日帰り日光と餃子の旅(1)

ちょっと忙しくなり大した旅もしなかった今日この頃。

気の置けない仲間と久々に再会。ひょんなことから日帰り旅をすることになった。

宇都宮餃子を食べたいということになり行き先は日光、宇都宮方面ということになった。

休日早朝から浅草駅に集合、8時ちょうどの特急スペーシアでまずは日光へ向かう。スペーシアに乗るのも何年ぶりだろうだろうか。

スペーシアのシートの作りの良さには毎回感心させられる。頭のところには枕も付いていて寝るにもうってつけだ。もっともそんな空間で絶えずくっちゃべりながらだから寝る暇などないw

浅草駅を出ると隣駅にそびえるスカイツリーに見送られるように北へ向かう。ちょうど浅草駅を出るところは急な右カーブになっており、乗っているとちょうどスカイツリーを足元にして前方の車両が曲がっていく構図になり絵になるところである。残念ながら写真は撮れず…。

浅草ではガラガラだった車内も北千住、春日部と進むうちに観光客を次々飲み込んで満腹状態になっていくw

いつの間にやら日光線に入り利根川も渡って埼玉県を抜けていく。仲間同士喋っていると時間が経つのはあっという間だ。



 新鹿沼を過ぎて下今市へ。ここで東武日光行きの普通列車に乗り換え。1分の接続なので慌ただしい。2両編成しかなく一気に観光客がなだれ込む。

上今市を過ぎ、杉並木を見ながら勾配をひたすら登って終点東武日光へ。ここからまずは湯滝を目指すべく湯元温泉行きのバスに乗る。

宇都宮餃子を食いに行く旅(1)

待ちに待ったか大型連休、今年はどこへ行こうか、と何も考えないままだいたいそのまま来てしまうが。同じ方面ばかり行ってる気がするし、東武にもあまり乗ったことがないし、上毛に続いて北関東方面へ出向いてみる。宇都宮には餃子が溢れていることだし一度はそれも楽しんでみたかった。ということで東武で宇都宮へ向かってみた。

大型連休の下り特急は満席、特急料金の要らない快速か急行系にする。快速なら結構速いしトイレ付のボックスシートで楽しめる、と言いたいところだが大型連休だけに超満員が予想される。一方の急行はゆっくり旅を楽しめるが途中南栗橋乗換になるし、ちょっと宇都宮に行くには距離があるかという所。とりあえず一か八か北千住に行ってみる。
ホームに出ると案の定、快速待ちの長い列ができておりドアが開くや否や一挙になだれ込む。満員状態で躊躇はしたものの早く行けるだけに、やっぱり乗ることにしたwww

2扉しかないしボックス席で通路が狭いわ乗客はみんなでかいリュックやら旅行鞄やら抱えているもんで車内は通路、ドア付近までびっしり満員状態で発車した。大型連休は甘くない…。快速は北千住を出ると春日部まで20分程ノンストップで、その先もかなりすっ飛ばす。早いのは良いがさすがにこんな状態でずっと乗っていても、ちっとも面白くない…。というわけで、春日部で早々に諦めて、やっぱり降りた…www まあここまででも結構距離稼いで区間急行を追い抜いているのでこれだけでも一応、効用はある。

春日部からロングシート10030系の区間急行で南栗橋へ行く。日光・鬼怒川にははるか手前だしさすがに車内は空いている。次の停車駅は東武動物公園だがここに行く人は、あまりいないんでしょうか…。というか駅から微妙に距離あるし車で行ってしまうのかもしれないが。
東武動物公園からは各駅停車になる。のんびり旅らしくなってきた。このあたりまで来ると家並みは駅周辺の新興住宅地が中心になり、田畑が広がってくる。近隣の国道4号には馬鹿でかいロードサイドの店舗が並び車がびっしりだ。工事中の高架橋を通過する。圏央道か。
半蔵門線の乗り入れ開始以降開発が進んだか、真新しい家並みが続き終着南栗橋へ。日比谷線直通も最近東武動物公園から延長された。20000系とすれ違う。
特急や快速は停車しないが、車両基地の隣接する駅で急行以下の列車はほとんどここで乗り換えとなる。向かいに止まっている4両編成の普通列車に乗り換える。

