飯田線の旅(19)

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岡谷を出ると高架になり岡谷市街を一望、諏訪湖も遠くにちょっと見えるようになる。
下諏訪に停車、飯田線直通の平岡行き(213系)と最後の行き違いをする。213系、乗っているとなんていうことはないが外から見てみると、やっぱり見慣れない車両だ。
右手に湖が近づき、旅の最後を飾る。ポイントを渡って、いよいよこの列車の終着駅、上諏訪に到着する。17時40分着、始発の豊橋から見たら約7時間にもなる。ああ、長かった?!
何年か前に北海道で根室本線のロングラン普通列車(滝川〜釧路間、私は石勝線経由だったので乗ったのは途中の新得からだが。全区間乗ると8時間かかる!)で移動したことがあるが、それ以来の長距離乗車と思う。このところ新幹線や特急利用が多かったんであまりゆっくりした旅をしてなかったが、景色はゆっくり変わってくれるし、細かい所も含めて楽しめるし、やっぱり普通列車の旅はいいですな!
着いたのも束の間、1番線に来るあずさ30号に乗るべく通路を渡って移動、夏の盛りの上諏訪駅、今日もホームは行楽客でごった返している。自由席は満席、なんとか着席したものの甲府からはどかっと乗ってきて通路まで満杯、もはや車内販売処じゃない状況。恐るべし!ともあれ充実感も満載にして帰京した。
というわけで長らくのご乗車、大変お疲れさまでした。。。(完)

飯田線の旅(18)

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辰野を出て中央線に入る。景色はそれほど大きく変わらないが、駅間が明らかに長くなりスピードも速くなった。さすがは中央線だ。余談ながら辰野回りの旧線は全て単線、岡谷で新線と合流しても上諏訪の先までは単線である。旧線は特急が走らないし普通列車もそれほど多くないのであまり問題にならないだろうが、特急があり普通列車の本数も多い(なおかつ飯田線の乗り入れもある)岡谷以東にとってはボトルネックとなっている。
天竜川沿いに走り、川岸。その名の通り左手は川である。諏訪湖を起点とする天竜川、静岡県内からずっと並行し、時に秘境駅と共に厳しい自然の姿を見せてもらったものの、上流側の方が町の中を流れ護岸もされている。ぱっと見あまり厳しい印象がない(むろん雨期は大変だろうが・・・)。
なおも川沿いに走り、前方に長野自動車道の高い橋が見えてくる。その手前で塩尻から来た中央線の立派な新線が合流してくると岡谷。乗り入れる飯田線列車も多くはここが終点で、0番線(珍しい!)には313系の岡谷止まりが止まっていた。行き違いで停車、下りの「あずさ」に謁見する。この列車は上諏訪行き、なおも中央線を走る。終点まであと2つだ。

飯田線の旅(17)

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というわけでとうとう終点、辰野に着いた!豊橋から195.7km、17時18分着。私は全駅狙いだったので2本の列車に乗ったが、見事豊川からここまで一本の列車でやってきた!そして飯田線全線乗車を達成した。なんか妙な達成感だが、こんなことに楽しみを見いだせるのも旅の良さなのかもしれない。但し全国乗り潰しはまだまだほど遠いのだが(そこまでする気力ももうあまりない・・・)。
先にも書いたが辰野駅はJR東日本の管轄。駅名看板は見慣れた緑色のものに変わる。北陸本線に乗ってきて直江津駅に着いた時も同じ事を思ったが、見慣れているだけにこれを見ただけでなんか帰ってきた気になってしまう。隣には中央線の信州色115系が停車していた(間がなかったので写真は撮れず)。
が、終点に着いたのも束の間、JR東日本の乗務員に交代して列車は何事もなかったかのように発車する。この列車は上諏訪行きなので、ここから中央線に入るのだ。なので、まだ終ってません!実際には今の飯田線で辰野で折り返す列車はほぼ皆無で、原則中央線に乗り入れて岡谷、上諏訪方面(「みすず」は岡谷から松本を経由して長野まで)に乗り入れている。これから走るのは元々存在した中央線のルートだが山を避けた遠回りの経路であり、現在「あずさ」含め大半の列車は岡谷〜塩尻間をショートカットする新線経由になっている。旧線は岡谷?辰野間が主に飯田線乗り入れ列車、辰野?塩尻間は折り返し運転の普通列車が担っている。
まだ本当の終着ではない。このままレポも続けます・・・。

