紀伊半島一周の旅(4)

二日目を迎えた紀伊半島の旅。紀伊田辺で一泊して、朝7時51分の新宮行き普通列車で出発する。もう少しゆっくりしていたい気もするが、列車は本数が少ないので早めに行動する必要がある。今日は午前中に白浜を観光した後、昼は紀伊勝浦に移動して午後は那智山に行った後、勝浦で宿泊する行程とした。
本当は串本でも降りて観光してみたかったが、旅行の直前まで考えた末に白浜に絞り込んだ。広い紀伊半島、列車での旅の場合移動の時間や距離には制約があり、二泊三日では仕方ないが限られてしまう。串本は本州最南端で潮岬の灯台などは一度行ってみたいところ。またの機会にしよう。

紀伊田辺から先は単線になり本数もぐっと少なくなる。普通列車の車両は昔からの、105系2両編成がワンマン運転。白浜は紀伊田辺から3つ目と近い。

駅からバスに乗り名勝の三段壁、すぐ近くの千畳敷と回る。いずれも自然の造形美で圧倒される。グランドキャニオン、というとちょっと大袈裟だろうか。でも負けないくらいのインパクトはあるだろう。

三段壁は洞窟になっていて、エレベーターで降りて見学することもできる。ここは降りない手はない。華厳の滝みたいな感じだ。

洞窟の中にまで波が入ってくるが、外は完全に太平洋(外海)なので波の勢いが半端無い。しかも今日は波が高めということで特に勢いづいていたようだ。インディージョーンズの世界。

源平合戦の折、この地で活躍した熊野水軍が船を隠したと言われる。その時の様子を再現したスペースも設けられている。

歩いてほど近い千畳敷にも行ってみる。波の浸食によりできた独特の地形。まさに息を飲む光景。歩いて降りて行けるので行ってみるが、この時はもう風がハンパなくて前に進めない、というか目を開けるのも辛いほどだった。
そばにお土産屋さんを兼ねたレストハウスがあり立ち寄ったが、冬の白浜は特に風が強く、この時期には「春待ち風」という強風が吹くことが書かれていて納得した。そしてここではそれのために「立ちはだかる逆風と戦うマント」を借りることができるらしい。先に来ておれば、スーパーマンになれたのか。。。

自然を堪能してお土産屋で紀州名物を物色したところで、元の道を戻る。
白浜の中心部、ホテルが密集している場所に白良浜がある。名前の通り白い砂が美しい、関西屈指の砂浜でワイキキビーチとも姉妹なのだとか。たしかに、写真だけ見せられてホノルル行ったと言われても一瞬わかんないかも???独特な名前だが、白浜の語源となった砂浜だそうだ。

少し歩いていたら、案の定記念撮影のシャッター係を頼まれた。ここはもう、誰でもシャッターを押したくなる場所だ。
今は冬だが、一度は是非とも夏に訪れてみたい場所だ。(ものすごい人なのだろうが・・・)

温泉地として名高い白浜。海岸の近くにも足湯があるのが特徴的。
せっかくなので少しつかって足の疲れを癒す。これはポカポカになる。

バスで白浜駅に戻る。今日のところは乗車距離があまり長く無いし、柔軟に対応できるように特急の指定席はとっていない。ちょうど良さそうな時間の列車として、白浜11時30分発、特急くろしお3号の自由席にしようと思い、それに間に合うバスに乗った。しかしバスが少し遅れてきた上、途中から大荷物を抱えた乗客が多数乗りこんで時間がかかり、それでまた遅れてしまった。白浜駅の乗り換え接続時間は6分間だったが、間に合うか・・・。
少しヒヤヒヤしたが、途中の停留所はそれほど乗る人がいないためバスはそれなりに遅れを取り戻し、列車発車の2・3分前くらいに白浜駅に到着。なんとか列車の到着までに、ホームに入ることができた。
ふぅ〜、まあ旅にはこんなハプニングも時々ある。
さて、少し駆け足だが次は紀伊勝浦に移動して勝浦観光といこう。

紀伊半島一周の旅(3)

現在紀州鉄道は西御坊が終点でその先は廃線となっているが、線路跡が残っており、600mほど行ったところにかつての終点だった日高川駅の跡がある。

西御坊駅付近、車止めで塞がれているがその先一部線路が残っている。

 

