木曽の町の中心を抜けて、再び険しい山間部を単線で通過して行く。夜行列車であまり寝付けなかったためかだいぶ眠気も来ているが、もったいないのでなんとかこらえる。といいつつもあまり詳細に覚えていないが。
岐阜県に入り、木曽川から離れていくと中津川。中津川市の中心駅であるとともに、ここから先は瑞浪、土岐、多治見といった都市が続く名古屋都市圏に入るため本数が増える。運行上の拠点となっている駅である。基本的に普通列車はここで乗り換えとなっており、塩尻側は1、2時間に1本しかないが、名古屋側は1時間に2本程度の列車がある。途中瑞浪、多治見など主要都市でまた折り返しがあって本数が増えていく。ここまで3両編成ボックスシートのローカル線に乗ってきたが、ここで一気に8両編成、長椅子の都会電車になる。車両はJR東海の211系か313系が使用される。

 

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中津川にて、ここまで乗ってきた115系(左)。JR東日本所属の長野色。中央西線はJR東海の路線だがここまで乗り入れており、長野色の115系が見られる最西端の駅でもある。

 

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名古屋の通勤輸送の主力、211系(右)。東京でも東海道線や東北本線でおなじみの車両だったが、そちらの方は今やほとんど新型に取って代わられてしまった。

 

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留置線が広がっており広々としている。セントラルライナーに使用される313系8000番台が休んでいる。セントラルライナーは名古屋発着の座席定員制(名古屋〜多治見間では310円の乗車整理券が必要)の快速列車。この当時は現役だった訳だが、つい先頃2013年3月のダイヤ改正で廃止されてしまい、今は特別料金の要らない単なる快速になっている。

 

中央道とぴたり並行しながら開けた所を走る。2つ先の恵那では明智鉄道線が分岐するが、今回は残念ながらスキップする。多治見までは町が続き、名古屋の手前に近づいた感じが、するがちょっと面白いのはここで再び渓谷に戻る。ちょうど愛知と岐阜の県境だが、庄内川上流にあたる土岐川が渓谷を作っている。この区間に古虎渓、定光寺と二つの駅が存在する。名古屋近郊のため止まる列車こそ多いが、周囲が周囲だけに、利用客は極端に少ない。
渓谷区間を抜けて高蔵寺、愛知環状鉄道と接続する。愛知万博では輸送ルートの一つとして活躍したルートである。ここから先は本格的に名古屋近隣の都市部に入り、春日井市を経て名古屋市に入る。もう車窓から家並みが途切れることはほぼなくなり、ごくありふれた通勤路線の車窓になっている。車両が211系だけに東北本線、高崎線などを連想してしまうかもしれない。しかし東京と名古屋の二大都市に乗り入れる中央線、間はローカルだが、都市部となる路線の両端はどちらも似たような事情の、混雑の激しい通勤路線である。東京側は良く知られているだろうが名古屋側の混雑もかなり激しいらしい。東海道線の場合、名鉄などが並行しているため輸送シェアの奪い合いがあるが、中央線では並行路線がないため混雑が集中するようだ。

名鉄瀬戸線、地下鉄、ゆとりーとラインと接続する大曽根を経て名古屋都心部に入る。しかし名古屋だけに、池袋あたりでおなじみの大手予備校の看板がやたらと目立つ。東京にいるときはそんなに感じないが、やっぱり名古屋なんだなと思う。
高架で名古屋の都心を闊歩して、東海道線と合流して金山に到着する。名鉄とも接続する名古屋のターミナルの一つ。もう一駅で終点名古屋なのだが、私はここで地下鉄に乗り換えるために列車を降りた。夜行も使いつつであったが初めて中央線だけで東京〜名古屋を移動した。乗り鉄にはまりだしてそんなに経たない頃だったということもあり、かなり感動を覚えた。

ムーンライト信州乗車記

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もう10年も前のことになるが、ムーンライト信州に乗ったことがある。新宿から中央本線、篠ノ井線、大糸線を経由し白馬へ向かう臨時の夜行快速列車である。主目的と言えば北アルプス方面の登山、観光向けだろうが、早朝に長野県に着くということで移動手段としても使える列車である。中央西線の初乗り狙いでもあったので、松本まで行ってそこから中央西線の始発で名古屋方面へと向かう計画であった。きっぷは青春18きっぷを利用した。

