高山の旅(2)

名古屋発、特急『ひだ』での高山本線の旅。岐阜からはいよいよ高山本線に入る。
岐阜駅は立派な高架駅だが、高山本線に入ると単線になりすぐ高架を降りる。
同じ岐阜駅に乗り入れている東海道本線、高山本線、どちらも「本線」ではあるが、その格差は非常に大きい。
高山本線は岐阜駅から、飛騨地方経由で北陸は富山駅までを結ぶ。路線長は225.8kmと長く、美濃太田や高山といった沿線の主要都市を結び本線の風格はあるが、大半が山間部を通るため主要都市周辺以外の利用客は少ない。特急は岐阜〜高山でだいたい1〜2時間に1本程度、普通列車は名古屋近郊となる岐阜〜美濃太田間は本数が多いもののそれでも30分に1本程度で、それ以外の区間では昼は3〜4時間も列車が来なかったりする。全線が単線、非電化路線で、特急は、JR東海のキハ85系が4〜7両編成で走り本線の特急らしい感じだが、普通列車は1〜2両編成の気動車がコトコト走り完全にローカル線の運行形態である。岐阜から富山県に入ってすぐの猪谷までがJR東海、その先猪谷〜富山間がJR西日本の管轄となっており、特急以外は猪谷を境に車両も異なっている。

岐阜からはまず東へ向かい、各務原や鵜沼といった周辺の市街地を走っていく。本数が一番多い区間だが、ここでも単線である。ちなみに岐阜〜鵜沼間は名鉄各務原線と並行しており競合関係にあるが、名鉄側の方が複線で本数も多く優位に立っている。私も名鉄各務原線は、一度乗ったことがある。
大幅に遅れてはいるが徐行することなく、特急らしく走る。ただし単線なので所々で行き違い待ちのため運転停車はある。

鵜沼では並行してきた名鉄線が犬山に向かって離れていく。名鉄(犬山線・各務原線)は新鵜沼という駅名だが、連絡通路で繋がっており乗り換え可能である。以前は高山本線の富山側と名鉄犬山線は連絡線で繋がっており、名鉄の新名古屋駅から高山本線に乗り入れる特急『北アルプス』が運行されていた。小田急のJR御殿場線直通『あさぎり』などとともに数少ない私鉄・JRを直通する特急で、私鉄の気動車特急としても珍しいものであった。

 

鵜沼までは平野部に広がる市街地といった感じだったが、ここからは少し山越えのようなルートになり木曽川に沿ってカーブしながら走る。山を越えて盆地に出てくると町が広がって、美濃太田に着く。美濃加茂市の中心駅で、太多線や長良川鉄道が分岐し、高山本線の駅では利用客が多い。なお、岐阜から運行されている普通列車の多くは、ここから太多線に乗り入れて多治見へと向かう。普通列車はここまでが1時間に2本程度(約30分おき)の運行だが、ここから先高山方面へ向かう普通列車は極端に少なく、平成30年1月時点の時刻表では下りで見ると9時57分発の下呂行きの次は、なんと12時39分発の高山行きまで3時間近く来ない。この間に特急が3本走るダイヤとなっており、この先利用が多いのは、特急の止まる主要駅に限られることを物語っている感じがする。

 

途中坂祝で少し長めに運転停車した以外あまり異変がないような感じだったが、美濃太田の時点で列車の遅れは50分になっていた。
美濃太田を出ると太多線と分かれて北へ進むようになる。しばらくは美濃加茂の市街地を走り車窓は賑やかだが、やがて本格的に山間部に入っていく。飛騨川の渓谷沿いに走り、上麻生〜白川口間あたりは飛水峡と呼ばれる渓谷となっている。車窓からでも迫力十分、自然の叡智が感じられるスポットの一つである。

 

 

そうかと思うと少し走ったところで上麻生ダムを通過する。完全に人工物ではあるが、これもまた間近で見ると迫力がある。私はダムには詳しくないが(笑)、ダムもまた一つ一つ違っていていろいろと見ていると面白いことだろう。ダム好きにとってここはどう思われるでしょうか。しかし、こんなにダムのすぐそばを走る鉄道路線もそんなに数多くないだろう。

