神鉄アラカルト〜粟生線編〜

それでは続いて粟生線編です。がんばれ、粟生線!

木幡〜栄間にて
IMG_7030

1100形 粟生行き急行

 

IMG_7033

3000系 鈴蘭台行き普通

 

IMG_7036

2000系 志染行き普通

 

IMG_7039

1100形 新開地行き急行

 

IMG_7040

木幡駅と1100形

 

IMG_7045

ちょっと一息(押部谷にて)

 

IMG_7054

ひと休み(志染駅下りホームより撮影、留置線に休む1000系)

 

IMG_7062

志染で折り返しを待つ、1500形新開地行き準急。この日はたまたま1000系列ばかり来て新車がほとんど来なかったのだが、多少のローカルムード漂う駅に昔ながらのデザインの1000系列、なんだかんだでいい味を出している気がする。

 

IMG_7064

1500形と1100形粟生行き急行の並び。

 

IMG_7049

志染を後にする1100形粟生行き急行

 

IMG_7065

レトロな駅と車両と(三木駅)

 

IMG_7069

粟生までもう一息!(三木駅にて)

 

IMG_7081

IMG_7086

IMG_7102

のんびりムードな美嚢川を

 

IMG_7119

終点粟生。お疲れさまでした!

神鉄アラカルト〜有馬線編〜

というわけで神鉄訪問を終えた。本来ならば九州へ行く途中だったのだが、そう来ることのない所ということから今回は神鉄も行程の主軸に置くことにして、出来る限りの時間をとった。なにせ粟生線の3つの駅で下車して、ゆっくり散策したり昼食を取ったりしている。長旅ということで最初から行程はある程度綿密に組んでいたのだが、『ながら』が運良く取れて朝から関西入りすることができたのと、実は今回途中で同行者がいたのだがその人の都合もあって奇遇(?)にも粟生に近い、加古川で落ち合うことになったことから、こんなことが出来たんだと思う。ちょっと感謝したいところでもある。
そんなことで写真の方もまあ結構集まっていたので、またちりばめてみようかと思う。分量が多いので鈴蘭台までの有馬線と、その先粟生線とに分けることにする。とはいえ有馬線では駅から降りていないので、駅撮りの列車ばかりではあるが。ともあれ、頑張れ神戸電鉄!

まずは長田にて

IMG_6983

1352以下4両編成の三田行き普通。
新開地で見たやつです。

 

IMG_6988

1154以下4両編成の新開地行き準急。準急とはいったものの、通過するのは2駅(丸山、鵯越)だけ。。。

 

IMG_6989

1076。増結用か、両運転台になっていて単車運転できるようになっているようだ。

 

IMG_6994

1100形。神鉄では3ドア車が多いが、こやつは2ドア。通勤路線である神鉄、ラッシュ時にはそれなりに厄介ではなかろうか。

 

以下、鈴蘭台にて

IMG_7000

有馬線北鈴蘭台からの強烈な下りを降りてくる3000系。

 

IMG_7003

新開地へ向けて発車して行く3000系。

 

IMG_7004

ちょっと無理が有るが、3000系同士の離合。3000系も数が多いので結構見かける。

 

IMG_7012

IMG_7016

1500形の回送列車。鈴蘭台は車庫があるので、回送列車の往来も多いようだ。こやつ、古そうな外観をしていて製造は1991年だそーで(既に後述の2000系が登場している時代だが)。

 

IMG_7017

IMG_7019

2000系。1991年に公園都市線開業に合わせて登場。一世代前の3000系とは、またモデルチェンジした外観が特徴。後に、同じ車体ながら足回りを一新した5000系の製造へと移行したため、数が少なく割とレアな車種である。2000系は車体こそ新しいが機構としては従来の電車のまま。

 

IMG_6985

こちらが5000系(これは長田にて、前に取り上げている)。1994年登場、2000系と同じ車体ながら足回りを一新し、省エネ化に対応。4両編成10本が存在する主力車種。

 

IMG_7015

最新鋭の6000系。それまで製造されてきた5000系に代わり、2008年に新登場した。が、4両編成2本しかなく、まだまだレアな車種である。この日も運良く、鈴蘭台で留置されているのを見ることができただけだ。5000系とはまた違って車体が一新されており、神鉄で初めてステンレス車体を採用している。

