新幹線で一気に(4)

夜の浜名湖を通過、暗いものの明かりに照らされて水面がかすかに見える。遠くにイオンの大型店舗が城のごとく煌々としている。
浜松を通過。急速に東京に近づいている。5時近くまでは九州は博多にいたのに。九州新幹線が通じたことで東京~鹿児島中央間が新幹線で結ばれ、現在鹿児島中央から新青森まで新幹線で移動できるが、途中新大阪、東京で乗り継いで、10時間強くらいで行くことができる。陸路をゆく新幹線でもこれだけの時間で移動できてしまう。10時間といったら普通列車(快速含む)で東京~姫路あたりまで行くのがやっとだろう。そうこうするうちに静岡通過。今回このレポはほとんど車内で書いているが、そんなことしてたら本当にあっという間だ。これはもう赤い彗星シャアのごとく「3倍のスピードで接近」、いや、何に対して3倍なんだ?とにかく新横浜に着くまでもう30分ちょっとだ。
三島を過ぎて新丹那トンネルを過ぎる。静岡県区間ももうすぐ終わってついに関東地方に戻る。思えば今日一日で中国、近畿、中部を素通りである。
小田原通過、新横浜到着15分前の放送が入る。名古屋~新横浜間は1時間以上ノンストップになるためか、下りは三河安城通過時に名古屋到着の、上りは小田原通過時に新横浜到着の予告の放送が入る。さあ、4時間50分の新幹線の旅も終わり、降りる体制を整える。

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というわけで新横浜駅。本当にテープを巻き戻すように帰ってきてしまった。

というわけでございまして(重ねてなんだ)、長々と書いて参りましたが、九州旅これにて完了となります。最初に書いたのいつだろ?ああ、8月16日から書いていたんですねぇ!夏から書いて4ヶ月、ありゃりゃありゃりゃで年末になっちゃいましたorz!まあ、毎日ではなく、途中脱線することもありましたが、なんとか書いてこれてホッとしています。まあ、コレに懲りずに(!)今後も日常の息抜きにでも大なり小なり旅をしていくことでしょう。長らくのお付き合い有り難うございました!

新幹線で一気に(3)

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一駅走って京都に停車。ここも一定の乗車がある。そういえば京都の夜景は今までほとんど見ることがなかったが、駅から見る限りそんなにギラギラはしていないようだ。景観の規制もあるためだろうか。光の強さが目立ったのは京都タワーくらいだ。でもそれくらいの方が本当はいいだろう。
明かりの点在する闇夜の中を行く。時々屋上にゆっくりとした間隔で点滅する赤い光は高層マンションか。草津あたりの東海道線沿いだろう。この辺り、本当にマンションが多い。
車窓が暗くなったりトンネルを抜けたりする。関ヶ原付近か。暗いと明かりを頼りになんとなくわかる程度だ。再び明るくなると岐阜羽島を通過していた。
名古屋20時11分着、次の停車駅はもう新横浜だ。名古屋~新横浜が新幹線で一番長いノンストップ区間で80分ほど停車しないが、博多から乗ってきた自分にとってはきっとそこまで長く感じられないことだろう。今回初めて博多から乗っているわけだが、さすがは新幹線でなんだかんだで博多からここまででも結構あっという間だった。日本列島の西から真ん中近くまで、夕方に出たというのに来れてしまったんだから、やっぱり脅威的と思う。何気なく耳にしては口にする「新幹線」、大人になるとその存在も当たり前のようになってしまうだろうが、改めてみればこれだけの長距離を毎日、遅れを出さずに運行しているんだから、まったく物凄いものだと改めて気づかされる。蛇足だが今の新幹線のダイヤは本当に『のぞみ』ばかりになってしまっている。ということで新横浜〜名古屋間ノンストップがほとんどで静岡に停車する新幹線列車は相変わらず少ない。いいかげん『のぞみ』の一部を静岡とか浜松あたりにでも止まればいいのにと思うが。新大阪止まりの列車くらい、なんとかならないだろうか。
さて広島巨人戦、広島は巨人に4点までリードされたまま無得点の状態が続いていたが、7回裏の攻撃でなんと一気に逆転して5ー4になっていた。やっぱり分からないもんですね。って、コレ書いてる頃にはもう楽天が日本一になって終りましたけどね。

