紀伊半島一周の旅(6)

最終日を迎えた紀伊半島の旅、今日は新宮に行って熊野速玉大社のあと、新宮12時44分発の特急南紀6号で紀伊半島東側を回って帰京する。

紀伊勝浦駅、コンコースには紀伊半島の描かれたタイルがあったり、通路が那智の大社をイメージした装飾がされるなど特徴的。

8時43分発の新宮行き普通列車に乗る。住宅地を走って紀伊天満、那智とすぎる。那智までは、昨日もバスで通ったところだ。この辺は駅感があまり長くない。行き違い待ちで長く止まったので少し写真を撮る。

那智の玄関口らしく風格のある佇まい。以前は特急も停車していたそうだが今は普通列車しか停車しない。那智へのバスもここに止まるものの、那智観光の拠点も今は紀伊勝浦となっている。

海沿いを通過して宇久井、三輪崎と過ぎる。工事区間だろうか、途中徐行したがうまい具合に海沿いで、ゆっくりと景色を堪能できた。旅行中これでもかというほど見た紀伊半島の海も、今日でお別れである。

海から少し離れて街に入り、新宮に到着。新宮市の中心となる駅で、紀勢本線はここを境に大阪側が電化、名古屋側が非電化となり、路線の管轄もJR西日本、JR東海の境界ともなっている。

特急くろしおと普通列車はここで折り返しとなるためターミナル駅のようになっており、構内は広い。

駅周辺は大型スーパーもあるなど新宮の市街地で栄えている。駅前からは、東京方面への高速バスも発着する。

駅前には新宮鉄道100周年の記念碑がある。紀伊勝浦〜新宮間は、1912年から翌13年にかけて私鉄の新宮鉄道として開業した区間で、後に国有化されて紀勢本線の一部となった。紀勢本線が全通したのは戦後、1959年のことである。

熊野速玉大社に参拝する。昨日の那智大社が山の上にあるのとは異なり、川沿いの平地にあり、歩いての参拝はしやすい。ただ、あまり訪れる人がいないのか境内は人の姿があまりなく、神社周辺も少し寂しい感じがする。もっともそんなことを言うのも変だろうし、これくらい静かな方が落ち着くというものだろう。熊野三山の一つらしく、社殿は立派である。昨日那智は工事中だったが、ここはしっかりその姿を拝めた。

大社の近くを通る国道42号線沿いを歩く。街の中心近くで土産物屋や飲食店などが点在する。初日の御坊から見ている国道42号線、距離標を見ると浜松から266kmと書いてありまた驚く。ルートとしては浜松から渥美半島を通り、伊良湖岬で伊勢湾フェリーの航路で鳥羽に出てそこから紀伊半島を回るようになっている。実は以前浜松から伊良湖まで、車で走ったことがあったが、そこが国道42号だということは覚えていなかった。

大阪王将でお昼にした。関西は本当に王将が多く主要な駅のエリアにはほぼ必ずある。

新宮駅に戻り12時44分の特急南紀に乗り込む。はじめての紀伊半島だったが良い旅だった。伊勢に七度、熊野に三度と言われるそうだが、これはもうまた来るしかないな!今のところ、伊勢に三度、熊野に一度だ。

新宮駅構内。多くの列車の拠点となっており側線も含めて構内は広い。ホームには、洗面台があった。今となってはちょっと珍しくみえるが、夜行列車の多かった昔は主要な駅でよくみられた設備。国鉄時代は夜行の普通列車も数多かったことだろうがやがて本数は激減した。紀勢本線は東海道線などとともに平成に入っても夜行の普通列車が走る数少ない路線であった。以前は新大阪から新宮まで夜行の普通列車があったが、平成12年にわ廃止されたそうである。

特急南紀6号が入線、いよいよこれで紀伊半島を後にする。少し寂しい気もするが、いつかまた来ます。ありがとう。

紀伊半島一周の旅(5)

白浜から特急くろしお3号で紀伊勝浦に向かう。途中、周参見や串本などに停車する。トンネルで山々を抜けながら、時々海を望むという紀伊半島の典型的な風景が続く。関東近辺でいえば東海道線の熱海付近や伊東線・伊豆急が、似たようなシチュエーションだろうか。地形的にも似ていると思うが、こちらの景色はやはりスケールが違うように思う。

 

 