終点の日高川駅付近の様子。線路に加えて踏切も「使用中止」の札がかけられたまま残されている。長年風雨にさらされてちょっと痛々しいが、ここまで残っているのも珍しいと思う。

線路周辺に路地が多いため訪問するのは容易だが、現地に書いてある通り線路内は紀州鉄道の敷地となるので、立ち入ったりしないように。

 

少し行くと日高川駅の跡地がある。ここも線路が残っていて終着駅を示すかのように線路の分岐も残っている。こうしてみると今にも列車がやってきそうな雰囲気。ちなみにここから少し行くと駅の名前になっている日高川が流れている。

 

その日高川の堤防を兼ねた県道から見下ろした日高川駅跡、奥が御坊方面。

 

西御坊周辺にきてから雨が再び降り出してしまったので、さっさと西御坊駅に戻る。簡素な駅舎はあるが、ホームまで屋根付きでありがたい。自動販売機も置かれている。時間限定で駅員がいるようで駅員室の設備があるが、この時は無人だった。
駅の壁面には地元の写真家による写真がいっぱい貼られていてにぎやかだ。

無人状態の改札の横には発車時刻表が貼られている。全ての列車と、御坊駅で接続するJRの列車が書いてある。わかりやすくて有難い。ただ、見ての通り終電は20時台と早い。。。

鉄道ファンの多いローカル私鉄らしく、ノートが置かれておりメッセージが書かれている。私も一言書かせて頂いた。頑張って下さい。

 

「日本一短いローカル私鉄」の看板もある。以前は「日本一短い鉄道」だったが、平成14年に関東に芝山鉄道(東成田〜芝山千代田間2.2km、途中駅なし)が開業して、日本一の座を明け渡した。しかし今でも短い部類の路線であることには変わりない。ちなみに芝山鉄道は東成田折り返しはなく全ての列車がそこから京成線には乗り入れているので、あまり日本一短いという実感は薄い。

 

終端部と日高川駅方面を望む。

 

紀伊御坊行きの列車が到着。

 

いよいよ列車に乗る。16時15分発の列車に乗るのだが路線が短くすぐ往復できてしまうため、折り返しになる下り列車は15時34分着、40分も前に入線してきた。路線が路線だけに到着した列車の乗客は、やはりこの路線目当てという感じがする。運転手さん一人になった車内に乗り込む。席に座ると「せっかく来てもらったのに、雨で申し訳ないですね〜」と、こちらが申し訳なくなるような一言をいただいて思わず笑ってしまった。訪問客にも慣れたものである。短い路線だがボックス式のクロスシートが備わり、座り心地はよかった。

静かだった構内に力強いエンジン音が響く。
数名の乗客を乗せて時刻になり発車。ワンマン運転のため自動でのアナウンスが入る。各駅に止まるが隣の市役所前はホームに乗客がおらず、ドアが開かずに発車した。なんだかバスみたいだ。しかし歩いてきてもわかった通り駅間は本当に短く、ほとんど徐行運転と言えるほどのスピードだが、それでもすぐに着いてしまう。

運賃は初乗り1kmまで120円、全線2.7kmを乗り通しても180円である。一見すると安く感じるが、全長2.7kmはJRの初乗り運賃3kmの範囲に収まってしまう数字であり、東京のJR(電車特定区間)の初乗りが140円なので全線乗ると少し高くはなる。駅の距離が非常に近くて本数が少ないところもあり、地元の利用は学生などを除くと厳しい状況である。乗る時は整理券を取るのかと思うとそうではなく、降りるときに車内に出ている運賃表を見て運賃だけを支払う方式である。

紀伊御坊、学門で少し乗車があった。学門では名前の通りで夕方の帰宅時間でもあったので学生の乗客が乗って来た。
少し賑やかになった車内だがあっという間の時間、御坊の中心部を離れて田園風景の中を走り、紀勢本線に合流して終点の御坊に戻って来た。

御坊駅ではJRの駅構内に紀州鉄道のホームが設けられており、改札もJRの改札を通って出入りする。ただし運賃は紀州鉄道の車内で払ってしまうため、その時に運転手さんから清算済票を手渡され、それを駅の改札で渡して外に出ることになる。御坊駅の紀州鉄道のホームは一線のみで、番線は珍しい「0番線」となっている。奇妙な番線で主要な駅ではその後の整理でなくなった駅が多いが、今でも各地探してみると意外と存在していることがわかる。関東では東京の綾瀬駅や千葉の四街道駅に0番線が残っている。