ムーンライトながら(2)

『ムーンライトながら』の旅が始まる。すでに混んでいるかと思ったが意外とまばらで、東京方面からの乗車は少なく、多くの乗客が小田原から乗るようだ。窓側をとっていただけに通路側に人がすでにいたら気を遣うなと思ったが誰もいなかった。一安心。やはり18きっぷの効力をみな考えてのことのようだ。

深夜帯走行ということで小田原発車後に放送が入った後、名古屋まで車内放送はなくなる。途中沼津、静岡などに停車し乗り降りが出来るので、降りる人は乗り過ごさないようにとの注意が入る。また乗務員が何度か車内を通ったが、特に検札する様子もないようだった。ということで眠りにつくのだが、座席である上に騒音も大きいので、どうも気になってしまう筆者は案の定さっぱり眠れない。海外への飛行機でもしっかり眠れた試しがない。あいにくモーター車だったので走り出すと騒音も余計大きい。また犯罪対策として車内灯が暗くならないので(その方が良いが)明るさも気になってしまう。これじゃあなんだか「一生懸命目を閉じている」という感じだ。まあ、指定券入手が困難なこの列車、乗れるだけでも有り難いと思うべきであるが。ちなみに周囲を見るとアイマスクをしている人もいた。車内灯が気になるならそれも有効だろう。

それでも一応眠いことは眠いのでいつの間にか眠っていて、ふと気がつくと沼津、静岡と駅に止まっていたりするが、まあ熟睡できるものではない。リクライニングするとはいえ座ったままだから変な姿勢になって首が少し痛くなったりするものだ。少し寝たり、眠れずに音楽聞いたりしながら過ごす。

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静岡では在来線もさることながら新幹線ホームも灯りがついていた。発車すると保線をやっているのが見えた。
気がつくと浜松に停車していた。ここは長時間の停車、しばし静かになるので眠るチャンスだ。と思ったが、発車時刻近かったらしくすぐに発車した。高架で浜松市街をみながら進む。しかしマクドナルドはこんな夜中も眠らない。今日も街中にはMマークが光る。
また寝ているうちに豊橋を通過、時刻はまだ4時頃、名古屋着5時20分で、名古屋までそんなに距離はないがだいぶハイペースである。案の定、4時18分頃に共和で運転停車、ここで長時間止まるようだ。貨物列車に抜かれる。停車中に空が白んできて、4時50分にようやく発車。夜が明けた名古屋周辺の市街地をいく。5時になる前に熱田にきてしまったが、と思ったらやっぱり熱田でまたも運転停車した。
隣のホームにはながーいコンテナ貨物が停車していたが、やがてのそのそ動き出した。

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熱田を出たところで「おはよう放送」が入り、名古屋着。新幹線はまだ始発前。見慣れない保線の車両が走っていた。5時とあって明るいことは明るいものの、まだ街も動き出す前といった感じでひっそりしている。

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用を足すついでにデッキで朝日を眺める。眩い。

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岐阜の朝の様子。

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岐阜到着、次はもう終点の大垣だ。

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ムーンライトながら(1)

小田原駅でコンコースに出る。箱根登山、大雄山線とも終電は終わり、東海道も上りは終わりで、下りは23時54分の沼津行き最終普通、その後0時19分の熱海行き最終普通で定期列車は終わる。『ムーンライトながら』はその後にやってくる。

さてこの『ムーンライトながら』、元をただせば通称「大垣夜行」として毎日運転されていた夜行の普通列車で、1996年に夜行快速『ムーンライトながら』に変わり、自由席の普通列車だったのが一部指定席になった(指定席料金510円)。それでも長らく毎日運転、指定席の確保も最難関であった。が、どういうわけか2009年から臨時列車になってしまい、現在は限られた期間しか運転されなくなっている。それでも猛烈な人気ぶりは変わりなく、指定券の入手は困難である。乗車日の一ヶ月前になれば駅で発売開始されるが、そんなに早く出向いても「完売御礼」という事態も有り得る列車だ。いきなり駅へ行くのではなく、「えきねっと」などを使ってネットで事前に申し込むのが得策だ(それでも保証される訳ではないが)。