粟生線編に続きます。

神鉄粟生線 途中下車の旅(6)

小野を出るとまた下りになって平坦な所に出て、田んぼの中を走る。神鉄でこんな所は数少ないだろう。

IMG_7113

 

最後の途中駅となる葉多(はた)を過ぎ、加古川を渡る。

IMG_7114

 

川を渡るとJR加古川線に合流し、いよいよ終点粟生に到着である。加古川線、北条鉄道と接続するこの地域の交通結節点となっている。

IMG_7117

 

IMG_7119

停車中の列車。終点ではあるが、加古川線ホームのすぐ隣にある線路一本のみの小さな駅。隣の葉多も一線しかないため、小野〜粟生間は一列車しか進入できない。昭和40年代には小野に停車していた回送電車が無人状態のまま暴走、ここ粟生まで到達し停車中の旅客列車に衝突するという事故も起きたらしい。

 

IMG_7116

ローカルムード満点ですな。

 

IMG_7123

粟生駅駅舎。リニューアルされて奇麗である。改札は一つだけで、乗り入れる全ての路線が共有している。ここに乗り入れる路線は日中は全て1時間に1本だが、うまい具合にここで全路線の列車がお互いに接続している(加古川線は途中駅だがここで上下列車が離合する)。列車が着く時間になると一気に人の流れが出来る。

 

IMG_7121

粟生陶遊館アルテ。陶芸を体験出来る施設だ。

 

IMG_7125

神鉄の隣を通るJR加古川線。後ほど、加古川まで乗車します。

というわけで神戸電鉄の旅もここで終る。粟生線、初めて乗車したがなかなか面白かった。沿線の様子を見ていると、やはりかつて今の倍ほどの乗客があったというのも想像出来るというもので、危機に瀕しているのは残念なことだ。これ以上の起死回生策は・・・なんとか出ないものだろうか。

神鉄粟生線 途中下車の旅(5)

列車を撮り終えて三木駅に戻る。駅のすぐ近くでこんなのを見かけた。

IMG_7105

IMG_7103

神鉄の電車をモチーフにした公衆トイレ。ひと世代前の新車5000系がモデルになっているようだ。

上り線の三木駅舎。下りとは打って変わってこちらは新しい。

IMG_7104

IMG_7110

粟生行きの列車がきた。

さあ、粟生線の旅に戻ろう。本数も少ないし時間も時間なので、今度は終点粟生まで降りずに向かう。
列車は1時間に1本しかないが、学生の利用が多いのか上りホームでは列車を待つ学生が見られた。上り列車が出てからそんなに経っていないので、だいぶ待たされることだろうが。
下りの粟生行きに乗車。車両運用はそう決まっているものではなく古いのから新車まで走るはずだが、今日はたまたまなのか古いやつばかりだった。最新鋭の6000系に乗れることを薄々期待していたが、叶わなかった。4両編成2本しかないのでなかなか捉えるのは難しい。一応、鈴蘭台で休んでいる所だけは見ることが出来たが。
県道23号と並行しながら西北へ進む。さっきもそうだが粟生線は大概線路沿いに県道がほぼずっと並行している。三木市街を進み車窓は賑やかで各方面の大手ショップの支店も集積しているのだが、やはり道路軍配といった印象は否めない。
大村を過ぎた辺りで一旦市街地は終わり、またちょっと山越えチックな路線になる。途中、そんな路線をあざ笑うかのように抜ける山陽自動車道や国道と交差したりする。近隣には山陽自動車道の三木小野インターチェンジがある。
小野市に入り、樫山、市場と過ぎて小野へ。小野市の中心駅で、駅ビルまで備えたかなり立派な駅だが、ここも利用状況は・・・。昨年のダイヤ改正まではここまでが日中15分毎、ここから終点粟生までが日中30分毎だった。神戸に近いんだし人口も比較的多いので、これだけの列車本数があれば通常なら苦労しないようにも思うのだが。海側を走るJRの新快速が同じ15分毎運転でどんどん集客して大成功しているのとは、全く対照的である。やはり、運賃と速度の前にはだろうか。