隣を走る国道に串本町の看板が見えた。本州最南端の町だ。最初はここで降りてバスに乗り、潮岬や大島に行ってみたかったが、接続するバスが限られており那智大社なども行こうとすると調整が難しいことがわかり、今回は断念して白浜をとらせてもらった。ごめんなさい、またきます。。。レンタサイクルもあるらしいので、次回来た時はそれで回ってみるのも良いかもしれない。本当は自力で走ってもいいんだけれど、ランニングしながら観光ってのもあんまり気分が出ない気がする。。。

地図で見ると串本駅のところは本当に先端部になっている。ここまで和歌山駅方面から、だいたいUの字を描くように南東方向へ向かって来たのだが、この先U字の反対側に入り、新宮・伊勢方面へ向けて北上することになる。

この辺りに来ると、車窓からは大島をはじめとする大小の島や奇岩が車窓を飾り、かなり見応えがある。特に串本〜紀伊姫間にある橋杭岩は必見である。朝の三段壁や千畳敷もそうだが、自然の造形美に息を飲まずにはおれない。

古座、太地と停車していく。太地はクジラでも有名な町で、駅の壁面にもクジラの壁画が描かれている。

12時57分、今日の目的地の紀伊勝浦に到着。白浜と並んで紀伊半島観光の拠点で、那智大社へのバスもここから出ている。特急くろしおは、ここの次の新宮が終点で、名古屋からはJR東海の特急南紀がここ紀伊勝浦までやってくる。

 

紀伊勝浦ではオーシャンアローこと283系と初めて遭遇。南紀の海をイメージした爽快感のある塗装、間近でみると改めてカッコ良いと思う。

駅を出て早速、少し遅めの昼食をとる。この辺りはクジラと並んでマグロも欠かせない。行列している店を発見、気になったしそれほど長くなかったので並んで入ってみた。まぐろづくし定食を頼む。まぐろの刺身、まぐろかつ、まぐろの角煮、とおかずが全部まぐろだったが、やっぱり美味い。

腹ごしらえの済んだところで、那智大社へ向かうため熊野交通のバスに乗る。あまり来たことがないのでよく知らなかったが、那智というと黒飴で商店街の入り口にも「那智黒」の看板が堂々と掲げられており、各所で売られている。バスに乗る前に早速購入、喉が潤される。

バスは紀伊勝浦から途中那智駅を通り、那智山に向かう。所要時間は25分程度である。那智駅は紀伊勝浦の先にある紀勢本線の駅で、那智観光の拠点として以前は特急も止まっていたそうだが、今は普通列車しか止まらない。しかし玄関口らしく駅舎は那智大社をイメージしたような構造となっている。

那智駅から先は山登りのルートになる。本格的に「熊野古道」っていう感じがしてくる。大門坂だけでも歩いてみようという人も多いだろう。歩いてみたい気もするが、今の時期は寒い。。。
那智山まで行かずに手前で降りて、まずは那智の滝を参拝。華厳の滝、袋田の滝とともに日本三名爆に数えられている。高い、とにかく高い。300円でお滝拝所と呼ばれる少し高い舞台のようなところへ上がって滝を間近で見ることができる。

那智の滝の入り口にある世界遺産の石碑。平成16年に「紀伊山地の霊場と参詣道」として、那智大社や熊野古道などと共に世界遺産に登録された。

 

 

続いてバスの道を歩いていよいよ那智大社へ、というところなのだが、ここからの石段がまあ長かった。四国香川の金比羅さんにも負けないくらいの数で、上がって来ると下を見下ろすのもちょっと怖いほど。疲れと、この時期の山上ということで寒さも加わってなかなかしんどかった。いやいや、これくらいはしないとご利益は得られないか。。。

 

その大社のお社は残念ながら現在工事中だったが、参拝はできるのでお参りする。すぐ隣には、那智山 青岸渡寺がある。神聖な空間に今まで上がって来た苦労もふっとぶ。西国三十三箇所の第一番札所に指定されている。こういっては何だろうが第一番が那智の山上というのも、なんだかスケールが大きいような。ちなみに第二番は、昨日通って来た紀三井寺。巡礼、修行ということを考えれば当たり前ではあるのだろうが、なかなかハードな行程である。

 

お土産を買ってバスで紀伊勝浦に戻り、この日の宿に入る。今日はよく歩いた。というか那智山、那智の滝のスケールにまた驚いた。さすがは熊野だと実感。。。次は暖かい時期に来て、少し熊野古道も歩いてみたいところだ。