飯田線の旅(16)

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住宅地になって木ノ下を過ぎ、伊那松島。箕輪町の中心部に位置し、駅前はちょっとしたロータリーになっている。213系と行き違い、行き先は見えなかったが後で調べたら上諏訪発豊橋行きらしい。ここまで私がたどって来た道をまた数時間かけて戻るのだ。しかも今17時2分、豊橋に着くのは22時49分。まったく他人事とはいえ気が遠くなる。
次は沢(さわ)、日本代表!(違うって)小和田駅みたいに、ここを訪問する者も増えるのだろうか(おい!)。最近まで行き違い出来たらしく、下りホームの跡がありワンマン列車の案内や、点字ブロックもそのまま残っている。なくなってしまったということは、それだけ需要がなくなったということか。コスト削減の一環かもしれないが、寂しいものだ。中央道をくぐり、また田畑が増えてきて、羽場(はば)。やはりローカル線はこんな景色も、と思う。西日が照りつけてまぶしい。西側に山を見ながら走ると伊那新町。伊那谷もこの辺りまで来るとちょっと狭くなってくる。
ちょっと走るとすぐ宮木(みやき)、辰野の町の住宅地にある。ついに終点の一つ手前だ。最後まで飯田線らしく駅間が短いぞ。余談だが飯田線はJR東海の管轄だが、終点の辰野だけは中央線があるためにJR東日本が管轄している。なので東海管轄の駅はここが最後で、オレンジ色の駅名看板を見るのもこれが最後である。
宮木を出てしばらくすると早くも辰野到着の案内放送、中央線との乗換駅のため接続列車の放送が入る。そういえば豊川を出てからというもの、乗換の路線が一つもなかった。川を渡ると左から中央線が合流、ポイント群を渡る。ついにきた・・・。

飯田線の旅(15)

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下島を過ぎると遠くに山々を見ながら住宅街を走り抜けて伊那市へ向かう。川を渡るとさっきまで右手遠くに見えていた市街地が近づいてくる。
秘境駅の続く大嵐〜天竜峡間を山岳区間のハイライトとすれば、このあたりは都会区間のハイライトと言えるだろうか。列車は工場の間、家々の間、ホームセンターの横を「お邪魔しまーす」と言わんばかりに窮屈そうに通り抜けていく。いかにも都会の私鉄でよく見られそうな光景である。やはり元々私鉄だったからだろうか。そうこうするうちに伊那市駅に到着、大勢の人がここで一斉に降りる。浴衣達もここで降りたのでやはり祭があるのだろう。商店の間をまた邪魔そうに(笑)走ると伊那北。ここも駅は賑わっている。しかしまあ、田園あり秘境ありと思ったら都会もあり(!)と、この路線の見せる景色のギャップは本当に甚だしい。ちなみに、家並みやビル等目まぐるしく変わる町の中を走るので、この辺りの写真を走行中に撮るのはちと無理だった。やはり伊那市で降りて散策しながら撮るべきだろう(なので今回割とまともに撮れた写真があまりなかった。すんません)。
まだ住宅が続くが、田畑も増えて山も迫ってくる。おっと、次の駅は、田畑(たばた)。その名の通り(と言い切っていいのか・・・)駅周辺も、田畑!
田畑が続いたかと思ったら次の北殿(きたとの)は工場が目立つ。そういえば長野中央部も工業地が多いしね。並行する国道に辰野11kmの文字。ついにきた。

飯田線の旅(14)

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ようやく平坦な所に出て、伊那福岡。駅前には古そうな工場がある。ここまで急カーブ、勾配の連続だったがここからまた線形が良くなる。7分停車して213系の飯田行きと行き違い。ここまで対向車は313系ばかりだったので久々の213系だった。16時16分発、もう夕方だ。そんなに乗ったのか。景色が変わったこともあり、もはや豊橋から乗ってきたという事実も忘れそうなくらいだ。まだ続くものの、終点辰野まで後1時間ばかりとなってきた。
直線になって久々に快走する。同時に駒ヶ根市内に入り車窓がまた賑やかになり、乗客も増える。次の小町屋(こまちや)には結構人がいた。住宅街を進み、マンションやビルが見えてきて駒ヶ根。ホームはかなりの人で列車はドア付近が満員になった(2ドアクロスシートなのでドア間の通路に立つのは辛い)。次は右カーブ上にホームのある大田切(おおたぎり)。やはり田切の地形を造った大田切川に由来するが、この辺りはそれほど険しい感じはしない。
宮田(みやだ)でもまとまった乗車、浴衣姿が増えて来たので祭の混雑のようだ。西日がきつくなり、カーテンを閉める。山の麓に車の流れが。中央道か。地図で見ると割と近くを通っているようだが、意外と存在に気づきにくい。赤木を過ぎると信越本線横川?軽井沢間が廃止されて以来、現時点でJR一の急勾配(40パーミル)があるという。混んでて前が見えないので車窓で楽しむとしよう。まずは上りで林に入っていく。いいぞいいぞ。しかし、しばらくすると下って普通の町になってしまった。後で調べたら下りが急勾配だったらしいが、期待していた程のアップダウンはなかった。世界三大、ではないがちょっとがっかり。
そこを過ぎると沢渡(さわんど)、また難読駅名だ。天龍川の七石が飾られている。共に歩んできた仲だもんな。
そして右手には伊那の街が迫る。終点、辰野ももう近い。