新宿23時54分のムーンライト信州81号に乗車する。5番線発、中央線の特急ホームは当時まだ5、6番線だったんだなぁ。今はNEXなどが発着するホームとなっている。車両は183系国鉄色だ。

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時刻はまだ23時台、夜遅い時間ではあるものの、残業やら飲みやらでこれからようやく帰宅という人々もまだまだ多いはずだ。山手線や中央線はまだ普通に動いている。特にこの時間の中央線といえば深夜の下り高尾行きで寝過ごして、終点高尾まで行ってしまう乗客が多いことで有名である。夕方6時、晩飯時にやるテレビニュースで特集ネタになっていたこともある。高尾まで行って戻れるのだったら良いのだが、悲しいことに深夜の上り高尾発は早く終ってしまう一方で下りは高尾行きが多いため、本当に罠にはまりやすい。今日も寝過ごして高尾で起こされるヨッパライが出るのだろうか。しかし前は面白半分そんなニュースを見ていたものの、今や自分もすっかり同じ立場、もう笑えたものではない。
そんな調子で営業する中央線があるかと思えば、お隣の埼京線はなんともう店じまいの時間になってしまう。真っ暗なホームに、車内灯を消した電車が不気味な雰囲気で既に眠りについている。新宿〜池袋間は、貨物線を走る関係か知らないが営業時間が短く、朝は6時過ぎから始まり夜は23時台には終ってしまう。6時前と0時以降の埼京線は池袋で折り返しとなり、新宿から埼京線に乗るには山手線で池袋まで行って乗り換えなくてはならない。かつての赤羽線状態だ。

ともあれそんな雰囲気の新宿駅を発車、まだバリバリ深夜営業中の中央線を走る。世界一の繁華街新宿、今日もネオンはきらびやかだ。こんな夜の大都会の風景、クリスタルキングの『大都会』でもでっかい声で歌ってやりたくなりそうな光景に囲まれつつも、今から旅に出るというのもとても妙な心地だ。本当に寝てる間に長野まで連れて行ってくれるのか。白馬行きといいながら、どっかその辺の車庫で一夜を明かすことになりはしないか、と心底不安になる(うそつけ)。
でも列車はそんなことは構わずに夜の中央線を走る。30分ばかり走れば高尾を過ぎ、都会の光景も薄らいできて山の中へと入って行く。もう夜なので灯りが多いか少ないか、全く見えなくなったかで雰囲気を感じ取るしかないが。

真っ暗だし時間も遅いので、検札が終ったら寝る。しかし、どうにも車内の空調が利き過ぎなのか、寒い。なかなか寝付けない。それでもある程度は寝たのか、多くの区間のことはすっ飛んでいる。はっきりしてきたのは諏訪辺りに来てから。この列車の終着は白馬だが、自分は松本で降りるので寝過ごしてはまずい。岡谷の当たりで寝ないように立っておく。しかしそれでも眠気が襲ってきて少しこっくりしている。夏ではあったが時刻はまだ午前4時台、さすがにまだ真っ暗だ。

 

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塩尻では特に接続列車もないのに、時間調整か10分近くも停車した。ここから中央西線が始まり、そちらへ向かう予定なのだが同線の普通の始発は朝7時近くまで来ない。それに列車は松本始発ということなので、松本まで行って朝飯を食べて戻ってくるつもりであった。ちなみに中央東線、篠ノ井線の始発は6時頃なので、4時という時間ではそれらの始発に乗るにもまだ時間がありすぎる。

篠ノ井線を少し走って松本に到着。上野おばさんの「まつもとぉ〜、まつもとぉ〜」の到着アナウンスで、思わず吹き出しそうになって一気に目が覚める。(笑)上野おばさんとは、アニメ声優、ナレーションなどで活躍されている沢田敏子さんの担当するJRの一部駅のアナウンスのこと。上野駅の「うえのぉ〜、うえのぉ〜」の独特な放送が注目を浴びた(?)ことでそんな名前がついて有名になった。
中央西線の始発までだいぶある。このままいても仕方がないのでとりあえず外に出て、やっていたコンビニで朝飯を調達、少し早いが腹に入れておく。こんな時間でまだどこもやってないし眠いがとりあえず中央西線を待つ。空が白んで列車も町も動き出してきた。

信州和風牛肉弁当

松本、塩尻など長野県の主要駅にて販売。信州牛を使った弁当。梅干しご飯にメインの牛焼肉、野菜サラダ、漬け物、フライドポテト、フルーツとデザートが入っている。メイン肉が結構入っていて食べがいがある。デザートはワインゼリーか、結構ワインが利いていて口に入れると独特の甘さの混じった苦みが広がる。ちょっと酔い気分になれるかも。

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この記事に関する紀行はコチラ!

