工業地帯を行く鶴見線(5)

次は武蔵白石、安善からそんなに離れておらず線路伝いに道があるので歩いても行ける。前に触れたようにかつての大川支線の乗換駅、今も線路そのものはここで分岐するが、大川支線のホームはなくなったのでここから乗ることは出来ない。

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ここも割としっかりした駅舎はあるが、無人である。

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そしてホームへの連絡はやっぱり踏切なので、早めにホームで待つようにとの案内がある。

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駅の外からホームを撮影。ちなみに大川支線の旧ホームは別の所にある。

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ここも鉄骨だらけ。

武蔵白石を出ると工場街をS字状に通り抜けて浜川崎へ向かう。そこから先は単線となり昭和、終点扇町へと続く。前は結構扇町行きがあったはずだが、最近は昼間はほとんどが浜川崎行きとなってしまい、扇町へは2時間に1本ほどしか電車がないので、こちらも昼間に電車で訪れにくくなっている。この辺りでは各所に企業の工場があるので専用線が多数伸びている。かつて訪問はしているもののこちらもあいにく写真を撮っていない。また機会があった時にさせて頂くことにして、今回は浜川崎からお別れします。

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工業地帯を行く鶴見線(4)

本線の浅野に戻って、先へ進む。
相変わらずの工場街が続くが、道も少し離れて存在していて昔ながらの雑貨店やらこの地域の勤務者を当て込んでいるであろう飲み屋やらが軒を連ねている。一帯の空気が少し気になる所だが歩いてみるのもおもしろい。
わずか500mほどで次の安善である。鶴見線は工業地帯の足という相当用途の限定される路線なので、全長も短く駅間も短い。ラッシュ時の本数は十分なのに昼間はぱったり来ないというのも頷けるもので、昼間の車内にはろくに人の姿はない。工業地のど真ん中を走る訳だし、一応周辺はありふれた住宅街にはなっているのだが、バス路線が充実しているのでわざわざ鶴見線に乗って移動する必要性も薄い。

安善では大川へ向かう支線が出ているほか、東側には貨物駅が広がっており、タンク車の長い列を見ることができる。
大川行きの支線は、1990年代中頃までは一つとなりの武蔵白石から出ていたが、現在は安善から出ている。武蔵白石で右に直角に急カーブする線路になっており、同駅のホームもそのカーブ上にあったことから建築限界上大型車が入線できず、チョコレート色の旧型国電クモハ12形が平成に入っても残って営業していた。しかしさすがに老朽化、故障時の代替部品確保などの問題もあって、後に本線と同じ103系に置き換えられることになった。103系は大型車であることから急カーブ上のホームが支障になってしまうため、同ホームは廃止して一つ手前の安善から分岐させることにしたということである。余談ながら大川と鶴見線浜川崎方面とを行き来する場合、実際には安善でないと乗り換えられないが、運賃計算上は今も武蔵白石が分岐点とされている。鶴見方面〜大川の定期券で武蔵白石で乗り降りするなどが可能である。

ここの支線は朝夕のラッシュ時しか営業せず、昼間に列車はやって来ない。大川駅付近にもバスが乗り入れているので、実のところ移動はそれでも困らないはずだ。にもかかわらず朝夕には列車が運行されるのは、やはりそれだけの需要はあるからだろう。このあたり、バスと鉄道、お互いの持つ欠点をうまく補完し合っているような気がする。バスはどこでも行けてなんぼでも増やせてと、かゆい所に手が届きそうなイメージがある。その反面、大概は目的地に着くまでにマメに停留所に止まることになり、交通渋滞にはまる恐れも持ち合わせている。それを加味してダイヤが組まれていて、そんなに混んでないのに時間がかかることもある。なので交通需要の増大するラッシュ輸送には向いていない。一方で鉄道は線路の上しか走れないしバスに比べて費用がかかり、ある程度乗ってくれないことには採算がとれないが、他の交通に左右されることはないし高速で大量輸送するには向いている。昼間はあまり乗客がおらずもったいないように見える路線でも、ラッシュには大いに力を発揮することになる。そんな所で、この地域に出入りする人の少ない昼間はバスに一任して、多くの通勤客がある朝夕のみに列車を運行するというのは一つの合理的な方法のかもしれない。ただまあ、見方を変えればそれだけのために路線と駅の維持が必要、ということでもあるのだが。