もう0時近いというのにコンコースには結構人がいる。ベンチに座っていようと思ったが全部埋まっている。しかも、0時が近づくにつれだんだん増えてくる。大概がトランクなど旅と思しき荷物を持っている。これ、あきらかに『ながら』狙いだろう。やっぱり根強い人気のようだ。それに皆、翌日の日付になる小田原から乗ろうということだろう。青春18きっぷは5回分の普通列車乗り放題の乗車券で、1日分に1回使用とカウントされ、乗車駅あるいは車内でその日の日付の入った印が押されることになっている。なので基本的に、翌日にまたがって利用する場合深夜0時を過ぎて日付が変わった後の最初の停車駅から、翌日分(2回目以降)の利用としてカウントされる。快速『ムーンライトながら』の場合、列車自体の始発駅は東京駅であるが発車時刻が23時10分であり、横浜〜小田原間を走行中に日付が変わってしまう。小田原より手前の停車駅である東京、品川、横浜から青春18きっぷで利用した場合、2回分が必要になってしまう。むろんそれで構わないならそうして良いのだが、青春18きっぷは1回分2,300円で、その日の普通・快速列車でどこまでも行ける切符である。その効力を生かすのであれば、『ながら』には小田原から乗車するか、あるいは東京、品川、横浜から乗るにしても小田原までは通常の切符を別に用意し、小田原で18きっぷを使用開始にするのが有効である。

そして見ていると小田原駅の駅員も、18きっぷ利用で『ながら』の乗車が多いのを見越して、18きっぷとながらについての案内を繰り返し、改札も0時過ぎてから行う体制のようであった。18きっぷは自動改札は使えず、駅員を介さないと通れない。0時近くなってきて、18きっぷでのながら利用者は窓口前に並ぶように案内されて、列を作り始めた。駅側ももうこの対応はお決まりのものとして、組み込んでいるようだ。

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発車案内、最終列車の後に「ムーンライトながら」の表示が。

日付が変わると開店時間といわんばかりに、駅員が18きっぷとながら乗車券の改札を始めた。 さて私も列に並んでホームに入るとしよう。いやあ、ここでこんなに人がいるとこれからどうなることやらといった感じだ。
そういえば指定券を買う時に『ながら』の乗車日を間違えてしまったらしく、日付を変えてもらうように改札で言われて離脱している人もいた。夜の乗車ということでついついやってしまいがちなのだが、小田原から乗る場合の『ながら』の日付は「翌日」である。例えば8月1日の夜に出発して小田原から『ながら』に乗ろうという場合、実際に『ながら』に乗るのは「8月2日の午前0時31分」になるので、その日時で指定券を買わなくてはいけない。つい「8月1日」で指定券を買おうとしてしまうが、それでは乗ることができないので要注意である。なお、上述したように小田原より手前の東京、品川、横浜から『ながら』に乗る場合は日付が変わる前の乗車になるので、気にせずに8月1日乗車として買えば良い。

下りホームの3、4番線に降りる。上り列車は既に終っているので、ホームは回送だらけ。定期列車はこの後0時19分の下り熱海行き最終のみ。すぐ隣が大雄山線のホームだがそちらは駅、停泊の電車とも完全に消灯してすでにゴーストタウン、ならぬゴーストホーム?と化している。

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停車中の回送、何気にE217系だったりする。

 

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大雄山線ホーム。本日の営業は終了、車両も休んでいる。

 

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天下の東海道線だけに貨物輸送もさかんで、さっきから営業列車に負けないくらいに貨物列車が行き来している。夜遅く、といいたいところだが昼間は営業列車が多く、むしろ夜遅い方が邪魔なものが少なくて走りやすいかもしれない。

 

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案内放送が入り、闇の中から活気ある音を立てて、いよいよ『ながら』のおでましだ。特急車189系を使った10両編成。これで一路大垣を目指す。