 


一旦改札を出て駅外で用を足し、今度は再びJRに乗る。今日はこの先の紀伊田辺で一泊する。
ここからは普通列車の紀伊田辺行きに乗る。和歌山〜御坊間は紀勢本線の中でも乗客が多いためか4両編成の列車が多いが、ここから先は2両編成ワンマンの列車が主力となっている。113系の先頭車化改造車でのっぺりした食パン顔の車両にあたった。

再び山々をトンネルで抜けながら走る路線となるが、113系らしくモーター音を立てながらの重厚な走りっぷり。17時近くなって日も暮れて来た。途中印南町、みなべ町を過ぎていく。南部駅は一部特急が停車する大き目の駅だが乗客が少なく、すぐに発車してしまった。
芳養駅を過ぎる。「はや」と読む難読駅名。そこを過ぎるとやがて市街地に入り、車窓が賑やかになってくる。終着駅で、今日の目的地である紀伊田辺に到着した。

田辺市の中心駅で規模も大きく、すべての特急が停車するほか普通列車もほとんどがここで終着・乗り換えとなる。拠点駅ということで駅構内には留置線が数多くあり、車両が停泊している。複線区間もここまでで、この先は終点の亀山まで単線となる。和歌山駅からの距離は95.2kmあり、ここまででも結構な距離である。
駅舎は、1932年の開業当時からのもので洋館風のレトロなものである。

外に出るとまだ相変わらずの雨。濡れるので写真もそこそこにこの日の宿へ。明日は半島をさらに南下して白浜、紀伊勝浦方面へ向かう。

紀伊半島一周の旅(2)

御坊駅で降りる。お目当ての紀州鉄道との接続駅だが、列車には乗らず駅を出て街を歩く。紀州鉄道自体全長2.7kmと短く、歩くのや走るのが好きなら普通に行けてしまう距離ではある(こんなことを書いては、乗って欲しい方にとっては申し訳ないだろうが)。また紀州鉄道が1時間に1本の運行で、特急からの乗り換え時間がだいぶある。ちょうど御坊着が12時55分とお昼になったこともあり、今回は昼食をとって御坊の街を散策しながら終点の西御坊までいき、そこから紀州鉄道に乗って御坊駅に戻るルートをとった。

大阪から和歌山にかけて移動するところでは雨が降っていたが、御坊に降りたときには小ぶりになり少しすると止んでくれた。散策をするにあたってはありがたい。

御坊市は紀伊半島の西側、和歌山県の中部に位置している。名前は、浄土真宗の本願寺日高別院がかつて御坊様と呼ばれ親しまれていたことに由来するようだ。地名は「ごぼう」と読むが、「おぼう」とも読める。子供の頃から地図を眺めるのが割と好きで、当時のアニメ『おぼっちゃまくん』(懐かしい!)もあり、和歌山の南の方にたまたま「御坊」の文字を見つけた時には「おや?」と思った記憶がある。(笑)本筋からは外れるが、まあ思いかえすとあの漫画はすごい破壊力だったと思う。古き良き80年代かな。いまやそんなバイタリティ(?)を世間にもたらすものも、なかなか出てこない気がする。

さて、「古き良き」というところでこれから本当にその手の鉄道を訪問するわけだ。沿線の各駅を回りながら歩く。御坊から西御坊まで2.7kmの間に、学門、紀伊御坊、市役所前と、3つも途中駅がある。全長が短いので駅間も当然短く、最初の区間である御坊〜学門の間だけは1.5kmあるものの、それ以外では次の駅まで、わずか300m〜600mしか離れていない。御坊駅から、市の中心と海の方へ向かって伸びており、かつては御坊臨港鉄道という鉄道であった。その後の再編を経て現在は紀州鉄道となっているが、経緯的な所もあり不動産が主力事業で、本社も和歌山ではなく東京日本橋にある(途中の紀伊御坊駅には事業所がある)。

 

市内を通る県道26号と交差する踏切から。単線、非電化の路線、ディーゼルカーがコトコト走る風景が連想される。

 