ダムから少し走ると白川口、ここでも運転停車する。同じ岐阜県内に、世界遺産にもなり有名な白川郷(白川村、この旅でも最終日に訪問した)があるがそちらのことではなく、ここの駅でいう白川は、沿線にある白川町のことを指している。私も駅名だけは前から聞いたことがあったが、ずっと白川郷の玄関口だと思っていた。地図を見ると全然場所が違う。
上りの普通列車を待ち合わせるがなかなか来ず、長時間停車した。ダイヤ乱れで上り列車もかなり遅れているようだ。単線であることもさることながら、この辺りは駅間距離が特に長く、間を埋めるために信号場も設けられているものの列車の行き違いは特に一苦労である。

飛騨金山通過、ここから下呂まで28kmの間、川の両岸は中山七里と呼ばれ国定公園に指定されているそうだ。列車は鉄橋を渡りながら川のこっち側向こう側と行ったり来たりしている。そして断崖の下の川岸のわずかな部分に線路が続いている。建設も一苦労だったことだろう。

そして1時間3分の遅れで下呂に到着。あたりは日本三名湯の下呂だけあって、温泉旅館に囲まれて車窓は賑やかだ。ちなみに、翌日に下呂温泉を訪問するスケジュールで行程を組んでいる。

この先も反対列車待ちが長く飛騨萩原、上呂と停車、長い…。

飛騨一ノ宮を過ぎ、山から町へと入ってようやく高山に到着。結局1時間の遅れとなり時刻はとうに18時を回っていた。通常なら、ひだ13号は高山着17時10分である。

ともあれなんとか高山に着くことができた。実質的には明日からの観光だが楽しみである。
この日は名物の高山ラーメンで締めくくった。

高山の旅(1)

更新が滞ったまま年明けを迎えてしまった。ということで2017年夏のことにはなるが、以前から行って見たいと思っていた岐阜県は飛騨高山に行ってみることにした。ついでに高山本線も初乗車となる。
行程としてはまずは東海道新幹線で名古屋へ。新横浜9時32分発の、のぞみ215号で名古屋に10時54分に到着、そこから11時43分の高山本線特急ひだ9号に乗り換える、はずだった。

東京を離れるときは天気も良く幸先の良いスタート、と思っていたが静岡県内あたりからちょっと空模様が怪しくなる。数日前に犬山あたりがゲリラ豪雨で、犬山城のしゃちほこが落雷で破損するほどの状態となり高山本線も運休になっていた。以前に書いた北陸日帰りの旅も大雨で予定変更を余儀なくされたばかりだった。

が、またも不安が的中。新幹線車内のテロップには無情にも高山本線運転見合わせ、特急ひだも運休との文字が…。ひゃああ!またも東海地方を記録的大雨が襲い、犬山、各務原、美濃太田方面で局地的にゲリラ豪雨となったのであった。高山本線の岐阜〜美濃太田間、名鉄の一部区間で運転見合わせとなってしまった。
今やもう夏に雨が降るとなると、タダでは済まないようだ。

雨の名古屋に降りる。運休の高山本線、この天気ではしばらくは動きそうにない。大人しく運行再開を待つが、まあ暇である。名古屋で観光しても良いのだがそれが目的ではないし、どこかへ行っている間に運転再開の情報が入る事を考えたら、あまり名古屋駅から離れたところには行きたくなかった。
事前に買っていた特急の指定券を払い戻し、矢場とんで昼食をとる。名古屋駅周辺は、昼食の間に天気が回復してすっかり晴天になった。だが列車はなかなか再開の気配がなく、運行情報を気にしながら駅構内をウロウロしたり、ドトールに入って時間を潰す。名古屋から高山方面へは高速バスも出ているので、念のためバスセンターで高速バスを調べたりもした。そうこうするうちに13時頃になってようやく高山本線が運行再開し、14時48分発予定のひだ13号に乗れることになった。
やれやれ。。。