神鉄粟生線 途中下車の旅(4)

上り列車を待って志染を発車する。座席が埋まり立つ人も出ていて結構頑張っているなと思ってしまうが、1時間に1本である。15分に1本来ていた昨年以前はどうだったかと思うと寂しいものだ。
志染を出るとまた急な下りで降りて行き、右手の視界が開ける。降りていくと恵比須(えびす)。高い所から視界が開けて降りて行くところは5月に訪問した善光寺平に似ている。眺めが良い。
木造駅舎の小さな駅、三木上の丸を過ぎ、三木城趾の横を通り過ぎ美嚢川(みのうがわ)を渡る。なんと字の難しい名前の川です。「嚢」って字が読めないし、書けない。あとで調べたら「胆嚢(たんのう)」の「嚢」の字なんですね。でも「胆嚢」なんて医学関連でもなければ日常使わないし、使うにしたって普通「のう」の部分はひらがなで「胆のう」と書かれることがほとんどでしょう(漢字検定も調べてみたところ、やっぱり準1級レベルの文字だそーで・・・)。別にまあどうということもなくトリビアに終ってしまうわけだが、こうして地名などで気になったものを、色々調べてみるのもなかなか面白いものです。
しかし、昔ながらの鉄橋もいい味を出しているのか粟生線の写真のスポットの一つにもなっているようだ。川を渡って少し走ると三木である。ここでまた下車し、少し逆戻りして先の美嚢川の橋梁を通過する粟生線を撮る。

IMG_7073

IMG_7069

IMG_7065

古そうな車両と看板がなかなかいい味を出している駅構内。

 

IMG_7072

駅全景、大きくカーブしている。

 

IMG_7077

駅舎。上下線別々に駅舎があり、ホームに通路がないため改札内で行き来することはできない。下り線(粟生方面)は昔ながらの造りだ。

駅舎を出て駅前の道を少し行くとすぐ美嚢川。

IMG_7078

 

IMG_7079

IMG_7080

結構大きな川で、川を含めた周囲の景観は味があって良いと思うのだが、川そのものはというとアオコがぎょうさんおったりして、どうにも・・・。

 

IMG_7081

北に向かって歩くと粟生線の鉄橋がある。画面左方向が三木(粟生方面)、右方向が三木上の丸(神戸方面)。

 

IMG_7082

鉄橋の右側、三木上の丸駅の近くの線路沿いに三木城趾がある。かなりの高さがある。そこから俯瞰するように列車を撮ることもできる。前は15分に1本あったから気にならなかったろうが、1時間に1本になったとなればシャッターチャンスも激減・・・。まだ列車の多いうちに、訪問しておれば良かったな。

 

IMG_7088

川沿いの県道を歩いて粟生線をくぐり三木城趾近くに出ると、突如現れるのが「ナメラ商店街」
「ナメラ」ってなんや!

 

IMG_7090

昔ながらの商店街といった感じ。ちょっと寂しさもあるが・・・。三木市中心部に続くように結構な長さが有るようだ。三木は金物の街として知られている。

 

IMG_7089

商店街に入ってすぐの所に三木城趾への階段がある。

 

IMG_7094

長い・・・

 

IMG_7096

横っ腹を見るとこんな感じ、急斜面。

 

IMG_7097

三木城趾の石段の上から眺めるとこんな感じ。こりゃBestな眺めだし撮影にももってこいな感じだ。だが今回はここで待つのは、やめた・・・w

 

IMG_7100

IMG_7102

そして再び美嚢川に降り、やってきた粟生線上り列車を迎え撃つ。色々な角度から見られるが、こんな感じがまあ好きかな。

神鉄粟生線 途中下車の旅(3)