最初の駅は学門駅、学びの門ということで受験生などの縁起担ぎで入場券などのグッズでもしられる。しかし実態は無人駅でここでの購入はできず、隣の紀伊御坊駅(有人駅)で販売している。学門という駅名は和歌山県立日高高等学校・附属中学校に由来し、実際に学生の利用が多いようだ。

御坊の街は比較的狭い路地による昔ながらの町という感じだ。このあたりから市の中心部に入っていく。御坊もそうだが、JR(旧国鉄)の駅は市の中心から大きく外れており、中心部の交通は地元の私鉄やバス、路面電車が担っていることが多い(金沢、松山なども同様)。

 

学門から数分歩くともう紀伊御坊駅、300mほどしか離れていない。有人駅で立派な駅舎と車庫が付いており、紀州鉄道の中心的な駅である。駅舎では先の学門駅の入場券など、グッズを色々と売っている。記念に、硬券の乗車券セットを購入する。

 

 

駅周辺は御坊の中心部で商店街となっている。

駅の横にはかつて紀州鉄道で使用されていたキハ600形が静態保存されている。オリジナル車両にも見えるが、かつては大分交通で使用されていた車両とのこと。

 

よく見るとそばにはお弁当、サラダ巻などと書かれたのぼりが立っている。今はお店として営業しており車内で飲食できたりお弁当を買えたりするようだ。長年親しまれてきた地元の車両、大事にされていると思う。

 

紀伊御坊駅に来たところで、ちょうど御坊行きの列車がやって来た。1時間に1本、全線の所要時間もわずか8分(往復16分)なので途中駅での行き違いがなく、1両の列車が往復するだけである。今ではオーソドックスな気動車による運行である。

 

駅から少し西へ向かうと国道42号線に出る。紀勢本線とともに紀伊半島をぐるっと回る国道だが、市内でも主要な幹線道路となっており交通量も多いようだ。今となっては多くの地方都市に共通してしまう光景だろうがここでも国道周辺の方が、店舗が多く発達している状況である。

 

国道を南下するとやがて御坊市役所が見えてくる。市役所の先の角を入ってすぐのところに、市役所前駅がある。学門駅同様無人駅で、駅舎もなく簡素な作りである。紀州鉄道は市役所前〜西御坊にかけて、国道に並行するように走っている。

 

次は早くも終点の西御坊、再び国道42号を歩く。
列車は少ないのに、車の量は本当に多い。

 

西御坊駅。かつてはここから先にも線が伸びており日高川駅が存在したが廃線になっている。そちらについては、後ほど回る。

西御坊駅の近くには市名の由来ともなっている日高別院があり、その周辺には昔ながらの建築が並ぶ古い町並みが広がっている。一部の建物は公開されている。観光として歩くのも楽しい。

昔ながらの細い路地と建物。細い道と、この道の曲がり具合など、ブラタモリにでも取り上げられそうな光景。

 

丸い郵便ポストもある。昔は地元にもあったっけ。

 

風情ある建物が並ぶ。あいにく、御坊に降りてから止んでいた雨が西御坊にきてまた降り出してしまったのだが、歩いていて気持ちがよかった。

 

登録有形文化財に指定されている、旧中川家住宅。昭和初期の邸宅で当時の建築技術を多用したつくり。昔はこのような家屋も多く見られたのだろうが、今や貴重なものである。

 

御坊の由来となった日高別院。この時は門がしまっていた。中には幼稚園もあるとのことで、参拝の時間も限られているようだ。でも門だけでも雰囲気がある。この先も良い旅となりますように。

南海加太線

南海線で和歌山市駅の手前にある紀ノ川駅から分岐し加太までを結ぶ路線。全線単線で2両編成の普通列車のみが走る。ローカル線のような感じだが沿線にはほとんど宅地化されていたり工場があったりして乗客が比較的多い。そのため本数も比較的多めである。2014年からは沿線の海産物のPRのため『加太さかな線』の愛称がつけられ車体のラッピングにも使われている。
起点は紀ノ川駅ではあるが、列車はすべて南海線の和歌山市駅から運行されており和歌山市駅の利用者や南海線接続の便宜が図られている。ワンマン対応の7100系が主に使用されている。

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一駅だけ南海線を走行する。のんびり紀ノ川橋梁を渡る。南海線の歴史と共に歩んできた橋梁でこれまで架け替えされておらず、上り線の橋梁はなんと1903年(明治36年)と100年以上も前に架けられ、複線化のために架けられた下り線の橋梁も1922年(大正11年)のものである。耐震性の観点から架け替えの検討・調査がされたが、その後問題ないことが判明して結局中止されたようである。

