北関東の115系

北関東の乗り鉄をしてきました。東京につながる高崎線、宇都宮線はとうに新車に置き換えられ、209系転属で113系が一掃されてしまった房総地域と、かなり車両置き換えが完結に近づきつつある首都圏。今は日光線、黒磯方面の宇都宮線、長野エリアの路線なども置き換えが進んでいますが、両毛線、信越線といった群馬方面の路線はなんとかまだ免れているようです。昔ながらの115系、車体は新しいものの急行型165系の足回りを流用した107系、味のある古き良き国鉄車が活躍してますね。観光地も多いですし個人的にはたまに来たくなる所です。

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だるま弁当

言わずと知れた高崎の駅弁。だるまをかたどった容器で貯金箱としても使えることで知られている。高崎へいく度にお世話になり、都度持ち帰っていてかれこれ三体目。昔とはデザインや中身が違っており復刻版も販売されているようだ。だるまは高崎にある少林山達磨寺で開かれるだるま市にあやかったもので、ちょっと由緒ある感じがする。炊き込みご飯に鶏肉、こんにゃく、山菜をふんだんに使った彩りの良い弁当だ。

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今に残る信越本線に乗って

碓氷峠の所でちょうど長野県と群馬県の県境になる。信越本線は高崎〜横川間と篠ノ井〜新潟間が今の所残っているものの、これから乗る高崎側は距離にして僅か29.7km、駅数8駅、全線が群馬県内というミニ路線と化している。先にも書いた通りもっぱら地域輸送で、普通列車が1時間に1、2本程度の運転である。
ちなみに北側の直江津〜新潟間にも過去に乗車しているので、そちらのことも機会を見つけていずれ触れたいと思う。

横川は峠を控えて山麓という感じの駅だったが、山をとんどん離れて町の方へ入って行く。長野側もそうだったが、こちら側も横川駅付近を除いてそんなに峠越えらしい景色はない。西松井田、松井田と走っていくうちに山は離れて平坦な所に出て、車窓は町や田畑が多くを占める。これで今度は峠を越えてきた立場になった訳だが、これでは本当に峠を越えたことなど忘れてしまいそうである。しかし今まであまり行ったことがなかったので、碓氷峠は群馬側が低く、長野側が高いという強烈な片峠であると分かったわけだが、そういう所だと本当に峠の所だけがきつくて、他はそうでもないという感じなのだろうか。

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群馬八幡からは高崎市に入り、市街地に近づいて沿線がより賑やかになると北高崎である。ほどなくして遠方に上越新幹線が見え、上越線・両毛線をまたぐと終点、高崎である。
まだ行程はあるが、ここまで来れば高崎線や湘南新宿ラインなど色々な手段があるだけに、帰って来たなという気分でホッとする。それも郊外部まで拡大した首都圏の路線網や列車本数の多さのおかげと言えるだろう。
日が傾いてきて、群馬最大のターミナル駅の照明が明るく出迎える。しかし上越・長野両新幹線の分岐駅となって賑わう反面、在来線ホームは目玉といえば一日数本の水上、草津へ向かう特急列車が残るのみ、他に発着するのは普通列車ばかり、駅だけ見れば立派ではあるが少々寂しい所は拭えない。この駅には高崎線以外にも多くの路線が乗り入れているので、ホームは一応、フルに使用されているようである。しかし東京に乗り入れる高崎線が10両編成なのを除き、このあたりのローカル列車は3両〜5両といった短い列車ばかりで、せっかくの長いホーム、広い構内も持て余しているような感がある。

 

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乗ってきた列車。

 

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湘南色の115系。前は高崎線・東北本線の主力だったが今はどちらも撤退、今まともに見られるのは群馬のローカル線のみ。長野県の115系は置き換えが始まったようだ。こちらもいつまで持つか。

 

まあともあれ、長野から信越本線を辿る旅もこれで終わりです。初めてまともにたどってみましたが、面白い路線でした。碓氷峠なくなる前に行っておけばと思いましたがそんなこと言ってももう仕方有馬線!(寒)それでは、高崎駅からお別れします!

