秋の八ヶ岳を行く

久々に休暇を取り息抜きに信州方面へ向かった。あまり鉄道で行ったことがなく乗りつぶしと観光を兼ねたためそれなりなボリュームの行程となった。ざっとした行程としては新宿から特急あずさで小淵沢、そこから小海線で小諸、しなの鉄道乗り換えで長野に出て、長野市内を拠点に長野電鉄、上田電鉄、さらには北陸新幹線開業でJRから第三セクター転換された旧信越本線(北しなの線、えちごトキメキ鉄道)と、最後は当の北陸新幹線で東京に帰るという行程である。そういえばここ最近あんまり一人旅もしてなかったので、少々新鮮な気持ちで胸が踊る。

まずは特急あずさで小淵沢へ。そこから小海線に乗り込む。小海線に乗るのは昔清里方面で合宿があったのでその時に乗って以来だが、小淵沢から合宿地までしか乗っていない。今回は終点の小諸まで全線乗って車窓を堪能する。

小海線は八ヶ岳の麓を走り、八ヶ岳高原線の愛称を持つ。小淵沢側は標高1,000m以上とJRでもっとも高い所を走り、長野県の野辺山駅は標高1,345mでJR最高、隣の清里駅(山梨県)は第2位で1,275mの高さを誇る。ちなみにJRの駅の標高ベスト10で第9位まではすべて小海線の駅で占められている。標高1,000m級というとんでもない所を一定の距離走るのだからある意味当然のこととはいえ、凄い。
いつもの通り悪い癖でまた前置きが長くなったがw、そろそろ発車時刻の9:57だ。さあ出発としよう、と思いきや発車する気配がないぞ。乗務員のアナウンスが入り、中央線の特急が遅れており接続をとってから発車するとの由。本数少ない路線ならではの光景。しかし10分近くたっても特急はこず、結局待ち合わせすることなく10:05発車した。この日雨も降っていたのだがその辺も影響していたのだろうか。そういえば乗ってきたあずさも、あんまり走りっぷりは特急らしくなかったと思う。

キハ110の2両編成、中央線からの乗り換え客は多くなく車内はガラガラ、クロスシートで一人がけが空いてるので気兼ねなく陣取る。外は小雨が振り、発車して右カーブし中央線から分かれると、いきなり霧に覆われて白銀の世界に突入する。さっぱり視界が効かないが、列車はまるでいつものこととばかりに御構い無しに走る。標高の高いこのあたりなら、さして珍しくもないのだろうか。東京なら即、徐行運転か運転見合わせかしそうなレベルだw

車内アナウンスはワンマン化のため自動化されているが、その中では観光客向けに小海線自体の案内も入る。

林の中を途中ペンション群を通過しながら走る。八ヶ岳の麓の、アルプスあたりを連想させるこの光景も小海線ならではだ。しかしこの日は本当に霧に覆われ、林の中を行く様はなんだかそのイメージとはちょっと対照的な感じもする。下手すればミステリードラマ?といったら変だが多少の不気味さを感じさせるかのようだ。そういえば霧の中を行く列車を撮ることもなかなかないな。

甲斐小泉、甲斐大泉と進む。始発の小淵沢もすでに標高は高い(標高881m)が、小海線を進むうちにさらに高度を上げていく。

そして標高JR第2位の清里に停車。ここで一気に降りて車内はがら空きに。臨時の八ヶ岳高原列車と行き違う。しかしあたりは真っ白だ。ちょうど臨時の八ヶ岳高原列車なるものと行き違いをする。

次はいよいよJR最高駅の野辺山。アナウンスの前にはお約束、JRの最高駅と一言入る。

駅における最高は野辺山駅に間違い無いが、駅をのぞいた本当のJRの最高地点は清里駅と野辺山駅の間にあり、標高は野辺山駅よりさらに30m高い1,375mに達する。駅では無いので列車は何事もなく通過してしまうが、その地点には踏切があり、その側にJR最高地点を示す碑が立てられている。時間と足に自信があれば行ってみると良いだろう。今回はさすがにそこまで時間がないのでやめておくw ちなみに最高地点の近くに山梨県と長野県の県境が通っておりこの先長野県に入る。