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東武特急料金無料サービス拡大

東武鉄道ではとうきょうスカイツリー~浅草間で、一部の上り列車に特急券不要で乗車できるサービスを期間限定で行っていますが、好評のため4月1日以降も対象列車を拡大して継続するということです。対象列車は「スペーシア」、「りょうもう」など平日49本、土休日50本、「スペーシア」の個室と「スカイツリートレイン」は対象外ということです。
とうきょうスカイツリーと浅草はたった一駅。スカイツリー開業に合わせてとうきょうスカイツリーに特急が停車するようになりましたが、東武特急は特急券が必要なため、すぐ隣でも各駅停車に乗るのが現実的な選択となっていました。スカイツリーと隅田川向うの浅草とはセットで観光スポットとして捉えられますから、なるべく障壁は少ない方が良いですね。
他に4月1日~9月30日にかけて浅草・東京スカイツリー観光記念往復きっぷが発売され往復大人290円、小児150円で通常の乗車券購入時より10円安くなり、使用後は記念に持ち帰れるようデザインされているようです(ICカード利用だとそちらの方が1円単位計算で2円安)。

東武8111号、スカイツリーへ

九州旅の途中ですが、ここで臨時ニュースです!(はぁ?)

2013年8月11日、18日、25日の日曜日、東武鉄道で営業運転を離脱し動態保存されている8000系8111号(6両編成)が臨時列車として復活運転された。
1963年から700両以上が製造され、東武鉄道といえばコイツというほど幅を利かせた8000系。今でも活躍が続いているが時を経て車体のカラーリングが変わったり、大規模リニューアルで前面デザインも変わり製造時の原型をよくとどめた車両はほぼ皆無となったほか、新型車両の投入により廃車も進んでいる。主要路線からはほぼ撤退状態で、まとまって見られるのは野田線や、主要路線でも終点付近のワンマン列車が中心となっている。そして全車8000系だった野田線でも、今年から新車60000系や10000系の転属でついに体制が崩れようとしている。
そんな8000系の中で原型を残しているのが8111号筆頭の6両編成、2012年に営業運転から離脱、カラーリングもデビュー当時のカラーに戻されたり、可能な限り当時のデザインが再現されて動態保存されている。今後もイベント等中心に走行する機会がつくられることだろう。
臨時列車は野田線の大宮から春日部経由でとうきょうスカイツリーまでを1往復。往路は大宮10時発、とうきょうスカイツリー11時着、復路はとうきょうスカイツリー15時43分発、大宮16時41分着。停車駅は大宮〜春日部間の各駅と北千住、とうきょうスカイツリーである。

東武伊勢崎線(東武スカイツリーライン)、とうきょうスカイツリー駅。
スカイツリーそのものはきたことがあるが押上駅から来たので、この駅に降りたのは実は初めてだったりする。かつて業平橋駅だった頃は時々通ったものだが。言うまでもないが面影はほとんどない。

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停車する特急『スペーシア』。業平橋時代は特に普通の駅だったが、今は特急停車駅!駅ホームもソラマチにマッチするようなデザインにされている。

そしてやってきました、8111号の送り込み回送列車。ここでは折り返しが出来ないので一旦浅草まで行って戻ってくる。

 

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先に出る下り列車で隣の曳舟へ先回りし、通過する臨時列車を捉える。
いぇ〜〜〜い、スカイツリーショットぉ〜〜〜!!!

 

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大宮へ向け走り去っていきました。
前面にサボ受けがあり、行き先は特製の「大宮 とうきょうスカイツリー」のサボが入れられている。
また会う日まで・・・。

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曳舟に停車中の亀戸線8000系。カラーが変わり、新車並みにリニューアルされて前面マスクも変わっている。改めて見るとがらっと変わってしまったものだ。乗ってみればしっかり、60年代風の雰囲気があるが。

東武乗りつぶし(1)

相変わらずちょい古写真ネタが続いております。でもそれはそれで今は見れない貴重なもののオンパレード、ちょっと手前味噌ですが記録しておいて良かったなと改めて思います。2005年冬頃に訪問した東武鉄道乗り潰しから。佐野線、桐生線、小泉線と群馬・栃木のローカル三線を乗り潰した時の模様です。

北千住から準急伊勢崎行きに乗って館林へ向かいます。準急伊勢崎行き、当時は当たり前に走っていましたが今は伊勢崎側は折り返しのワンマン運転になってしまいましたから、やはり見れないですね。あ、肝心なそれの写真を撮っていませんorz
羽生で特急『りょうもう』待避、その間に上りで8000系の準急浅草行きがやってきたので一枚。少し前に野田線のことを書いた時に取り上げたやつですね。