峠越えの拠点駅へ

連絡バスで横川駅に着いた。ここからは高崎まで、今も正真正銘の「信越本線」として残っている。かつては上野から長野方面『あさま』、その先北陸本線に入る『白山』が通る特急街道の一つだった信越本線。長野新幹線が開業し、途中途切れてしまった今は、1時間に1、2本の普通列車が運行されるのみである。
バスは普通列車と、基本的に接続している。来るまでもう少し時間があるので、少しうろうろしてみよう。

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横川駅駅舎、リニューアルされて当時とは感じが変わっている。駅名看板もレトロ調。しかしそれなら途切れた区間も、なんとか復活という訳には行かないか・・・。

 

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駅前の様子。代表駅弁はもう言わずと知れた「峠の釜めし」。釜めしを売っているおぎのや本店がある。来たからにはと思ったのだが、まだ時間が早く腹も一杯だったもので、あえなく見送った。まあ過去に何度かお目にかかっていますが。
下写真は駅前に展示されているEF63-3の動輪。

 

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ホームを駅の外から眺める。もともと中間駅だったので上下で別々のホームになっているが今はそれも関係なく切られてしまっている。

 

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一部の線路はそのままレールが残っている。この先碓氷峠鉄道文化むらがあるが、そこを抜けて続いているという。定期的に手入れも行われているそうで、復活の機運も高まっているようだ。

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駅に入る。自動券売機、自動改札を備え、東京近郊区間ということもあってSuicaが使用出来る。信越本線でもSuicaが使えるようになったんですね。
改札上には3番線から出る列車の時刻が書かれている。かつての名残でホームが2面あるが、終点になり本数も減った今は基本的に1番線しか使われない。3番線から発車するのは早朝の4本だけだ。多分錆び取りとかだと思うが。

 

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横川駅構内。碓氷峠を間近に控えていることもあり、駅周辺は険しい山ばかりでそれといったものはない。今となっては碓氷峠訪問者か連絡バス乗り継ぎという用途が多くを占めている感がある。しかし、峠越えを控えた駅とあって構内は広い。こうして見ていると終点とは思えないようなたたずまいだが・・・。

 

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軽井沢の文字はもうない駅名票。しかしちゃっかり奇麗になっている。JRで最近流行のLED式のサインだ。こういう駅だと看板類など朽ち果てたりサビサビだったりというケースもままあるのだが。軽井沢を控えてか、碓氷峠が有るからか、観光利用が多いからか、乗客が少ないものの充実している。

 

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107系の普通列車が到着、ここから高崎までわずかだが今に残る「信越本線」の旅である。

しなの鉄道(1)

長野へ戻り、しなの鉄道に乗ることにする。
元の信越本線だが、1997年に長野新幹線開業に当たって再編、軽井沢〜篠ノ井間が経営分離され第三セクターとなった路線である。篠ノ井〜長野間は篠ノ井線列車が乗り入れることもあってJRが引き続き信越本線として運営、しなの鉄道は長野まで乗り入れという形をとっている。
長野駅3番線に停車中の列車に乗り込む。115系ワンマン列車、通常3両編成が多いが、今回は短い2両編成。発車時刻近くで乗ったこともあってか列車は結構混んでいる。座席はボックス席だが、全部埋まっていたので通路に立つが、通路も結構埋まってきたほど。発車直前に飯山線の列車が着いて、また少し乗り換えの乗客が増える。まあ、進んで行くうちに空いて行くのだろうが。通常トイレ付きの115系だが、この車両にはトイレも着いていないそうだ。大都市長野へ乗り入れるのなら2両編成はちょっとと思う。もっとも、長野を離れるにつれて乗客は降りて行き、篠ノ井の一つ手前の今井から座れるほどになったが。地方都市では混雑といってもまあこれくらいで済むのだろう。

篠ノ井で篠ノ井線と分かれ、長野新幹線と並行しながら進んで行く。日本最長の川である千曲川(信濃川)を渡り、長野自動車道をくぐると屋代高校前。しなの鉄道になってから新設された駅で、真新しい駅設備である。
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この先、先に渡った千曲川とは並行しながら進む。右手には山が迫り、そこをまた上信越自動車道が長いトンネルをくぐりながら並行する。目視ではあまりよく見えないが、地図で見ると川向こうには、実は先に分岐したはずの篠ノ井線が少し離れて並行しているのが分かる。ちょうど、先ほど姨捨辺りから見下ろした所を下から逆に進んでいるような感じになる。確かにこのあたりは平地ではあるのだが、やはり山がちな地形の間にある盆地であり、非常に限られた場所であるということが分かる。ほぼ千曲川沿いに沿っており、長年の川の流れによって造られたであろうということが推測できる。
途中から長野電鉄屋代線の線路跡が合流し、並走すると屋代駅。長らく乗換駅として続いたほか、しなの鉄道が信越本線だった時代は上野発の国鉄急行列車が乗り入れた時代もあった。末期は1時間半に1本というペースでの運行となってしまい、増便やパークアンドライドなど各種社会実験などの取り組みもあったが、残念ながら2012年4月1日をもって屋代線は全線廃止となってしまった。2013年5月現在、線路跡はほとんど撤去が済んでいるようだ。

 

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長野新幹線(奥)と、手前を横切って合流してくる長電屋代線跡。

 