特急あずさで行く中央線の旅(2)

甲府を過ぎるときつい上りが続き、標高を上げて行く。右には八ヶ岳、左には南アルプスの山々が見えてくる。韮崎は上り勾配の途中にホームが有り、傾き具合が見て取れる。

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余談ながら甲府駅の先の留置線には183系のあさま色と思しき車両がいた。
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小海線と接続する小淵沢を過ぎ、標高も1000m近くまで上がってくる。長野県に入って諏訪湖畔を通って行く。途中茅野の先から岡谷までは数少ない単線区間となっている。首都圏では超満員、大混雑路線で知られる中央線も多様な顔を持っている。

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諏訪湖を行く。

 

岡谷では旧線が分岐、辰野で接続する飯田線の列車も主にここまで乗り入れる。

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岡谷からは辰野を回る旧線と分かれてショートカットの新線に入る。再び複線になり長大な塩嶺トンネルを通過する。ここまでは割と山に囲まれていたが、みどり湖を通過すると突然視界が開けてきて山が遠ざかっていく。ここからは松本平(松本盆地)へと入って行くことになる。
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辰野を回ってきた旧線が合流、貨物列車用か、広い留置線群。元々塩尻駅が有った場所でもあるらしい。
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名古屋から来た中央西線と合流すると塩尻に到着、東京から続いてきた、いわゆる中央東線もここまで。塩尻をまたいで東西を直通する列車は運行されていない。代わりにここから始まる篠ノ井線に入って、松本か長野まで行く列車が多い。
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松本行きが多いためここの始発・終着は少ないが、各方向から線路が入ってくるため構内は広めである。3・4番線ホームの松本寄りは屋根がないが、そこを利用してブドウの木柵が設置されている。ちょっと珍しい光景であり、ご当地ならではの光景とも言える。

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木柵に囲まれた115系長野色。長野地区の普通列車の主力だが首都圏から211系が転入を開始した。活躍ももうそろそろといったところであろう。運用範囲はかなり広く、JR東日本路線網の中央東線、篠ノ井線、大糸線、信越本線(篠ノ井以北)、JR東海の飯田線、中央西線や、しなの鉄道への乗り入れまでもこなしている。今後乗り入れも含めて211系にバトンタッチするのだろうか。

 

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塩尻駅3番線に停車中のE127系100番台。1998年登場の、長野地区のニューフェイス。ATSの都合からか長らく大糸線専用車両的な位置づけだったが、最近篠ノ井線や中央線の旧線にも顔を出すようになった。

 

篠ノ井線に入る。松本までは東西の中央線が合流して走るため本数が比較的多い。中央東線は関東から、中央西線は中京・関西から列車が入ってくる。それぞれ運行される車両も違うし、乗客の文化圏も違うだろう。やや地味では有るが、東西の結節点的な路線と思う。

左手には北アルプスの雪をかぶった山々が徐々に姿を見せ始める。これを見るとなんだか長野にきたなという実感がしてくる。景色を飾るものではあるが、自然の厳しさを見せつける山岳地帯でもある。

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そんな景色をバックに松本平を行く。塩尻や松本と都市が続くということもあってか、沿線は家並みや工場など立ち並んでおり賑やかである。途中の村井には貨物駅が併設されていて機関車群、コンテナ群を見ることができる。東西の中央線を通して長野と関東、中京を結ぶ篠ノ井線は貨物輸送も盛んで、関東、中京共に製油所があることから石油関連輸送の列車も盛んに往来している。

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そうこうするうちに終着のアナウンスが流れて、松本に到着する。新宿から200km余、3時間近くかけて走破した。
折り返し列車が多いのと、大糸線、私鉄のアルピコ交通上高地線の始発駅であるためホームは多く、構内は広い。中央東線の特急『あずさ』、『スーパーあずさ』は、ごく一部が大糸線に乗り入れるほかはここで折り返しとなる。松本市の中心駅とあって乗客も多い。駅の北東側には松本城がある。

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大糸線のりば(6番線)に停車中のE127系100番台。そういえばあまり長野に足を運ぶことがないので、E127系100番台をまともに見るのもこれが初めてだったりする。

 

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アルピコ交通上高地線(7番線)上高地方面のバスターミナルである新島々まで行く。

 

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駅南側には隣接して松本車両センターがある。あずさ関連の車両のねぐらでもある。

ここから先は『しなの』に乗ります!