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羽生は当時既にリニューアルがされて見違えるような駅になっていました。秩父鉄道の起点駅でもあり何度か訪問したことがありますが、以前はくたびれ感のあった駅だったと思います。

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利根川を越えて群馬県に入り、川俣、茂林寺前と過ぎて館林へ。ここで佐野線に乗ります。

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館林駅1番線に停車中の佐野線5050系。(前面影だらけで恐縮!)5000系列といえば東武お得意の車体更新で生まれた足回り釣り掛け式(元7800系の足回り流用)の電車。当時廃車が進んでいてだいぶ数が減っていたがまだこの辺りのローカル線では現役でした。

 

東武線快速列車の旅(5)

さて、発車時刻が近づいてきたので車内へ戻るとしよう。ここからは会津鉄道に入る。先にも書いた通り旧国鉄会津線だった路線だが、一部電化された今ではすっかり東武車両の天下になっている(一部会津鉄道の気動車による運行もある)。なんか天と地がひっくり返ったような感じがしなくもない。まあ今ではJRとも特急同士が相互乗り入れするようになったので、新宿や池袋で東武特急スペーシアを見ることができたりしますけどね。。。
ちなみに余談ではあるが、元の国鉄会津線が会津若松を起点に会津滝ノ原(現会津高原尾瀬口)へ向かうのが下りとなっていたことから、この路線も会津若松から会津高原尾瀬口へ向かうのが下り、逆が上りとされている。元々は会津滝ノ原が行き止まりの駅で他の路線と接続がなかったから、東京から列車で来るには必ず会津若松方面から、Uターンするように会津線に入るしかなかった。その後野岩鉄道が出来たため実情としては逆転したわけだが、呼称は逆になることなく今もそのままになっている。まあ車両の向きとか配列とかもおそらく上り下りで決まっているのだろうから、今更変えるにも難しいのかもしれない。
相変わらずの山岳路線が続くが、基本的に阿賀野川の上流である荒海川、阿賀川に沿って走っているので、川沿いの開けた所を走り景色の良い所が多い。

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会津高原から二つ行くと会津山村道場という駅がある。元々はなかった駅で2001年になって新たに開業した駅である。「山村道場」とはかなり気になる名前だが、農業の伝習施設として長く続いてきた所で、2001年にはキャンプ場やコテージ等を備えた野外活動の総合的な施設として再オープンしている。
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夏の盛りの午後、遠くに積乱雲が見える。
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長旅を終えて列車は終着駅、会津田島に到着。浅草から190.7kmを3時間半程かけて走破した。東武では最長、私鉄でも日本屈指の長距離列車だ(惜しいのだが日本一は近鉄の京伊特急)。別に自分が動かしているでもないのに、妙な達成感を覚える。人は何かしら大きいものとか長いものとかに惹かれ、それを達成することにこの上ない達成感を覚えるが、旅好きの者にとって長距離の列車旅というのはそういうものを感じられるようだ。
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さてここで感慨に耽っていてもしかたないし、達成したとて別に賞ももらえないので(笑)、駅探索でもするか。そうそう、時々田舎の駅などでは良く有るが、次の列車が来るまで時間がある時はホームに滞在できず、一旦外の待合室で待つように案内される。列車の来る数分前にならないと改札を行わない。
会津田島駅は電化区間の終点、ここから会津若松までは非電化となり気動車による運行となる。そんなこともあって構内は広く、車両基地も併設されている。
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駅前の様子。このあたりは田島町の中心地(2006年以降は合併し南会津町、ちょうど平成の大合併があちこちで有った頃だったな。ああややこしい)。駅も大きく、周辺も町になっている。
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国道121号線。山間部の開けた所に町が栄えている。関東に住む者にとってはちょっと秩父あたりを連想する。
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そして駅前広場にはなんとSLが静態保存されていた!C11-254、かつて会津線を力走していたSLだ。
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能書きも書いてある。なるほど、浅草乗り入れを記念したものだったのか。

 