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廃線跡と並行して進む。しばらくの間、本当にぴったり並行していて何かに流用できそうな勢いだが、まあそれはないだろう。こちらも旧信越本線だったということで全線複線だし、特急の走らない今はなおさら事足りている。

 

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しばらく進むと屋代駅。線路は撤去されたが、架線柱はまだ残っていた。ちなみに撮れなかったがしなの鉄道側では湘南色に復刻された169系が隣に停車していた。

長野駅を歩く

『しなの』で長野駅に到着。長野市内を散策しながら善光寺へ行ってみることにする。
だがちょっとその前に、長野駅に初めて降り立ったので、まずは構内をぶらぶらしてみるとしよう。

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駅名票。標準タイプのものの下に、善光寺の写真の入ったものがある。一部の駅では観光客向けか、ご当地タイプ(?)の看板がある。

 

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構内の様子。ターミナル駅らしく広々とはしているが、ホーム数は前よりも減らされているという。長野新幹線開業に伴う、在来線の系統縮小の絡みもあるだろう。写真では奥が2番線、手前が4番線。1番線は廃止されて現存しない。手前の4番線は大胆にも、ホームの途中で線路がぶった切れている。

 

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4番線は飯山線ホーム。途中豊野まで信越本線を走り、そこから飯山、野沢温泉、十日町などを経て越後川口へ向かう。

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4番線の反対側には3番線があり、しなの鉄道が発着する。

 

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階段を上がって駅舎へ。改札を出ると自由通路になっている。ドーム型でガラス張りの天井は開放感があるものの、全体的に見て長野駅としての個性といえばやっぱり弱い。似たようなものとして品川駅を連想してしまう。人口30万規模の県下最大都市の駅という感じはするものの、ありふれた都会の駅といった印象である。事実、元々は仏閣のような駅舎だっただけに、そちらの復活を求める声は今も大きい。通路までとは言わないが、なんとかならないものか。

 

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隣は新幹線のりば

 

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新幹線のりばの横にはこんなものが。善光寺まで十八丁の道しるべ。約2キロである。それにしても「長野駅だ!」と明確に心に訴えてくるものは、残念ながら今はどうにもこれくらいしかない。

 

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さて、そろそろ外に出よう。

 

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善光寺口から見た長野駅

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長野駅は地元の私鉄、長野電鉄(長電)のターミナルでもある。長野駅から3つ目の善光寺下駅までは地下を走っていることから、地元では地下鉄とも呼ばれている。乗ってきた『しなの』の車内アナウンスでも「長野電鉄の乗り換えは外に出て地下鉄乗り場へ」という感じでアナウンスされていた。長野電鉄は全体的に見れば、須坂、信州中野を通って志賀高原近くの湯田中へと向かう、大部分単線のローカル路線。観光需要もあって特急列車も運行され、かつては独特のカラーリングの2000系が特急列車で活躍、のどかな風景の中を同車が行くシーンがよく見られたものだ。子供の頃に特急列車の本で初めて触れたが、その時もそんなシーンだった。むろん行ったこともなく事情を全く知らなかったので、ごく普通のローカル私鉄という印象であった。後になって長野駅付近が実は地下鉄になっていると知って(失礼)驚くことになる。
元々は地上だったが中心市街地に数多くの踏切が有ったということで、長野から善光寺下の先までの約2キロが地下化されたものである。距離が短く駅数も少ないが、途中に駅もありまとまった区間が地下鉄となっている都市は今も長野市だけで、それだけ画期的なことだったと言える。ちなみに蛇足ながら、日本初の地下鉄は昭和2年に東京の銀座線(上野〜浅草間)が開業したのが始まりと言われているが、「地下に一つだけでも駅が有れば良い」ということにすると、大正14年に宮城電気鉄道(今のJR仙石線)がターミナルとして仙台駅を地下駅で開業させたのが始まりだそうである(その後仙石線になったがホームは地上になりかつての地下駅は通路に転用。今の仙石線ホームは全く別の場所に新しい地下駅で営業)。日本の鉄道史もひもといてみると意外な側面が色々あって興味深い。
項を改めて触れるが残念なことに2012年、須坂〜屋代間を結んでいた屋代線が廃止された。各種社会実験が色々行われていただけに少し期待もと思われたが、永続的な維持は難しかったか。長野電鉄では過去に信州中野〜木島間の木島線もあり、結構な路線網があったがそちらも廃止されている。今は長野線一本(33.2キロ)のみとなってしまったが、新型特急列車が走り出したことだし、今後も末永く続いて欲しい。
またまたつい長文になってしまったことご容赦願いたい。今回は残念ながら都合により乗ることは叶わなかったものの、いずれの機会には訪問してルポとして書かせてもらおうと思う。

 

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駅前から伸びる通りにある善光寺参道の灯籠。ここから1.8キロ。今回はバスで向かいます。

