長野電鉄(1)

JRと接続する長野駅をターミナルとして、志賀高原の玄関口でもある温泉地湯田中へ向かう私鉄路線。地方の私鉄にしては長い路線で、観光客も多いほか長野近郊の通勤需要にも応えている。観光面では専用の車両による特急列車が運転されているのが特徴で、現在は小田急ロマンスカーを譲り受けて運行開始された『ゆけむり』号が看板的存在である。

JR長野駅善光寺口前、長野大通りの直下に位置する長電長野駅。長野駅周辺の地下道も兼ねており東口まで歩いて行くことができる。改札口は広めでベンチが多数置かれ、鉄道グッズや特産品が売られている。改札は駅員による有人改札である。

長野駅から3つ先の善光寺下駅の先までは地下化されており、地方の私鉄では珍しい地下鉄となっている。しかし、(地方の鉄道としては本数の多いほうではあるが)昼間は普通列車で20分〜30分間隔というダイヤなので、大都会の地下鉄のように「待たずに乗れる」というわけには行かず、時刻表は確認しておく必要がある。列車の編成も短く、普通列車は最大でも3両編成である。

改札を入るとさらにもう一層おりて地下2階にホームがある。2面3線のホームで、少々幅が狭く都会に比べると小ぶりではあるがいかにも私鉄のターミナルらしい。設備は地下化当時からあまり変わっていないようで少々くたびれた感じもしなくもないが、駅名票は駅番号もつけられており都会の地下鉄とあまり遜色ない感じだ。

信州中野行きの普通列車に乗り込む。以前の車両は看板の特急用2000系を始めオリジナル車両も多数あったが、現在はすべて他社から譲受したもので最近は東急からやってきた8500系が主力である。かつて営団日比谷線(3000系)で活躍していた3500系も在籍し、8500系の投入で数は減らしてはいるが活躍を続けている。

発車して暗闇を進んでいく。しばらくの間は本当に大都会と変わらない地下鉄である。こう言ってはなんだが本当にここだけ乗っていると長野県内という感じがあまりしない。

ただ、途中駅に着くと都会の地下鉄と様子が違うのが、どうにも目につくところだ。長野を出てあまりスピードを出さないうちに最初の駅、市役所前に着くが、さっぱり人気がない…。コンクリート打ちっ放しの壁と照明も少なく薄暗く少々不気味である。

次の権堂は市内中心部の繁華街最寄とあって、人も少し多めだった。
最後の地下鉄となる善光寺下。参拝帰りか、それなりに乗車があったものの、ここも寂しい感じが否めない。善光寺の最寄駅でお寺へは駅を出て東参道を10分ほど歩いていくと行けるが坂であるし、長電の本数もそれほど多くないのでアクセスルートとしてはあまり認知されていないだろう。長野駅からバスで行くのが一般的で、そちらの方が門前に到着できるし本数も多い。
ちなみに善光寺帰りに善光寺下から長野まで、敢えて長電に乗ってみたが、20分くらい列車が来ず、こちらのホームには誰もいなかった。薄暗い駅ホームは静かなもので列車が本当に来るのかという感じで、駅上の通りの救急車のサイレンの音が普通に聞こえるくらいであった。

地方私鉄では珍しい地下鉄区間が続く。善光寺下駅
地上に出て本郷。途中朝陽までは複線で、私鉄路線らしい風景が広がる。しかし桐原のように木造駅舎の駅もあるなど、地方の私鉄らしい風情を感じられる所もあるのがいい。

信濃吉田は駅前にマンションが何棟か立ち橋上駅舎を持つ。都会の私鉄の駅といった感じで乗降も多い。しなの鉄道の北長野駅も至近である。

この先、北陸新幹線、しなの鉄道と交差し。カーブしながら急坂を下っていく。千曲川近くに出るためだろう。

次の朝陽から単線になる。しかし今は朝陽で折り返しの列車はなく、特にここから本数が減るということもない。複線区間であっても単線並みの本数で、地下区間で3500系1本とすれ違ったほかに遭遇する列車はなかった。そんなところはちょっと寂しい。

柳原で8500系と行き違い。構内踏切を持つ。単線区間ではあるが行き違い待ちは長くなくそれほど待たずに発車する。


この先の村山橋で千曲川を渡る。近年架け替えられており真新しい。トラス橋だが、鉄道と道路で橋が共用されており、すぐそばに自動車を追い抜きながら走る。速度もかなり乗っていて気持ちが良い。

橋を渡ると地上に降りて村山、上信越自動車道をくぐる。直線を進んで日野、片面ホームの無人駅。単線区間では、行き違いできない駅がところどころある。

山が目の前に迫ってくるが、周囲はそれとは裏腹に須坂の市街地に入って行く。長野周辺の主要都市。家並みが途切れることがない。

車庫が広がって須坂駅に到着。長野電鉄の中心的な駅でもあり始発、終着になる列車もある。

赤帯が外され、営団日比谷線3000系時代の全面銀色の姿に復元された3500系が一本留置されていた。筆者の幼少時代、日比谷線にはまだ3000系が走っていたものの、日比谷線自体乗ることがほとんどなかったので、3000系を生で見たことは一度もない。時期的には既に新車03系への置き換え前後で引退も迫っていた頃だったので、仮に日比谷線に乗ったとしても3000系に出会う確率は低くなっていただろう。