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駅舎。歴史的経緯もあってか、鶴見線の各駅はどこも駅舎を持っているが、今は鶴見以外全て無人である。

 

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柱には「早めにホームでお待ち下さい」と書かれている。この駅では駅舎からホームへ行くには下り線を踏切で渡るしかなく、列車が来る前に早めにホームに入っておく必要があるためである。ここに限らず鶴見線の駅は跨線橋や地下通路がなく、大概は踏切で駅舎と連絡している。
結構乗客はいるようで、列車が来ると人の流れが出来る。

 

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ホーム。線路上に鉄塔があることもあって鉄骨が目立ち、なんだか殺風景。

 

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駅名票。今はここから大川支線が分岐するので、それに対応した表記になっている。

 

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駅東側には貨物駅が広がる。タンク車が今日も長い列をなして止まっている。東芝の敷地におじゃまする海芝浦と並んで、鶴見線が工業地の路線であることを実感させられる光景だろう。

 

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鶴見行き205系が入ってきた。

 

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夜の安善駅。
まさか夜乗ることはないだろうと思っていたのだが、この日は所用から夜に乗ることになった。いや、別に交通機関だからこういう言い方は本来おかしいのだが。どうも鶴見線というとその性格から、本当に限定された地域、目的の路線、ある意味まるで専用線のような感覚で捉えられやすいのではないかと思う。なんだか鶴見線そのものが会社の門みたくなっている気がして、「こんな時間に何の御用で?」と言われそうである。
しかし工業地帯は夜だろうが関係なく煙もくもくしてますな〜!

 

大川駅

大川駅の写真が出てきたので追加します。車両は当時の103系。小さくてすいません!

※夜間の写真は全てPC上で色補正したものです。フラッシュ撮影は絶対に止めましょう!

工業地帯を行く鶴見線(3)

国道駅の先で地上に降りて、鶴見小野。無人駅だし設備も古いが、住宅に囲まれておりごく普通の鉄道駅といった印象である。しかしそんな景観なのもここまで、この先首都高速道路をひとたびくぐると、放り出されるかのように一気に工業地帯の景観に突入する。この首都高速、街を堰のように分けていて住宅街と工業地とがほとんど奇麗にそこで分かれるようになっている。

車庫が左手に広がるが、鶴見線の車両は3両編成と短いし、そんなに数もないのでさして広がりはない。地方私鉄の車庫のような様相である。そこを抜けると弁天橋、工業地に入って最初の駅、本当に右を向いても左を向いても、ひたすら工場である。

工場の合間を抜けていき、海芝浦へ向かう支線が右に分岐して、浅野。ホームは本線と支線とで分かれていて構内は広く、駅舎も2階建てと立派である。それでも今は無人駅、駅舎はかつての栄華のみ残し、今はまるでただの飾りと化している。
ちなみに駅名の浅野とは浅野財閥の浅野総一郎から付けられたもの。この先の鶴見線の駅名は、企業名やその関係者に因むものばかりである。

ここで分岐する海芝浦支線に先に触れてしまおう。浅野から分岐し、駅は新芝浦、海芝浦の2駅のみ。芝浦とは東芝の前身である芝浦製作所から取られたもので、文字通り新芝浦駅から先ではこの支線が東芝の敷地内を走行している。新芝浦までは道路が並行していてバスも走っているが、その先は完全に東芝の敷地内で、終点海芝浦は駅舎がそのまま会社の門を兼ねている。そのため東芝関係者や許可を受けた者でなければ、駅の外に出ることが出来ないという珍妙な駅になっている。そんな構造から鉄道、紀行関連の書籍を中心にしばしば取り上げられる。
とはいってもここまでの切符でそのまま戻ることは不正乗車となるため、一般客は駅舎内の自動券売機で切符を買って戻ることになる。東芝の敷地に出る本来の出口とは別に海芝公園という公園があるが、それはそんな一般客の憩いの場として東芝が整備し、開放した公園である。駅も含めて目の前がすぐ海、眺望は極めて良く高速湾岸線の横浜ベイブリッジ、鶴見つばさ橋などを眺めることが出来る。もっとも水害なんかあったら、それこそひとたまりもない場所であるが。