あずさで行く中央線の旅(1)

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長野方面へ日帰り旅をした。長野市方面なら長野新幹線で行くのが最も早道だが、中央線の特急『あずさ』で松本まで、その先の篠ノ井線は『しなの』でも出られる。ゆっくり楽しんでみたかったし、こちらには途中日本三大車窓に数えられている善光寺平もある。一度この目で見てみたかった。ということで『あずさ』に乗り込んで長野へと向かった。

新宿から『あずさ』に乗車、すっかりおなじみになったE257系、筆者がローカル列車の旅を主眼としているため、疲れた帰りにはよくお世話になっているが行きに乗るのは珍しい。ところで新宿駅といえば時を経るごとにホームが増えて拡大を続けている駅である。20年以上前は12番線までしかなかったはずだが、今は16番線まである。特急あずさも長らく5・6番線だったが、今は9・10番線である。つい昔の記憶から5・6番線を探してしまうが、今の5・6番線といえば成田エクスプレスなどの発着ホームである。しかし土地もほとんどないのにここまでよくホームを増やしたものである。ビル群に囲まれた横方向にホームを増やすことはできないため、構内のスペースを色々やりくりし、ホームの場所もずらしたりしてなんとか増やしたわけだが、おかげで異様に縦方向に長い駅と化しており(新宿駅特急ホームの南端は代々木駅ホームの北端に届きそうな程に接近している)、通路や改札も増えてますます迷宮化している感がある。世界一乗降客数の多い新宿駅、こう言っては悪いが人の多さ世界一は分かりにくさも・・・だろうか。

まずは都市部の区間を走行していく。複々線化されていて快速線を行くが、抜きどころが少なく先行の快速に追いついてしまい、いかんせん速度が出ない。三鷹から先は新しく高架化されている。
立川、八王子と停車、新宿も含めて割と空いていて車内は至って静かである。今回は指定席である。いつもは自由席に乗るので行楽期など通路までも人で埋め尽くされていることも珍しくないが、さすがは指定席車と思う。

八王子を出るといよいよ甲府までノンストップで、途中『かいじ』の止まる大月、山梨市なども通過する。多くの列車が折り返す高尾を過ぎると平野も終わり、小仏トンネルを過ぎて山間部へ入って行く。
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笹子峠を過ぎると、ぶどう畑と甲府盆地のパノラマが出迎えてくれる。
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旧国鉄下河原線跡

数多くの鉄道路線網の中で、種々の事情により残念ながら廃止になってしまった路線の数々。そもそも用がなくなったものということで、大概は他の構造物や道路用地などに転用されて跡形もなくなってしまい、ほんの一部だけでも何らかの形で整備されて残っていたら、実に運が良いというべきものである。時には沿線の自治体の手で、遊歩道として立派に整備され、設備の一部がオブジェのように残されていることもあるが、そんな例は本当に数少ない。
府中市内にある遊歩道、下河原緑道。府中駅近くの国道20号線(甲州街道)から南下して多摩川付近(下河原)や府中競馬場を目指すこの遊歩道はかつての国鉄中央線の支線、通称下河原線の跡を府中市が整備したものである。都内とあって気軽に訪れることが出来る上、そもそも鉄道路線の廃線自体が都内には比較的少ない(都電とか玉電とかはほとんどなくなりましたが、まあ軌道線でほとんどが道路上ですからね・・・)こともあって、なかなか貴重なスポットではないかと思う。京王線の府中駅、JRの府中本町駅から近いのと、周囲に府中市郷土の森や大国魂神社などのスポットも点在しているので、それらを含めて散歩するのも楽しみの一つである。
歴史をたどると明治43年に東京砂利鉄道として、国分寺駅を起点に多摩川沿いの貨物駅である下河原へと向かう路線が開業した。砂利鉄道というだけに多摩川で採取された砂利を輸送するのが主目的であったが、当時はこんな形で関東を流れる川で砂利の採取が行われ、主要な川には大概貨物の鉄道が敷かれていた。目立った廃線としては相模川に通じていた相模線の支線なんかもそうである。後、大正9年に国有化されて中央線の支線に編入、昭和9年には途中で分岐して東京競馬場へ向かう線が出来て、旅客輸送も行うようになった。
しかし戦後、この地に武蔵野線が新たに開業することになり、府中本町~西国分寺間では路線が重複することになった。まず昭和48年4月1日に国分寺~東京競馬場前間の旅客輸送が武蔵野線開業と引き換えに廃止、西国分寺から北府中の先までは、途中の北府中駅も含めて同線にそのまま転用された。一方下河原へ向かう貨物支線は武蔵野線に編入され、北府中から分岐する形でしばらく残ったが、こちらも昭和51年に廃止され、ついに路線は姿を消した。その後、この分岐する線路跡の大部分が遊歩道として整備された。
今回は府中本町駅をスタートに遊歩道の全てを辿ってみることにした。