最高地点を通過していよいよ最高駅の野辺山へ。ホームにもそれを示す碑がしっかり立てられている。とうとうここでも取り上げる日がやってきたか。


ここで結構な乗車があり車内も賑わってくる。
野辺山から少し走ったら少し霧が晴れてきた。地形も少し開けて、林中心の車窓から田畑が入り混じるようになる。しかし八ヶ岳は相変わらず曇っていて上の方がさっぱり見えない。進行方向右手の雲が切れて太陽がいきなり顔を出す。燦々とした日差し。『高原列車は行く』の歌でも浮かんできそうだ。

山間に家並みが広がって信濃川上。川上村の中心にある駅。標高1,000m台の駅がまだ続くが観光地的な風景は薄れ山間の町を結ぶ生活路線のような風景にだんだん変わってくる。しかし小海線、このあたりは次の駅までの距離・所要時間が長い。小淵沢をでてからまだ5駅、行き違いもそんなに長くなかったが時間はもう40分ほど経過している。ちなみに今走ってきた野辺山〜信濃川上間は駅間距離が小海線最長で8.1kmもある。

信濃川上は木造の駅舎を持つ昔ながらの駅といった感じだ。

しかし地図で見るとこの辺の線路はかなり曲がりくねっているのがわかる。

川を途中渡りながら並行で進む。渡っている川ははきっと信濃川(長野県内では千曲川)だろう。日本最長の川は甲武信ヶ岳を水源として小海線沿いに佐久地方を北上し小諸、上田などを抜けて長野に達し新潟方面へ流れるというルートを取っている。小学校の時に最長とは習いつつも、どう流れるのかと思ったらそんなルートを取っていたのか。

松原湖を過ぎる。湖からは離れていて湖畔の景色は拝めないものの、景色の良い車窓が続く。天気はすっかり秋晴れになった。

路線の名前になっている小海に到着。主要駅で一定の乗り降りあり。ホームに隣接して診療所があり立派だ。ここで5分停車し行き違い、ハイブリッドのキハE200系とすれ違う。

ちょうど小海が中心駅であるかのように、路線の風景もここからまた少し変わってくる。この先佐久の中心部に向けて山から下って町に入っていく感じになる。家並みもあまり途切れなくなり、駅間距離もこのあたりまで長かったがこの先は一転して短くなり1〜2km程度になる。小海線の場合最初が相当長いだけに、かなり短く感じる。

馬流、地元の学生が乗ってくる。佐久市へ向けて客が増え始める区間か。八千穂駅に出ていた名所案内は、どこも駅から10〜20kmも離れていて、徒歩で行くのは結構ムチャだ。というかこれなら近隣の他の駅からもいけそうなもんだが…。
気づけば車内は学生中心に乗客が増え、すっかり地元の通勤通学路線の趣になった。座席はとうに埋まり立ち客も結構出ている。関東なら八高線に近いか。八ヶ岳高原線の愛称を持つ小海線だが、この辺りではそのイメージはあまりなくなっている…。

山をバックに佐久市街が広がるのが見え始め、太田部。次の中込は佐久市中心部にあり乗降が多い。また小海線の運行の拠点で構内は広く、ここから小諸までの区間運転の列車も多い。

岩村田で一気に学生が降りた。この駅は中込よりも乗客数が多い。小淵沢を出た時の静けさと霧の中の風景はまるでなかったかのようだ。ちょうどここを中山道が通っており、かつて岩村田宿があったということで古くから宿場として栄えてきたようだ。

岩村田を出ると路線は高架になって佐久平に着く。北陸新幹線との乗換駅だが新幹線も高架だろうと思いきやなかなか見えない。知らなかったが小海線の方が高架で新幹線は地上にホームがあるのだった。普通これは逆のことがほとんどだから珍しいものだ。

地上に降りてすぐ中佐都。岩村田から佐久平を挟んで中佐都まで各々駅間距離は0.9kmと1kmを割っており小海線では最短となる。もともと佐久平駅は存在せず、新幹線開業に合わせて小海線に駅が新設されたためでもある。
国鉄型気動車の復刻塗装をされたキハ110とすれ違う。ちなみに車両番号がこれまた珍妙な111-111!そう言えば中込にはこれまた珍しいタラコ色がいたなw 小海線が平成27年で開業80周年となるのを記念したものだそうである。