宿に向かうため紀伊勝浦駅に戻ってきたら、ちょうど名古屋行きの特急南紀が止まっていた。明日は最終日、新宮に出て速玉大社に行ったあと、その南紀に乗って帰京する。

紀伊半島一周の旅(4)

二日目を迎えた紀伊半島の旅。紀伊田辺で一泊して、朝7時51分の新宮行き普通列車で出発する。もう少しゆっくりしていたい気もするが、列車は本数が少ないので早めに行動する必要がある。今日は午前中に白浜を観光した後、昼は紀伊勝浦に移動して午後は那智山に行った後、勝浦で宿泊する行程とした。
本当は串本でも降りて観光してみたかったが、旅行の直前まで考えた末に白浜に絞り込んだ。広い紀伊半島、列車での旅の場合移動の時間や距離には制約があり、二泊三日では仕方ないが限られてしまう。串本は本州最南端で潮岬の灯台などは一度行ってみたいところ。またの機会にしよう。

紀伊田辺から先は単線になり本数もぐっと少なくなる。普通列車の車両は昔からの、105系2両編成がワンマン運転。白浜は紀伊田辺から3つ目と近い。

駅からバスに乗り名勝の三段壁、すぐ近くの千畳敷と回る。いずれも自然の造形美で圧倒される。グランドキャニオン、というとちょっと大袈裟だろうか。でも負けないくらいのインパクトはあるだろう。

三段壁は洞窟になっていて、エレベーターで降りて見学することもできる。ここは降りない手はない。華厳の滝みたいな感じだ。

洞窟の中にまで波が入ってくるが、外は完全に太平洋(外海)なので波の勢いが半端無い。しかも今日は波が高めということで特に勢いづいていたようだ。インディージョーンズの世界。

源平合戦の折、この地で活躍した熊野水軍が船を隠したと言われる。その時の様子を再現したスペースも設けられている。

歩いてほど近い千畳敷にも行ってみる。波の浸食によりできた独特の地形。まさに息を飲む光景。歩いて降りて行けるので行ってみるが、この時はもう風がハンパなくて前に進めない、というか目を開けるのも辛いほどだった。
そばにお土産屋さんを兼ねたレストハウスがあり立ち寄ったが、冬の白浜は特に風が強く、この時期には「春待ち風」という強風が吹くことが書かれていて納得した。そしてここではそれのために「立ちはだかる逆風と戦うマント」を借りることができるらしい。先に来ておれば、スーパーマンになれたのか。。。

自然を堪能してお土産屋で紀州名物を物色したところで、元の道を戻る。
白浜の中心部、ホテルが密集している場所に白良浜がある。名前の通り白い砂が美しい、関西屈指の砂浜でワイキキビーチとも姉妹なのだとか。たしかに、写真だけ見せられてホノルル行ったと言われても一瞬わかんないかも???独特な名前だが、白浜の語源となった砂浜だそうだ。

少し歩いていたら、案の定記念撮影のシャッター係を頼まれた。ここはもう、誰でもシャッターを押したくなる場所だ。
今は冬だが、一度は是非とも夏に訪れてみたい場所だ。(ものすごい人なのだろうが・・・)

温泉地として名高い白浜。海岸の近くにも足湯があるのが特徴的。
せっかくなので少しつかって足の疲れを癒す。これはポカポカになる。

バスで白浜駅に戻る。今日のところは乗車距離があまり長く無いし、柔軟に対応できるように特急の指定席はとっていない。ちょうど良さそうな時間の列車として、白浜11時30分発、特急くろしお3号の自由席にしようと思い、それに間に合うバスに乗った。しかしバスが少し遅れてきた上、途中から大荷物を抱えた乗客が多数乗りこんで時間がかかり、それでまた遅れてしまった。白浜駅の乗り換え接続時間は6分間だったが、間に合うか・・・。
少しヒヤヒヤしたが、途中の停留所はそれほど乗る人がいないためバスはそれなりに遅れを取り戻し、列車発車の2・3分前くらいに白浜駅に到着。なんとか列車の到着までに、ホームに入ることができた。
ふぅ〜、まあ旅にはこんなハプニングも時々ある。
さて、少し駆け足だが次は紀伊勝浦に移動して勝浦観光といこう。

