京都、山崎を巡る旅(1)

今年も残す所あと2日になってしまった。例によって更新ペースも落ち気味ではございますが(笑)

というわけでまた友人同士での旅行に出たのを全然書いてなかった。ありがたいことに催促もちょうだいしたことだし、今年最後に書くことにしよう。(笑)

というわけでもう今年の6月のことであるが、土曜朝の6時50分に東京駅に集合、4人を乗せた7時20分の『のぞみ205号』で京都に向かう。またまた朝早いのぉ・・・。東京は悪天候で先の天気が心配されたが、静岡、名古屋と進んでいくうちに晴れていき関ヶ原を越える頃には確実に晴天に向かった。京都に降り立った時はもう爽快な青空で実に気分が良かった。暑くなるのを覚悟したが湿気があまりなく、体感的にもちょうどよく過ごしやすいのもありがたかった。

この日の目的地はサントリーの山崎蒸留所と京都鉄道博物館、まずは午前中に山崎に行って京都に戻りお昼を取ってから鉄道博物館を見て、その後は阪急電車で大阪に移動して難波で飲み食いして宿泊という行程になった。山崎から京都へ戻る形にはなるが、JRで20分くらいなので気になる距離でもない。山崎蒸留所は予約制だが、熱い友人の努力により希望の時間が確保された。そしていつもの通り、乗車券類一切は専門家にお任せする。企画、手配、実行と4人の働きで作り上げた旅というか大イベントだなと実感。

 

京都駅からJR京都線(東海道線)の普通列車に乗り換えて山崎へ。西日本も新型電車に取って代わられてきているものの、湖西線、草津線の117系など国鉄型もまだまだ現役。全身緑色に塗られてすっかり印象が変わってしまったが、見ているとなんだか妙に安心する。近年西日本の国鉄時代からの車両は、経費節減のために以前のツートンカラーから、エリアごとに決められた単色の塗装に改められた。京都周辺は緑、中国地方は黄色、和歌山・紀伊半島方面は青緑色、といった具合だ。東京や大阪の「国電」はもともと単色だったので、見慣れれば大したことはないのだろうが、この変更については元の車両がツートンカラーだった為パッとみるとどうしても違和感が勝ってしまう。117系にしても、やっぱり新快速時代の塗装の方が良かったなぁ。

そんな国鉄車両、ではなく真新しいステンレスカー(321系)で山崎に向かう。国電譲りの4ドアの通勤電車だが窓が大きくゆったりしていて乗り心地が良い。
山崎で下車、大阪に向かって10分ほど線路沿いを歩くとこの地のシンボルたる山崎工場のお出ましだ。JRの大踏切を越えると、もう工場の敷地に入ったかのような感覚になる。というか駅の中の広告も山崎だ。

 

山崎の大カーブは鉄道写真でも人気の高い場所。実際行ってみると大カーブを走る列車というのはやはり見応えがある。以前は国鉄型の数多くの車両が見られたが、最近はすっかり新型車両の天下になってしまった。

 

事務所で受付を済ませ、一同、テンションが上がる。全く詳しくなくても、一つ一つの工程を見て回るワクワク感はたまらない。
ウイスキーは繊細で何通りにもなってしまう奥深いもの、釜の形も色々あって見ているのは面白いが、それによってもやさしさ、力強さなど表現できるものが変わってくるという。

 

テイスティングですっかりほろ酔い加減になる。酒はさっぱり飲めないが本物のウイスキーの味は格別だった。飲んだ感じ、口当たりなどを言葉で具体的に表現してみて、とガイドの方に言われたが、なかなかそこまでは行きつけなかった。

ウイスキーライブラリーではまるで研究所かと思うほどウイスキーが並んでいて見応えがあった。いや、ここはもう工場だけでなく研究所といっても過言ではないだろう。

予定時間をオーバーしたがそんなことは本当にどうでも良いほど楽しい体験であった。

 

水がとにかく綺麗な山崎、出かけたのは6月だったがちょうどその頃には、モリアオガエルの卵を見ることができる。木の枝や葉などにもこもこした白い卵の塊を産み付けるそうだ。これは珍しかった。

 

京都駅に戻って今度は鉄道博物館へ。梅小路の頃に一度きたことがあるがリニューアルしてからは初めてだ。敷地、展示共でかくなって充実している。まずは新幹線0系の前で記念撮影!

ついに元の列車のまま乗らずに終わってしまったトワイライトエクスプレス。瑞風に乗れるのも、きっと夢の中での出来事だろう。(笑)

 

そのトワイライトエクスプレス瑞風の後ろをドクターイエローが通過、架線がちょっとごちゃごちゃしてしまったが、いいことあるかも?

 

SLスチーム号にも乗車体験!トロッコ風の客車に乗って所定のコースをゆっくり往復する。SLブームになってきた昨今。

さて、四条河原町へ向かうべく急行104の京都市営バスに乗りこむが、個性的な運転手さんで非常に忘れられないものとなった。夕方になって少し渋滞気味になったが、持ち前のワイルドなドライビングで回復してくれるし(笑)

 

四条河原町で降りて、河原町駅から阪急京都線の特急で大阪へ。楽しかったがちょっと歩き疲れたか、足の裏に疲労がきていたが快適なシートで思わずうたた寝してしまう。
大山崎駅付近の車窓からは山崎蒸留所が見える。西日がきつかったが無理やり撮影。

京阪間ということで乗車時間40分、あっという間に十三駅、名物の三複線になって淀川を渡れば終点の梅田に到着。うとうとしていたが体を起こす(笑)。
一旦この日の宿に向かって荷物を置き、難波に移動して友人御用達のお店で粉物、串を堪能。今回は絶好調や〜!

 

今年も残すところ(1)

はや5日となってしまった。全く早いものだ。

しかし今年は本当に色々あったものだ。まあ一番でかいのはまとまった期間大阪で過ごすことになったことですかね。公私ともに初めてなことではあったがお陰さんで鉄活動もはかどったもんだしw

そんなわけで大阪でよくお世話になったもんと思えば阪急電車w ここではそういえばそこまで大々的に取り上げてなかったかもしれないが、住んでいたところが阪急沿線に近かったこともあり実は結構な頻度で阪急に乗っている。というわけで阪急の旅から振り返ってまとめてみよう。

最寄り駅の一つだった三国駅から阪急宝塚線に乗る。8000系先頭車転換クロス、それもパイプ式のフットレストがついている。ちょっと硬めだが通勤電車にしては破格!

  

  
中国道をくぐり、石橋。山が目前になってくる。ここで箕面線に乗り換える。昼間は折り返しなので行き止まりのホームに着くが、朝夕は梅田直通があるので直通用のホームもある。

支線用3000系、4両編成。阪急は外見は同じマルーンだし、8000系とあまり遜色ない車体だが、設備面は違うし音的にも古さが現れている。
  
踏切が鳴り発車。山が近いからか。軽い登りになる。住宅街を走るが、バックはすっかり山。終点箕面に到着。周囲は観光地ムード、駅には足湯、名物はもみじの天ぷららしい。駅から少し行くと温泉がある。

 
   
  
山の上にある温泉施設。どうやって登るかといえば目の前巨大なエレベーターが…。

石橋から6112 急行宝塚行きに乗る。高架になり飛ばして、池田。季節柄だ。川に鯉のぼり❗️
川を渡ってすぐ川西能勢口。でかい高架駅。能勢電鉄乗り換え駅だが、能勢電鉄もすっかり阪急色になってしまった。もともと阪急の譲渡車が中心だから無理もないが。