三岡を出てs字カーブを描くと、かつての信越本線であるしなの鉄道に合流する。ここから終点の小諸まで線路が平行しており小海線は途中乙女、東小諸の駅があるが、しなの鉄道は小諸まで駅がなくお互い小諸まで行かないと乗り換えはできない。

遠くの方を見ると長い山裾に家々が点在する風景がなんだか長野らしさを感じさせる気がする。減速してホームが広がり、終点小諸に到着する。


せっかく信州に来たからにはやはり蕎麦を堪能したいと思い、出発前から気になっていた駅前懐古園のそばにある草笛本店でそばでも(別にオヤジギャグじゃないぞw)、と思ったが事前にちょっと把握してはいたものの予想以上の人気ぶりで長〜い順番待ちであった。残念ながら時間の限りで諦めて別の蕎麦屋で天ぷら蕎麦を楽しむ。でも蕎麦はやっぱりうまい。
腹も満たしたところでしなの鉄道に乗り長野市内を目指す。

ムーンライト信州乗車記

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もう10年も前のことになるが、ムーンライト信州に乗ったことがある。新宿から中央本線、篠ノ井線、大糸線を経由し白馬へ向かう臨時の夜行快速列車である。主目的と言えば北アルプス方面の登山、観光向けだろうが、早朝に長野県に着くということで移動手段としても使える列車である。中央西線の初乗り狙いでもあったので、松本まで行ってそこから中央西線の始発で名古屋方面へと向かう計画であった。きっぷは青春18きっぷを利用した。

新宿23時54分のムーンライト信州81号に乗車する。5番線発、中央線の特急ホームは当時まだ5、6番線だったんだなぁ。今はNEXなどが発着するホームとなっている。車両は183系国鉄色だ。

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時刻はまだ23時台、夜遅い時間ではあるものの、残業やら飲みやらでこれからようやく帰宅という人々もまだまだ多いはずだ。山手線や中央線はまだ普通に動いている。特にこの時間の中央線といえば深夜の下り高尾行きで寝過ごして、終点高尾まで行ってしまう乗客が多いことで有名である。夕方6時、晩飯時にやるテレビニュースで特集ネタになっていたこともある。高尾まで行って戻れるのだったら良いのだが、悲しいことに深夜の上り高尾発は早く終ってしまう一方で下りは高尾行きが多いため、本当に罠にはまりやすい。今日も寝過ごして高尾で起こされるヨッパライが出るのだろうか。しかし前は面白半分そんなニュースを見ていたものの、今や自分もすっかり同じ立場、もう笑えたものではない。
そんな調子で営業する中央線があるかと思えば、お隣の埼京線はなんともう店じまいの時間になってしまう。真っ暗なホームに、車内灯を消した電車が不気味な雰囲気で既に眠りについている。新宿〜池袋間は、貨物線を走る関係か知らないが営業時間が短く、朝は6時過ぎから始まり夜は23時台には終ってしまう。6時前と0時以降の埼京線は池袋で折り返しとなり、新宿から埼京線に乗るには山手線で池袋まで行って乗り換えなくてはならない。かつての赤羽線状態だ。

ともあれそんな雰囲気の新宿駅を発車、まだバリバリ深夜営業中の中央線を走る。世界一の繁華街新宿、今日もネオンはきらびやかだ。こんな夜の大都会の風景、クリスタルキングの『大都会』でもでっかい声で歌ってやりたくなりそうな光景に囲まれつつも、今から旅に出るというのもとても妙な心地だ。本当に寝てる間に長野まで連れて行ってくれるのか。白馬行きといいながら、どっかその辺の車庫で一夜を明かすことになりはしないか、と心底不安になる(うそつけ)。
でも列車はそんなことは構わずに夜の中央線を走る。30分ばかり走れば高尾を過ぎ、都会の光景も薄らいできて山の中へと入って行く。もう夜なので灯りが多いか少ないか、全く見えなくなったかで雰囲気を感じ取るしかないが。

真っ暗だし時間も遅いので、検札が終ったら寝る。しかし、どうにも車内の空調が利き過ぎなのか、寒い。なかなか寝付けない。それでもある程度は寝たのか、多くの区間のことはすっ飛んでいる。はっきりしてきたのは諏訪辺りに来てから。この列車の終着は白馬だが、自分は松本で降りるので寝過ごしてはまずい。岡谷の当たりで寝ないように立っておく。しかしそれでも眠気が襲ってきて少しこっくりしている。夏ではあったが時刻はまだ午前4時台、さすがにまだ真っ暗だ。