木幡を出て急な勾配を下り、住宅地へと降りて行く。ニュータウン区域に入り栄、押部谷(おしべだに)と過ぎて行く。開発されているとあって乗客は一定数いるようだ。押部谷からは終点粟生まで単線、上り列車を待って発車する。ちなみにここまでが神戸市で、この先は三木市となる。
一旦下ったと思うとここでまたきつい上りになる。とにかくアップダウンの激しい路線だ。登ると緑が丘、粟生線の中では乗客がかなり多い駅だが、ここもバスに追われて苦戦はしているようだ。しんてつみどりがおか保育園が駅前にある。
左には木幡からずっと県道22号が並行している。車がかなり多い。右にはため池が目立つ。広野ゴルフ場前を過ぎる。
急に右手の視界が開けて、眼下に町が広がる。さっき緑が丘までに登ってきただけあってかなり高い所にきていたようだ。直線になり、速度が70km/h以上になった。神戸電鉄で60km/h以上スピードを出せる区間は少ない。
県道22号にロードサイドの店舗が続くようになると志染(しじみ)。ここも駅周辺は開発されちょっとした拠点になっていて乗客が多い。2012年にダイヤが見直されてからは、昼間1時間に4本あるうちの3本がここで折り返し、この先粟生方面は1時間に1本しかない。以前はこの先も小野まで1時間4本、終点粟生へは1時間に2本運行されていたが、激減している。
志染でちょうど良い時間になるので、下車して昼食にする。あ、ちなみに途中下車とか書いてますが乗車券はその都度買っております。ちなみに神戸電鉄ではIC乗車券は使えません。

 

IMG_7046

IMG_7049

志染を出発する粟生行き列車。

 

IMG_7055

駅構内。2000系の折り返し新開地行き準急が停車中。折り返し列車も多いため、構内は広め。乗客の数も粟生線内では多い。でも昔はもっと賑わっていたことだろうが。

 

IMG_7058

駅舎

 

IMG_0004

本日のランチ。駅近くの県道沿いにある100円パンのヤキタテイにて(ネーミングが凄いな)。尼崎、神戸、姫路など兵庫県内で主に展開するパン屋さんです。名前の通りパンはすべて100円(税込105円)、店内で飲食することができ、ランチでパスタセットなんかもあります。パンをつけられるので、人気No.1というグラタンパンをチョイスしました。
実は店内ではよく当たるらしい福引きをやっていたのですが、無料サービスでついているものではないらしく、筆者もくじ運のなさでは自信満々(!)なのでやめました・・・w

神鉄粟生線 途中下車の旅(2)

さて、粟生線に足を踏み入れることにする。
鈴蘭台を出ると有馬線から左カーブして分岐、複線で直進する同線とは異なり、こちらは2つ先の西鈴蘭台まで単線になっている。また急カーブしながら強烈な上りで進んでいく。ちょうどその途中右側に北区役所が構えている。
短いトンネルをくぐって上りが終ると鈴蘭台西口。そこから500mほど進むとすぐ西鈴蘭台。このあたりまでが鈴蘭台の街の中といった感じである。しかし駅名が紛らわしい。
西鈴蘭台からは複線になるが、街は一旦ここで終わり山間部を走行する。ここまで座席が結構埋まっていたが、多くの人が西鈴蘭台で降りてしまい先頭車の乗客は数人だけになった。まだ粟生線に入ったばかりというのに。
粟生線で標高が高いのもこの辺りまでで、ここからは急な下りが続く。時速45km/hくらいと遅い。途中、頭上を阪神高速道路が横切る。
下りが一段落したところで藍那(あいな)に着く。駅の周囲はちょっとした集落になっているが特に開発されている訳でもなく、乗客はかなり少ない。狭い地域で民家の裏にはすぐ崖が控える。隣の木津もそうだが、昼間の列車が一部急行になったため停車する列車が減っている。
藍那でまた単線に戻る。途切れた所も複線にすべく用地が一部準備されたが工事は止まっているようだ。なおも急な下りが続く。逆方向の上り列車には心臓破りの登りだ。車内灯が消えて車内が薄暗くなる。
途中の信号場でまた複線に戻り、線形も少しましになったかスピードが出てくる。山間部を抜け出て沿線には田畑が広がるようになる。木津を過ぎ、見津車庫の横を通り過ぎる。この辺りから開発区域になってきて、前方にはニュータウンの住宅地が見えてくる。次の木幡(こばた)でちょっとここで降りて歩いてみる。