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4番線発に停車中の会津若松行き(左)と、名古屋鉄道からやってきたキハ8500形「AIZUマウントエクスプレス」(右)。ちなみに筆者は会津鉄道の車両事情にはほとほと疎いが、左右どちらの車両もその後廃車されてしまい現存しないという。8年という歳月はまさに、旅行中に何気なく撮った一枚を貴重な一枚に変えてしまった訳だ。

鉄路はまだ会津若松へと続いている。ここからさらにそちらの方へとへ抜けるべく気動車に乗り換える。改めて思うが今時遠距離は新幹線の時代に、私鉄の快速列車だけで長距離移動出来るというルートはなかなかない。そしてこの旅から5年半後に東日本大震災が襲ってきた。東北新幹線、東北本線など関東と東北を結ぶルートがいくつかある中で、今回乗車したこのルートが比較的被害が少なく、関係者の協力あっていち早く運行再開されてその威力を発揮したのであった。震災という信じがたい出来事の最中であったが、鉄道ネットワークの可能性を改めて感じたし、繋がるというだけでも心に希望が持てるものだ。今後も決して楽ではないだろうが、関東と東北を結ぶ足として頑張っていって欲しいと思う。

東武線快速列車の旅(4)

北千住から東武線の快速列車にひたすら乗って会津田島へ向かう旅。3時間程乗ってはるばる会津高原までやってきた。ここから会津鉄道に入り、あと15キロほど走って終着である。
単線で時間調整の都合があるのか、会津高原では20分近くも停車時間があった。流石に3時間ほどもずっと乗っていて疲れてきたので、少し構内をうろついてみる。

ここから先の会津鉄道は旧国鉄会津線を引き継いだ第三セクターで、ここ会津高原駅も国鉄時代から会津滝ノ原駅として営業していた駅である。また昭和61年に野岩鉄道が開業するまでは会津線の終着駅だったこともあり、構内には当時の遺構が残されている。

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乗ってきた6050系快速

 

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駅全景。元々終点だった所だし、周辺にはスキー場や尾瀬へのアクセス拠点(2006年に会津高原尾瀬口と駅名改称された)でもあるのでそれなりの乗客がいるが、ホームは一面のみ、駅舎への通路は簡素な踏切を渡るだけ。山中のひっそりとしたローカル線の終着駅という印象が残る。

 

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東京寄りの線路脇には転車台が残っていた。ここが終点だった頃の名残だ。

 

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東京側へ伸びる線路(野岩鉄道)。この先は先ほど乗ってきたトンネル続きの山越えルートになる。かつてはこちら側に線路が伸びるとは思いもよらなかったことだろう。碓氷峠もそうだが、そんな難所でも持てる技術を駆使して結んでしまうのが鉄道の凄さ。

 

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会津方面を見る。快速は会津田島止まりだが、会津線自体は会津若松まで続く。

 

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踏切で線路を渡ると、山らしく木の看板を持ったの駅舎がお出迎え。駅というかちょっと観光地の食事処チックな感じもするがまあいいか。山越え路線ということでここの標高は722.5m、日本一の小海線野辺山駅には及ばないものの、結構高い。ちなみにこのルートで最も高い駅は手前の男鹿高原駅で、東京側はそのあたりまで上り勾配が延々と続き、会津側は会津若松へ向けて下るようになっている。

 

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ここの駅名看板は野岩、会津両者のものが混在している。通常、乗り入れの接続駅ではどちらかの会社が駅の管理主体になるのでそちらのデザインになることが多いが、このように両者のものがあるのは珍しい。上写真の屋根からぶら下げた看板は野岩鉄道、下写真のホームに立っている看板は会津鉄道仕様。しかし会津鉄道の方は酷くサビていた。

東武線快速列車の旅(3)

温泉ムードを抜けてさらに進む。スペーシアなど特急列車のほとんどは鬼怒川温泉までで、ここから先は本数が一気に減る。隣の鬼怒川公園は名前の通りで、まだ温泉地の延長のような感じでそこそこ駅も大きいが、乗客は少ない。ちょっと奥まったところに入ってきた感じもする。ちなみに鬼怒川公園駅に向かう車窓に見える旅館の多くは、残念ながら今や廃墟と化している。

その次の新藤原は東武鉄道の終点で、ここから先は野岩鉄道(やがんてつどう)となる。野岩鉄道が出来たのは昭和61年、当駅はそれ以前から終着駅として続いてきたものの、駅周辺にそれといったものがある訳でもなく、肝心の鬼怒川温泉は手前であり特急列車もほとんどがそこまでしか走っていないため、大変失礼ながらも終着駅にしては多分そんなに重要なポストを占めているとはどうにも思えないのだが。。。いまいち存在意義が良く分からない気もするが、東武鬼怒川線自体が買収により東武の路線網に入ったという経緯から、まあ結果としてこうなったということのようだ。