 

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塩尻では特に接続列車もないのに、時間調整か10分近くも停車した。ここから中央西線が始まり、そちらへ向かう予定なのだが同線の普通の始発は朝7時近くまで来ない。それに列車は松本始発ということなので、松本まで行って朝飯を食べて戻ってくるつもりであった。ちなみに中央東線、篠ノ井線の始発は6時頃なので、4時という時間ではそれらの始発に乗るにもまだ時間がありすぎる。

篠ノ井線を少し走って松本に到着。上野おばさんの「まつもとぉ〜、まつもとぉ〜」の到着アナウンスで、思わず吹き出しそうになって一気に目が覚める。(笑)上野おばさんとは、アニメ声優、ナレーションなどで活躍されている沢田敏子さんの担当するJRの一部駅のアナウンスのこと。上野駅の「うえのぉ〜、うえのぉ〜」の独特な放送が注目を浴びた(?)ことでそんな名前がついて有名になった。
中央西線の始発までだいぶある。このままいても仕方がないのでとりあえず外に出て、やっていたコンビニで朝飯を調達、少し早いが腹に入れておく。こんな時間でまだどこもやってないし眠いがとりあえず中央西線を待つ。空が白んで列車も町も動き出してきた。

富士山駅と富士山

富士山の世界遺産登録がついに決定しましたね!
いやぁ〜、日本の誇りですからね。まず第一に、嬉しいですよね!
地元は大騒ぎでしょうか。富士急行では何かイベントとかあるんでしょうかね。世界遺産登録ということですから、色々と苦労もあることと思いますが、頑張って行って欲しいと思います。
というわけで2011年に富士吉田駅から改称された富士山駅と、そこから見る富士山の様子です。

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ホーム全景、駅ビルの「富士山駅」の看板が目立つ。

 

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堂々「富士山」の駅名看板。標高809m、富士山五合目には程遠いものの、鉄道駅としてはかなり高い。

 

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駅舎側から見たホーム。富士急行線はここでスイッチバックするので行き止まり型の線路になっている。自然を意識したものか、木が多用されている。サイン類や広告もそれに合わせて全て焦げ茶色でまとめられている。

 

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照明も凝っている。

 

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ホームから見た富士山。あたりまえですが、近くてデカいです。登るどころか五合目すら行ったこともないですが、こうして見ていると本当に高いですね。当然ながら周囲には遮るもの一つありません。頂上の世界の素晴らしさと過酷さとが伝わってくる気がします。

 

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河口湖行き、6000系。

 

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これは河口湖ですが、富士山をバックに停車する1000系(京王5000系復刻塗装)。ニューフェイスの6000系が投入され、バトンを渡し始めております。世界遺産登録された山を見つめながら、残された余生を過ごすかつての京王電車。1963年にデビューした京王5000系、ちょうど翌1964年には東京オリンピックがあり東京も大盛り上がりだったことでしょうね。そんな頃の思い出でも、重ねながら見つめているんでしょうか?

特急あずさで行く中央線の旅(2)

甲府を過ぎるときつい上りが続き、標高を上げて行く。右には八ヶ岳、左には南アルプスの山々が見えてくる。韮崎は上り勾配の途中にホームが有り、傾き具合が見て取れる。

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余談ながら甲府駅の先の留置線には183系のあさま色と思しき車両がいた。
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小海線と接続する小淵沢を過ぎ、標高も1000m近くまで上がってくる。長野県に入って諏訪湖畔を通って行く。途中茅野の先から岡谷までは数少ない単線区間となっている。首都圏では超満員、大混雑路線で知られる中央線も多様な顔を持っている。

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諏訪湖を行く。

 