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橋梁を渡って紀ノ川へ。駅名票、前は毛筆みたいな字体だったと思うが、新しいのに変わっていた。左に分岐して加太線に入る。分かれてしばらく複線だが、左カーブが終わると単線になる。途中大手私鉄で唯一の列車交換の信号場を通過する。なお、上り列車は信号待ちがなくてもここで副本線の方に進入する。
次の駅までが結構長い。しかも速度がやたらとのろい。線形はそんなに悪くないのだが。川を渡ってやっと東松江、上り列車と交換する。その後も直線を走るが、やっぱりのろいw 最高速度が制限されているようだ。

西へ向かって走るため夕刻は西日が眩しい。中松江。八幡前で行き違い。周囲が宅地化され生活路線の加太線。夕方は本数が多い。7100系と交換。右に山を見ながら住宅地を進む。

西ノ庄、二里ヶ浜と進む。右に山が迫り、左は海が近くと、周囲が狭くなる。磯ノ浦。
ちょっと山越えになり緑に囲まれる。右に道路が並行し、山に囲まれた町に出て、終点加太に到着する。

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風情のある駅構内。

 

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午後から出て多奈川線も回ってきたあとだったのでちょうど日暮れ時になった。いい味…。

 

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夕日を浴びる駅舎。観光客もおり乗客は割と多く、そこまで寂しい雰囲気でもない。

 

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せっかく来たので海まで行ってみる。車窓では近くに見えたりしたものの駅からは若干離れており加太の町を歩いていく。でもこの町自体も海近くの昔ながらの町といった景観であり、風情があり歩いていても楽しい。

 

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10分少々歩いて加太の港に出た。釣船も多く、鯛釣りでも有名らしい。

 

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夕暮れの加太湾

南海フェリーで四国へ(1)

さあ今年も待ちに待ったGW!まあ、29日休みだったし前後で有休取っちゃって、「待ってなんかないぜ!」って人もいるかも?そういえば朝のニュースでも、「GW後半」とか言ってたし。それくらい休める人はどれくらいいるんだろうか?多くのサラリーマン(但し土日きっちり休み前提ネ…)にとっては「昨日から5連休始まったばかりじゃないの!」と突っ込みたくなるところではないかと…。別にまあどうこう、って話じゃないんですけど、あんまり騒がれると「こっちはまだ休んでないんだぞ!」って、思えてきませんか??? って、どういう前振りやねん!
というわけでせっかく大阪にいてるからにはその力を発揮して(?)、どっかに行こうということで。昨年出かけた四国にまた行ってみることに。以前は関東から長時間かけて行ったわけだが、大阪からならちょっと足を伸ばす程度、日帰りでもそれなりなことが出来るのだから羨ましいもの。
行き方は鉄道、バス、船舶となんでもあり。まあ、最近は明石海峡大橋も通じて高速道路網が本州と四国をショートカットしているので淡路島経由が主流だろう。船も神戸から高松や、徳島方面なら和歌山へ出て南海フェリーもいい。今回は南海電車に乗るのも兼ねて南海フェリーで向かってみることに。

休日早朝の御堂筋線で難波へ向かう。さすがに休日早朝となれば本数も少ないし、乗ってみると空いている。と油断していると梅田では乗客が列を作って待っていて都心は混雑してくる。この路線で時間帯というものはあまり関係ないようだ・・・。しかし、難波へ向かうにつれ、スーツケースを持つ乗客が目立つようになって納得した。南海電車で関空へ向かう客ということだ。というわけで難波で一斉に下車、スーツケース組と南海電車乗り場へ向かう。まだ朝6時過ぎた頃だが、地下から上がるエスカレータは旅行客中心に上から下まで並んでいる。

南海で徳島へ向かうなら乗車券は「とくしま好きっぷ2000」に決まり!南海電車の発売駅から、電車・フェリーで徳島港までの片道切符で大人2,000円、子供1,000円で販売している割引乗車券で、通常の値段だとフェリーだけでこの料金になるので、電車の分が実質無料という美味しい切符である。むろん遠ければ遠いほど得で、難波から和歌山港なら始発から終点になり通常運賃は920円だがそれもちゃらだ。特急『サザン』の座席指定車や、南海フェリーのグリーン席は別途その分の料金が必要だが、どちらか一方だけなら使ってもお釣りがくる値段である。購入も窓口でなくてもタッチパネルの券売機で購入出来るので、とても手軽だ。