進行方向右手は山に住宅街が張り付く。平野部は終わり山岳地帯に近づいた。雲雀丘花屋敷。普通のほとんどがここで折り返す。ここから先は多くの時間帯で10分毎の急行のみ運転になる。平井車庫がある。このあたりで眼下に福知山線が並行しているのが少しだけ見える。

山本。宝塚線らしく?急カーブを走って中山観音。山の上の方にお寺が見える。

すぐに売布神社(めふじんじゃ)。読みが難しい。その次もまた難しい清荒神。阪急は難しい読みの駅が多い。
先に潜った中国道を再びくぐる。左を見ると福知山線の207系が走ったいるのが見えた。そういえば中国道としても悪名高い宝塚トンネルを通過するあたりだ。連休となれば東は東名高速の大和トンネルとセットで、東西の渋滞個所としてテレビに登場する地点だ。

清荒神をすぎ、目の前に宝塚のメルヘンチックな建物が現れ、高架になって宝塚へ。2面4線だが昼間は片面のみ使用し、今津線と同じホームで乗り換えられるようにしている。

   
   

あっという間の宝塚滞在を終えwここから、今津線で南下して西宮北口へ向かう。映画『阪急電車 片道15分の奇跡』の舞台ともなった路線だ。7000系の6両編成。

宝塚を出るとカーブを曲がって武庫川を渡り、宝塚南口。駅名票に宝塚ホテル前と書いてある。車内はそれなりに乗車がある。

逆瀬川、結構乗車あり。混んできた。沿線の山に宝塚神社がある。小林、おばやし。読めないってのw

沿線には桜があるがほとんど散ってしまった。仁川、阪神競馬場前ちょうど桜花賞開催の前日で、列車もヘッドマークを付けている。引き上げ線があり西宮北口〜仁川の幕を出した電車が止まっていた。競馬向けの臨時便だろうか。

山陽新幹線をくぐり、門戸厄神。いつの間にか先頭車は人で埋め尽くされていた。宝塚から約15分で終着駅の西宮北口へ。神戸線との接続駅で乗降も多い。今津線そのものはここから二つ先の今津までの路線で、かつては実際にそこまで通しで運行されていた。接続する神戸線とは平面交差で線路が直交しており、双方の電車がまるで交差点のように相手の路線の線路を渡るダイヤモンドクロッシングとして親しまれていた。しかし神戸線のホーム延長が行われるにあたり支障となるため廃止され、今津線は西宮北口を境に今津方面と宝塚方面とに分断された。そのため今は双方とも西宮北口で完全に行き止まりの構造で、まるで無関係な路線のようである。ちなみに宝塚方面の路線は神戸線との連絡線があり朝ラッシュ時には直通の準急があるが、連絡線にはホームが設置されておらず直通準急は西宮北口には停車しない。

  
さて、次は今津方面に乗車するが続きはweb、ではなくて次回に!

南海汐見橋線

前回取り上げた南海の通称汐見橋線に乗る。
前にも触れたが正確には高野線の一部、といいつつも現在線路はつながっていない。南海線、高野線(難波・橋本方面)と接続する岸里玉出(きしのさとたまで)駅から、北西に向かって支線のように線路が伸びているだけである。
先にも書いたが2両編成の普通列車が往復するのみ。本数は終日ほぼ30分間隔。地理的に大阪都心部に乗り入れる路線としてはかなり異質である。利用客の姿もほとんどなく、この路線が残っているのは周辺の需要に応えてというよりは、汐見橋で接続(と決まってもいないようだが)の構想がある、なにわ筋線計画を意識したものと言われる。

南海線でやってきて乗り換えたので、岸里玉出駅から乗る。
元は岸ノ里駅と玉出駅という別々の駅で、難波から走ってきた南海線・高野線が分かれて汐見橋線が接続するのが岸ノ里駅で、そこから南海線を一つ南へ行くと玉出駅があった。しかし両駅の間は400mほどしか離れておらず、平成に入ってこの付近が高架化された際に、玉出駅を吸収するような形で両駅が統合されて、岸里玉出駅となった。

高架駅で、南海線、高野線二つの主要路線が接続し、汐見橋へ向かう線が接続する様は、さながら高速のジャンクションのような構造だが、実態としてはどの路線も各駅停車しか停車しない。そのため南海線と高野線の乗り換えは、一つ北に行った天下茶屋駅(ここは特急も含め全ての列車が停車)で行うのが一般的である。大阪都心部に近いのでそれなりに駅の利用客はいるが、広い構内の割に乗り換え客も少ないので、寂しい感じではある。

南海線の普通列車を降り、汐見橋行きの出る6番のりばに向かう。
列車は2両編成が岸里玉出~汐見橋を往復するのみ。高架化されたとはいえ、短くちっぽけなホームが、立派な南海線の線路の隅っこに、まるで申し訳程度にあるだけである。ホーム内は単線で1列車しか進入できないが、本数の少ない今となっては十分である。一応「高野線」でありながら同線とはつながっておらず、むしろ南海線と線路がつながっている。よって車両は同線の車庫から出入りしている。

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列車が来て乗り込むが、日中は2両編成でも乗客はわずか数人というお寒い状況だ。

時間になり汐見橋へ向けて発車する。
高架を左に向けてカーブし、華々しいミナミへ向かう線から離れて、我が道を行くように走る。しかし岸里玉出駅構内は単線だったのに、分岐してから線路は複線になった。かつて高野線だった頃の名残で、実は岸里玉出駅を除くと全て複線になっている。
とはいえ今や列車本数は終日わずか30分間隔、距離も短く起点から終点までたったの9分で着いてしまう。往復しても走行時間は18分、余った時間で折り返しが出来るので、2両編成の車両1本あれば事足りる。というわけで途中列車のすれ違いが全くなく、せっかくの複線も完全に持て余している。

線路の右側に片側二車線の立派な道路が走っており、その沿道は住宅街となっている。線路も複線で、これだけ見れば都会の私鉄電車の雰囲気そのものだが、実態はあまりにも違いすぎである。
そうこうするうちに最初の駅、西天下茶屋駅。
複線ということで上下線揃ったホームだが、屋根や壁など設備はほとんど昔のまま。
反対方向のホームには、この路線があくまで高野線であることを示すように「高野山・橋本方面のりば」と書いてあるものの、そちらの方面に向かう乗客はどれくらいいるだろうか。一応、岸里玉出で乗換が必要な旨が書かれているので別に間違ってはいないのだが…。ちょっと、かつての栄華に近いようなものがある気がしてならない。

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津守、木津川と進んでいく。木津川あたりからは海に近くなり、阪神高速も通り工業地のような雰囲気になってくる。路線のローカルぶりも手伝って関東の鶴見線のような光景である。しかし鶴見線はあくまでも工業地帯への通勤路線であって、日中はローカル線になっても朝夕のラッシュ時は本数も増えるし通勤客で混雑している。
実はその昔、この汐見橋線も同じようにこのあたりへの工業地への通勤客でそれなりに賑わっていたという。しかし今となってはそれも想像がつかない。

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阪神高速と並行しながら汐見橋へ向け走る。最後の途中駅となる、芦原町駅を過ぎる。隣に阪神高速の出入り口もある。どう見てもそちらの方が綺麗で目立つ存在である。

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芦原町の先でJR大阪環状線をくぐる。むろんそちらの方が本数、利用客とも圧倒的に多いのは言うまでもない。この汐見橋線の所だけ周囲から隔離されたかのような感覚である。
減速して終点汐見橋に到着。わずか9分の非日常的な空間が終わる。汐見橋駅の有様は、前回に書いた通りである。
こんな路線だが、ゆくゆく大阪の動脈の一つとなる地下鉄路線と接続する夢を期待されている。もっともそんな夢が本当にかなうのかどうか、という時勢になってしまった気がしてならないが。もっと早い時期にその夢の実現に向けて世間的に動いていたとすれば、この路線の姿はきっと、今とはだいぶ違っていたことだろう。