岡谷では旧線が分岐、辰野で接続する飯田線の列車も主にここまで乗り入れる。

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岡谷からは辰野を回る旧線と分かれてショートカットの新線に入る。再び複線になり長大な塩嶺トンネルを通過する。ここまでは割と山に囲まれていたが、みどり湖を通過すると突然視界が開けてきて山が遠ざかっていく。ここからは松本平(松本盆地)へと入って行くことになる。
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辰野を回ってきた旧線が合流、貨物列車用か、広い留置線群。元々塩尻駅が有った場所でもあるらしい。
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名古屋から来た中央西線と合流すると塩尻に到着、東京から続いてきた、いわゆる中央東線もここまで。塩尻をまたいで東西を直通する列車は運行されていない。代わりにここから始まる篠ノ井線に入って、松本か長野まで行く列車が多い。
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松本行きが多いためここの始発・終着は少ないが、各方向から線路が入ってくるため構内は広めである。3・4番線ホームの松本寄りは屋根がないが、そこを利用してブドウの木柵が設置されている。ちょっと珍しい光景であり、ご当地ならではの光景とも言える。

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木柵に囲まれた115系長野色。長野地区の普通列車の主力だが首都圏から211系が転入を開始した。活躍ももうそろそろといったところであろう。運用範囲はかなり広く、JR東日本路線網の中央東線、篠ノ井線、大糸線、信越本線(篠ノ井以北)、JR東海の飯田線、中央西線や、しなの鉄道への乗り入れまでもこなしている。今後乗り入れも含めて211系にバトンタッチするのだろうか。

 

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塩尻駅3番線に停車中のE127系100番台。1998年登場の、長野地区のニューフェイス。ATSの都合からか長らく大糸線専用車両的な位置づけだったが、最近篠ノ井線や中央線の旧線にも顔を出すようになった。

 

篠ノ井線に入る。松本までは東西の中央線が合流して走るため本数が比較的多い。中央東線は関東から、中央西線は中京・関西から列車が入ってくる。それぞれ運行される車両も違うし、乗客の文化圏も違うだろう。やや地味では有るが、東西の結節点的な路線と思う。

左手には北アルプスの雪をかぶった山々が徐々に姿を見せ始める。これを見るとなんだか長野にきたなという実感がしてくる。景色を飾るものではあるが、自然の厳しさを見せつける山岳地帯でもある。

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そんな景色をバックに松本平を行く。塩尻や松本と都市が続くということもあってか、沿線は家並みや工場など立ち並んでおり賑やかである。途中の村井には貨物駅が併設されていて機関車群、コンテナ群を見ることができる。東西の中央線を通して長野と関東、中京を結ぶ篠ノ井線は貨物輸送も盛んで、関東、中京共に製油所があることから石油関連輸送の列車も盛んに往来している。

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そうこうするうちに終着のアナウンスが流れて、松本に到着する。新宿から200km余、3時間近くかけて走破した。
折り返し列車が多いのと、大糸線、私鉄のアルピコ交通上高地線の始発駅であるためホームは多く、構内は広い。中央東線の特急『あずさ』、『スーパーあずさ』は、ごく一部が大糸線に乗り入れるほかはここで折り返しとなる。松本市の中心駅とあって乗客も多い。駅の北東側には松本城がある。

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大糸線のりば(6番線)に停車中のE127系100番台。そういえばあまり長野に足を運ぶことがないので、E127系100番台をまともに見るのもこれが初めてだったりする。

 

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アルピコ交通上高地線(7番線)上高地方面のバスターミナルである新島々まで行く。

 

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駅南側には隣接して松本車両センターがある。あずさ関連の車両のねぐらでもある。

ここから先は『しなの』に乗ります!

あずさで行く中央線の旅(1)

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長野方面へ日帰り旅をした。長野市方面なら長野新幹線で行くのが最も早道だが、中央線の特急『あずさ』で松本まで、その先の篠ノ井線は『しなの』でも出られる。ゆっくり楽しんでみたかったし、こちらには途中日本三大車窓に数えられている善光寺平もある。一度この目で見てみたかった。ということで『あずさ』に乗り込んで長野へと向かった。