飯田線の旅(13)

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上片桐、伊那田島と進むが地形は厳しく、小規模なΩカーブを繰り返す。スピードは出ないが、その分景色がゆっくり見えるだろう。下の町をちょっと俯瞰する感じになり見晴らしは良い。右手はアルプスの山だろうか。伊那田島を出て少し走ると上り線が分かれて減速、ホームもないのに停車した。信号場での行き違いである。ヒマなので路線図で残りの駅の数でも数えてみよう。えーと、辰野までまだ24個あります、はい。このレポももう13本目なんですが、まだまだ終りませんw。お疲れと思いますが、もうちょいお付き合いを。
飯田行きの通過を待って発車。果樹園が見えてのどかと思ったら、また崖に挟まれてとろとろ行く。終ると高遠原(たかとおばら)。時々右側、はるか遠くの下の方に町が有るのが見える。かなり高い所を走っているらしい。上りホームがめちゃくちゃ狭い七久保(ななくぼ)を過ぎて下りつつ右、左にカーブ。相変わらずアップダウンが厳しい。次は伊那本郷。左に崖、右に渓谷を見ながら進む。ちょっとスリリングだが、この辺りは緑を抜けるとすぐまた家並みになるのが、秘境区間との大きな違いだ。また開けて来た所で飯島。ある程度の乗車があった。
高台の上、めちゃくちゃ狭いホームの田切(たぎり)。辺りは田畑の中に家が点在、小川も流れている。また杉林、崖の上をちんたら・・・。川を渡って右に曲がると、向こうに今までは走って来た線路が見える。ここもΩってことだな。後で知ったことだが駅名にもなっている「田切」とは、天竜川に注ぐいくつかの川がこの辺りの台地を浸食したことで出来た崖の多い地形を指すという。ずっとこんな調子で急カーブ、Ωカーブを繰り返しているのもむろんそれに対処するためで、地図で見るとそうなる所ではやはり川を渡っているのが分かる。何気なく見ている地名、駅名、こんな風にその場所の様子をズバリ表しているものもあり、興味深いものだ。

飯田線の旅(12)

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飯田を出るとすぐ桜町、そして山上なのもこの辺りまででこの先はひたすら下っていく。伊那上郷は電車と競争のゴール地点、さあどっちが勝ったかな!掘割、トンネルを抜けつつ進む。ちょっと険しい印象だが下は町で、大型スーパーが目立つ。右に左にカーブしつつもなお下る。線形が悪く速度はゆっくりだ。次は元善光寺(もとぜんこうじ)、善光寺といえば長野市にある有名なお寺だが、その本尊が当初ここに奉られていたんだとか。元善光寺にも勅命により代わりの本尊が安置され、長野市の善光寺しか行かないと「片参り」などと言われるらしい。本数少ない上に距離も相当離れているので、両方行くのはなかなか難儀と思うが。
右手に南アルプスの山々、左手にロードサイド店舗で賑わう国道を見ながら下市田(しもいちだ)へ。次の市田は祭りが有るのかホームにぼんぼりの装飾。田畑も目立つが基本的に家々が途切れることはない。再び登りになって下平(しもだいら)、山吹と進む。山吹は名前にちなんでホームに山吹の花が植えられている。元々は行き違いが出来たらしく、上りホームの跡が残り、線路もかつての分岐のため駅前後で不自然に湾曲している。小高い山にへばりつくように、右左に徐行しながら登る。この辺りはちょっとしたアップダウンを繰り返している。地図で見てみると天竜川近くの市田あたりが低地で、川から離れると登っていくので河岸段丘ということだろう。途中、形がどうみてもトンネルの、古そうな道路橋をくぐる。こういう所もいい。
伊那大島で4分停車して313系天竜峡行きと行き違う。快速「みすず」として長野からはるばるやって来た列車だ。飯田線は本当に、長距離ランナーが多い。