公園といっても列車待ちの人向けに設けられたものであり、外に出る道は一切ない。しかしこんな公園が設けられるあたり、用もないのに訪れる一般客はかなり多いとみえる。海に隣接し景色の良さもあって「スポット」として取り上げられることも多いようで、関東の駅百選にも選ばれている。海に最も近い場所から見る横浜の夕景、夜景はそれはそれは奇麗なことだろう。ここへのアクセスが鶴見線しかないことを気にしなければ(笑)、確かに絶好の「スポット」と言えるかもしれない。

さて写真は写真は・・・と探してみたが、なんと今回取り上げた区間で全く写真がなく完全文章勝負になってしまった!本数の鶴見線はある程度時間をとって訪問しないとなかなか写真を集めにくい、と言い訳してみる。期待していた皆様、すみません。今度ちゃんと撮ってきます!

工業地帯を行く鶴見線(2)

左急カーブでJRの線路を跨いで海側に出ると、最初の駅である国道駅。文字通り下を走る第一京浜国道(国道15号線)から付けられたもので、なんともそのままなネーミングである。鶴見線には、そのような命名の駅が多い。
ここまで高架駅だが、ここも鶴見駅同様、年代が年代だけに非常に古い。降り立つとアーチ状の屋根を持つ駅ホーム。線路は猛烈に急カーブしており、電車とホームの間は、かなり空いてしまう。そしてホームから一度階段を下りると、まるでそこだけ本当に時間が止まっているかのような、すすけて薄暗く、設備も昔のままのコンコースに出る。昭和年代を対象としたドラマでしばしばロケに使用される駅である。
鶴見駅近辺の住宅街の中にある駅で、マンションも立ち並んでいるが、乗り降りする人は少ない。鶴見駅からそんなに離れていないし、バスも走っている。それに鶴見線がラッシュ時を除いて電車が少ないのも要因だろう。

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鶴見行き列車。ホームと列車の間がかなり空いているのが分かる。

 

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列車が行ってしまうと、誰もいなくなる。

 

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サイン類はきちっと、新しいものになっている。抜かりないな。それなら設備も少しは奇麗にした方が、という気もするが。まあ、あんまり奇麗すぎては雰囲気ぶち壊しか。せっかくロケ地にもなっているのだし。下写真では住宅やらマンションやら色々映っているが、この通り駅周辺は全くもってごく普通の街、取り残された別世界の如く佇んでいるのはもはや鶴見線とこの駅だけと言ってもいいほど。もうここまで来ると時代から取り残されたというより、逆に鉄道の方が時代への適応を固く拒んでいるようにさえ、思えてしまう。

 

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鶴見小野方面を見る。まだしばらくは住宅街やマンションなどが続く。

 

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いよいよ階段を下りて出口へ向かう。

 

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踊り場に降りる。時代がかっている上に、薄暗い。この手の場所に慣れていないと、ちょっと怖いかもしれない。自動販売機があるのがせめてもの救い?何もなかったらいよいよ何か錯覚を起こしそうだ。

 

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無人の改札口。高架駅なのに無人というのは珍しいのではないだろうか。保安上、問題はないのだろうか。昔はここに改札のおっちゃんが立っていたのだろうが、今立っているのは物言わぬ切符回収箱とSuicaの読み取り機。ご丁寧に昔の改札設備に収まるように置かれている。もう人が立つことはないんだし、「あってもなくてもどうでもいい」気がするが。

 

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薄暗く昔に引き戻されたようなコンコースを出て駅の外へ。出るとすぐに第一京浜。ここだけ見るとごく普通の駅。思わず、安心する(笑)。ああ、もうあまり戻りたくないな・・・。という訳でこのあとは鶴見二郎へ向かったのであった。(笑)ああ、鶴見線の続きはちゃんと書きますからご安心を・・・。

工業地帯を行く鶴見線(1)