駅周辺は山がちな地形だがびっちり宅地化されており、一見需要には困らないように見える。しかし利用者数はどうも芳しくなく、ことに昼間はほとんど人がいないようだ。ニュータウン区域とあって通勤ラッシュ輸送がメインということもあるだろうが、一つ思ったのは駅へのアクセスがどうも辛い気がする所。駅は北側にある山にへばりつくような高台にあり、並行する県道22号線を渡った南側が住宅地なのだが、ちょうど県道の所が谷になっていて、駅からは坂を一旦降りて登ってをしなくてはならない。県道経由で自動車で神戸都心部へ出られるし、神姫バスの三宮行きの路線も通っているので、これでは駅へ足が向くかどうかという感じである。

IMG_7024

IMG_7022

IMG_7021

 

 

IMG_7030

粟生線木幡〜栄間を走る1000系。

神鉄粟生線 途中下車の旅(1)

鈴蘭台からはいよいよ粟生(あお)線に乗る。
粟生線は神戸市北区の鈴蘭台から、三木市を経て、小野市の粟生までを結ぶ路線。起点は鈴蘭台ではあるが列車は原則新開地まで乗り入れているので、神戸都心への便は一応図られている。
もうあまり詳しく書かずともネット検索すればその手の情報があふれてしまっているし、「粟生線」の名前を聞くだけで「あ〜あ〜」とか思うだろう人が目に浮かぶのが、何とも悲しいところである。乗客数はピーク時の半分以下にまで落ち込み、近年はことに毎年10億円以上の赤字を計上しており累積赤字は100億円以上に達し、兵庫県や自治体などからの支援などもあって路線を維持するような状況になり存廃問題も取りざたされたりしている。一応、直近の廃止はどうにか免れたようではあるものの、いまや神戸電鉄の電車内には「乗らないと残りません」のポスターがもうまるでSOSのごとく貼られているほどで、ある意味「末期」とすら言える状況が目に見えるほどになっている。

兵庫県や自治体の支援(無利子貸し付け)、本数削減などの経費削減もあって、2012年度に関しては赤字は12年ぶりに10億円を切ったとはいうものの、乗客数については667万人で前年度比15万人減だったという。
定期客向けには、神戸電鉄線を含まない(定期券所持だった場合は、神戸電鉄線をその中に含んでいない)交通手段で通勤していた人について、本年4月1日~10月1日までの新規発行分の6ヶ月定期券購入で半額を補助する「粟生線通勤Come Back補助制度」なるものを開始している。
定期外客の取り込みとしておでかけガイドの作成、各種イベントなどを行っているほか、2012年には平日昼間(10時~16時)と土休日(終日)に使用出来る「粟生線~三宮 平日昼間&土休日お得きっぷ」の試験販売が行われた。今年は『神鉄おもてなしきっぷ2013』を販売して集客につとめている。大人券1000円、小児券800円、神戸電鉄が1日乗り放題のフリー乗車券と、近隣のお店で使える「おもてなし券」などがセットになっている。
ある日、遠く離れた東京は渋谷駅のコンコースで、地元小学生がこの路線のことを取り上げて作成したポスターを見かけた。日本民営鉄道協会による、「第6回『私とみんてつ』小学生新聞コンクール」で最優秀作品賞を受賞したものとのこと。実際に乗車して利用状況も観察されており、しっかりレポートされていて思わずその場に立ち止まって見入ってしまった。

神戸市や隣接都市を結ぶと有って、実態としては沿線がベッドタウンとして開発され、通勤路線である。そう乗客減に困るとは思えないような環境である。しかし、この鉄道特有の線形の悪さがあって速度はあまり出ず、かつ大部分複線の有馬線とは異なり単線区間が多いこともネックとなっている。急行、快速なども運転されているが複線区間までに限られているので、そんなに通過する訳ではないし短縮効果も劇的というほどではない。そんな中でモータリゼーションの進展や、周辺道路の状況改善、バス路線の開設もあって、乗客の転移が進んでしまったようだ。近隣はニュータウン開発されているものの駅から少し離れている所が多く、今はそこにダイレクトに三宮とを結ぶバスが乗り入れるようになったことも要因と言われている(三宮とはある程度距離が有りルート的にはちょっと山越えでもあるものの、阪神高速など道路網が整備された今は別に問題でもない)。
2000年頃まで、途中からホームが短いため4両編成が入れず途中駅で乗り換えを余儀なくされたり、日中15分に1本で来る区間が限られておりそれ以外は30分に1本しか来ないという感じだった。しかしその後ホームを延長して4両編成で全線運転して乗り換えをなくしたり、15分に1本で走る区間を大幅に延長するなどしている。利便性という点だけを見れば以前より大幅に向上している。しかしどうにも、その改善策は実を結ばなかったか・・・。
ワンマン運転、駅無人化なども進めてきたがそちらはほとんどやり尽したかのような感で、2012年にはついに、運行面では昼間時間帯を中心に乗客の少ない区間を大幅減便(15分に1本だったのが、わずか4分の1の1時間に1本にまで減便!)したほか、昼間の電車のほぼ半数は急行に格上げし乗客の少ない駅を通過とすることで一応の速達化も図ったものの、どの程度まで行けるかと行った所だ。