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変な駅シリーズ(3)

2016年10月27日、一部加筆しました。

変と思う駅を取り上げていくこのシリーズ。時に、関西からでも送ってみようか。
大阪はミナミから府の南部、和歌山方面へ伸びる南海電鉄。大手私鉄路線で通勤・通学の足として機能している。都心から離れた和歌山方面や観光地として名高い高野山方面ではローカルさも漂うが基本的にはごくありふれた通勤電車である。しかしそんな中、まるで裏切るかのように忽然と妙な駅が存在する。いや、これは路線といった方が適切かもしれないが…。

大阪ミナミの繁華街の中心として名高い難波。南海電鉄のターミナルも存在し、人通りが絶えない。そんな都心の本当にど真ん中から、電車でたった一つ隣へ行ったところに、その駅は存在する。
難波から大阪市営地下鉄の千日前線(あるいは阪神なんば線)で西へ一つ目、桜川という駅で降りる。
桜川駅自体は特に変わった様子もなく何の変哲もない地下鉄の駅。平成21年には、大阪梅田と神戸を結ぶ阪神電車が、新たに大阪ミナミ、近鉄に乗り入れる路線として阪神なんば線が開業、その途中駅としても開設された。隣の難波に比べると繁華街を外れており利用客の姿はそれほど多くはないが、周囲は都心らしくビルやマンションに囲まれており、上空を高速道路が通るという、典型的な都会の風景そのものである。

地下鉄を降りて、出口に出る。外には開業したばかりの阪神なんば線の真新しい出入り口が構えている。しかし、そこから隣に目を向けたところに、それとはまるで真逆の、時代に逆らってずっと時が止まっているかのような古びた駅がたたずんでいる。南海電車、汐見橋(しおみばし)駅である。

一面白く塗られただけのそっけない建物に、少々遠慮がちにぽつんと汐見橋駅の看板が掛けられているだけ。昔からある商店か何かと間違えそうである。
外見は塗り直されたりしているのだろう。阪神の駅も隣にできたためさすがに古さは隠せないものの、まだそこまで強烈な違和感はない。しかし一歩足を踏み入れたらそこはまるで異空間だ。
黒く煤けた床、壁。駅員の窓口もあるが窓も相当な年代物といった感じだ。
きわめつけは改札の上に飾られている(この表現も、もはや妥当かどうか)『南海沿線観光案内図』だ。さてこれでも見て南海沿線を…なんていったらとんでもない!内容は昭和30年代当時のもので、ご丁寧にもそれを示す注意書きが左下に書いてある。普通ならその前に案内板自体を掛け替えるはずだが…。
資料的価値(?)がある、とでも判断したのだろうか。でもそれ以前に内容がすっかり煤けてさっぱり読み取れない、というか真ん中あたりが破れてしまっていて、ちょっと痛々しい。保存するにしても何か方法があるような気がするのだが。そこまですることもないのだろうか、ずっとここに掛かっている。まあどうしようか決めるというほどでもなく、ただそのままにされている所だろうか(※2016年3月、とうとう撤去されてしまった)。この駅で新しいものを見つけようとすれば、改札だけがちゃっかり自動改札になっているくらい。でもそれも果たして必要だったのかどうかと思えてくるが…。

ただ駅が古いというだけではない。難波から地下鉄で一つ隣、こんな都会の駅だというのに利用客の姿はほとんどない。そもそも列車の本数が終日に渡ってほぼ30分間隔、朝夕のラッシュも関係のない完全にローカルのダイヤだ。始発は6時前後と遅く、終電も22時台と早い。都会の鉄道とは思えない光景である。ちなみに、先に取り上げた和歌山県内の加太線の方が1日の本数が多い。
まったくこんな路線を維持、運行する意義がどこにあるのだろうか、とすら思えてくる。

ここ汐見橋駅は、南海線の途中駅、岸里玉出(きしのさとたまで)から汐見橋までを結ぶ、通称汐見橋線の終着駅である。
わざわざ「通称」と書いたのは正式名称ではないからで、正確には高野線の一部である。
高野線というと難波から出て橋本、高野山方面へ向かう路線として、今や何の違和感もなく機能している。立地上、誰が見ても難波が始発駅だというのは疑いのない話だが、実はあれは難波から途中の岸里玉出まで、南海線に乗り入れという体裁になっていて、ここ汐見橋駅の方が正確な起点である。

なんでこんな形態になってしまったかといえば路線の成立過程が関係している。もともと高野線は、難波から和歌山市方面へ向かう南海線(当時の南海鉄道)とは別会社の路線で、当時は高野鉄道の路線であった。高野山へ向かう鉄道として建設された訳だが、その際にターミナルはやはり難波に構えるつもりであった。が、既に南海鉄道が難波に乗り入れていたので許可されず、それでも何とか大阪都心に自力で乗り入れることを画策して、道頓堀にほど近いここ汐見橋(当初は道頓堀駅と名乗っていた)に延伸してターミナルを構えた、ということである。
しかし大正期に入って高野鉄道と南海鉄道は合併、路線についても両線が交差する岸ノ里駅(現:岸里玉出駅)に連絡線が設けられ、高野線もほとんどが難波発着になり、この時から汐見橋方面は実質支線扱いになった。すべてが難波発着になった訳ではなく、長らく汐見橋発着の高野線各停も見られたが、後に岸里玉出駅高架化の際に、汐見橋方面の線路は高野線から完全に分断されて直通運転が出来なくなった。そのため現在は同じ高野線でありながら、難波方面の電車とは全くつながりはないし、かつて高野鉄道時代にわざわざ汐見橋まで建設された意味もまるでなくなっている。そんな訳で今は「汐見橋線」と呼ばれることが多く、一般に高野線との認識はなかろう。しかし南海では今も「高野線」として扱っており、公式サイトの各駅の時刻表でも、汐見橋駅なども「高野線」と書かれている。
今はローカル線そのものの雰囲気漂う汐見橋線だが、大阪都心部を縦断する地下鉄なにわ筋線構想があり、その接続路線となる構想がある。この路線が今もなお存在する意義としては、どうもそんなところもあるようだ。しかしその構想自体も具体的に固まっている状態でもないようで、また難波を起点とする案が有力視されつつあるようだ。

 

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阪神電車桜川駅(左)と並ぶ、南海電車の汐見橋駅(右)

出来たばかりで真新しい阪神桜川駅とは対照的に、時が止まったままのような景観。
いうまでもないが利用客の数も雲泥の差である。

 

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駅舎内。古く煤けた構内に件の観光案内図。ちょっと見ていて痛々しい。。。自動改札だけが、時代に最低限応えたかのように置かれている。

 

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噂の観光案内図。丁寧にも昭和30年代のものと明記されている。だいぶ黒ずんでいて読み取るのも困難だ。かといってこの場所に今の路線図をデカデカと掲げるほど、ここの駅の重要性も大きくはないだろう。。。

※先にも書いた通り2016年3月、とうとう撤去されてしまったようである。何かしら保存の手立てはなかったものか、と思うが破れも酷く状態の悪さが災いしてしまったか。

 

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ホーム。始発駅だが発着する列車も少ないので線路は2本しかなく、造りも簡素だ。2両編成しかないのでホームも短い。すぐ左側に阪神高速道路が通っている。

 

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駅名看板と停車中の列車。よく見ると駅には広告らしいものはほとんどない。出したところで…という感じではあるが。