腹ごしらえをしたらいざ出発。まずは府中街道を少し南へと歩き、東京競馬場の入口を過ぎる。入口を少し過ぎた所で小道があり右折すると遊歩道にと入る。かつての東京競馬場前駅へ来ていた路線の部分だ。
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今でこそ東京競馬場というと京王の府中競馬正門前駅が思い浮かぶが、かつては国鉄も競馬場までやってきていたのだ。子供の頃読んだ古い本には中央線の駅として東京競馬場前駅が書かれていたが、当時はそんな事情をもちろん知らなかったので「何で中央線がそんな所に来てるんだ、競馬場といえば京王線だろう」と、真面目に思っていたのだった。
JR南武線の線路を地下道でくぐる。ちょうど終点の府中本町に着いた武蔵野線の電車が、折り返しのために引き上げ線で待機していた。

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くぐると小道だったのが、並木を交えたちょっと大掛かりな道になる。自転車と歩行者とでレーンがしっかり分けられているようだ。ここまで整備されているのは、遊歩道としても整備されている方ではないだろうか。府中本町駅に近いこともあって、道を通る人自体が結構多いようである。少し歩いていくとオブジェが有った。

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電車ごっこのオブジェ。説明を見ると「軌道敷の跡地が市民の憩いの場、子供達の遊び場となった事を記念し…」とあり、線路の跡地であるということが分かる。電車ごっこは子供の憧れ。線路跡を利用したこんな長い遊歩道で電車ごっこなんかしたらさぞのびのびできて楽しいことだろう、と大人でもふと思ってしまいそうである。

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オブジェを過ぎるとまっすぐだった道が徐々に右カーブし始める。こんなカーブを描く辺りはいかにも鉄道廃線跡という感じがしてくる。少し行くと左からもう一本の遊歩道が寄り添ってきて合流する。そちらの道はかつての下河原駅へ繋がっていた線路の跡で、ここがちょうどその分岐のポイントがあったということになる。残念ながらここでレールなどの鉄道の設備は何も残されていないが、道の形状からして面影は十分感じられるだろう。

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ここで一旦折り返して、先ほど合流して来たもう一本の道を下河原へ向けて歩くことにしよう。歩いていくとちょっとした公園があって花が植えられている。

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その先では中央道をくぐる。中央道の最初の開通は昭和42年、調布〜八王子間だったということで、この辺りが一番最初に開通した所である。その当時は下河原線がバリバリ現役だったことになる。

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中央道を過ぎると駅から少し離れ、多摩川も近づいてくることもあって景色が変わってくる。建物が少なくなり周囲は畑が中心になる。緑道もあるようだ。ちょっと進むと畑が増えるのはこの辺りの特徴的な景観だろう。「のほほん」とした気分に、少しはなれるんじゃないだろうか。

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右カーブして府中市郷土の森に沿って進む。

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曲がりきって少し進むと普通の道路の歩道に合流して遊歩道は終わりである。この先前方に広大な敷地が有り(今は高齢者関連の施設を建設中のようだ)、この辺りがかつての下河原駅が有った所のようである。