特急券を買い直し、改めてホームへ。コンビニでコーラとおやつを仕入れておく。運転再開したとはいえ当然ながらダイヤは大幅に乱れている。高山本線は全線単線ということもあって、ダイヤの回復は難しい。なかなか列車が来ないしすることもないので、ホームに発着する在来線の列車の写真を撮りながらボーッと過ごす。名古屋も三大都市の一つで日中も乗客が多く、東海道や中央線は6・7両くらいの列車が走り本数も多い。一方で名古屋から西へ向かう関西本線は乗客が少ないのか、昼でも2両編成が見られる。近鉄が並行していて、そちらの方が乗客が多く本数も多い。

 

大都会名古屋でも昼間は2両編成、ワンマン運転の関西本線(313系)。のんびりしたものだ。

中央本線の313系8000番台。かつて運行されていたセントラルライナー用だったため特別な塗装となっている。

上りのひだが遅れて名古屋に14時58分頃にやっと到着、そのためひだ13号は約30分遅れて15時17分発となった。ともあれ、はじめての特急ひだでようやく高山本線の旅の始まりである。

 

高山本線自体は岐阜が起点で、名古屋〜岐阜間は東海道本線に乗り入れている。岐阜駅では構造上、直進して高山本線には入れずスイッチバックして入ることになる。座席の向きは高山本線での進行方向に合わせているため、名古屋〜岐阜間は逆向きとなっており、慣れていないとちょっと違和感を感じる。

名古屋の天気は回復しているものの、岐阜方面の空はまだ薄暗い。ダイヤ乱れの影響で列車はしばしば徐行運転したり、途中止まる箇所もあった。木曽川を渡るが茶色く濁り水量も明らかに多い。一部の木も倒れかかっている。一部の木も倒れかかっていて豪雨の爪痕を見せつけられる。

岐阜から高山本線に入るが、ここから単線となりダイヤ乱れのため反対列車待ちで長く待った。岐阜の時点で43分遅れとなる。
もっともこんな状況下ではあったが無事に乗れたことに、まずは感謝である。

名古屋日帰り乗り鉄(7)

日もどっぷり暮れて旅も終わりに近づいた。岐阜に到着した名古屋乗り鉄の旅、再び名鉄名古屋本線に乗り、新幹線乗り換えのため名古屋へ。

  
最後は2300系の快速特急。快適なクロスシート、旅の疲れもあってついうたた寝してしまう。ついでに駅に発着する前後に流れる車内放送の前のメロディーもなんだか眠気を誘うw名古屋まで30分、程よい時間だ。起きたら新一宮だったり、でもまた寝てしまって気がつくと犬山線が合流してもうすぐ栄生。名古屋が近い。降りる準備をして席を立つ。

トンネルに入る。名鉄は名古屋あたりは超過密ダイヤ、また名鉄名古屋駅の線路が2線しかないため、列車が詰まりやすい。私を乗せた快速特急も信号待ちでトンネル内で停車した。

そんなこんなで名古屋に到着。すっかり夜だ。駅弁を購入して新幹線へ。昼も食べたが夜も懲りずにみそかつ海老フライ弁当w

   
久々乗り鉄で気晴らしになったな。(完)

名古屋日帰り乗り鉄(6)

新鵜沼から岐阜県に入った名古屋日帰り乗り鉄の旅、もはや名古屋ではないもののまあ名鉄中心の旅ということでお許しいただこうw

というわけで名鉄の新鵜沼で後続の岐阜行き急行に乗り換える。ここまで犬山線、ここから先は各務原線となる。線路は完全につながっていて実質犬山線の延長部分だが、犬山線が名古屋への通勤路線なのに対して各務原線は全線岐阜県内で名古屋から離れていることもありちょっとローカル色が強い。列車も朝に名古屋方面との直通がある以外は犬山で折り返し運転がメインとなっている。

犬山発の岐阜行き急行に乗る。急行というのに列車は2両編成。それでも車内はそんなに混んでいない。

新鵜沼で接続するJR高山本線とは、全線に渡り並行している。しかし国鉄由来の高山本線が非電化で本数も駅数も少ないのに対し名鉄は電化され本数も駅数も多いとあってサービスレベルにはだいぶ差がある。