 

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ホームには一応ベンチも置かれているが、実際座る人はどれくらいいるだろうか…。
ちなみに、背もたれにパチンコ屋の広告が貼られているものがあり、「当駅西向い」と書いてある。しかしこれも明らかに今のものではなく、その「当駅西向い」の方向に当の店を探してもどこにもなく、「看板に偽りあり」の状態である…。

 

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駅前の様子。広い通りにマンションが立ち並び、阪神高速も通り、典型的な大阪の都市の景観そのもの。それもそのはずで隣の駅はミナミの中心たる、難波である。南海汐見橋線の駅と路線だけが、まるで周囲と切り離されたかのような雰囲気のまま存在している。

南海多奈川線

大阪は「ミナミ」で名高い難波を起点に、和歌山市方面へ向かう本線(南海線)、高野山へ向かう高野線を主軸とする私鉄。関西国際空港へのアクセスも担い、空港開港に合わせて登場した特急『ラピート』はその特異な車両デザインも手伝って、未だに看板の地位を保ち続けている。
大阪は土地柄もあってか、私鉄路線は北部から東部にかけての方に割と集中している。南側はというと地理などの関係もあるのか、あまり広範囲に展開しておらず、南海がほとんど引き受けている格好だ。北側は私鉄同士が競合するが、南側はそうでもない。

基本は通勤電車だが、海が近かったりローカルムード満点な支線があったり、和歌山港で徳島への航路に連絡するなど、観光面の要素も多い。

難波から南海本線の特急『サザン』で45分、和歌山との県境にほど近い、みさき公園。子供達のはしゃぎ声が聞こえてくる。そして潮風がなんと心地よい!香りもいい!

みさき公園から出るのが多奈川線。2230系の多奈川線に乗り換える。2両編成、30分毎。乗客の姿は少なく、寂しい。大阪都心の汐見橋線よりはまだ良いだろうが。

みさき公園駅は1番線から5番線まであり、4番線は3、5番線の和歌山市寄りを切り欠いて設置されたホームである。この4番線が多奈川線用のホームといえるがここから出る列車は毎日13時15分発の一本しかなく、他の列車すべて5番線から発車している。

  
  

緑に囲まれて、単線を進む。のんびりしたペースだ。よく見ると沿線の山にソーラーパネルがある。

海と山に囲まれたローカルムード満点な支線だ。深日町。

ホームは長いが、今は2両編成しかないので途中柵で仕切られている。かつては淡路島行きのフェリー連絡の急行淡路号がなんばから乗り入れていたので6両編成の電車があった。

深日港。古びた駅名看板が印象的。以前はここから淡路島へのフェリーが出ていたが、関西空港開港で空港から出るようになったため現在は発着がない。開業時は存在せず、フェリー開設にあたって造られた。そんなこともあり隣の多奈川駅とは非常に近く、すぐ目の前に多奈川駅が見えている!

電車は発進してすぐに加速を終え、徐行のまま多奈川駅に進入。あっという間の旅であった。

   
  
 多奈川駅から深日港駅を見る。

京阪電車

大阪と京都を結ぶ鉄道、JR京都線(東海道線)と阪急京都線が梅田(JRは大阪駅だが)から出ていて途中もほとんど並行し距離も割と短いとあって、この二つが割とメジャーなところだろうか。しかしもう一つ、淀川を挟んで向こう側を走る京阪もまた京都へのアクセスルートの一つだ。大阪に来てまだ京都に行っていないということで、JRと阪急は以前乗ったことがあったので、今回は京阪で向かってみることにした。

梅田から御堂筋線で一つ、大阪都心のビジネス街の一角である淀屋橋からスタート、京都市街の北東寄りの出町柳までを結ぶ。梅田に乗り入れておらず、淀川の対岸を多くのカーブを通りながら結ぶとあって距離が長くちょっと不利な印象がある。反対の京都側も全く違うルートを取っており、テリトリーも少し違う感じである。京都側は鴨川の東側を南北に走っており、終点の出町柳は叡山電鉄線に接続、比叡山や鞍馬山方面へは京阪の方がアクセス性が良い。京都の街の中でも祇園や清水寺といった京都市の東側の観光地は沿線に比較的近い(もっとも祇園あたりであれば、阪急の終点河原町から歩いても近いが)。

淀屋橋から京阪の特急に乗る。車両は特急用に造られた8000系。大阪と京都、そんなに長くない距離を結び特急料金も要らないが、車内はクロスシートが並びダブルデッカー車も連結される豪華仕様。かつてはテレビがついているのも京阪自慢だったが、撤去されてしまった。

地下駅の淀屋橋ターミナル。地上を走る道路が狭いのか、スペースには制約がある。最大4本まで列車が入れるがホームをいくつも作れず、実質1面だけのホームでやりくりしていて、基本的に3・4番線が使用されるが、京都寄りはホームを一部切り欠いてそこに2番線を設けており、また4番線の線路についてはホームの京都寄りを1番線として、列車を2本「縦列駐車」可能にすることで、1番線から4番線まで確保している形である。なんとも窮屈なやりくりである。休日昼間は3、4番線しかつかっておらず、京都寄り先端部にある1、2番線は消灯されている。ちなみに、同じく京阪の大阪側起点である中之島駅も同じような構造をしている。
ターミナル駅のはずだがホーム、停車中の特急ともにガラガラと、各方面からの旅客が終日集まる阪急梅田と比べると、ずいぶんと寂しいものだ。ちなみに各駅停車は淀屋橋発着がほとんどなく、二つ先の天満橋で合流する中之島線から乗り入れてくるので(中之島線が開業する前は、天満橋で折り返しであった)、もともと淀屋橋を発着する列車がそんなに多くない、という事情もあるだろう。

 

空いている特急、余裕で運転席後ろの席を陣取る。
シートはリクライニングしないものの分厚くてかなり座り心地が良い。それと京阪の車両の特徴として、営業線全ての車両の端の天井付近に、沿線にある成田山大阪別院のお札が掲げられている。車両にお札が付いているのは、他ではなかなか見られない。成田山大阪別院は寝屋川市内、京阪の香里園駅からほど近いところにある。毎年交通安全を祈願してお札を受けて車内に掲げているものだが、もともと成田山のあった所は京阪が運営していた香里遊園地の跡地の一部だったそうで、そこを京阪が寄進したという経緯もあって今日までの縁があるようだ。京阪の通る方向は大阪から見ると鬼門に当たる方角であり、厄除けの意義は大きいようだ。

淀屋橋を出るとしばらくは大阪都心部を地下トンネルで走る。中之島線が合流する天満橋で乗客が少し増えて席も埋まってくる。地上に出て複々線になり、高架になって京橋に停車。内側の急行線に入る。ホームで待ってる人は多いが、ここでも席は埋まらない。JRや阪急に比べると不利なのが出てしまっているか。空いているもんだ。ちなみに京阪ではここ京橋駅がもっとも乗降客数が多い。JR環状線との接続駅でもあり、拠点と言えるだろう。

京橋を出るとさっそくs字カーブ。ここからは関西の私鉄では珍しい複々線区間が始まる。それと京阪は「京阪電鉄”カーブ”式会社」と揶揄されるほどカーブが多いのが特徴だが、このあたりは珍しく直線が続き、複々線を気持ち良く飛ばす。
途中、千林、滝井、土井、と各駅停車しか止まらない駅があるが、それらの駅は各々400mほどしか離れていない。見ていてもマジで短く、ホームを伸ばせば隣の駅に届きそうに見えてしまうほど。なんでそんな間隔で駅があるのかと首をひねりたくなる。
守口市を通過。特急は止まらないが、急行、準急などの列車は止まる主要駅。この辺からカーブになり速度制限がかかってくる。
生駒山系が見え、避けるように左にカーブしていく。萱島を通過すると複々線が終わって複線になる。眼下に車両基地が広がる。萱島駅は通過であったが、駅のホームを貫通するようにクスノキが立っていることで有名である。萱島神社の御神木で樹齢は推定700年、大阪方面行きのホームにある。駅の拡張をする際にこの領域にホームがかかることになったが、木を保存するために避けた構造としてホームがつくられている。ちなみに同様の例が阪急宝塚線の服部天神駅にもあり、梅田方面行きのホームに堂々とクスノキが立っているのを目にすることができる。東京ではこんな例は見られないぞ!