鈴蘭台を出て急坂を登って行く粟生線列車。

IMG_7007

神戸電鉄へ(3)

長田から再び下り列車に乗る。今度は1000系。見た目は年代物に見えるが、車内は割と状態が良いようだ。
丸山、鵯越(ひよどりごえ)と進む。鵯越といえば源義経が逆落としを行った所という説が出ている所でもある。もっとも今や当時の面影もないほど、山という山はかなり開発されてしまっているが。

IMG_6997

 

鵯越あたりで住宅地は一旦途切れ、ガチの山岳区間を走るようになる。トンネルを抜けると2005年に営業休止となった菊水山を通過する。周囲にそれといったものはなく、利用客はどれくらいいたのだろうか。普通電車でもほとんどの列車が通過、1時間に1本くらいしか止まる列車はなかったそうだ。ホームは今もそのまま残されている。

ダムの横を抜けて長いトンネルに入る。ここはダム建設に伴って付け替えられた区間らしい。トンネル内は直線になっていて、速度制限の多い神戸電鉄の中では結構スピードが出る。60km/h程で走行していた。
トンネルを抜けて再び急勾配、急カーブで山間を抜けて行く。眼前に鈴蘭台車庫が見え、神戸電鉄の車両群が休んでいる。そしてそこを抜けると、今までごく自然な山の風景だったのが打って変わって、都市になってしまう。ここから鈴蘭台の街に入り、名前の通り鈴蘭台駅に到着する。

鈴蘭台は文字通りの山上都市。ここから2駅、有馬線を進んだ所に山の街という駅があるが、本当にそのまんまといった感じだ。新開地からここまでほぼひたすら登って来たとあって、このあたりの標高は概して300m前後、東京タワーの高さ程になる。
街そのものの高さもそうだが街中の起伏も非常に激しい。見た感じ鈴蘭台駅を囲むようにすり鉢状の地形になっていて、周囲の建物や住宅は総じて高い所にある。駅周辺の道路を見るとひたすら急坂である。自転車で移動なんてものなら電動アシストがなければ息切れしそうだ。ここに居を構えたらさぞ健脚になることだろうか。まったく、こんな所によくぞ街なんか造ったものだと感心させられる。

歴史は古く、昭和初期に今の神戸電鉄がこの地に開業した際に、東の軽井沢に対するような避暑地として人気を集めたという。その後昭和30年代になって宅地開発が進んで都市化した。元々神戸市内で、兵庫区に位置していたが、人口増加で分区されて北区になり区役所が置かれている。鈴蘭台という名前は公募によるものという。余談ながら、ダチョウ倶楽部の上島竜兵さんの出身地だそうで。

鈴蘭台駅は車庫が隣接するのと、粟生線が分岐するとあって構内は広めである。北区の中心とあってか乗客も多い。

IMG_3022

IMG_3020

IMG_3021

 

下りホームから見た駅周辺の様子。駅を出るとすぐ急坂だ。

IMG_3023

神戸電鉄へ(1)

新開地に戻って神戸電鉄に乗車する。他に乗り入れのない始発駅だけに3線あるターミナル駅になっている。電車が発着するとそれなりの乗客の流れはあるが、神戸電鉄自体が3、4両編成と短い電車のため少し経つと空いてしまう。東京ならまずあり得ないことだ。