紀伊半島一周の旅(3)

現在紀州鉄道は西御坊が終点でその先は廃線となっているが、線路跡が残っており、600mほど行ったところにかつての終点だった日高川駅の跡がある。

西御坊駅付近、車止めで塞がれているがその先一部線路が残っている。

 

終点の日高川駅付近の様子。線路に加えて踏切も「使用中止」の札がかけられたまま残されている。長年風雨にさらされてちょっと痛々しいが、ここまで残っているのも珍しいと思う。

線路周辺に路地が多いため訪問するのは容易だが、現地に書いてある通り線路内は紀州鉄道の敷地となるので、立ち入ったりしないように。

 

少し行くと日高川駅の跡地がある。ここも線路が残っていて終着駅を示すかのように線路の分岐も残っている。こうしてみると今にも列車がやってきそうな雰囲気。ちなみにここから少し行くと駅の名前になっている日高川が流れている。

 

その日高川の堤防を兼ねた県道から見下ろした日高川駅跡、奥が御坊方面。

 

西御坊周辺にきてから雨が再び降り出してしまったので、さっさと西御坊駅に戻る。簡素な駅舎はあるが、ホームまで屋根付きでありがたい。自動販売機も置かれている。時間限定で駅員がいるようで駅員室の設備があるが、この時は無人だった。
駅の壁面には地元の写真家による写真がいっぱい貼られていてにぎやかだ。

無人状態の改札の横には発車時刻表が貼られている。全ての列車と、御坊駅で接続するJRの列車が書いてある。わかりやすくて有難い。ただ、見ての通り終電は20時台と早い。。。

鉄道ファンの多いローカル私鉄らしく、ノートが置かれておりメッセージが書かれている。私も一言書かせて頂いた。頑張って下さい。

 

「日本一短いローカル私鉄」の看板もある。以前は「日本一短い鉄道」だったが、平成14年に関東に芝山鉄道(東成田〜芝山千代田間2.2km、途中駅なし)が開業して、日本一の座を明け渡した。しかし今でも短い部類の路線であることには変わりない。ちなみに芝山鉄道は東成田折り返しはなく全ての列車がそこから京成線には乗り入れているので、あまり日本一短いという実感は薄い。

 

終端部と日高川駅方面を望む。

 

紀伊御坊行きの列車が到着。

 

いよいよ列車に乗る。16時15分発の列車に乗るのだが路線が短くすぐ往復できてしまうため、折り返しになる下り列車は15時34分着、40分も前に入線してきた。路線が路線だけに到着した列車の乗客は、やはりこの路線目当てという感じがする。運転手さん一人になった車内に乗り込む。席に座ると「せっかく来てもらったのに、雨で申し訳ないですね〜」と、こちらが申し訳なくなるような一言をいただいて思わず笑ってしまった。訪問客にも慣れたものである。短い路線だがボックス式のクロスシートが備わり、座り心地はよかった。

静かだった構内に力強いエンジン音が響く。
数名の乗客を乗せて時刻になり発車。ワンマン運転のため自動でのアナウンスが入る。各駅に止まるが隣の市役所前はホームに乗客がおらず、ドアが開かずに発車した。なんだかバスみたいだ。しかし歩いてきてもわかった通り駅間は本当に短く、ほとんど徐行運転と言えるほどのスピードだが、それでもすぐに着いてしまう。

運賃は初乗り1kmまで120円、全線2.7kmを乗り通しても180円である。一見すると安く感じるが、全長2.7kmはJRの初乗り運賃3kmの範囲に収まってしまう数字であり、東京のJR(電車特定区間)の初乗りが140円なので全線乗ると少し高くはなる。駅の距離が非常に近くて本数が少ないところもあり、地元の利用は学生などを除くと厳しい状況である。乗る時は整理券を取るのかと思うとそうではなく、降りるときに車内に出ている運賃表を見て運賃だけを支払う方式である。

紀伊御坊、学門で少し乗車があった。学門では名前の通りで夕方の帰宅時間でもあったので学生の乗客が乗って来た。
少し賑やかになった車内だがあっという間の時間、御坊の中心部を離れて田園風景の中を走り、紀勢本線に合流して終点の御坊に戻って来た。