飯田線の旅(11)

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ふと気がつくと車内灯が消えている。もう山ではなくトンネルをそう通ることもないからだろう。次は下山村(しもやまむら)、待合室の運賃表をちらっと見てみたが、駅が多すぎて全部載っていない。今まで来た豊橋方面はおろか辰野方面も載りきっておらず、こんな景色になってもまだまだ先は長いということを実感。一応折り返し地点は過ぎているが、まだ終着まで3時間程かかる。ここから伊那上郷まで、地図で見るとΩの文字に似ていることからΩカーブと呼ばれる。高低差があるために距離を稼ぐもので、伊那上郷まで鉄道は6.4kmあるが直線距離では約2kmしかない。グループで行くと競争ネタにされるのは有名。
「願いを叶える」と縁起の良い駅名として知られる鼎(かなえ)、入場券がお守りとして人気だ。山の上にある飯田の町のビル群が見えてくる。電車と競争する者はこの高低差を上がらねばならない。沿線は商店が増えて来て、地方都市の市街地といった感じになってくる。次の切石(きりいし)は、危険な程急なカーブにホームが有る駅として知られる。私鉄だった頃は小型車だったが、国有化後に大型になったもんで問題になった。3ドア車の場合、真ん中のドアの隙間が開き過ぎで危険な為、乗降は極力両端のドアからするようにとの案内がある。停車中は相当車両が傾き、ちょっと気持ち悪いかも。
川を渡り、左から迫る崖にへばりつくように右カーブする。ここがΩのちょうどターンする所。急カーブで徐行しながらのちょっとした山登りになり、眼下には住宅地が広がる。登りきったところが飯田、路線名にもなっている中心駅である。特急「伊那路」はここが終着で、現時点でここから先に特急はない。着くとちょど伊那路の車両、373系が休んでいた。ここで10分間の停車、ホームに降りて休憩する。少しはうろうろしないと疲れます。313系の豊橋行きを待って14時51分発車、まだまだ旅は続きます。

飯田線の旅(10)

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千代から次の天竜峡まで1.4km、飯田線らしく駅間はそれほど長くない。直接通じる道はないが徒歩や自転車で行けそうな距離である。蛇行する天竜川を鉄橋で越え、対岸のトンネルを抜けると天竜峡である。
かつて愛読していた、所澤秀樹氏の『列島周遊 もっとへんな駅!?』(山海堂)では辰野から飯田線の秘境駅(田本駅)を訪問する旅が取り上げられている。その中でこのトンネルがタイムトンネルに例えられているが、ちょっと失礼ながらもまさにその通りと思えてしまう。
天竜峡はライン下りの拠点、旅館も集まる町で賑わっている。いや、水窪とか平岡とか、ここまでだって町はあった。しかし辺りを見てみると何か様子が違う気がするし、発車し進んでいけばそれは確信に変わる。秘境駅を抱え、寂寥感を演出した山々が別れを告げたかのように遠ざかり、それをバックに田畑あるいは家並がほぼ途切れることなく広がる。飯田や伊那の町がある、伊那谷の盆地に入ったのだ。別に誰がこうした訳でもないが、ちょっとうますぎるというか、信じられないというか、唖然とするような車窓の変化である。
今まで並行してきた天竜川はこの先も終点まで並行するが、ここまで険しさを見せつけられる流れだったが、この先は開けているだけに一見穏やかそうにも見えてしまう。しかし実際は暴れ川として名高い川、次の川路(かわじ)は川沿いの低地で特に洪水に見舞われた地域であり、飯田線のルートも移転している。
時又(ときまた)の先にはトンネルがあるが、もう天竜峡以南ほど険しい所ではない。飯田市街が近づいてきたためか、家並みは途切れぬどころかどんどん増えていき、商店、工場、大きい病院なども車窓に入ってくる。他のローカル線から見たら特に珍しい風景ではないし、飯田線にしてもこの先はごく当たり前の風景だろうが、秘境の地を通って来た者にとっては、まるで別世界に映るといっても過言ではあるまい。