 

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新藤原駅。ちなみにここも2005年時点では藤原町だったが、現在は日光市。ちなみに、PASMOが使える駅の北限でもある。野岩鉄道、会津鉄道ともPASMOは使えないので注意。

 

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野岩鉄道が始まる。早速トンネルだが。

下今市で切り離し4両で来たが、またも2両切り離す。6両編成だった快速はついにたったの2両編成になる。前は会津田島まで4両がほとんどだったはずだが。。。
ここまでトンネルはほとんどなかったが、野岩鉄道に入るととたんにトンネルだらけになる。新藤原を出て早速トンネル。それもトンネル内照明がないのでかぶりついてても前がヘッドライトの範囲くらいしか見えない。
野岩鉄道は国道121号沿いに南会津方面までを結ぶ。途中には龍王峡や川治温泉などこの辺りの観光地が並ぶため、観光需要としては一定の需要が見込めるだろう。しかしほとんどが山間部ということで沿線人口は少なく日常的な需要はというと厳しい。この日はまだ休日だったからかそこそこ人が乗っていたが(それでも2両編成だからだろうが)、平日となるとどうか。最近は沿線に温泉地が多いことをアピールするためか2006年からは『ほっとスパ・ライン』という愛称が付けられている。ちなみに名前の「野岩」とは難しそうな名前だが栃木の旧国名「下野」と福島の旧国名「岩代」から一文字ずつとったもの。

川治温泉、川治湯元あたりは外を走る所もあり、わずかな時間ではあるが橋から見下ろす風景は気持ちがよい。全線単線ではあるが、昭和の後期に造られた路線ということで高規格で造られており、山間の高速道路のように高い高架橋で抜けている所が多い。速度も山岳路線というと激しく蛇行しながらのんびり進むことが多いがこの路線ではほとんど直線なので普通にスピードを出している。しかしまあ乗客数もあまり期待出来ないところによくぞまあこれだけの路線を造ったなという方が先か。ちなみに当初は昭和40年代に国鉄により野岩線として建設されたが、後年の財政事情により一度凍結され第三セクターの野岩鉄道に引き継がれたという経緯を持つ(そもそもは「野岩羽線」といって栃木から会津を経由して山形を結ぶという壮大な計画だったらしい)。線路が高規格でトンネルだらけなのはそのような経緯に由来する。計画そのものは当初の想定通りに行かなかったまでも、会津南部の空白地帯が解消され、東武線に乗り入れて東京と結ばれたということで、開業当初はかなりの乗客だったようだ。それならば快速に限らず特急スペーシアも乗り入れさせれば良かったのにと思うのだが、そこまでは見込めなかったのだろうか。残念ながら臨時も含めて今に至るまで一度も乗り入れた実績はないようだ。一応、2005年2月頃(この旅をする直前くらい)までは浅草からの座席指定急行『南会津』が1日2往復ほどあったが、会津方面からの快速が鬼怒川に乗り入れるのに合わせて廃止された。ここ最近はどうにも対東京の流動が振るわないのか、会津方面から日光・鬼怒川への快速を走らせるなど対会津の運行に力が入っている。

 

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川治温泉付近

最長の葛老山トンネルに入る。湯西川温泉駅はそのトンネル内に駅がある珍しい駅。そんなに照明はないので都会の地下鉄の駅とはちょっと違う。ちなみに湯西川温泉駅といいつつも当の温泉地までは10キロ以上も離れている。
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駅を出てすぐ五十里湖を鉄橋で渡り、またトンネル続きの区間を過ぎていく。中三依(現:中三依温泉)から先は、山の中ではあるものの景色が拝めるようになる。ここまでトンネルだらけであまり面白くなかったので久々という感じがする。
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男鹿高原は最も乗降客の少ない駅で、秘境駅の一つとされている。昭和61年開業なので駅設備自体は比較的奇麗で、無人駅ではあるものの丁寧に屋根や待合所まで完備されている。それに駅を出て少し歩けば国道121号に出るため、そんなに秘境っぽい印象はない。しかし駅周辺は国道沿いも含めて何もないので、全く以て誰もいない。降りてはいないが(たった一人降りてもねぇ・・・)調べてみれば駅前にあるのは野岩鉄道の変電所と緊急時のヘリポートだけ。一応、国道を少し北に行くと横川集落がありお土産センター(営業しているのか?)などもあるらしいが駅利用の可能性といったら本当にそれくらいで、それも集落にバリバリ国道が通っているので、飯田線の秘境駅のようにこの駅がなくなったら即沿線住民の生活に影響する所でもない。駅の必然性がそんなにあるとも思えない。