新宿から『あずさ』に乗車、すっかりおなじみになったE257系、筆者がローカル列車の旅を主眼としているため、疲れた帰りにはよくお世話になっているが行きに乗るのは珍しい。ところで新宿駅といえば時を経るごとにホームが増えて拡大を続けている駅である。20年以上前は12番線までしかなかったはずだが、今は16番線まである。特急あずさも長らく5・6番線だったが、今は9・10番線である。つい昔の記憶から5・6番線を探してしまうが、今の5・6番線といえば成田エクスプレスなどの発着ホームである。しかし土地もほとんどないのにここまでよくホームを増やしたものである。ビル群に囲まれた横方向にホームを増やすことはできないため、構内のスペースを色々やりくりし、ホームの場所もずらしたりしてなんとか増やしたわけだが、おかげで異様に縦方向に長い駅と化しており(新宿駅特急ホームの南端は代々木駅ホームの北端に届きそうな程に接近している)、通路や改札も増えてますます迷宮化している感がある。世界一乗降客数の多い新宿駅、こう言っては悪いが人の多さ世界一は分かりにくさも・・・だろうか。

まずは都市部の区間を走行していく。複々線化されていて快速線を行くが、抜きどころが少なく先行の快速に追いついてしまい、いかんせん速度が出ない。三鷹から先は新しく高架化されている。
立川、八王子と停車、新宿も含めて割と空いていて車内は至って静かである。今回は指定席である。いつもは自由席に乗るので行楽期など通路までも人で埋め尽くされていることも珍しくないが、さすがは指定席車と思う。

八王子を出るといよいよ甲府までノンストップで、途中『かいじ』の止まる大月、山梨市なども通過する。多くの列車が折り返す高尾を過ぎると平野も終わり、小仏トンネルを過ぎて山間部へ入って行く。
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笹子峠を過ぎると、ぶどう畑と甲府盆地のパノラマが出迎えてくれる。
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往年の名車で行く富士急の旅(6)

6000系で河口湖を後にする。今度は下る一方である。行きはそれほど乗客は多くなかったが、帰りは結構な乗客がいた。地元の人も多かったかな。
大月へ戻り、特急かいじで帰路についた。大型連休の自由席、なんとか座れたものの結構な人だった。

最後に富士急車両をラインナップして締めくくるとしよう。今回、5000系トーマスランド号だけ撮れていない(2両編成1本しかなく、現在検査入場中とのこと)が、それ以外は大体撮れたと思う。

まずは1000形・1200形
苦しいですが6000系と並ぶ通常塗装(写真右)
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マッターホルン号、またまた6000形と並ぶ。6000多いな〜。
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富士登山電車、隣には京王5000系塗装。
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そして京王5000系塗装。
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昭和30年代塗装の復刻塗装
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続いて現在の主力6000系
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フジサン特急2000形、JR東日本の165系改造のジョイフルトレイン『パノラマエクスプレスアルプス』を譲受、改造したもの。3両編成がが前と後ろとで異なっており河口湖側(富士山〜河口湖間は逆編成になるので大月側)先頭車は展望車になっている。
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最後に、帰路の谷村町で行き違った富士登山電車。

 

おまけ。大月駅で見たJR中央線の115系、通称山スカ。あまり詳しくはないが、信州色を見かけることが多く、だいぶ減ったのではないだろうか。

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往年の名車で行く富士急の旅(5)

次の河口湖行きに乗り込む。今度の車両は6000系。大月駅の所でも少し触れたが元はJRの205系だった車両である。乗る車両が変わってしまったが、タイトルはそのままにしておこう(笑)。それに、205系だって名車だと思いますよ、私は!まあ、あとでその辺はゆっくり触れるとしましょう。

前方には富士急ハイランドのアトラクション群がすでに見えていて、それに向かって走っていく形になる。ここまででもかなり登ってきたがまだまだ登りが続く。ハイランドの裏に回ると富士急ハイランド駅。遊園地の端にあり直結もしているが、ジェットコースター(ええじゃないか)等があまりにもすぐそばに位置することもあって、遊園地の乗り物かと一瞬思う程すっかり溶け込んでいるような感が有る。しかし当の遊園地の入園者数と比して乗客は少ないようだ。
駅を出るとすぐに中央道をくぐって、しばらく走ると終点河口湖となる。起点である大月の標高が358m、河口湖は857mとのことである。わずか26キロほどの間で500m登ってきたことになる。ずっと登りが続く訳だ。駅構内は終着駅なのと、留置線の存在もあって結構広い。