急行なので一部の駅を飛ばす。でもこの路線らしく?通過する駅は小ぶりな感じだ。なんだか路面電車チックな感じがしていい。最初の停車駅は名電各務原。

三柿野からは普通列車になり各駅に停車する。だいぶ日も暮れて空の青が濃くなってきた。最初は空いていたが岐阜に近づくに連れて乗る人が増えてきた。2両編成しかなくクロスシート車だったので車内は結構混んできた。

各務原線では珍しい高架駅の細畑を過ぎる。田神を過ぎてきついS字にカーブを過ぎると終点の岐阜。大きな駅ビルがあり都会的。一気に人が吐き出される。

   

   

名古屋日帰り乗り鉄(5)

終点上小田井まで地下鉄で出て、ここから再び名鉄エリアに戻る。何枚か撮り鉄した後、犬山線に乗り岐阜方面を目指す。普通犬山行き。岐阜方面なら急行と思っていたが、この列車が先着と聞いて乗ることに。どうせならのんびり行きたいw 名古屋近郊の私鉄電車で本数も多そうなものだが、犬山まで先着と言われると、のんびりだなあと感じる。しかし、「途中抜かれない」と思ってたら、隣の西春で特急通過待ちだったw 上小田井には特急が止まらないから「犬山まで先着」と言ったわけだ…。

ただ、東京の私鉄と違うのは、名古屋駅に乗り入れる普通列車でも時々2両編成とか短いやつがあること。筆者の乗っていた列車は4両あったが、徳重・名古屋芸大ですれ違った東岡崎行きの普通は2両しかなかった。それでも昼間は間に合ってしまうのだろう。

岩倉。折り返しの100系が止まってた。石仏に停車。普通のみ停車の小さな駅。名神高速が交差している。だいぶ郊外に出て来た雰囲気。家々は続くが田畑も目立ち始める。この先高架化工事中で仮線に移る。布袋。進行方向左手に大仏がある!

江南市に入り、江南。多くの列車がとまるが、隣の追い抜きは布袋で行えるため駅は小さめだ。このあたりで大きく北東へとカーブする。直線が多い犬山線では珍しい。

少し駅間開いて、柏森。2面3線で1番線には100系が留置されていた。柏森止まりの行き先表示。

進行方向に山が迫るが、まだ住宅地が広がる。扶桑。この電車は犬山まで先着だが、新鵜沼方面はここで急行に乗り換えるように案内された。多分犬山の到着ホームが違うからだろう。案内に従ってここで一旦降りて急行を待つ。

  
  
5000系4連の急行。さすがは急行、速い!犬山に停車、さっき乗ってきた普通は遥か離れたホームから回送で出て行った。駅前にでっかいヨーカドー。この辺はあるんだな。関西はほとんどないと聞く。

いよいよ山が迫り、左は市街地だが右は竹林になる。成田山の名古屋別院があるようだ。犬山遊園、かつてはここからモンキーパークへのモノレールがでていた。今も少しだけホームの跡が残っている。

犬山遊園を出るとすぐに犬山橋で木曽川を渡る。県境になっておりここから先は岐阜県となる。かつては鉄道と道路の併用橋だったが道路用の橋が作られ現在は分離されている。

  

木曽川を渡るとすぐに、犬山線の終点である新鵜沼。岐阜県に入ったと思うと終点でけっこうあっけない感じだ。駅間がそんなに長くないところは都市鉄道らしい?ところか。

  この先も線路は続くが、ここからは各務原線となる。後続の急行で、岐阜駅を目指す。

秋も深まり日が傾くのも早くなったな。

新幹線で一気に(3)