7時10分発の特急『サザン』1号、和歌山港行きに乗る。和歌山方面へ向かう南海線に乗る機会はまずなく、『サザン』も乗ったことがない。
『サザン』は8両編成で、和歌山港側の前4両は指定席、難波側の後4両は自由席である。指定席の方は専用の特急車両、自由席の方は普通の通勤車両が連結され8両編成となっている。リクライニングシートを備えた名実共に特急らしい車両と、いつも乗る通勤電車が連結されるという、ほかではちょっと見られない列車である。自由席は乗車券だけで乗車できるが、指定席は座席指定券(510円)が必要である。自由席と指定席の車両の通り抜けはできず、一本の列車でありながら無関係みたいな感覚である。
せっかく乗るならということで座席指定券を購入する。距離が60km少々でそんなに長くなく、乗車時間も1時間程度とあってか、指定券も直前でもすんなり手に入る。というか指定席の利用客自体低調らしく、時間も時間だろうが、空席ばかりであった。指定席車の10000系に乗り込む。後ろの自由席は通勤型の7100系。リニューアルはされているが、どちらも年季が入った車両である。南海の新型車両導入のペースは鈍く、『サザン』にも新型車両が投入され始めたものの未だに以前からの車両が現役で主力となっている。そのあたり良くも悪くも、通勤電車ながらローカルな面を醸し出しているような気がするが。

   
 
定刻になり発車、ありふれた通勤路線を走っていく。
朝早いこともあってリクライニングで気持ち良くうたた寝してしまう。

途中泉佐野で空港線が分かれ、しばらく走っていくと海沿いに出る。せんなん海浜公園のすぐ横を走る。これから海に出る期待感が増幅される。

   
 

みさき公園を過ぎると一転して孝子峠越えになる。しかし峠自体そこまで高くないし、道路も並行しているのであまりそれらしい雰囲気はない。
孝子峠を越えてすぐ、和歌山大学前(ふじと台)に停車する。南海では最も新しく2012年に開業したばかりの駅である。和歌山大学や造成中のふじと台へのアクセス駅となり、特急含め全ての列車が停車する。
カーブしながら下って行き和歌山市街地が良く見えるようになる。平坦なところに降りて再びスピードを上げる。南海の名物(?)の一つである紀ノ川橋梁で紀ノ川を越える。開業当時からの歴史ある橋梁で、特に上り線の橋梁は架けられてから100年以上経過している(のちに複線化されて下り線の橋梁が架けられている)。

   
紀ノ川を渡るとすぐ和歌山市に停車。南海線の終点で難波からきた列車の大部分はここで折り返す。この先は和歌山港線になるが、地元客の利用よりもフェリー連絡を主体としたダイヤ構成になっているので、運行時間も変則的で2〜3時間に1本くらいしかない。和歌山港までは2.8km、それなりな距離はあるし沿線も過疎地域ではないのだが利用が見込めないか。前は途中駅も存在し列車もそれなりにあったが、今は途中駅は全て廃止されている。

   
 

  

単線で家並みの間を窮屈そうに走って、港に出て終点和歌山港。フェリー乗り換えの客がどっと降り、逆にホームにはフェリーから乗ってきた客が待ち構えている。だがこの駅が賑わうのは本当に列車がつく時だけだろう。

かつてはこの先水軒まで路線が通じていたが2005年に廃止、水軒ゆきは1日たったの2往復というなんともやる気のない(失礼)ダイヤであった。

   
 
和歌山港駅は南海フェリーの乗り場に連絡通路で直結している。フェリーは8時30分発。旅客は1階、2階が客席、一番上は展望デッキ、ほか船底の部分は自動車用のスペースである。

連休とあって結構な人で、グリーン席は満席、普通の席もほとんど埋まって座るところがない。カーペットの席もあるがそこもびっしりだ。トラック運転手用のスペースも開放されていた。あとはデッキに座り込む人も。

徳島までは2時間の船旅、船旅もそんなにするものではない。しばしの非日常体験だ。