東武のりつぶし(8)

再び駅に入り今度は西小泉行きに乗る。東小泉まで戻り、その先そのまま本線を進む。大泉町の市街地に入り、小泉町を過ぎ、左カーブすると終点西小泉である。東小泉までは駅間が長めだったが、その先は1キロ程度と短い。
ちなみに東小泉駅の所で触れたが路線名が「小泉線」であり、駅も東小泉、小泉町、西小泉と小泉が3つ並んでいるが、自治体としてはどの駅も「大泉町」に属しており「小泉町」という町は存在しない。実は開業時は本当に小泉町だったのだが、昭和32年に大川村と合併して大泉町になった結果このようになってしまったようだ。ずっとそういう名前だっただけに、路線名も含めて全部改称となれば、案内上ちょっと厄介なことになりそうではある。そんな理由かは知らないが、現在も昔のままにされているということのようだ。
そういえば、訪問当時の首相は小泉さんでした!(笑)

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西小泉駅駅舎。小泉線のローカル列車が発着するのみだが立派な駅舎だ。かつて貨物線が繋がり、熊谷線接続の計画も有ったためか大きめに造られていたようだ。

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駅前から見る小泉線電車。ここも駅前自転車置き場がびっしりだ。一帯が工業都市だけに通勤での利用は多いようだ。昼間は完全に1時間に1本となっているが、朝のラッシュ時は10〜20分に1本程度となる。

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外国人の多いことで知られる北関東地区。特に大泉町は県内でも最も外国人比率の高い町となっている。駅を出るとブラジル人向け(ポルトガル語)看板が見られたりする。

西小泉まで来た所で今回の旅は終わり、東武のローカル線を制覇した。この後西小泉駅から出る熊谷行きのバスに乗って帰路についた。

東武のりつぶし(7)

東小泉で降り、館林行きにまず乗り換える。
大泉町を出て邑楽町に入り、田畑も目立つようになる。本中野、成島と過ぎて再び館林へ。伊勢崎線、佐野線との接続駅で朝も通ってきたところ。
むろんそのまま折り返しは出来ない。一旦改札外に出て、少しぶらぶらしてみる。

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館林駅。現在駅はリニューアルされたようだが、当時はまだリニューアル前で昔ながらの駅舎であった。

 

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館林駅ホーム。車庫が隣接し拠点となっている。3路線の合流する駅で伊勢崎線の折り返しもある。ホーム(5番線か)に止まっている850系はまだデビューしたばかりだろう。当時はまだ本職(?)である北関東のローカル運用が始まる前か、3両2本繋いだ6両編成で伊勢崎線の準急に使用されていた。もっとも元々8000系なのだから、別に何の違和感もないが。(笑)

 

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こちらは小泉線、5050系の2両編成。

 

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小泉線ホームの4番線。向かいの伊勢崎線用5番線と共用しているが、列車が短い分途中までしかない。間借りしているような感じだ。

東武のりつぶし(6)

東武のりつぶしの旅も6回目になった。今回は小泉線に乗車する。
小泉線はちょっと変わった路線で、館林〜西小泉間の路線と、前者の途中駅である東小泉〜太田間を結ぶ路線とで構成されていて、列車も別建てである。案内上はどちらも小泉線であり、特に区別はされていないようだ。しかしここでは便宜上、前者を本線、後者を支線とさせてもらおう。
今回は太田から入るということで、まず支線に乗って東小泉へ行き、そこから本線で一旦館林に出て、戻って西小泉へ行って終ることにした。

太田には2両編成の8000系ワンマンカーが止まっている。当時の支線は基本的に東小泉〜太田間、わずか3駅をひたすら往復するだけの形態。1時間に1本だから、1本の車両が往復するだけだった。なお、2013年現在は桐生線との直通運転が基本となっており東小泉から太田経由で赤城まで運行される。
高架の太田駅を出るとすぐに右にカーブして伊勢崎線と分かれ、高架を降りて行く。途中小さな竜舞(りゅうまい)を過ぎるともう次は東小泉である。基本的に太田の市街地を走っており竜舞駅の近くは住宅街だし富士重工の工場もある。しかしそれでも基本的に1時間に1本しか列車は来ない。
ちなみにこの小泉線西小泉〜太田間の支線は昭和16年に開業したもので、当時は第二次世界大戦下でこの地にあった中島飛行機関連の輸送を目的に人員、物資輸送の為の路線建設が強化されていた。かつて熊谷から利根川手前までの妻沼までを結ぶ熊谷線があったが、これも利根川を渡って小泉線とつなぐことで熊谷(高崎線方面)とこの地とを結ぶ輸送ルートを確保するためであった。戦時下の建設とあって資材不足もあり、日光線の一部区間を単線にすることで建設資材を捻出したとされる(戦後、日光線は再び全て複線に戻っている)。しかしこちらは完成する前に終戦となり、利根川の橋脚建設が行われた段階で中断、線路は繋がることはなく熊谷線も廃止されて、今の小泉線だけが残り営業を続けている。小泉線が現在のような奇妙な形になったのはこのような経緯がある。

 

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東小泉駅。西小泉へ向かう本線と太田へ向かう支線が分岐。元々は単なる信号所だったらしく、本数、乗客も少ないためか駅は小さい。ちなみに路線が「小泉線」、駅も「東小泉駅」なのに、所在地は「群馬県大泉町」と書いてある(もちろん間違いではない)。ちょっとツッコミたくなるところだが、それについては後々触れることにしよう。

 

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東小泉に停車中の8000系2両編成ワンマンカー。太田までの2駅をひたすら往復していた。しかし東小泉、この列車も含めて乗客は少なく寂しい状態だ。駅周辺まで宅地化されているが、この辺りはやはり自動車が主体である。