特急『しなの』で善光寺平を行く

関東に住む者にとって中央線(中央東線)の特急というと『あずさ』が連想されるが、対を成す存在である中央西線には名古屋、大阪から『しなの』が運行されている。また、『あずさ』は基本的に篠ノ井線でも松本までしか来ないが、『しなの』はほとんどがその先長野まで運転されており、松本と長野を連絡する特急ともなっている。
車両はJR東海の383系が使用される。銀色のステンレス車体にオレンジ色のラインを締めるデザイン。JR東日本の特急車は塗装されていてどちらかというと色彩が意識されているのだろうが、JR東海では他の車両も含めて車両のデザインが統一されているような感がある。それでも、ややとんがった先頭車と、細いオレンジ色のラインはどこかスピード感を感じさせると思う。

松本駅を発車、ここまで複線で、線路も松本平を走ってきたが、この先は単線で、山越えルートとなる。相当厳しい地形をアップダウンして、松本平と、長野市側の善光寺平とを結んでいる。
「日本三大車窓」の一つである善光寺平の眺めがこの先に待っている。
しばらくは松本の市街地を大糸線と並行して走る。大糸線は松本駅を出てすぐに北松本駅があるが、篠ノ井線は次の田沢まで8キロほど駅はない。大糸線と分かれ、国道19号沿いに走る。大糸線は奈良井川、梓川を渡って豊科の方へ行くが、こちらは川の手前側を走る。右手は山、左手は川ということで地形条件も違う。沿線の都市を走る大糸線に対して、こちらはどちらかというと自然に近く、長閑なイメージだろうか。景色は良好、北アルプスにもかなり近づく。この先は山越えが控えているため、この辺りが最も接近する所だろう。
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さて、もうお昼の時間だ。姨捨駅に近づく前に、松本駅で調達した牛肉弁当でも食べよう

明科を過ぎると北東方向に向いて、長大なトンネルで山を貫くようになる。西条、坂北、聖高原と過ぎて行く。いずれも山間の筑北村、麻績(おみ)村にある駅。山越えルートではあるが、トンネルが長いこと以外はそれほど険しい感じはしない。穏やかな風景が続く。

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松本平、善光寺平と、どちらも盆地であるが、標高は松本平の方が高く600〜700mほど、善光寺平は350m前後となるため、善光寺平へ向かって下る線形になる。
そして冠着(かむりき)を過ぎてトンネルを抜け、姨捨(おばすて)に向けて下って行くと、「日本三大車窓」に数えられる善光寺平の車窓が展開する。姨捨駅は長野へ向けての急な下りの途中に設けられたもので標高約550m、善光寺平へと入るあたりに位置する。高層ビルから眺めるように善光寺平のパノラマが広がる。これは絶景だ!今回は特急列車だったので停車しないし窓ガラス越しではあるが、初めて見ることができた。いや〜、素晴らしい!

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ちなみに昼の眺めも素晴らしいだけに夜も楽しめるポイントだ。ということで姨捨付近の夜景はコチラをどうぞ!

日本三大車窓からの夜景

姨捨駅は急坂の途中にある為、通常通りにはホームを設けられず、本線から線路を分岐させて平たい所に駅を設置してある、ユニークな駅である。そのため停車する列車はスイッチバックを行う。この路線の厳しさを物語っている。

眺望を見ながらなおも下って地平に降りてくるとラストスパートである。稲荷山を通過。

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地平に降りるとこんな感じ。家並みと畑が広がる。長野県はりんごの産地としても名高い。

 

最後に篠ノ井に停車。しなの鉄道線との合流点、同線はかつての信越本線である。元々、信越本線は高崎〜篠ノ井〜長野〜直江津〜新潟と回る路線だったため、篠ノ井線は今もここが終点であり、この先は今も信越本線である。北陸新幹線が開業すると、長野から先の信越本線も経営分離され、長野県内はしなの鉄道に移管されるという。そうなると、長野県内の信越本線は篠ノ井〜長野間のみ、ほんの少し残されるだけとなってしまうことになる。
篠ノ井線では貨物輸送も行われているため、ここも貨物ヤードが広がっていて構内は広い。

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篠ノ井を出ると長野新幹線と並行して走り、途中3駅通過して長野に到着。松本から1時間弱ではあったが初めての『しなの』と善光寺平だった。

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乗って来た383系『しなの』

 

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一部の先頭車はグリーン車で、展望席を備える。クロ383-1、偶然にもトップナンバーだった。
 

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一般車の先頭車。6両編成〜10両編成と柔軟な運用に対応するため複数編成の連結に対応し、連結した際の通り抜けを可能にするため貫通扉と幌が付いている。今回乗ってきた列車は10両編成だった。