最後にトドメの長いトンネル、山王トンネルを抜けると福島県に入り会津高原(現:会津高原尾瀬口)に到着。野岩鉄道の終点で、ここから会津鉄道が始まる。しかし電化されているのは会津田島までの少しの区間だけなので、この列車としてはそろそろラストスパートである。ここまででも浅草から既に175キロ、十分長い。
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東武線快速列車の旅(2)

(2005年夏に訪問。その後ダイヤ改正等で大きく変わっているため適宜注を入れていきます)
浅草9時10分発の快速に北千住から乗車、一路会津田島を目指す。「全部乗るって言った割には浅草から乗ってないじゃん!」といきなり突っ込まれそうだが、朝早かったし一番近かったのが北千住だからというだけなので、そこは気になさらずに。まあ、大して変わりませんから!(笑)

東京では屈指の通勤路線である東武伊勢崎線、その東京側の玄関口として名高い北千住駅。この日は休日だったが、いつもは通勤客でごった返していることだろう。実際の起点は浅草であるものの、同駅が山手線や都心とは大きく離れているということから、北千住が実質的なターミナルとなっている。もっとも、そもそもの歴史をたどれば東武は元々北千住が起点で、後から浅草へ路線を延ばしたということである(なので実は0キロポストも浅草ではなく、今も北千住にある)。1階が東武線ホーム、3階が相互乗り入れする日比谷線直通のホームで間の2階にコンコースがある。ターミナルらしいマンモス駅の様相ではあるものの、迷いやすいし乗り換えにも時間がかかる。今回の路線のスタートは、そんなまあある意味典型的というか、本音を言えばあまり見たくないような通勤路線。まあ他の特急列車とかもそうだろうが「本当に会津まで一直線で行けるだろうか」とちょっと思えてくる。しかしそんなのは本当に最初だけ。ひとたび乗ってしまえば後は非日常へ一直線である。

ボックス席の窓側に早速陣取る。行楽期の休日とあって車内はごった返している。座れてよかったようなものだ。通路の反対側はよく見えない。最初の停車駅は春日部。20分ほどノンストップで走る。途中には草加や越谷といったベッドタウンの都市が続き、一つ下の準急以下(2013年現在は、急行以下)ならばそれらの駅にも停車するが、快速は停車しない。春日部とてベッドタウンという所ではあるが、東京からは30キロほど離れることになる。
その後5分ばかり走って東武動物公園に止まり、伊勢崎線から分かれて日光線に入る。北千住を出て25分くらいしか経っていないが、駅間距離が長くなり、景色も駅付近を除いて田畑とローカル色が一気に強くなってくる。
利根川を渡って、埼玉県から群馬県に入り、板倉東洋大前に停車。群馬県板倉町にあり、東武日光線では唯一群馬県にある駅。ちなみにちょっと西へ行くと館林、東北自動車道が通る。この辺まで来ると山もだんだん迫って来て、だいぶ北関東に出てきたという感じになるのではないだろうか。ついでに本数も少なくなるのだが。この辺まで来ると1時間に2、3本くらいしか電車はない。
足尾銅山の公害対策として整備された渡良瀬遊水池付近を通り、藤岡の先で渡良瀬川を渡る。栃木の市街地に近づいてきて新大平下、栃木、新栃木と停車駅が続く。新大平下はすぐ近くのJR両毛線の大平下と並んで太平山(山名は「大」ではなく「太」の字を使うらしい)の最寄り駅。大中寺という寺があり、七不思議で知られている。昔遠足で行ったことがあるがその時はバスだったか。