御坊駅ではJRの駅構内に紀州鉄道のホームが設けられており、改札もJRの改札を通って出入りする。ただし運賃は紀州鉄道の車内で払ってしまうため、その時に運転手さんから清算済票を手渡され、それを駅の改札で渡して外に出ることになる。御坊駅の紀州鉄道のホームは一線のみで、番線は珍しい「0番線」となっている。奇妙な番線で主要な駅ではその後の整理でなくなった駅が多いが、今でも各地探してみると意外と存在していることがわかる。関東では東京の綾瀬駅や千葉の四街道駅に0番線が残っている。

 


一旦改札を出て駅外で用を足し、今度は再びJRに乗る。今日はこの先の紀伊田辺で一泊する。
ここからは普通列車の紀伊田辺行きに乗る。和歌山〜御坊間は紀勢本線の中でも乗客が多いためか4両編成の列車が多いが、ここから先は2両編成ワンマンの列車が主力となっている。113系の先頭車化改造車でのっぺりした食パン顔の車両にあたった。

再び山々をトンネルで抜けながら走る路線となるが、113系らしくモーター音を立てながらの重厚な走りっぷり。17時近くなって日も暮れて来た。途中印南町、みなべ町を過ぎていく。南部駅は一部特急が停車する大き目の駅だが乗客が少なく、すぐに発車してしまった。
芳養駅を過ぎる。「はや」と読む難読駅名。そこを過ぎるとやがて市街地に入り、車窓が賑やかになってくる。終着駅で、今日の目的地である紀伊田辺に到着した。

田辺市の中心駅で規模も大きく、すべての特急が停車するほか普通列車もほとんどがここで終着・乗り換えとなる。拠点駅ということで駅構内には留置線が数多くあり、車両が停泊している。複線区間もここまでで、この先は終点の亀山まで単線となる。和歌山駅からの距離は95.2kmあり、ここまででも結構な距離である。
駅舎は、1932年の開業当時からのもので洋館風のレトロなものである。

外に出るとまだ相変わらずの雨。濡れるので写真もそこそこにこの日の宿へ。明日は半島をさらに南下して白浜、紀伊勝浦方面へ向かう。

紀伊半島一周の旅(2)

御坊駅で降りる。お目当ての紀州鉄道との接続駅だが、列車には乗らず駅を出て街を歩く。紀州鉄道自体全長2.7kmと短く、歩くのや走るのが好きなら普通に行けてしまう距離ではある(こんなことを書いては、乗って欲しい方にとっては申し訳ないだろうが)。また紀州鉄道が1時間に1本の運行で、特急からの乗り換え時間がだいぶある。ちょうど御坊着が12時55分とお昼になったこともあり、今回は昼食をとって御坊の街を散策しながら終点の西御坊までいき、そこから紀州鉄道に乗って御坊駅に戻るルートをとった。

大阪から和歌山にかけて移動するところでは雨が降っていたが、御坊に降りたときには小ぶりになり少しすると止んでくれた。散策をするにあたってはありがたい。

御坊市は紀伊半島の西側、和歌山県の中部に位置している。名前は、浄土真宗の本願寺日高別院がかつて御坊様と呼ばれ親しまれていたことに由来するようだ。地名は「ごぼう」と読むが、「おぼう」とも読める。子供の頃から地図を眺めるのが割と好きで、当時のアニメ『おぼっちゃまくん』(懐かしい!)もあり、和歌山の南の方にたまたま「御坊」の文字を見つけた時には「おや?」と思った記憶がある。(笑)本筋からは外れるが、まあ思いかえすとあの漫画はすごい破壊力だったと思う。古き良き80年代かな。いまやそんなバイタリティ(?)を世間にもたらすものも、なかなか出てこない気がする。

さて、「古き良き」というところでこれから本当にその手の鉄道を訪問するわけだ。沿線の各駅を回りながら歩く。御坊から西御坊まで2.7kmの間に、学門、紀伊御坊、市役所前と、3つも途中駅がある。全長が短いので駅間も当然短く、最初の区間である御坊〜学門の間だけは1.5kmあるものの、それ以外では次の駅まで、わずか300m〜600mしか離れていない。御坊駅から、市の中心と海の方へ向かって伸びており、かつては御坊臨港鉄道という鉄道であった。その後の再編を経て現在は紀州鉄道となっているが、経緯的な所もあり不動産が主力事業で、本社も和歌山ではなく東京日本橋にある(途中の紀伊御坊駅には事業所がある)。

 