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歩いて来た道を戻り、甲州街道方面へと向かう。先の合流地点まで戻ってさらに進んでいく。
県道16号を横断歩道で横断する。ちょっと左へ行くと府中税務署。

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渡ると上り坂になっていく。南武線を跨線橋で越えるためだ。貨物列車がちょうど通りかかった。

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木々とベンチが有って休憩所っぽくなっている。緑道の地図も。

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旧甲州街道を渡る。

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だいぶ終わりに近づいて来た。というか起点の近くというべきか。
この辺りまで来ると設備の一部が少し残されていて、レールなども残っている。

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道路を横断するわずかに残ったレール。

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高架の京王線をくぐる。
平成に入るまで府中は地上駅だったが、ここだけは下河原線を越えなくてはいけないので古くから立体交差であった。幼い頃は府中駅がまだ高架化される前、分倍河原へ向けて発車すると線路はすぐに上り坂で盛り土になり、府中街道と下河原線の跡を乗り越えて地上に降りていた。

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京王線と交差するとすぐに国道20号甲州街道、その先に見える広場が遊歩道の起点。
ここだけは横断歩道がないので一旦迂回、府中街道の横断歩道を渡る。
甲州街道は相変わらず交通量が多い。

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下河原線広場公園に出る。だいぶ手が入っているような感じはするがレールや踏切の跡が残っていてそれなりに感じは味わえると思う。

公園入口

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中央には歴史の説明とホームのオブジェがある。(但しここが駅の跡だった訳ではない)

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跡地として残されているのはここまで。かつての下河原線はここから北に少し行った所でトンネルを走ってきた武蔵野線に合流する。

飯田線の旅(19)

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岡谷を出ると高架になり岡谷市街を一望、諏訪湖も遠くにちょっと見えるようになる。
下諏訪に停車、飯田線直通の平岡行き(213系)と最後の行き違いをする。213系、乗っているとなんていうことはないが外から見てみると、やっぱり見慣れない車両だ。
右手に湖が近づき、旅の最後を飾る。ポイントを渡って、いよいよこの列車の終着駅、上諏訪に到着する。17時40分着、始発の豊橋から見たら約7時間にもなる。ああ、長かった?!
何年か前に北海道で根室本線のロングラン普通列車(滝川〜釧路間、私は石勝線経由だったので乗ったのは途中の新得からだが。全区間乗ると8時間かかる!)で移動したことがあるが、それ以来の長距離乗車と思う。このところ新幹線や特急利用が多かったんであまりゆっくりした旅をしてなかったが、景色はゆっくり変わってくれるし、細かい所も含めて楽しめるし、やっぱり普通列車の旅はいいですな!
着いたのも束の間、1番線に来るあずさ30号に乗るべく通路を渡って移動、夏の盛りの上諏訪駅、今日もホームは行楽客でごった返している。自由席は満席、なんとか着席したものの甲府からはどかっと乗ってきて通路まで満杯、もはや車内販売処じゃない状況。恐るべし!ともあれ充実感も満載にして帰京した。
というわけで長らくのご乗車、大変お疲れさまでした。。。(完)

飯田線の旅(18)

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辰野を出て中央線に入る。景色はそれほど大きく変わらないが、駅間が明らかに長くなりスピードも速くなった。さすがは中央線だ。余談ながら辰野回りの旧線は全て単線、岡谷で新線と合流しても上諏訪の先までは単線である。旧線は特急が走らないし普通列車もそれほど多くないのであまり問題にならないだろうが、特急があり普通列車の本数も多い(なおかつ飯田線の乗り入れもある)岡谷以東にとってはボトルネックとなっている。
天竜川沿いに走り、川岸。その名の通り左手は川である。諏訪湖を起点とする天竜川、静岡県内からずっと並行し、時に秘境駅と共に厳しい自然の姿を見せてもらったものの、上流側の方が町の中を流れ護岸もされている。ぱっと見あまり厳しい印象がない(むろん雨期は大変だろうが・・・)。
なおも川沿いに走り、前方に長野自動車道の高い橋が見えてくる。その手前で塩尻から来た中央線の立派な新線が合流してくると岡谷。乗り入れる飯田線列車も多くはここが終点で、0番線(珍しい!)には313系の岡谷止まりが止まっていた。行き違いで停車、下りの「あずさ」に謁見する。この列車は上諏訪行き、なおも中央線を走る。終点まであと2つだ。