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一駅走って京都に停車。ここも一定の乗車がある。そういえば京都の夜景は今までほとんど見ることがなかったが、駅から見る限りそんなにギラギラはしていないようだ。景観の規制もあるためだろうか。光の強さが目立ったのは京都タワーくらいだ。でもそれくらいの方が本当はいいだろう。
明かりの点在する闇夜の中を行く。時々屋上にゆっくりとした間隔で点滅する赤い光は高層マンションか。草津あたりの東海道線沿いだろう。この辺り、本当にマンションが多い。
車窓が暗くなったりトンネルを抜けたりする。関ヶ原付近か。暗いと明かりを頼りになんとなくわかる程度だ。再び明るくなると岐阜羽島を通過していた。
名古屋20時11分着、次の停車駅はもう新横浜だ。名古屋~新横浜が新幹線で一番長いノンストップ区間で80分ほど停車しないが、博多から乗ってきた自分にとってはきっとそこまで長く感じられないことだろう。今回初めて博多から乗っているわけだが、さすがは新幹線でなんだかんだで博多からここまででも結構あっという間だった。日本列島の西から真ん中近くまで、夕方に出たというのに来れてしまったんだから、やっぱり脅威的と思う。何気なく耳にしては口にする「新幹線」、大人になるとその存在も当たり前のようになってしまうだろうが、改めてみればこれだけの長距離を毎日、遅れを出さずに運行しているんだから、まったく物凄いものだと改めて気づかされる。蛇足だが今の新幹線のダイヤは本当に『のぞみ』ばかりになってしまっている。ということで新横浜〜名古屋間ノンストップがほとんどで静岡に停車する新幹線列車は相変わらず少ない。いいかげん『のぞみ』の一部を静岡とか浜松あたりにでも止まればいいのにと思うが。新大阪止まりの列車くらい、なんとかならないだろうか。
さて広島巨人戦、広島は巨人に4点までリードされたまま無得点の状態が続いていたが、7回裏の攻撃でなんと一気に逆転して5ー4になっていた。やっぱり分からないもんですね。って、コレ書いてる頃にはもう楽天が日本一になって終りましたけどね。

ムーンライトながら(3)

岐阜を過ぎると西岐阜、穂積と通過して終着大垣である。

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長良川を渡る。

 

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樽見鉄道が合流する。東大垣駅を通過。

 

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そして5時51分大垣着、接続列車は網干行き快速。5分の接続。
乗り換えた列車は223系4両編成。いつも思うが接続列車はムーンライトながらの編成よりもはるかに短く必ず混んでいる。座れずに立つ人がかなり多い。着席を狙って、いわゆる「大垣ダッシュ」が展開される。京阪神まで直通するとあってどのみち途中で増結するので最初から8両以上にしておけばよいのにと思うが。
ともあれ、これで神戸へ移動する。

ムーンライトながら(2)

『ムーンライトながら』の旅が始まる。すでに混んでいるかと思ったが意外とまばらで、東京方面からの乗車は少なく、多くの乗客が小田原から乗るようだ。窓側をとっていただけに通路側に人がすでにいたら気を遣うなと思ったが誰もいなかった。一安心。やはり18きっぷの効力をみな考えてのことのようだ。

深夜帯走行ということで小田原発車後に放送が入った後、名古屋まで車内放送はなくなる。途中沼津、静岡などに停車し乗り降りが出来るので、降りる人は乗り過ごさないようにとの注意が入る。また乗務員が何度か車内を通ったが、特に検札する様子もないようだった。ということで眠りにつくのだが、座席である上に騒音も大きいので、どうも気になってしまう筆者は案の定さっぱり眠れない。海外への飛行機でもしっかり眠れた試しがない。あいにくモーター車だったので走り出すと騒音も余計大きい。また犯罪対策として車内灯が暗くならないので(その方が良いが)明るさも気になってしまう。これじゃあなんだか「一生懸命目を閉じている」という感じだ。まあ、指定券入手が困難なこの列車、乗れるだけでも有り難いと思うべきであるが。ちなみに周囲を見るとアイマスクをしている人もいた。車内灯が気になるならそれも有効だろう。

それでも一応眠いことは眠いのでいつの間にか眠っていて、ふと気がつくと沼津、静岡と駅に止まっていたりするが、まあ熟睡できるものではない。リクライニングするとはいえ座ったままだから変な姿勢になって首が少し痛くなったりするものだ。少し寝たり、眠れずに音楽聞いたりしながら過ごす。

