牟岐線(3)

牟岐からさらに海沿いに南下していく。鯖瀬、海の目の前に位置する。かと思うとまた内陸に入って浅川。阿波海南は田畑のちょっと多いところ。山が多かったが、久々に開けたところに出た気がする。
ここからは低地に出て、高架を走り海陽町の町を行く。そして最後に列車は、とあるトンネルをくぐって、終点海部に到着する。まあ、各種メディア、それに「その道のプロ」の方にしっかり取り上げられてますので、もうご存じの方も多いことでしょうけれどwww

海部駅は相対式2面2線の高架駅。JR牟岐線の終点であり、阿佐海岸鉄道阿佐東線との接続駅でもある。2面2線であるが両者で1線ずつ使用しており、列車もごく一部のみ牟岐〜甲浦間を直通する意外はここで折り返し運転となっており乗り換えが必要である。

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海部駅からJR牟岐線、徳島方面を望む。これが、牟岐線の到着前・出発後にくぐる件のトンネル

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トンネルの上はなんと、ちょっと木々が生い茂っているというだけで、山もなんにもないwww
周囲もすっかりコンクリートの外壁がむき出し状態。もはやトンネルとしての意味をなしていない。赤瀬川原平氏の『超芸術トマソン』でも紹介された、所謂「純粋トンネル」というやつである。用途としてまったくトンネルになっていない。おれはトンネルだ!トンネルはトンネルだ!www

「トンネル掘削は建設にとっての一大事業!そりゃあ最初はそんなところに造ってどうする?と担当者には何度も説得されましたが、何としてでも造りたくて滅茶苦茶な理由を付けて押し切って、とうとう造ってしまったのです…」っていやいやそんなことではなくて、元々は山をくぐる、れっきとしたトンネルとして造られて機能していた。しかし周囲の宅地開発により山が切り崩されてしまい、トンネルの構造物だけが可笑しくも残ってしまった、というものである。名前は「町内(まちうち)トンネル」という。

まあでも確かに、そんな開発が予定されていて山が崩されることがある程度分かっていたら、そもそもトンネルにする必要はなかったんじゃないか、とも思える。このトンネル、供用開始は牟岐線が海部まで開業した昭和48年。そして今の姿になったのは昭和51年ということで、トンネルとして機能していたのはわずか3年くらいだったそうだ。

牟岐線(2)

阿南で一泊して、翌朝はそこから牟岐線で南下、海部からは阿佐海岸鉄道に乗り換え甲浦を目指す。1500系、初日にも乗ったが、シートはいいし車内デザインも落ち着いていて好きだ。

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太陽が今日も燦々としていて気持ちが良い。見能林。ここは四国最東端の駅らしい。右に山、左に住宅地を見ながら進む。徳島も山がちな地域だ。阿波橘、徳島の旧国名は阿波ということで阿波なんとかという駅名も県内には多い。関東人からすると、「あわ」ときくと同音の安房が連想される。安房鴨川、とかネw
このあたりから車窓左も林や小高い山になる。住宅は車窓右に道路とともにある。
桑野、徳島行き1500系と行き違う。しかし、阿波室戸シーサイドラインと呼称がついている割に海はまだ見えてこない。ルート的には海沿いをずっと走ってはいるのであってはいるが。

竹林の中を走りトンネルもくぐる。海どころか山という感じだ。まあ土佐くろしお鉄道に乗った時もそうだが四国の地形は厳しいようだ。
下って町に出て、新野(あらたの)
田んぼの中を行く。紀行番組のシーンで出てきそうだ。しかしいつも思うがああいう番組って田舎の風景ばかり映していないか。子供の頃にテレビで何気なくそんな映像ばかり流れて、地方イコール田舎という固定観念が定着してしまった。しかしある時ニュース(特に天気予報のカメラ映像)で流れる県庁所在地の映像を見たり実際大きくなって行ってみたりすると、都会も意外と多いことに気づかされて驚かされたりする。
いや、まあなにがって。確かにその方が旅情とか掻き立てられるんだろうけど、周囲に何もない、人気がない、というような印象を受けるの映像で見せられると、実の所一種の恐怖感みたいなのを覚えたりして、町になってくるとふと安心するような感覚がする。一種の「ホームシック」みたいなものだろうか。特に自宅周辺が主たる行動範囲の「都会っ子」とやらはそんなのが激しいのではないかな。いざ行ってみると「えー、こんなところいやだぁ~、帰りたい~」とか。。。

どうでもいい話が過ぎたかな。阿波福井を過ぎ、山へ分け入っていく。長いトンネルもくぐる。
由岐、山間の集落にある。このあたりまで海が見えなかったが、トンネルを抜けるといきなり左が海だ。

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途中、海水浴シーズンのみ営業する田井ノ浜駅がある。また山間の集落になり木岐。
トンネルが続く。北河内、「きたがわち」と読む。

四方山々の所をまた進んで、街に入って牟岐。ホームは1面2線しかないものの運行上の拠点となっており特急『むろと』はここで折り返すほか、普通列車もここを起終点とする列車がある。
ここまで2両編成できたが1両切り離して単行になる。

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牟岐線(1)

徳島から紀伊水道沿いに徳島県沿岸部を南下する路線。徳島で高徳線、徳島線、鳴門線と接続するだけで他にJRの接続はない。終点海部では阿佐海岸鉄道と接続し一部列車は乗り入れているが、線路は完全にまっすぐつながれていて牟岐線の実質延長部であるし(もともと国鉄として建設されたもの)、同線の終点甲浦は接続する鉄道はない。高知で訪問したごめん・なはり線もそうだが、ある意味「盲腸線」みたいなものである。元は阿佐海岸鉄道の甲浦から室戸岬方面を経由して、ごめん・なはり線につないで徳島~高知を海沿いに結ぶ計画であったが、徳島側、高知側とも一部区間を第三セクターで開業しただけで終わり、現在に至っている。
特急『むろと』と普通列車が運行されている。『むろと』は未だ到達できていない室戸岬を名前にしている。
四国旅の夜間の行程に入ったので最初は阿南まで『むろと』に乗車。キハ185系。

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徳島の夜景をみながら進む。特に次の阿波富田までの間は徳島市の中心街であることから車窓は賑わい、自然と夜景もにぎやかなものである。南小松島は小松島市の中心部で小松島港にも近い。が、かつて本州とを結んでいた小松島港フェリーは廃止されてしまっている。その後も割と海近くを進み、阿波赤石を過ぎて那賀川のトラス橋を渡ると阿南。今日はここで降りる。

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ちなみに昼の写真はこちら。

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