こだまの旅(2)

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相模川を渡って右手に大山が見え、山が迫ってくると小田原。普段なら高速で通過していく訳だが、今回は停車である。早速ここで2本の列車に追い抜かれる。昔ならこんなに抜かれることはなかったろうが、今や過密ダイヤなものでほとんどの駅で追い抜かれる。トンネル区間が続いて熱海、ここは東京~名古屋間で唯一追い抜きが出来ないので、すぐ発車する。だがその後は三島、新富士、静岡と各駅止まる度に1本ずつ追い抜かれた。
10時40分、掛川着。小田原で最初に追い抜かれた品川9時7分発のぞみ215号が名古屋に着く頃である。さすがにのぞみには敵わない。しかし、こちらも一応は新幹線、駅間の速度は十分早すぎるくらいなので、各駅に止まろうが追い抜かれようがそんなに問題にならない。在来線では品川9時3分発の熱海行き普通列車があるが、それに乗ってもまだ熱海にようやく着く頃。乗り継いで掛川へ!なんて言ってると余裕でお昼を過ぎてしまう。
掛川は追い抜きなしで発車、ちなみにここは新幹線にしては珍しく、北口駅舎が木造のまま残されている(写真は帰りに列車内から撮ったもの、これが一杯一杯・・・)。ちなみに、近年はひかりの一部が停車する駅も増えてきたが、新富士、掛川、三河安城の3駅は今もこだましか停車しない。浜松付近では廃車待ちか、119系が今も留置されている。この前乗った飯田線で今年春まで主力だった車両だ。飯田線に乗ったことがなかったため、こんな格好ではあるが写真に撮るのはこれが最初で最後だろう。
その後も各駅止まる度に抜かれて11時43分名古屋に到着。各駅停車で抜かれることもあって停車時間は長かったが、その各駅周辺の様子はゆっくり見れたし、飽きることはなかった。新富士周辺では富士市を抱きながら冠雪している富士をゆっくり眺められた。なかなか貴重な光景だったと思う。「のぞみ」ならあっと言う間に通過してしまうだろう。

静岡ローカル私鉄巡り(6)

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草薙(くさなぎ)は東海道線にも同名の駅がある。この辺りはちょっと離れるが基本的に両線は全区間に渡りほぼ並行しており、徒歩での乗り換えも出来る。駅舎の立派な県立美術館前を過ぎ、東名高速をくぐる。県総合運動公園では、新清水発車時点でがら空きだった車内は座席が埋まってちょっと混んで来た。JRの線路群と国道1号線を盛り土で越えて北側に出る。右側が緑っぽくなってはくるが、沿線は静岡の市街地である。途中国道1号ともべったり並走、こちらも交通量が多い。春日町で国道と分かれ、静鉄ビルのある音羽町、日吉町と過ぎる。このあたりも500mほどしか空いておらず歩いてでもいけるくらいだ。やがてビルに吸い込まれるかのように終点、新静岡に到着。覆い被さる真新しい駅ビルは新静岡セノバ、同駅ビルの一番奥に静鉄乗り場がある。旧駅ビル(新静岡センター)を解体した上で現ビルを建設し今の形態になったようだが、東急顔負けのターミナルである。同じようなロケーションを走ってきた池上線が、終点五反田で2階にある山手線を跨ぐ高さに着くのもハデだが、こちらも決して負けていない。(笑)ビル内を歩き静岡駅へ向かう。中はどこにでもありそうな商業施設、出ると「新静岡駅」の文字は有るものの「cenova」の文字の方が目立っており、駅自体もかなり奥にあることもあってすっかり埋没してしまっている感がある。これはちょっとわかりにくくないか・・・。
5分程歩いてJR静岡駅。新幹線の停車する、立派な高架駅だ。東海道線で高架の駅は少ない。歴史の古い路線である以上まあ仕方のないところだろうか。
二路線乗った所で今回は終了、伊豆急、伊豆箱根、岳南、静鉄と県下4私鉄を制覇した。しかしまだ県西部の3私鉄が残っている。それに東海道線で静岡まで結構乗ったように思えて、実は県横断の半分にも達していないことに気づく。静岡はやっぱりデカい。