 

寝屋川市を通過。大阪都心にもわりと近く、けっこうでかい街だ。通勤の便が良さそうだ。
地上に降りて、香里園を通過、名前は綺麗だが現在駅前には巨大なタワーマンションが立ちはだかる典型的なベッドタウンという印象である。先にも書いた通り
少し登りになる。カーブ多いな。さすが京阪という感じだ・・・。速度を小刻みに上げ下げする。
枚方パークを右に見て枚方公園を通過、高架になって枚方市に停車。ここから交野線が分岐する。ここも栄えている街だな。寝屋川市、香里園、枚方市と大阪の周辺の大きな街が続く。

淀川対岸のJR、阪急と違って、京阪沿線は大阪市内で近くを地下鉄谷町線、JR学研都市線などが多少並行してはいるものの、基本的に京阪がメイン路線となっており、それほど競合ムードがない。ということで必然的に京阪に集中する傾向があるようだ。通勤時間帯の混雑も長年激しく、複々線が造られたり、朝夕ラッシュ時は「通勤なんたら」の種別も走らせて関東も顔負けなダイヤ編成をしている。

左手に淀川の河川敷が並行し、樟葉に停車。すぐ左がモロに淀川でガチでリバーサイドな駅である。ということで一見寂しげに見えるのだが、反対側の南側は街として栄えている。
淀川の対岸がよく見える。高槻あたりだろうか。前方も天王山か山崎あたりの山が立ちはだかる。
山沿いに走り淀川から離れ、八幡市を通過。トラス橋で木津川と淀川を渡る。ここで淀川を渡るのか。

淀を通過。駅の南側には広大な京都競馬場があり、淀も高架駅なので良く見える。開催日は競馬ファンでごった返すことだろう。関西の中央競馬はここ京都と、阪急今津線の仁川駅が最寄りの阪神競馬場がある。阪急今津線も開催時は西宮北口〜仁川間の折り返し便がある。そういえば桜花賞の頃に意識もせずにたまたま乗って、かなりの賑わいだった。

南側に宇治川が並行する。中書島に停車、宇治線が分岐する。
伏見桃山を通過して丹波橋に停車。近鉄京都線との乗り換え駅。京都らしくなってきた気がする。
店などを挟んで右手に近鉄が通り、駅を出るとオーバークロスする。
名神高速をくぐって藤森、その次は名神でもよくきく名前の深草を通過。名神に深草バスストップがあるので高速バス利用者にとってはおなじみの地名だと思う(但し名神をくぐったところに藤森駅がある通り、深草バスストップの最寄駅は藤森駅)。伏見稲荷、鳥羽街道と通過。この辺は駅間短い。右手にJR奈良線が並行、オーバークロスして奈良線の右に回り込むと東福寺。正面に東海道新幹線が見え、下り勾配で京都都心の地下トンネルへ。七条に停車。大阪と京都の都心部では多くの駅に止まる京阪の特急だが、京都の地下線では各駅には止まらず、七条の次は祇園四条に止まる。途中清水五条は停車しない。ここが清水寺の最寄駅ではあるのだが、乗降客数は少ないようだ。

三条を過ぎると次は終点の出町柳に停車する。途中駅は神宮丸太町しかなく実質終点に近いが、ここで各駅停車に接続して追い抜く。以前はここ三条が京都側の終点で、今も淀屋橋からここまでが「京阪本線」である。この先、出町柳までの2駅は平成元年に新しく開業した「鴨東線(おうとうせん、難しい名前・・・)」となる。とはいえほとんどの電車は出町柳まで乗り入れ、三条止まりは現在ほとんどないので乗客にとっては特に気にする話でもなかろう。ただし、新しく開業した路線とあって、運賃だけはちゃっかり高めに設定されているのだが。

路線は変わったものの、京阪本線から続くなんの変哲もない地下鉄を走行して神宮丸太町を通過、終点出町柳に到着する。ここも2線だけのターミナルらしさがあまりない地下駅。
ちょっと変わっているのは、特急は停車して客を下ろすとドアを閉めて車内整備を行い、所定の停止位置まで前進しドアを開けて折り返しの客を乗せるという「儀式」がある。
駅の上はすぐ叡山電車の乗り場で、比叡、鞍馬方面へのアクセスは抜群だ。


 

清水五条へ戻って清水寺へ。駅から結構歩いたな。十数年ぶりに来た清水寺、新鮮だった!雨だったけどすごい人やったな。


南海フェリーで四国へ(1)

さあ今年も待ちに待ったGW!まあ、29日休みだったし前後で有休取っちゃって、「待ってなんかないぜ!」って人もいるかも?そういえば朝のニュースでも、「GW後半」とか言ってたし。それくらい休める人はどれくらいいるんだろうか?多くのサラリーマン(但し土日きっちり休み前提ネ…)にとっては「昨日から5連休始まったばかりじゃないの!」と突っ込みたくなるところではないかと…。別にまあどうこう、って話じゃないんですけど、あんまり騒がれると「こっちはまだ休んでないんだぞ!」って、思えてきませんか??? って、どういう前振りやねん!
というわけでせっかく大阪にいてるからにはその力を発揮して(?)、どっかに行こうということで。昨年出かけた四国にまた行ってみることに。以前は関東から長時間かけて行ったわけだが、大阪からならちょっと足を伸ばす程度、日帰りでもそれなりなことが出来るのだから羨ましいもの。
行き方は鉄道、バス、船舶となんでもあり。まあ、最近は明石海峡大橋も通じて高速道路網が本州と四国をショートカットしているので淡路島経由が主流だろう。船も神戸から高松や、徳島方面なら和歌山へ出て南海フェリーもいい。今回は南海電車に乗るのも兼ねて南海フェリーで向かってみることに。

休日早朝の御堂筋線で難波へ向かう。さすがに休日早朝となれば本数も少ないし、乗ってみると空いている。と油断していると梅田では乗客が列を作って待っていて都心は混雑してくる。この路線で時間帯というものはあまり関係ないようだ・・・。しかし、難波へ向かうにつれ、スーツケースを持つ乗客が目立つようになって納得した。南海電車で関空へ向かう客ということだ。というわけで難波で一斉に下車、スーツケース組と南海電車乗り場へ向かう。まだ朝6時過ぎた頃だが、地下から上がるエスカレータは旅行客中心に上から下まで並んでいる。

南海で徳島へ向かうなら乗車券は「とくしま好きっぷ2000」に決まり!南海電車の発売駅から、電車・フェリーで徳島港までの片道切符で大人2,000円、子供1,000円で販売している割引乗車券で、通常の値段だとフェリーだけでこの料金になるので、電車の分が実質無料という美味しい切符である。むろん遠ければ遠いほど得で、難波から和歌山港なら始発から終点になり通常運賃は920円だがそれもちゃらだ。特急『サザン』の座席指定車や、南海フェリーのグリーン席は別途その分の料金が必要だが、どちらか一方だけなら使ってもお釣りがくる値段である。購入も窓口でなくてもタッチパネルの券売機で購入出来るので、とても手軽だ。