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静岡では在来線もさることながら新幹線ホームも灯りがついていた。発車すると保線をやっているのが見えた。
気がつくと浜松に停車していた。ここは長時間の停車、しばし静かになるので眠るチャンスだ。と思ったが、発車時刻近かったらしくすぐに発車した。高架で浜松市街をみながら進む。しかしマクドナルドはこんな夜中も眠らない。今日も街中にはMマークが光る。
また寝ているうちに豊橋を通過、時刻はまだ4時頃、名古屋着5時20分で、名古屋までそんなに距離はないがだいぶハイペースである。案の定、4時18分頃に共和で運転停車、ここで長時間止まるようだ。貨物列車に抜かれる。停車中に空が白んできて、4時50分にようやく発車。夜が明けた名古屋周辺の市街地をいく。5時になる前に熱田にきてしまったが、と思ったらやっぱり熱田でまたも運転停車した。
隣のホームにはながーいコンテナ貨物が停車していたが、やがてのそのそ動き出した。

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熱田を出たところで「おはよう放送」が入り、名古屋着。新幹線はまだ始発前。見慣れない保線の車両が走っていた。5時とあって明るいことは明るいものの、まだ街も動き出す前といった感じでひっそりしている。

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用を足すついでにデッキで朝日を眺める。眩い。

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岐阜の朝の様子。

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岐阜到着、次はもう終点の大垣だ。

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ムーンライトながら(1)

小田原駅でコンコースに出る。箱根登山、大雄山線とも終電は終わり、東海道も上りは終わりで、下りは23時54分の沼津行き最終普通、その後0時19分の熱海行き最終普通で定期列車は終わる。『ムーンライトながら』はその後にやってくる。

さてこの『ムーンライトながら』、元をただせば通称「大垣夜行」として毎日運転されていた夜行の普通列車で、1996年に夜行快速『ムーンライトながら』に変わり、自由席の普通列車だったのが一部指定席になった(指定席料金510円)。それでも長らく毎日運転、指定席の確保も最難関であった。が、どういうわけか2009年から臨時列車になってしまい、現在は限られた期間しか運転されなくなっている。それでも猛烈な人気ぶりは変わりなく、指定券の入手は困難である。乗車日の一ヶ月前になれば駅で発売開始されるが、そんなに早く出向いても「完売御礼」という事態も有り得る列車だ。いきなり駅へ行くのではなく、「えきねっと」などを使ってネットで事前に申し込むのが得策だ(それでも保証される訳ではないが)。

もう0時近いというのにコンコースには結構人がいる。ベンチに座っていようと思ったが全部埋まっている。しかも、0時が近づくにつれだんだん増えてくる。大概がトランクなど旅と思しき荷物を持っている。これ、あきらかに『ながら』狙いだろう。やっぱり根強い人気のようだ。それに皆、翌日の日付になる小田原から乗ろうということだろう。青春18きっぷは5回分の普通列車乗り放題の乗車券で、1日分に1回使用とカウントされ、乗車駅あるいは車内でその日の日付の入った印が押されることになっている。なので基本的に、翌日にまたがって利用する場合深夜0時を過ぎて日付が変わった後の最初の停車駅から、翌日分(2回目以降)の利用としてカウントされる。快速『ムーンライトながら』の場合、列車自体の始発駅は東京駅であるが発車時刻が23時10分であり、横浜〜小田原間を走行中に日付が変わってしまう。小田原より手前の停車駅である東京、品川、横浜から青春18きっぷで利用した場合、2回分が必要になってしまう。むろんそれで構わないならそうして良いのだが、青春18きっぷは1回分2,300円で、その日の普通・快速列車でどこまでも行ける切符である。その効力を生かすのであれば、『ながら』には小田原から乗車するか、あるいは東京、品川、横浜から乗るにしても小田原までは通常の切符を別に用意し、小田原で18きっぷを使用開始にするのが有効である。

