旧国鉄下河原線跡

数多くの鉄道路線網の中で、種々の事情により残念ながら廃止になってしまった路線の数々。そもそも用がなくなったものということで、大概は他の構造物や道路用地などに転用されて跡形もなくなってしまい、ほんの一部だけでも何らかの形で整備されて残っていたら、実に運が良いというべきものである。時には沿線の自治体の手で、遊歩道として立派に整備され、設備の一部がオブジェのように残されていることもあるが、そんな例は本当に数少ない。
府中市内にある遊歩道、下河原緑道。府中駅近くの国道20号線(甲州街道)から南下して多摩川付近(下河原)や府中競馬場を目指すこの遊歩道はかつての国鉄中央線の支線、通称下河原線の跡を府中市が整備したものである。都内とあって気軽に訪れることが出来る上、そもそも鉄道路線の廃線自体が都内には比較的少ない(都電とか玉電とかはほとんどなくなりましたが、まあ軌道線でほとんどが道路上ですからね・・・)こともあって、なかなか貴重なスポットではないかと思う。京王線の府中駅、JRの府中本町駅から近いのと、周囲に府中市郷土の森や大国魂神社などのスポットも点在しているので、それらを含めて散歩するのも楽しみの一つである。
歴史をたどると明治43年に東京砂利鉄道として、国分寺駅を起点に多摩川沿いの貨物駅である下河原へと向かう路線が開業した。砂利鉄道というだけに多摩川で採取された砂利を輸送するのが主目的であったが、当時はこんな形で関東を流れる川で砂利の採取が行われ、主要な川には大概貨物の鉄道が敷かれていた。目立った廃線としては相模川に通じていた相模線の支線なんかもそうである。後、大正9年に国有化されて中央線の支線に編入、昭和9年には途中で分岐して東京競馬場へ向かう線が出来て、旅客輸送も行うようになった。
しかし戦後、この地に武蔵野線が新たに開業することになり、府中本町~西国分寺間では路線が重複することになった。まず昭和48年4月1日に国分寺~東京競馬場前間の旅客輸送が武蔵野線開業と引き換えに廃止、西国分寺から北府中の先までは、途中の北府中駅も含めて同線にそのまま転用された。一方下河原へ向かう貨物支線は武蔵野線に編入され、北府中から分岐する形でしばらく残ったが、こちらも昭和51年に廃止され、ついに路線は姿を消した。その後、この分岐する線路跡の大部分が遊歩道として整備された。
今回は府中本町駅をスタートに遊歩道の全てを辿ってみることにした。

腹ごしらえをしたらいざ出発。まずは府中街道を少し南へと歩き、東京競馬場の入口を過ぎる。入口を少し過ぎた所で小道があり右折すると遊歩道にと入る。かつての東京競馬場前駅へ来ていた路線の部分だ。
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今でこそ東京競馬場というと京王の府中競馬正門前駅が思い浮かぶが、かつては国鉄も競馬場までやってきていたのだ。子供の頃読んだ古い本には中央線の駅として東京競馬場前駅が書かれていたが、当時はそんな事情をもちろん知らなかったので「何で中央線がそんな所に来てるんだ、競馬場といえば京王線だろう」と、真面目に思っていたのだった。
JR南武線の線路を地下道でくぐる。ちょうど終点の府中本町に着いた武蔵野線の電車が、折り返しのために引き上げ線で待機していた。

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くぐると小道だったのが、並木を交えたちょっと大掛かりな道になる。自転車と歩行者とでレーンがしっかり分けられているようだ。ここまで整備されているのは、遊歩道としても整備されている方ではないだろうか。府中本町駅に近いこともあって、道を通る人自体が結構多いようである。少し歩いていくとオブジェが有った。

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電車ごっこのオブジェ。説明を見ると「軌道敷の跡地が市民の憩いの場、子供達の遊び場となった事を記念し…」とあり、線路の跡地であるということが分かる。電車ごっこは子供の憧れ。線路跡を利用したこんな長い遊歩道で電車ごっこなんかしたらさぞのびのびできて楽しいことだろう、と大人でもふと思ってしまいそうである。

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オブジェを過ぎるとまっすぐだった道が徐々に右カーブし始める。こんなカーブを描く辺りはいかにも鉄道廃線跡という感じがしてくる。少し行くと左からもう一本の遊歩道が寄り添ってきて合流する。そちらの道はかつての下河原駅へ繋がっていた線路の跡で、ここがちょうどその分岐のポイントがあったということになる。残念ながらここでレールなどの鉄道の設備は何も残されていないが、道の形状からして面影は十分感じられるだろう。

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ここで一旦折り返して、先ほど合流して来たもう一本の道を下河原へ向けて歩くことにしよう。歩いていくとちょっとした公園があって花が植えられている。

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その先では中央道をくぐる。中央道の最初の開通は昭和42年、調布〜八王子間だったということで、この辺りが一番最初に開通した所である。その当時は下河原線がバリバリ現役だったことになる。

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中央道を過ぎると駅から少し離れ、多摩川も近づいてくることもあって景色が変わってくる。建物が少なくなり周囲は畑が中心になる。緑道もあるようだ。ちょっと進むと畑が増えるのはこの辺りの特徴的な景観だろう。「のほほん」とした気分に、少しはなれるんじゃないだろうか。

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右カーブして府中市郷土の森に沿って進む。

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曲がりきって少し進むと普通の道路の歩道に合流して遊歩道は終わりである。この先前方に広大な敷地が有り(今は高齢者関連の施設を建設中のようだ)、この辺りがかつての下河原駅が有った所のようである。

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歩いて来た道を戻り、甲州街道方面へと向かう。先の合流地点まで戻ってさらに進んでいく。
県道16号を横断歩道で横断する。ちょっと左へ行くと府中税務署。

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渡ると上り坂になっていく。南武線を跨線橋で越えるためだ。貨物列車がちょうど通りかかった。

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木々とベンチが有って休憩所っぽくなっている。緑道の地図も。

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旧甲州街道を渡る。

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だいぶ終わりに近づいて来た。というか起点の近くというべきか。
この辺りまで来ると設備の一部が少し残されていて、レールなども残っている。

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道路を横断するわずかに残ったレール。

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高架の京王線をくぐる。
平成に入るまで府中は地上駅だったが、ここだけは下河原線を越えなくてはいけないので古くから立体交差であった。幼い頃は府中駅がまだ高架化される前、分倍河原へ向けて発車すると線路はすぐに上り坂で盛り土になり、府中街道と下河原線の跡を乗り越えて地上に降りていた。

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京王線と交差するとすぐに国道20号甲州街道、その先に見える広場が遊歩道の起点。
ここだけは横断歩道がないので一旦迂回、府中街道の横断歩道を渡る。
甲州街道は相変わらず交通量が多い。

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下河原線広場公園に出る。だいぶ手が入っているような感じはするがレールや踏切の跡が残っていてそれなりに感じは味わえると思う。

公園入口

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中央には歴史の説明とホームのオブジェがある。(但しここが駅の跡だった訳ではない)

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跡地として残されているのはここまで。かつての下河原線はここから北に少し行った所でトンネルを走ってきた武蔵野線に合流する。