静岡ローカル私鉄巡り(5)

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新清水駅は静鉄の清水側ターミナル。2両編成なのでホームは短いが、ターミナルとあって大きめの駅舎を持ち貫禄がある。全駅に自動券売機、自動改札機を備えておりその辺りからも都市鉄道的な性格が伺える。東急との縁があり現在の車両1000系も東急車両製、オールステンレスでデザインも東急7200系(当の東急からは引退してしまったが・・・)そっくりの、18メートル級3ドア車である。あまりに似過ぎているため、東急からの譲渡車かと思っていたがれっきとした自社発注車である。かつては自社で車両製造もしていたようだ。ちなみに、鉄道友の会静岡支部の「おれんじ賞」を受賞した車両とのことで、車内にはそれを記念するプレートが貼られている。
新清水を出ると、ミニ私鉄らしい小柄な鉄橋で川を渡る。次の入江岡から狐ケ崎までは東海道線が右にべったり並行する(但し向こうは清水~草薙間に駅はないので、この間での乗り換えは出来ない)。2両しかないこともあり、途中駅のホームはどこも狭い。ワンマン運転の都合上か、ホームには柵が設けられている。路線や車両の形態、風景からして、東急の世田谷線や池上線あたりを思わず連想する。入江岡から桜橋までは300mしかなくすぐ着いてしまう。こんな所もなんだか、らしくていい。だがそうかと思うとその次狐ケ崎までは1.7kmと長く、結構スピードを出す。
“ミニ私鉄”とは言ったものの今の鉄道だけのことで、グループ会社も含めたら結構な規模である。県の中央部を中心にバス路線は充実しているし、東京、大阪方面への高速バスも運行されている。鉄道もかつては広大な路線網をもっており路面電車もあったというが、残念ながら昭和50年頃までに全て廃止されてしまったようである。

静岡ローカル私鉄巡り(4)

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吉原で東海道線に乗り換え、静岡鉄道を訪問すべく清水へ向かう。岳南江尾では始発のためか整理券発行はなく(この手の方式に馴れていないもので、岳南江尾駅で思わず運転士さんに尋ねてしまった)、改札口で運賃のみ手渡す。JR乗り換えは改札を出てすぐの窓口で、駅員さんから切符を購入する。手渡された切符は硬券!しかもよく見ると吉原駅で買っているのに「吉原本町駅発行」とあるのがちょっと妙だ。同駅が吉原駅を管理しているためだそうだが。ともあれこれで清水へ向かう。東海道線の普通列車で清水まで移動。このあたりは沼津、富士など主要都市が続くが列車は3両編成、混んでいる。5両や6両の列車は比較的空いているが、そんなに来ないようだ。新型車投入のおかげでトイレ付きの列車が増えたのは良いが。JR東海管轄区間では今も、トイレなしの列車が時々来るようなので長距離移動時は注意したい。
富士川を渡り、山と海に挟まれた由比の海岸を行く景色の美しい区間。台風シーズンなんかは一番海沿いを走る東名高速が、しばしば高波で通行止めになってしまう所だ。今日は快晴、海は本当にエメラルド色をしていて美しい。
25分ばかりで清水に到着。進行方向左が清水港、右が清水の街である。昼食を取って10分ほど歩き新清水駅へ移動、静岡鉄道に乗る。新静岡〜新清水間を結び、今は合併しどちらも静岡市だが旧静岡市と旧清水市の二都市を結ぶ私鉄である。全長11キロとこちらも短いが東海道線に並行するように走り、駅の少ない同線をカバーするようにこまめに駅があり沿線の需要に応えている。2両編成しかないが全線複線、運行間隔は昼でも6、7分間隔、ラッシュ時には急行も走るなど、場所柄インターアーバンの性格が強いようだ。東海道線も興津〜島田間は昼間10分間隔と本数が多く、両線競合のような感じになっている。

静岡ローカル私鉄巡り(3)