そして見ていると小田原駅の駅員も、18きっぷ利用で『ながら』の乗車が多いのを見越して、18きっぷとながらについての案内を繰り返し、改札も0時過ぎてから行う体制のようであった。18きっぷは自動改札は使えず、駅員を介さないと通れない。0時近くなってきて、18きっぷでのながら利用者は窓口前に並ぶように案内されて、列を作り始めた。駅側ももうこの対応はお決まりのものとして、組み込んでいるようだ。

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発車案内、最終列車の後に「ムーンライトながら」の表示が。

日付が変わると開店時間といわんばかりに、駅員が18きっぷとながら乗車券の改札を始めた。 さて私も列に並んでホームに入るとしよう。いやあ、ここでこんなに人がいるとこれからどうなることやらといった感じだ。
そういえば指定券を買う時に『ながら』の乗車日を間違えてしまったらしく、日付を変えてもらうように改札で言われて離脱している人もいた。夜の乗車ということでついついやってしまいがちなのだが、小田原から乗る場合の『ながら』の日付は「翌日」である。例えば8月1日の夜に出発して小田原から『ながら』に乗ろうという場合、実際に『ながら』に乗るのは「8月2日の午前0時31分」になるので、その日時で指定券を買わなくてはいけない。つい「8月1日」で指定券を買おうとしてしまうが、それでは乗ることができないので要注意である。なお、上述したように小田原より手前の東京、品川、横浜から『ながら』に乗る場合は日付が変わる前の乗車になるので、気にせずに8月1日乗車として買えば良い。

下りホームの3、4番線に降りる。上り列車は既に終っているので、ホームは回送だらけ。定期列車はこの後0時19分の下り熱海行き最終のみ。すぐ隣が大雄山線のホームだがそちらは駅、停泊の電車とも完全に消灯してすでにゴーストタウン、ならぬゴーストホーム?と化している。

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停車中の回送、何気にE217系だったりする。

 

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大雄山線ホーム。本日の営業は終了、車両も休んでいる。

 

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天下の東海道線だけに貨物輸送もさかんで、さっきから営業列車に負けないくらいに貨物列車が行き来している。夜遅く、といいたいところだが昼間は営業列車が多く、むしろ夜遅い方が邪魔なものが少なくて走りやすいかもしれない。

 

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案内放送が入り、闇の中から活気ある音を立てて、いよいよ『ながら』のおでましだ。特急車189系を使った10両編成。これで一路大垣を目指す。

中央西線

というわけで松本から中央西線の始発列車に乗る。松本駅の一番端っこに0番線があり、そこに今回乗る列車は入線する。車両は115系長野色3両編成だ。

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塩尻まで篠ノ井線を戻り、そこから中央西線に入る。夏とあって6時も過ぎればもう空はすっかり明るくなっている。
中央西線は中山道沿いに木曽を経由して名古屋へ至る。東京〜塩尻間の中央東線は大月、甲府、小淵沢、諏訪と、山梨、長野の主要都市を結び、山々が広がるものの高原のような感じで車窓の変化も割と穏やかである。それとは対象的に、中央西線は路線こそ古くからの街道には沿いつつも、ほとんどが山間部を通り沿線の集落を結びながら走るような感じである。車窓はかなり山深く、家並みも少なく緑や渓谷が多くを占め、厳しい自然の中を行く路線という感じである。途中、上松には景勝の「寝覚の床」が控える。ローカル線チックに自然を味わうには良いだろう。このあたりの普通列車は1〜2時間に1本しかない。

塩尻の次の洗馬辺りまではまだ松本平といった感じでそれほど険しくないが、急に左右に山が迫ってきて渓谷を中山道とともに進むようになる。トンネルもくぐる。塩尻を出た時点では複線だが、途中何カ所か単線になる所がある。

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そんな所を抜けながら木曽福島へ。木曽町の中心駅で特急も停車する。車窓左側には木曽川が流れ、この先途中離れはするものの名古屋方面を目指すことになる。次の上松を出た所で寝覚の床が広がる。木曽川の流れによって浸食された花崗岩の地形である(写真を撮っておかなかったのが悔やまれる。また行くか)。
上松では長いこと停車したのでちょっとホームをうろうろ。