7時10分発の特急『サザン』1号、和歌山港行きに乗る。和歌山方面へ向かう南海線に乗る機会はまずなく、『サザン』も乗ったことがない。
『サザン』は8両編成で、和歌山港側の前4両は指定席、難波側の後4両は自由席である。指定席の方は専用の特急車両、自由席の方は普通の通勤車両が連結され8両編成となっている。リクライニングシートを備えた名実共に特急らしい車両と、いつも乗る通勤電車が連結されるという、ほかではちょっと見られない列車である。自由席は乗車券だけで乗車できるが、指定席は座席指定券(510円)が必要である。自由席と指定席の車両の通り抜けはできず、一本の列車でありながら無関係みたいな感覚である。
せっかく乗るならということで座席指定券を購入する。距離が60km少々でそんなに長くなく、乗車時間も1時間程度とあってか、指定券も直前でもすんなり手に入る。というか指定席の利用客自体低調らしく、時間も時間だろうが、空席ばかりであった。指定席車の10000系に乗り込む。後ろの自由席は通勤型の7100系。リニューアルはされているが、どちらも年季が入った車両である。南海の新型車両導入のペースは鈍く、『サザン』にも新型車両が投入され始めたものの未だに以前からの車両が現役で主力となっている。そのあたり良くも悪くも、通勤電車ながらローカルな面を醸し出しているような気がするが。

   
 
定刻になり発車、ありふれた通勤路線を走っていく。
朝早いこともあってリクライニングで気持ち良くうたた寝してしまう。

途中泉佐野で空港線が分かれ、しばらく走っていくと海沿いに出る。せんなん海浜公園のすぐ横を走る。これから海に出る期待感が増幅される。

   
 

みさき公園を過ぎると一転して孝子峠越えになる。しかし峠自体そこまで高くないし、道路も並行しているのであまりそれらしい雰囲気はない。
孝子峠を越えてすぐ、和歌山大学前(ふじと台)に停車する。南海では最も新しく2012年に開業したばかりの駅である。和歌山大学や造成中のふじと台へのアクセス駅となり、特急含め全ての列車が停車する。
カーブしながら下って行き和歌山市街地が良く見えるようになる。平坦なところに降りて再びスピードを上げる。南海の名物(?)の一つである紀ノ川橋梁で紀ノ川を越える。開業当時からの歴史ある橋梁で、特に上り線の橋梁は架けられてから100年以上経過している(のちに複線化されて下り線の橋梁が架けられている)。

   
紀ノ川を渡るとすぐ和歌山市に停車。南海線の終点で難波からきた列車の大部分はここで折り返す。この先は和歌山港線になるが、地元客の利用よりもフェリー連絡を主体としたダイヤ構成になっているので、運行時間も変則的で2〜3時間に1本くらいしかない。和歌山港までは2.8km、それなりな距離はあるし沿線も過疎地域ではないのだが利用が見込めないか。前は途中駅も存在し列車もそれなりにあったが、今は途中駅は全て廃止されている。

   
 

  

単線で家並みの間を窮屈そうに走って、港に出て終点和歌山港。フェリー乗り換えの客がどっと降り、逆にホームにはフェリーから乗ってきた客が待ち構えている。だがこの駅が賑わうのは本当に列車がつく時だけだろう。

かつてはこの先水軒まで路線が通じていたが2005年に廃止、水軒ゆきは1日たったの2往復というなんともやる気のない(失礼)ダイヤであった。

   
 
和歌山港駅は南海フェリーの乗り場に連絡通路で直結している。フェリーは8時30分発。旅客は1階、2階が客席、一番上は展望デッキ、ほか船底の部分は自動車用のスペースである。

連休とあって結構な人で、グリーン席は満席、普通の席もほとんど埋まって座るところがない。カーペットの席もあるがそこもびっしりだ。トラック運転手用のスペースも開放されていた。あとはデッキに座り込む人も。

徳島までは2時間の船旅、船旅もそんなにするものではない。しばしの非日常体験だ。

   
  

 

北摂の通勤路線

ふとしたことから大阪に移り住んで数ヶ月・・・何年とか言えないんやけどw
つーわけで普段は地下鉄御堂筋線を利用している。
大阪市営地下鉄の路線だが、まあ大阪というとまず誰しも使う地下鉄路線。メインストリート御堂筋に沿って走り、観光地もこれ一本で結構カバーできる。それ以前に通勤ラッシュが凄いのだが。
御堂筋線は北は吹田市の江坂から、新大阪、梅田、なんば、天王寺と経由して、堺市のなかもずへ至る路線。24.5kmを20の駅で結ぶ。また、北側の江坂では北大阪急行線と接続して相互乗り入れしており、千里中央まで運行される。江坂止まりの電車は基本的になく、途中止まり以外は千里中央ゆきなので実質そこが終点みたいなものである。事業者が変わるので運賃が違うが。

大阪の地下鉄ではもちろん、関西でも屈指の混雑路線である。混雑度的には数値は低いらしいが実際にラッシュ時間帯に乗って見ての混み具合は、生ぬるいものではない。朝ラッシュ、起点の千里中央発列車は結構凄まじい混雑で、途中から乗ると乗り切れずにドアにカバンを挟まれる光景もしばしば。新大阪まで行けば新幹線などの乗り換えと始発もあるためか、少しだけ楽になる。始発を待つ人が長い列を作っている。帰宅ラッシュも逆のパターンで、新大阪ではそこから乗る人や新大阪止まりに乗ってきた客やらがどばっとやってきて、千里中央方面ゆきはやはり混雑する。早い時間帯はそうでもないように見えるが、夜遅めになると出張帰りなども重なるためか、結構最悪な状態になることもあるw
西中島南方を過ぎ、淀川を渡ってトンネルに入り中津に着くと、そこからまたも始発がある。途中始発がやたらと多い路線だが、その理由は梅田に着けばわかる。電車がトンネルを抜けて梅田駅のホームにさしかかると、淀屋橋、本町方面へ向かう通勤客で、ホームが隅々まで埋めつくされているのをみて呆然とするw
電車を降りてホームを歩くのも一苦労、階段を上がって改札を向かうところには駅員が立っており、時に入場制限がされるほど。これだけの乗客を裁くには途中始発のカラ電車を設定するほかないというわけだ。帰宅ラッシュも朝と同じパターンなので中津止まり、新大阪止まりがあり、千里中央方面に帰りたい客にとっては中津止まりは邪魔なもので、特に梅田から帰る場合、中津といっても一つ隣の駅なので特にがっかりするw。

とまあ関西屈指の混雑路線でいつもは嫌々乗ってる人も多かろうが、先にも書いた通り大阪の拠点は大阪城や鶴橋など環状線の東側を除けばほぼ総なめにしているので通勤のみならず観光その他でも使える路線である。新大阪から南へ向かえば大阪都心の観光地へ出るわけだが、北へ向かっても(千里中央で乗り換えになるが)万博記念公園などあり郊外側のスポットも楽しい。

というわけでまあ南の方は通勤で乗るし、ディープな所はさておいてそれなりに足も運んだので、北の方へ向かってみるとしよう。

   
 

東三国〜江坂間、神崎川を渡る所。中津から先で地上に出る御堂筋線。新御堂筋に挟まれて走る。新御堂筋は交通量が多く車がひっきりなしに通るので、なかなかうまいこと電車を撮れないw
 

  