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岳南江尾を発車、すぐ新幹線をくぐる。40キロくらいでゆっくり走る。沿線の幼稚園の子供の絵で車内が埋め尽くされてるのが微笑ましい。住宅街を進んで神谷。岳南鉄道とはなんか勇ましそうな名前で、子供の頃は文字からしててっきり登山電車かと思っていた。しかし標高が高く勾配のきつい山間部を走ることはなく、富士市の住宅街、工場街を走るごく普通の路線である。「岳南」は富士山の南という意味か。この日は見えなかったが快晴の日はその名の通り、姿を拝むことができるのだろう。
線路が付け替えられたのだろうか、この先かなり奇麗に見える。次は難読駅の須津(すど)。前方に煙突が見えてくる。工場街が近いようだ。踏切の音が電鈴みたいでチンチンチンと鳴っていてローカルさを一層かき立てる。岳南富士岡では電気機関車に、貨車のワムが繋がれて止まっていた。この貨物列車が動くことももうないのだろう。ここからは工場の中を走り、貨物ヤードも広がる。次は比奈(ひな)、右も左も工場、まるで鶴見線である。岳南原田で下り列車と行き違う。岳南鉄道は昼間は30分に1本程度の運行、7000系2本で賄っている。
工場街を抜けて吉原の町に入り、本吉原。ホームに地域の皆様の情報掲示板、こんな所も地域の足らしい。町の中心部にきたのかビルも目立って来て、吉原本町。駅周辺は結構栄えているように見えるが、こちらはマイペースにジリリリリとベルを鳴らして発車。左カーブしてジヤトコ前(ヤの字が大きいが、読みはジャトコまえ)、元は日産前駅で、その工場がジヤトコに営業譲渡された今も最寄り駅として営業する。国道1号線を渡り、新幹線を再びくぐる。東海道線が右から合流してまた工場のそばを走り、吉原着。20分程の小さな旅であるが中小私鉄らしいのんびりとしたムードが感じられると思う。利用促進策はとられているようだが、なかなか難しいようだ。なんとか頑張ってもらいたい。

静岡ローカル私鉄巡り(2)

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というわけで徒歩で岳南江尾駅に到着。ちょっと古びた駅舎、設備が味を出している(駅名の字体まで古い!)。駅舎はあるものの無人なので、改札をそのまま通りホームに入る。なんだか妙な心地だ。列車は1両か2両しかないが、構内は広めである。沿線に製紙工場が多いため、かつては短い地方私鉄にしては珍しく貨物輸送も盛んだった。しかし現在は廃止されてしまい、旅客輸送のみで賄わねばならず苦しい状況である。
先述の通り東海道新幹線が駅のすぐそばを通過している。ここに新幹線の駅を造って接続したら何か凄いことになりそうな気がするが、まあさすがにそれはないだろう。お互い全く関わりなく行き交っており、新幹線を取ってしまえば孤立したローカル線の終着駅そのものである。まあでもお互いの設備の違いが目に見えて面白い。架線からして全然違うしね。
ホームには1両の7000系(左写真の赤いやつ)と2両編成の8000系(緑のやつ)が止まっていた。8000系は公募によりつけられた「がくちゃんかぐや富士」の愛称を持ち、前面にはそのヘッドマークも付いている。岳南と沿線にまつわるものから取られたものだがなんか凄い名前だ。しかし稼働するのは基本朝夕のラッシュ時のみらしく、7000系のみが使用される昼間はここで休んでいるらしい。折角名前もついてるんだし、もうちょっと動かしてもいいんじゃないか?なお、いずれも元は京王井の頭線の3000系だ。京王からは昨年をもって撤退してしまったが、地方では車体の大きさ的にちょうど良いのか、多くの鉄道に譲渡されて今も使われている。前は東急の旧5000系(通称青ガエル)が赤に塗られて走っていた。ここ最近はもっぱら他社より譲渡された車両のようだ。ワンマン運転で無人駅が多いので整理券方式、運賃は後払いである。運転士がベルをならして発車、1両の小柄な列車がノソノソと動き出す。