新栃木では県庁所在地の宇都宮へ向かう、宇都宮線が分かれる。ここからはとうとう、各駅に止まる普通列車は1時間に1本しか来ない。2005年当時は特急、快速、普通が最低1本ずつはあったが、2006年からは快速の大半がこの区間で各駅に停車する区間快速に格下げされ、ほとんど普通と統合されて本数が激減してしまっている。ちなみに今でも朝の数本は快速のまま残っている(浅草9時10分の快速も健在)。
栃木あたりまでは田畑こそ目立つものの駅周辺が宅地化されていたが、それもほとんど見られなくなる。快速停車駅である新鹿沼、下今市以外は、ホーム屋根の少ない簡素な駅が目立ち、乗客も数百人程しかいない。東京からもう80キロ過ぎて、車窓にしても広い関東平野の景色も終わり、山へさしかかる風景になる。

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下今市に到着、ここで二手に分かれ前2両が東武日光行き、後ろ4両が会津方面行きになる(さらに2両は途中止まり)。ここまでは特急並みに飛ばしてきたが、ここから先は各駅停車である。今は珍しい駅弁売りがホームで弁当を売っていた。ちなみに駅名看板、当時の写真なので「栃木県今市市」となっているが、2006年に合併して日光市になってしまった。狙ったものではないが、ある意味貴重???

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東武動物公園からここまで日光線を走ってきたが、ここからは鬼怒川線に入る。伊勢崎線・日光線は通勤路線であるし観光の特急も走る路線ということでよく整備され結構なスピードを出すが、鬼怒川線はほとんどが単線で、カーブがひしめきあっている。よって、特急も含めてほとんど徐行運転している。
下今市を出るといきなり直角にカーブする。東武といえば始発の浅草駅の急カーブも危険な程強烈だが、ここも負けていない。国道121号線と並行しながら進み、沿線にはウエスタン村や東武ワールドスクエアがある。しかし大半は鬼怒川沿いに山々の間をのそのそと抜けていく感じで、トンネルこそないものの山岳路線的な雰囲気は強い。やがて川沿いに温泉旅館が増えて温泉地ムードが強まってくると鬼怒川温泉である。すでに北千住から2時間近く乗っている。ここまできただけでも十分お腹いっぱいという感じになりそうだが、まだまだ先は長い。

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東武線快速列車の旅(1)

浅草を始発に日光・鬼怒川方面へ向かう東武線。乗らないうちに何年も経過、東京スカイツリーが完成し『スカイツリートレイン』なるものも出来て盛り上がってますね。
このルートでは特急『スペーシア』が一番の目玉なのは言うまでもないが、もう一つ、ちょっと隠れた目玉としては快速列車の存在が挙げられる。乗車券のみで乗車でき特急券の類は不要、車両は専用の6050系電車が使用される。2ドアでドア間にはボックスシートがずらり、車内販売こそないがトイレは完備と、長距離移動に最低限必要な設備が備わっている。ということで気軽にちょっと長距離の旅気分を味わえる列車である。またこの快速は東京から会津へのアクセスルートの一つを担っている列車ともなっている。運行区間は浅草〜会津田島間、会津の中心地会津若松へは乗り換える必要は有るが、乗り換えることで早ければ4時間半程で到達できる。新幹線と磐越西線の組み合わせにはまあ敵わないだろうが、比較的安くローカル気分を味わいながら旅するには良いのではないだろうか。それに、浅草〜会津田島間は190キロと長距離、快速といっても乗り通すのに3時間半程はかかる。
6両編成で運転、基本的に下今市で前の車両が東武日光行き、後ろの車両が鬼怒川・会津方面に切り離される。停車駅は浅草、北千住、春日部、東武動物公園、板倉東洋大前、新大平下、栃木、新栃木、新鹿沼、下今市、東武日光。会津方面は下今市から先は各駅停車になる。2013年3月現在、今は朝の数本を残して「区間快速」に格下げされ、新大平下から先は行き先に関係なく各駅停車となっているほか、前は概ね1時間に1本あったのが、2時間に1本と減らされている。それでも東京と日光・会津方面を安くスピーディーに移動する手段であるには変わりない。
6050系電車も含め、ローカル列車好きとしてはたまらない列車である。それにこういう列車は関東の路線、特に私鉄路線では他になかなかお目にかかれない。筆者にとっても東武線に乗る時はタイミングが良ければわざわざ途中まで快速に乗るほどの憧れの的、いつか必ず会津田島まで乗ると決めていたが数年前にとうとう達成した。(笑)ちょっと前のことですが書いていきます。

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