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乗って来たのもそうだが、向かい側のホームにも発車待ちの6000系があって2本並んだ。6000系は1000形、1200形を置き換えるべく2012年に営業を開始した車両である。先にも触れたが元はJR山手線等で活躍していた205系である。改造に当たってはデザインを工業デザイナーの水戸岡鋭治氏が手がけた。
元々ステンレス製、無塗装の車両であるため、5000系に比べると外観の変化のインパクトはやや小さいようにも見えるが、随所に富士山をあしらったマークや英文字の社名などでラッピングしているのが特徴的であり彼のデザインの良い所でもあるかと思う。ステンレス車体は長寿命ということで普及している反面、とにかく無機質、冷たいというイメージが付きやすく、それをいかに払拭するかがデザイン面で問われる所でもあるだろう。

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しかし何と言っても奇抜なのは車内のデザインだろう。まずドアが内外ともに全面水色の塗装で塗られている点がとにかくハデだ。そして車内は驚くべきことに全体的に木を生かしたものとなっている。床はフローリング、座席の袖仕切りやつり革までもが、木で出来ている。かつて、木といえば車両の材料としてのものという捉え方しかなかったのであろうが、ここではもうすっかり車内のインテリアとして使用されているのだ。そしてよく見ると隣の車両に移るための貫通路には富士山をあしらったのれんがついている。いったい何をイメージしたか、電車内でののれんというのはさすがに聞いたことがない。なんとも奇抜すぎる。JR九州の大胆、奇抜な車両デザイン等で知られる水戸岡氏、今回もやってくれるぜ。

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留置線には先に乗ってきた5000系が停車していた。それもバックには富士という贅沢!

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駅を出る。山らしくロッジ風の駅舎。

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そして駅前にはもう一つの河口湖駅。かつての富士急の前身、富士山麓電気鉄道の開業時の車両であるモ1号が静態保存されている。

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当時を再現したような毛筆体の駅名票、書体も時代を醸し出している。しかし「ふじきゅうハイランド」まで書くことはなかったのではないかという気もするがw

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駅南側の留置線にはいくつか車両が止まっていたので、踏切を渡って路地へと回ってみる。JR中央線から乗り入れるホリデー快速がお休み中。左側には富士急の旧車体色が復刻された1200形。(外の路地から撮影)

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復刻塗装の1200形。昭和30年代はこんな塗装だったようだ。カラーリング的には、ちょっと伊豆急行にも似ているような。。。
左隣は6000形の元になったJR205系。帯も富士急に来る直前に在籍した京葉線時代のピンク色のまま留置されていた。部品確保用だろうか。(外の路地から撮影)

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さて、せっかくきたことだし、おやつでも食べて行こう。

往年の名車で行く富士急の旅(4)

寿からは富士吉田市となる。車窓が賑やかになるが、相変わらずの登りが続く。それでも比較的開けていてなだらかな感じがするのは、巨大な富士の山麓が近づいてきたためだろうか。反対側の麓である御殿場もそんな感じだ。ちなみに寿駅付近に勾配標識があって見てみたら28.6という数値。勾配の度合いは千分率(‰、パーミル)で示され、この標識では28.6‰、1000m進むと28.6m標高が上がる勾配という意味。これは結構きつい部類。このあたりはまだ町になるほどだからややなだらかなのだろうが、本格的に山奥へと分け入る箱根登山電車や南海高野線などでは、50‰かそれ以上の勾配が随所にある。箱根登山電車では80‰という日本一急な勾配があり、ここまで来ると車両の傾き具合が半端ない。2009年には急勾配を持つ登山鉄道同士で、共同で観光のPRを図るべく「全国登山鉄道‰会」が結成され、富士急も参加している。

地の利の良さか工場などが集積していて結構な町になっているようだ。家並みが途切れることはほとんどない。かえって東京に近いはずの大月側の方が、山に囲まれていて田畑や緑が多くちょっと寂しげな感じがするくらいである。

葭池温泉前、下吉田と過ぎる。下吉田は側線が何本かある少し大きめの駅で、かつては貨物の取り扱いがあった。ワフなどの貨車も止まっている。ふと見ると一番端の方に客車が止まっている。動くのかと思うと、1両しかないので静態保存のようだ。行き先を見ると「特急富士 西鹿児島」と書いてある。そういえばそんな列車もあったな。今や、多くのブルトレはもう過去の話になってしまった。