駅の上には歩道橋がかけられていて、車庫のある駅として鉄道スポットとなっている。歩道橋の側面は壁になっているが、線路の上に当たるところだけはご丁寧に窓が設けられていて、そこから眺められるようになっている。

長電オリジナル車として活躍したOSカー10系も留置されている。営業運転に入ることはなくちょっと痛々しい感じもするが、貴重な姿を見ることができる。

    長野駅を歩く

    『しなの』で長野駅に到着。長野市内を散策しながら善光寺へ行ってみることにする。
    だがちょっとその前に、長野駅に初めて降り立ったので、まずは構内をぶらぶらしてみるとしよう。

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    駅名票。標準タイプのものの下に、善光寺の写真の入ったものがある。一部の駅では観光客向けか、ご当地タイプ(?)の看板がある。

     

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    構内の様子。ターミナル駅らしく広々とはしているが、ホーム数は前よりも減らされているという。長野新幹線開業に伴う、在来線の系統縮小の絡みもあるだろう。写真では奥が2番線、手前が4番線。1番線は廃止されて現存しない。手前の4番線は大胆にも、ホームの途中で線路がぶった切れている。

     

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    4番線は飯山線ホーム。途中豊野まで信越本線を走り、そこから飯山、野沢温泉、十日町などを経て越後川口へ向かう。

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    4番線の反対側には3番線があり、しなの鉄道が発着する。

     

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    階段を上がって駅舎へ。改札を出ると自由通路になっている。ドーム型でガラス張りの天井は開放感があるものの、全体的に見て長野駅としての個性といえばやっぱり弱い。似たようなものとして品川駅を連想してしまう。人口30万規模の県下最大都市の駅という感じはするものの、ありふれた都会の駅といった印象である。事実、元々は仏閣のような駅舎だっただけに、そちらの復活を求める声は今も大きい。通路までとは言わないが、なんとかならないものか。

     

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    隣は新幹線のりば

     

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    新幹線のりばの横にはこんなものが。善光寺まで十八丁の道しるべ。約2キロである。それにしても「長野駅だ!」と明確に心に訴えてくるものは、残念ながら今はどうにもこれくらいしかない。

     

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    さて、そろそろ外に出よう。

     

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    善光寺口から見た長野駅

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    長野駅は地元の私鉄、長野電鉄(長電)のターミナルでもある。長野駅から3つ目の善光寺下駅までは地下を走っていることから、地元では地下鉄とも呼ばれている。乗ってきた『しなの』の車内アナウンスでも「長野電鉄の乗り換えは外に出て地下鉄乗り場へ」という感じでアナウンスされていた。長野電鉄は全体的に見れば、須坂、信州中野を通って志賀高原近くの湯田中へと向かう、大部分単線のローカル路線。観光需要もあって特急列車も運行され、かつては独特のカラーリングの2000系が特急列車で活躍、のどかな風景の中を同車が行くシーンがよく見られたものだ。子供の頃に特急列車の本で初めて触れたが、その時もそんなシーンだった。むろん行ったこともなく事情を全く知らなかったので、ごく普通のローカル私鉄という印象であった。後になって長野駅付近が実は地下鉄になっていると知って(失礼)驚くことになる。
    元々は地上だったが中心市街地に数多くの踏切が有ったということで、長野から善光寺下の先までの約2キロが地下化されたものである。距離が短く駅数も少ないが、途中に駅もありまとまった区間が地下鉄となっている都市は今も長野市だけで、それだけ画期的なことだったと言える。ちなみに蛇足ながら、日本初の地下鉄は昭和2年に東京の銀座線(上野〜浅草間)が開業したのが始まりと言われているが、「地下に一つだけでも駅が有れば良い」ということにすると、大正14年に宮城電気鉄道(今のJR仙石線)がターミナルとして仙台駅を地下駅で開業させたのが始まりだそうである(その後仙石線になったがホームは地上になりかつての地下駅は通路に転用。今の仙石線ホームは全く別の場所に新しい地下駅で営業)。日本の鉄道史もひもといてみると意外な側面が色々あって興味深い。
    項を改めて触れるが残念なことに2012年、須坂〜屋代間を結んでいた屋代線が廃止された。各種社会実験が色々行われていただけに少し期待もと思われたが、永続的な維持は難しかったか。長野電鉄では過去に信州中野〜木島間の木島線もあり、結構な路線網があったがそちらも廃止されている。今は長野線一本(33.2キロ)のみとなってしまったが、新型特急列車が走り出したことだし、今後も末永く続いて欲しい。
    またまたつい長文になってしまったことご容赦願いたい。今回は残念ながら都合により乗ることは叶わなかったものの、いずれの機会には訪問してルポとして書かせてもらおうと思う。

     

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    駅前から伸びる通りにある善光寺参道の灯籠。ここから1.8キロ。今回はバスで向かいます。