市内を通る県道26号と交差する踏切から。単線、非電化の路線、ディーゼルカーがコトコト走る風景が連想される。

 

最初の駅は学門駅、学びの門ということで受験生などの縁起担ぎで入場券などのグッズでもしられる。しかし実態は無人駅でここでの購入はできず、隣の紀伊御坊駅(有人駅)で販売している。学門という駅名は和歌山県立日高高等学校・附属中学校に由来し、実際に学生の利用が多いようだ。

御坊の街は比較的狭い路地による昔ながらの町という感じだ。このあたりから市の中心部に入っていく。御坊もそうだが、JR(旧国鉄)の駅は市の中心から大きく外れており、中心部の交通は地元の私鉄やバス、路面電車が担っていることが多い(金沢、松山なども同様)。

 

学門から数分歩くともう紀伊御坊駅、300mほどしか離れていない。有人駅で立派な駅舎と車庫が付いており、紀州鉄道の中心的な駅である。駅舎では先の学門駅の入場券など、グッズを色々と売っている。記念に、硬券の乗車券セットを購入する。

 

 

駅周辺は御坊の中心部で商店街となっている。

駅の横にはかつて紀州鉄道で使用されていたキハ600形が静態保存されている。オリジナル車両にも見えるが、かつては大分交通で使用されていた車両とのこと。

 

よく見るとそばにはお弁当、サラダ巻などと書かれたのぼりが立っている。今はお店として営業しており車内で飲食できたりお弁当を買えたりするようだ。長年親しまれてきた地元の車両、大事にされていると思う。

 

紀伊御坊駅に来たところで、ちょうど御坊行きの列車がやって来た。1時間に1本、全線の所要時間もわずか8分(往復16分)なので途中駅での行き違いがなく、1両の列車が往復するだけである。今ではオーソドックスな気動車による運行である。

 

駅から少し西へ向かうと国道42号線に出る。紀勢本線とともに紀伊半島をぐるっと回る国道だが、市内でも主要な幹線道路となっており交通量も多いようだ。今となっては多くの地方都市に共通してしまう光景だろうがここでも国道周辺の方が、店舗が多く発達している状況である。

 

国道を南下するとやがて御坊市役所が見えてくる。市役所の先の角を入ってすぐのところに、市役所前駅がある。学門駅同様無人駅で、駅舎もなく簡素な作りである。紀州鉄道は市役所前〜西御坊にかけて、国道に並行するように走っている。

 

次は早くも終点の西御坊、再び国道42号を歩く。
列車は少ないのに、車の量は本当に多い。

 

西御坊駅。かつてはここから先にも線が伸びており日高川駅が存在したが廃線になっている。そちらについては、後ほど回る。

西御坊駅の近くには市名の由来ともなっている日高別院があり、その周辺には昔ながらの建築が並ぶ古い町並みが広がっている。一部の建物は公開されている。観光として歩くのも楽しい。

昔ながらの細い路地と建物。細い道と、この道の曲がり具合など、ブラタモリにでも取り上げられそうな光景。

 

丸い郵便ポストもある。昔は地元にもあったっけ。

 

風情ある建物が並ぶ。あいにく、御坊に降りてから止んでいた雨が西御坊にきてまた降り出してしまったのだが、歩いていて気持ちがよかった。

 

登録有形文化財に指定されている、旧中川家住宅。昭和初期の邸宅で当時の建築技術を多用したつくり。昔はこのような家屋も多く見られたのだろうが、今や貴重なものである。

 

御坊の由来となった日高別院。この時は門がしまっていた。中には幼稚園もあるとのことで、参拝の時間も限られているようだ。でも門だけでも雰囲気がある。この先も良い旅となりますように。

紀伊半島一周の旅(1)

すっかり忙しい中で、昨年出かけた高山のこともまだ書き終えていない状態ですが(笑)
気晴らしにまた乗り鉄してみたくなり二月の三連休で旅行に出た。行き先は、前々から行ってみたかったが、東京からだと鉄道での到達には時間がかかり、なかなか実行に移さずにいた紀伊半島に行ってみることにした。

というわけで、紀伊半島をぐるりと回るJRは紀勢本線と、途中和歌山県は御坊から出ていて以前は日本一短い鉄道としても知られていた紀州鉄道を今回のメインにすることとした。