   江坂にやってきた。御堂筋線の終点で、ここから先は北大阪急行になる。現在は千里ニュータウン方面の通勤路線となっている同線だが、当初の目的は万博来場者輸送で会期中は会場の前(万国博中央口駅)まで路線があり、太陽の塔の目の前に到達できた。会期終了後に会場線が廃止され、千里中央が終点となり現在の姿になっている。千里中央からかつての会場である万博記念公園へは現在、後に開業した大阪モノレールでアクセスできる。

ちなみに日本一運賃が安い鉄道として知られ、長らく初乗りは大人でも80円だった。消費増税後に値上げされて今は90円だが、それでも安い。大阪市とは別立てで、通しで乗る乗客が多いのでそんなに実感はないかもしれないが。万博輸送でかなり回収出来たり、支出が割と少なかったことが理由らしい。

が、現在は千里中央から先箕面方面への路線延長計画が具体化している。ということで新線関連でなにかとオカネがかかるっちゅうことだが、どうなんだろうか。というか御堂筋線の混雑に拍車がかかるとしか思えないのだが。10両編成で運転本数も結構ギリギリである。大丈夫なんだろうか。

  

江坂を過ぎると名神高速を越える。江坂まで御堂筋線と一緒に高架を走ってきた新御堂筋の本線はここではアンダーパスしている。なので、道から電車を撮るならこのあたりなら被らない。まあ、どのみち道路に挟まれる関係上、ホームで撮るのが一番撮りやすいのだが。
  
ちょうど千里中央行きが通過していった。しかし名神をくぐった先は強烈な坂だ。千里丘陵に入っていくためかこの辺から起伏が激しくなるようだ。しかし関東からきた者にとっては環八周辺を連想するような景色。高速が通っていると用賀あたりが思い浮かぶw
  
緑地公園付近、大阪市交通局の21系電車、なかもず行き。

北大阪急行も自前の車両があるが、営業距離が短いので車両数は少なく、見られるのは乗り入れてくる大阪市(御堂筋線)の車両ばかりである。
  
  

 

緑地公園駅。江坂を出て最初の駅。しかし新御堂筋の歩道を歩いていても、さっぱり目立たない。

電車に乗ったことがあったのでだいたいこの辺だろうと思っていたが全然わからなかった。ふっと道路の中央側を見て「緑地公園駅」の看板がニョキッと出ているのでそれでやっと気づくレベル…。地図が充実した世の中とはいえ初めて乗る人にはトラップかもしれない。

  
駅から北へ少し歩くと服部緑地がある。広大な緑地公園である。もとはこの辺りも竹林だったらしい。開発で切り開かれた地域である。

   
21系に抜かれる。リニューアル車が増えてきた。

 

少し歩くと竹林に囲まれた昔ながらの家々が広がる。都会からちょっと田舎の方に、足を伸ばした感じがする。でもここから梅田まで一本でそんなにかからずに行ける好環境だ。マンションが建ってるのがそれを象徴しているかのようだ。
   

 二つ目の桃山台駅。団地に囲まれていかにもニュータウンの駅といった感じか。
 
  

桃山台を過ぎると次はもう終点千里中央。同駅だけ地下にあり、ちょうど電車が地上に出てきた。

 

北大阪急行が地下に潜ると視界が広がった気がする。目の前が千里中央の駅周辺。道路の行き先の標識がごちゃごちゃしている。中国自動車道が通っている。

  こんな石碑が立っていた。千里八景、だそうで。
   

 

というわけで千里中央に到着。てかここまで結局、歩いたんかいw やぁ、天気がいいし気分的に歩いて見たかったから…。

   

 

千里中央のシンボル、せんちゅうパル。作りがやけにヨーロッパ風…。

   
  

というわけでここから大阪モノレールに乗って万博記念公園へ。

万博会場の跡のでっかい公園だし来場者は今も多いようだ。前は遊園地のエキスポランドもあったが閉園している。ジェットコースターの事故がニュースでも報道された。

 

   
 やっと会えたねw

こんにちは❗️
  
いつも表ばかりが映されている彼。実は裏が違う顔だってのは、知らなかったw

屋根の一部もモニュメント的に残されている。
 エキスポ70パビリオン!45年前の熱気を感じられますw 

その時代には生まれていない筆者、1970年というと遠い過去のように思えますが、見てるとあんまり今と大きく変わらないような気もしますね。
 

天神橋筋商店街

大阪駅から環状線で一つ隣、天満駅から南北に伸びる商店街。すぐ隣を南北に走る天神橋筋に沿っており、その下を通る地下鉄堺筋線でも行くことができる。

日本一長い商店街として知られ、その全長は2.6kmに及ぶ。隣の天神橋筋を走る地下鉄堺筋線でいえば南から南森町、扇町、天神橋筋六丁目と3駅がすっぽり入ってしまう。これら3駅ならどこで降りてもすぐ東隣の道が商店街である。

キタやミナミなどとはまた違った趣が楽しめる。各種観光名所を回るのもいいが、スポットとして一度足を運んでおきたいところ。いや、いろいろありすぎて何回来ても足りないか…。

  

商店街近くを走る地下鉄堺筋線。

  天神橋1丁目側の商店街入り口。「日本一長〜い商店街」の文字が光る。ここからひたすら商店街が続くわけだ。商店街としては南が1丁目で、一番北の6丁目まであり実態としては別々の商店街である。

  

とりあえずごく普通のアーケード商店街、飲み屋あり、服屋あり、靴屋あり、書店あり、雑貨あり、なんでもありw

  

もうアメリカ村には行かせない!と張り合ってますなぁw ブランド古着店

  

   

 

しばらく歩くと曽根崎通(国道1号)と交差する。下を地下鉄谷町線、JR東西線が通る。堺筋線との交点で南森町駅がある(JRは大阪天満宮駅)。

  

  

3丁目までやってきた。商店街の中心部に入る感じ。スーパー玉出の看板が目立つ。

しかし、とにかく長い…

   

 

このあたりに地下鉄堺筋線の扇町駅がある。南森町駅からちょうど一駅歩いた形だ。

  

4丁目に入る。JRの天満駅近く。3丁目あたりまでは飲み屋などもありつつも衣類や雑貨など色々店があったが、このあたりからは飲食店の比率が高くなる。

   

  

 

キャベツ焼140円の文字に思わず胸踊る!

お好み焼とは似て非なる、また違った粉物!でも低カロリーで価格も安い。

豚肉入りのきゃべとんも210円!今回はそちらにした。

このあたりは本当に飲食店が多く色々入ってみたくなる。大阪トンテキも味わうw  

 

  

JR環状線天満駅、先のキャベツ焼は、駅を出てすぐのところ。

 

古い環状線の高架下にも店が並ぶ。雰囲気は良いが高架橋のくたびれ具合がハンパない。

 

 

まだまだ続く商店街!天五商店街、ついに5丁目に入った!