神戸電鉄は有馬線、三田(さんだ)線、粟生(あお)線、公園都市線の四路線から成る私鉄。有馬線は湊川〜有馬温泉間、三田線は途中有馬口から分岐して三田へ向かう路線だが、実質的な運行形態としては輸送事情に合わせてか新開地から有馬口経由して三田へ行くのが一本の列車となっていて、有馬温泉へは有馬口から一駅であるがシャトル便に乗り換えとなっている。粟生線については有馬線の鈴蘭台で分岐するが、基本的には列車は新開地始発である。結構な路線網を持ち、元は準大手私鉄に分類されていたが、現在は中小私鉄らしい。。。
以前「山間の通勤路線」というタイトルで、一度取り上げている。そのときは谷上以北だったため新開地の方には来ておらず、ここから乗るのは初めてだ。ちょっと繰り返しになるが文字通り、六甲山系周辺に広がる、神戸市北区やその周辺の街を結ぶための山越え通勤路線である。車両自体はロングシートの遜色ない通勤電車だが、路線は急なアップダウンと急カーブが見事に揃っている。南海高野線の橋本〜極楽橋間もそうだが、50‰の急勾配を随所に持つ。南海や富士急などと、「全国登山鉄道‰会」に加入している。そんな路線なもので設備や車両の導入、メンテナンスの条件も非常に厳しく、急勾配に耐えられるものでなくてはならない。必然的に費用がかかってしまい、それが結果として「高額運賃」として跳ね返ってしまっている。初乗り運賃は170円と地下鉄並みに高いし、ちょっと距離を乗ると300円、500円と普通に行ってしまう。近年、ここ六甲山周辺も阪神高速道路始め道路が猛烈な勢いで整備され、交通手段もマイカーや高速を使う路線バスなどが勢力を増しており、益々苦境に立たされている。始発駅が新開地であり中心の三宮へは乗り換えなくてはならないこと、神戸高速鉄道の運賃を別に取られてしまうことが、また足かせになってしまっている(ちなみに路線バスは多くが三宮にダイレクトに乗り入れるため、その点も大きな脅威である)。山の街で鉄道がやっていくのは、もはや難しいのだろうか。
新開地と言わず三宮まで路線を延ばしておれば(それも神戸電鉄の運営として別運賃にせずに、だが)、また違ったのではないかと思うのだが。今となってはいかんともしがたいか。
実のところ旅日記なのだしあまり交通評論っぽいこと(それも重々しいことを)をつらつら書くのもどうかと考えてはみたのだが、この路線に関していえば、やっぱり多少なりとも周囲を取り巻く状況や現状について、触れずにはおれないと思う。先に入場券を入手したという所にも関わるが、今回は粟生線を初めて訪問する。後にそれなりのことは書くつもりでいるが(余所者なのでどこまで触れられるか全く自信はないが)、今やネット検索で「粟生線」と検索しても出て来る単語はほぼ決まったようなもので、マイナス面が拭えなくなってしまっている。
ちょっと難しい話が続いたんで、最後に新開地駅の模様から。

IMG_3018

IMG_3014

1000系。1965年登場。だいぶ年季の入った感じはするが、山岳路線用とあって造りはしっかりしているだろう。長期間に亘り100両以上製造されており、適宜組み合わせて編成を組成している。
いくつかグループが有って1100系、1300系などと色々分かれているようだが何が何だか筆者には良く分からない。結構な数がいるので神戸電鉄では見る機会も多い。
神戸電鉄は基本的に3ドア4両編成。時々3両編成とか、2ドアのやつもいる。少し前は5両編成が最大だったが、今はない。山岳とはいえ乗客の多い通勤路線なので、列車1本が短い分本数が多く設定されているようだ。昼間は三田行きと粟生線直通が4本ずつ(新開地発で8本/時、但し粟生線直通のうち毎時2本は急行)、朝のラッシュ時には最大で20本程度運転されている。

 

IMG_3016

3000系。1973年登場。アルミ車体となっており、アルミ地肌の銀色とアクセントのオレンジ色という特徴的なカラーリングから「ウルトラマン電車」とも呼ばれる。90年代くらいまでの書籍ではこれが神戸電鉄の代表として写真に出ていることも多かったかと思う。