三連休初日の2月10日土曜日、いつもの通り新横浜駅からのぞみに乗り込む。三連休とあって、行楽客でホームはスーツケースを持った人や家族連れで埋め尽くされている。
まずは新大阪へ向かい、そこから紀勢本線に入る特急くろしおに乗り換える。天気は良かったが寒い。北陸方面などは大雪で大変な状況である。そんな気候を示すかのように、新幹線の車窓から見える富士山は美しい雪化粧で笠雲までかぶっている。新幹線にとっても泣き所となる関ヶ原周辺では、降ってはいなかったもののやはり辺り一面、雪景色となっていた。

関東を出る時の天気は良かったが、大阪に近づくにつれ怪しくなり雨が降り出した。今日の天気は残念ながら、和歌山方面は雨だ。このところすっかり天候に祟られているし、普通の雨ならむしろまだありがたい方だと思わなくてはならない。

新大阪で降りる。寒い・・・。
コンコースに出るとまたすごい人だ。在来線ホームに移動して、特急くろしおが発車する11番線に降りる。紀伊半島方面への観光客か、ここでも結構な人がおり指定席券は売り切れとのアナウンスも入っていた。指定券を買っておいて良かった。しかし私の隣に座る人は、どういうわけかいなかった。

地形の厳しい紀伊半島では海沿いを走る区間が多く、景色は美しいが自然災害のリスクとも隣り合わせである。台風の通り道ともなりシーズンになると風雨の被害も多いが、もっとも恐れられるのは、大地震発生時の津波である。初めて紀伊半島方面の列車に乗ったが、列車には津波避難の際の用具や手順などが備えられており、特急の座席にもパンフレットが入っている。また半島内の各駅にも避難を促す表示が出ていたり、各所の高い建物は「津波避難ビル」として指定されている。

新大阪を発車すると列車は梅田貨物線を走る。しばらく東海道線(JR京都線)と並行するが、淀川を渡り終えると右カーブして分かれる。大阪駅は直接通らずに、阪急中津駅など大阪駅の北側を通っていく。福島駅近くで高架になって大阪環状線に合流する。貨物線ではあるが特急くろしおや、関空アクセスの特急はるかがこの線路を通る。よってこれらの列車は大阪駅を経由せず、新大阪駅から直接和歌山・関空方面へと直通する。
環状線で大阪の街をしばらく走るが、本数が多いこともあってか速度はゆっくりである。天王寺で結構人が乗って、ここからは阪和線、その先和歌山駅からは紀勢本線に入る。くろしおは一部を除き、阪和線内はノンストップである。

阪和線内でもあまり速くなかったが、途中日根野を過ぎると関空方面の列車がなくなって余裕ができるためか速度が上がってくる。同時に和歌山との県境が近づいて峠越えのような感じになっていく。途中山に入り長いトンネルを抜けると和歌山県、峠を抜けると一気に平地に降りて、紀ノ川を渡って和歌山に着く。阪和線の終点で、紀勢本線、和歌山線と接続するため構内は広く、ターミナル駅という感じがする。

ここから紀勢本線となる。和歌山から新宮まではJR西日本、新宮から先亀山まではJR東海の区間となっており、JR西日本の区間では「きのくに線」の愛称が付いており、案内で用いられている。なお、和歌山駅から南海線の和歌山市駅まで単線の路線が存在し、それも紀勢本線の一部とされているが、支線の位置付けであり普通列車が折り返し運転している。

和歌山駅はターミナルとはいえ途中駅のような構造で、紀勢本線も途中の紀伊田辺まで複線化されていることもあり、和歌山近郊は阪和線の延長のような感じもする。言われないとわからないかもしれない。ただ、紀伊半島に本格的に入り陸地はほとんど山になってしまうため、トンネルを交えながら山々と海が連続する車窓となり景色はだいぶ変わって見える。阪和線に比べると全体的に本数も少なくなり、駅も主要駅以外はローカル色が強い感じがする。
桜で有名な紀三井寺を過ぎて、海南市に入り高架の海南に停車する。海沿いということもありこの辺りの都市は工業都市が多く、海沿いはもっぱら化学工場が占めており工業地帯の景色になっている。

カーブやトンネルを繰り返しながら進む。山と山の間、あまり広くないところに町が広がってそこに駅があるような感じだ。
やがて御坊に到着、御坊市の代表駅で紀州鉄道との接続駅。まずはここで降りて御坊の町を歩きながら、紀州鉄道を訪問する。