京浜東北線の鶴見駅を起点に、周辺地域へと伸びる鶴見線。東京に近いとあって良く知られているだろうし関連書籍も多いため路線自体のことにあまりスペースを裂くのはよそうと思う。筆者の思ったことを書いておくと、かつて幼少の頃JRの電車に乗って路線図を何気なく眺めた時、鶴見駅から沿岸の方に黄色で書かれた線が伸び、それも途中で分かれて足が生えているような路線があるのに気づいて、ここは一体どういう所なのか、鶴見線とはどういう路線なのか、と子供心に関心を持ったものだった。当時横浜方面にほとんど縁がなかったのだが、後に学校の授業で社会科となれば「京浜工業地帯」の言葉をやたらと耳にするようになったし、自分自身も時々横浜方面へ出向くことが出てきた。首都高速を川崎から鶴見方面へ向けて走ると、左手に広がるのはひたすら工場やら石油関連施設のばかでかいタンクやらで埋め尽くされる。まさに日本の経済を支えているのだということが、ひしひし伝わってくるような地域だ。
そんな地域の、正しく足として活躍しているのが鶴見線である。路線は鶴見〜扇町間の本線と、途中の浅野から分岐して海芝浦、安善から分岐して大川へ向かう二つの支線がある。ほか、営業列車は通らないが、沿線には工業関連施設が数多とあることからそちらへの貨物列車用の線路が、いくつも分岐している。

基本的には、工業地帯へのバリバリ通勤路線なので、ラッシュ時については本数が多く乗客も多い。朝ラッシュ時はおよそ5分おきである。しかし昼間ともなれば平日は20分に1本、土日に至っては30分に1本とたちまちローカル線の運行レベルになってしまう。
先述の通り路線が途中で枝分かれしていて、支線の電車は支線の始発駅ではなく基本的に鶴見駅から全て運行されているので、先の運転本数はその分も加味した本数である。分岐した先は、昼間1時間、2時間と列車が来ないことがある。

始発の鶴見駅、京浜東北線は地上だが鶴見線は高架になっているので、階段を上がってコンコースへ出る。西口の方へ向かうとのりばがあるが、すんなり乗れるのではなく中間改札が設けられている。これは鶴見線が鶴見駅以外、全て無人駅になっているため。
改札を入るとすぐホームで、電車が待っている。3両編成しかない。
ホームは高架なのだが、年季はいりまくりだ。鶴見線はかつて鶴見臨港鉄道という私鉄だったが、戦時中の1943年に国有化された。そんな事情と、あまり大掛かりな手が入れられていないこともあって、かつての名残が今も随所に見られる。

 

鶴見線103系大川行き

かつての103系、大川行き。

 

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外から見るとこんな感じ。京急ストアも入っており現役の駅ビルになっているが、まるで歴史的建造物そのものの外観。

 

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そんな鶴見駅を出て行く電車。かつては上写真の103系だったが、最近205系に置き換えられ、走る電車だけが一気に現代的になっている。その辺は前に訪問した大雄山線にもなんだか似ている。

 

鶴見駅を出るとしばらくの間京浜東北線と並走しつつ走る。下から見るとこんな感じ。高架橋の下にも店舗が並ぶが、やはり少々時代がかった風情。

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余談だが鶴見駅の南方、曹洞宗大本山の総持寺近くに総持寺踏切跡がある。高架である鶴見線以外の、合計11本にもなる線路を跨ぐという超巨大踏切であった。京浜東北線と、鶴見駅に停車しない東海道線、横須賀線なども走っているため、当然ながら超開かずの踏切であった(ああ、ボキャブラリーがなさ過ぎる・・・)。
そういう踏切でありながら長く続いてきたものの、2012年をもってついに廃止された。今も自動車向けの標識やゲートが不自然に残っている。
また、この踏切の上当たりの鶴見線には、かつての鶴見臨港鉄道時代に本山駅があった。総持寺の最寄り駅として営業していたが、1942年に廃止となった。現在もホーム跡が残っている。鶴見駅から500mほどしかなく、歩いてもすぐ行けてしまう距離である。

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総持寺付近を過ぎると立派なトラス橋で他の線路群を跨いで、海へ向かう。まあ当然といえば当然だろうが、鶴見付近はとりあえず鶴見線の中でも割と都会的な景観の場所である。

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鉄橋脇から鶴見駅方面を見る。高架橋は奇麗に保たれてはいるが、構造そのものや線路の架線柱の古さは眼に見えて分かる。今にもチョコレート色の電車が走ってきそうな雰囲気である。残念ながら筆者は見ることができなかったが、実際鶴見線には、平成になってもチョコレート色のクモハ12形電車が残存、当時の武蔵白石〜大川間の支線用として使用されていた。