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「木曽檜の里」ということで堂々檜が置かれている。

 

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名古屋側を望む。すぐ山が迫っている。

木曽の町の中心を抜けて、再び険しい山間部を単線で通過して行く。夜行列車であまり寝付けなかったためかだいぶ眠気も来ているが、もったいないのでなんとかこらえる。といいつつもあまり詳細に覚えていないが。
岐阜県に入り、木曽川から離れていくと中津川。中津川市の中心駅であるとともに、ここから先は瑞浪、土岐、多治見といった都市が続く名古屋都市圏に入るため本数が増える。運行上の拠点となっている駅である。基本的に普通列車はここで乗り換えとなっており、塩尻側は1、2時間に1本しかないが、名古屋側は1時間に2本程度の列車がある。途中瑞浪、多治見など主要都市でまた折り返しがあって本数が増えていく。ここまで3両編成ボックスシートのローカル線に乗ってきたが、ここで一気に8両編成、長椅子の都会電車になる。車両はJR東海の211系か313系が使用される。

 

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中津川にて、ここまで乗ってきた115系(左)。JR東日本所属の長野色。中央西線はJR東海の路線だがここまで乗り入れており、長野色の115系が見られる最西端の駅でもある。

 

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名古屋の通勤輸送の主力、211系(右)。東京でも東海道線や東北本線でおなじみの車両だったが、そちらの方は今やほとんど新型に取って代わられてしまった。

 

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留置線が広がっており広々としている。セントラルライナーに使用される313系8000番台が休んでいる。セントラルライナーは名古屋発着の座席定員制(名古屋〜多治見間では310円の乗車整理券が必要)の快速列車。この当時は現役だった訳だが、つい先頃2013年3月のダイヤ改正で廃止されてしまい、今は特別料金の要らない単なる快速になっている。

 

中央道とぴたり並行しながら開けた所を走る。2つ先の恵那では明智鉄道線が分岐するが、今回は残念ながらスキップする。多治見までは町が続き、名古屋の手前に近づいた感じが、するがちょっと面白いのはここで再び渓谷に戻る。ちょうど愛知と岐阜の県境だが、庄内川上流にあたる土岐川が渓谷を作っている。この区間に古虎渓、定光寺と二つの駅が存在する。名古屋近郊のため止まる列車こそ多いが、周囲が周囲だけに、利用客は極端に少ない。
渓谷区間を抜けて高蔵寺、愛知環状鉄道と接続する。愛知万博では輸送ルートの一つとして活躍したルートである。ここから先は本格的に名古屋近隣の都市部に入り、春日井市を経て名古屋市に入る。もう車窓から家並みが途切れることはほぼなくなり、ごくありふれた通勤路線の車窓になっている。車両が211系だけに東北本線、高崎線などを連想してしまうかもしれない。しかし東京と名古屋の二大都市に乗り入れる中央線、間はローカルだが、都市部となる路線の両端はどちらも似たような事情の、混雑の激しい通勤路線である。東京側は良く知られているだろうが名古屋側の混雑もかなり激しいらしい。東海道線の場合、名鉄などが並行しているため輸送シェアの奪い合いがあるが、中央線では並行路線がないため混雑が集中するようだ。

名鉄瀬戸線、地下鉄、ゆとりーとラインと接続する大曽根を経て名古屋都心部に入る。しかし名古屋だけに、池袋あたりでおなじみの大手予備校の看板がやたらと目立つ。東京にいるときはそんなに感じないが、やっぱり名古屋なんだなと思う。
高架で名古屋の都心を闊歩して、東海道線と合流して金山に到着する。名鉄とも接続する名古屋のターミナルの一つ。もう一駅で終点名古屋なのだが、私はここで地下鉄に乗り換えるために列車を降りた。夜行も使いつつであったが初めて中央線だけで東京〜名古屋を移動した。乗り鉄にはまりだしてそんなに経たない頃だったということもあり、かなり感動を覚えた。