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月江寺を出ると進行方向左手、遠くの方にこの辺にしては巨大なビルが見えてくる。次の富士山駅の駅ビルである。登り勾配をかせぐためか直接進むことはせず、一旦通り過ぎてUターンするように走る。やがて河口湖からきた線路が右から合流して富士山駅に到着する。線路はここでスイッチバックするようになっていて、進行方向が変わる。

 

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河口湖まであと二駅だが、5000系の発車を見届けるためにちょっと降りてみた。

 

往年の名車で行く富士急の旅(3)

乗っている時点では思いもよらないことだったですが、今日のニュースによると富士山の世界遺産登録が勧告されたそうですね!おめでたいことです。今回は本当に京王5000のリバイバルとか富士急初乗りとかの鉄ネタが目的でありまして他の意図は一切ないんですが、たまたま書いている沿線がそのようなことになってちょっと驚いた一日でした。

とはいえ、乗ってる時点ではそんなことも知らず特別な感情も湧きませんでしたから(当たり前だ)、構わず続けますね。(笑)
谷村町を過ぎた所からまた少し景色が開けてくる。束の間の直線区間で速度も少し上がるが、すぐにカーブで徐行する。国道に沿って都留市の市街地を進む。富士急行、国道、中央道と揃っていることもあり結構な町になっているが、電車がこんな調子で走るんだから地形的にはかなり厳しいはずである。それにしてもこの辺りは中央道でしか来たことがなかったが、あれはやはりさすが高速道路で、走っていてもこんな地形であることにはほとんど気づかない。
都留文科大学前を過ぎる。大月を出た特急が最初に停車する駅。乗客が多く、河口湖行きだが結構人が乗ってきた。次は十日市場、ここもJR横浜線に同じ名前の駅があるのでちょっと紛らわしい。この辺りで市街地が終るような感じで、小川の渓谷沿いに走ったりする。水が澄んでいる。
最初は小さかった富士山が、進行方向左手にだんだん大きく見えるようになってきた。近づいてきたぞ。

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三つ峠、寿と過ぎる。どちらも何だか変わった名前。三つ峠とはこの付近にある山のことで、どうやら峠ではないらしい。寿は文字通り、ことぶき。元々の地名ではなく、元は暮地(くれち)といったが漢字で書くと「墓地」という字に似ていて、縁起が悪いということで改称されたとか。縁起は分かるものの、なかなか例のない大胆な改称である。縁起の良い今の名前に改称されてからは、駅の入場券も販売されている。実体は無人駅で改札はなく、簡素な入口があるのみ、国道沿いのセブンイレブンの横っちょから出入りする。駅名も変えたんだし、もう少し目立つ造りになっていても良い気がするが。

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寿駅。名前は良く周辺も賑やかだが駅自体はホーム一面のみの無人駅。

 

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寿駅から見る富士。ここもいつも富士がすぐ近く見える場所。

往年の名車で行く富士急の旅(2)

田畑の中を行く。次は赤坂。東京の千代田線にも赤坂があるが、全く同じ名前だ。しかしこちらはホームが1面だけのこじんまりした駅である。しかし線路脇に「マクドナルド、当駅下車100m」の大きな看板が立っており非常に目立っている。ロードサイド店舗向けに地方の国道などでマクドナルドの案内を見かけることはあるが、駅でこういった案内を見るのはちょっと珍しい気がする。広告事情も何気なく眺めていると色々あって面白い。
並行する中央道の都留インターチェンジのすぐ脇を通過する。高速をゆく自動車とデッドヒート、といいたいところだが、こちらは勾配とカーブのおかげでスピードは出てもせいぜい60km前後、悲しいが勝負にならない。すぐ市街地に入って都留市、島式1面2線の駅で、ホームの大月寄りには花壇が設けてある。河口湖寄りの踏切沿いには5000系狙いと思しきサンデーカメラマンがちらほら(サンデーじゃない人いたらごめんなさい・・・)。

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都留市の街中を走る。地方私鉄らしく家並みの間を窮屈そうに抜けて行くのだが、山登り私鉄であるこの路線はこんな所でも相変わらずズンズン登る。しかもここの登りが今までに比して、特にきつい。速度は30〜40kmくらいしか出ていなかったと思う。登りきると谷村町、都留市役所の最寄り駅。駅舎もレトロである。