4丁目は飲食店が多かったがこのあたりからまた衣料、雑貨などの店が増えてくる。対象年齢層もちと上がったような気がするが。道幅がこれまでより狭くなり、店との距離が近い!古き良き下町の商店街といった印象だ。

 

とうとう最後の天六商店街 

日本一長い商店街もようやく終わり。ちょうど終点に地下鉄・阪急天神橋筋六丁目駅がある。  

 

  

商店街を出たところから振り返る。

  

 

天六の風景。阪急OASISが目立つ。上はタワーマンションのジオタワー天六。

数年前までは天六阪急ビルだった場所。もっと言えばかつての阪急の天神橋駅ターミナルでもあった。現在梅田から出ている阪急京都線だが、新京阪鉄道を名乗った当初はここ天神橋駅をターミナルとして京都方面に向かっていた。戦後阪急になってからは運行体系が梅田発着にシフトしていき、天神橋への発着は千里線など支線的な位置づけになっていった。

そして昭和44年、大阪市営地下鉄堺筋線が開業すると同線と相互乗り入れをすることになり、現在の天神橋筋六丁目駅(地下駅)に移転した。

設備は完全に地下鉄堺筋線と共有され、ここに発着する阪急の電車は始発終電近くを除き、すべて堺筋線に乗り入れる。京都線、千里線の一部列車が乗り入れるが、特急など花形が梅田に完全にシフトした今は、臨時や一部の準急を除けば普通列車ばかりとなっている。かつて華やかなターミナルだったことなど、もはや忘れられているかのようだ。

阪急で神戸へ

大阪に来たからには、京都や神戸なんかも行っておきたいところw
京都は何度か行ったことがあるものの、神戸はほとんど歩いたことがないもんで、先に神戸に行ってみることにした。

阪神間の移動も路線が多いが、JRと阪神電車は乗ったことがあったので、ここでは阪急電車を選択!
梅田から阪急神戸線、9:30発の7000系新開地行きで向かうことにした。
「私鉄王国」と言われる関西、その一角を占める阪急。各線ともそれなりに見所があるわけだが、阪急の場合、まずは広大な梅田駅のホームだろう。京都線、宝塚線、神戸線と、3つの本線クラスが乗り入れる梅田駅は10面9線のホームを持つ。JRを除く私鉄としてはここまでの規模を持つターミナル駅は希少である。そして各路線とも本数が多いということで梅田駅の各ホームの動きはせわしない。特に本数の増える朝のラッシュ時は休む間も無く出入りする。

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どの車両を見ても外観はマルーン一色の阪急電車。古いとか新しいとか、見た目ではあまり感じづらいところではある。が、それなりに世代交代は進んでいるらしい。外観は昔からのものだが乗ってみると液晶ディスプレイなど、最新式の設備が整ったりして驚かされる。

「ただいま発車いたします」のアナウンスに、梅田駅ならではの発車メロディーとともにドアがしまる。そしてもう一つ、梅田駅の発車では3本の路線のレースが見ものだ。神戸線の特急、宝塚線の急行、京都線の特急は、昼間のダイヤではすべて同じ時刻に梅田駅を発車(毎時0分、10分…と10分毎に発車)、そして3本とも次の停車駅である十三まで並走する、ということで、自然と競争状態になるというものだ。
さあ今回はどうなるか。先行したのは我が神戸線の特急、そして京都線特急が続く、宝塚線急行は大きく出遅れた・・・。
3本の複線、合計6線で進む。最初の駅、中津をゆっくり目に通過する。見ているとここのホームは極端に狭い。「日本一狭い駅」だった阪神の春日野道駅が広いホームに移って久しいが、ここの狭さも負けていない?

この先で淀川を越えるが、ここで京都線の特急が追い上げてきた。
減速して最初の停車駅、十三に進入。ということで京都線に負けて二着だった・・・。
宝塚線はこちらが停車してもまだスピードが出ているくらいで、だいぶ遅れているw
ちなみにいうと先に通過した中津駅、神戸線と宝塚線にはホームがあるが、京都線にはホームがないい(普通も停車しない)。中津を過ぎて淀川あたりで京都線が追い上げられたのは、それによるところが大きいでしょうねぇ。以上、どうでもいい結果解説でしたw このレースに払戻金はありませんwww

気を取り直して最初の停車駅、十三。これで「じゅうそう」と読むわけだが、関西に住んでおればお馴染みの地名だが、それ以外の地域の者にはまず、読めない・・・。
梅田から並行してきた京都、宝塚、神戸の3路線は、ここで各方面に散らばって行く。ということでホームも梅田寄りを頂点に、扇を広げたような形をしている。京都線は右、宝塚線は真ん中、神戸線は左に進路をとる。
3路線の結節点とあって乗客は多いようで、梅田の時点では空いていたがここで結構乗ってきた。

十三からは単独走行、新幹線をくぐると特急らしくハイスピードで走る。神戸線は最高速度115km/hで走る。
時にカーブもあるが直線が多く、あまり減速しない。

福知山線を乗り越えて、阪急塚口を通過、伊丹線が分岐するが、特急は止まらない。
武庫川を越える。結構大きな川だ。
右手に車庫を見ながら減速、線路がいくつも分岐して、西宮北口に到着。
今津線の乗り換え駅で、ラッシュ時には今津線から梅田に乗り入れる準急が走るが、ホームのない連絡線を通るためこの駅には停車しない。

このあたりから六甲山系が車窓に近づいてくる。しかしここは日本、山の中腹あたりまで、家でびっちりだ。
続いて夙川に停車、上りホームの途中に、直角に交差する甲陽線が見える。
六甲山の麓の高台のせいか、きつい上り勾配、アップダウンが激しくなる。でもそんな路線をものともせずにハイスピードで走る。
岡本に停車、ここまで梅田からちょうど20分、早くも次は三宮だ。
沿線には桜が咲き始めている。大阪来ても昼もずっと寒かったけどここにきてようやく暖かさが感じられるようになった。というか最近思うのは明らかに冬が長くなり夏もやたら暑くなり、と寒暖がはっきりし過ぎている。

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S字カーブを通過し、少し速度が落ちる。御影を通過する。
六甲を通過、かつては姫路からの山陽電車がここまで乗り入れていた。そういえばもう相当前のことだが阪急電車と山陽電車がここで衝突する事故も起きたという。

前方遠くに神戸市街地のビル群がそろそろ見え始める。
王子公園を過ぎて、速度が落ち始め、左側にJR線が合流してくる。神戸三宮に入る態勢になる。
ホームの狭い阪急春日野道を通過する。中津も負けていないが…。
JR三宮駅の真横を通り過ぎて、神戸三宮に到着。
神戸最大の繁華街であり、名実ともに阪急の神戸側ターミナルともいえるが、特急のほとんどはこの先、神戸高速線に乗り入れて新開地まで走る。

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阪神淡路大震災前は神戸阪急ビルがそびえ、その中に駅があるというもので、ビルの中に電車が出入りする光景が見られた。しかし、震災により建物に破損が生じ、鉄道駅の部分を残して解体されたため、今では駅ホーム部分が最上階になっている。しかしホームから下のコンコースなどは、アーチ型の天井など、歴史を感じさせるものである。

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駅前(駅北側)の様子。線路沿いに続く道に飲食店が並ぶ。

ということで神戸にやってきた。
まずは三宮界隈から、ぶらり・・・(純平さんじゃないですが)
旧居留地、名前に似合わずビルの立ち並ぶ場所だが所々に昔からの建物。

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居留地近くには三宮神社がある。神社もさることながら「神戸事件発生地」の石碑が印象に残る。
慶応4年、この神社の前あたりで、備前藩兵の隊列をフランス人が横切る事態が発生。静止にも応じなかったフランス人は槍で突かれてしまう。その後、列強各国の兵と生田川の河原で撃ち合いに発展したという。明治政府としては初めての外交事件であった。

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神社内には大砲が置かれている。事件の銃撃戦で備前藩が応戦に使用したとされる。

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神戸市営地下鉄で移動してみる。海岸線に乗車。海沿いルートを行く路線。
三宮・花時計前から新長田まで。路線としては長くなく15分程度のコンパクトな路線だ。

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ハーバーランドで下車。ハーバーランドのど真ん中、と思いきやなんのことはなくJR神戸駅の真ん前だった・・・。
ともあれここで降りて少し歩けば神戸港の風景。赤レンガ倉庫も見られる。
海の街っていいですなぁ!

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