新快速50周年

京阪神とその周辺地域を速達で結び、特急料金不要の快速列車としては最速を誇るJR西日本の「新快速」が今日で運行開始から50周年を迎えた。


今年は2020年、運行開始は50年前ということで1970年(昭和45年)の10月1日、キリがいい数字ですね。ちょうど万博のあった年であるが、新快速が運行開始されたのは万博閉幕後というのは、ちょっと意外だった。ちなみに前年の1969年(昭和44年)からは、当時の新快速と同じ線路を走る東海道・山陽緩行線向けに103系が初めて投入されている。
当初の新快速は日中帯1時間に1本、運行区間も京都〜大阪〜西明石間で、ちょうど普通電車とダブるような感じで、すでにある快速と合わせて京阪神のサービス向上のような感じだったのだろう。東海道・山陽線といえば長い複々線が自慢で、現在でこそ新快速は外側線・列車線を最高速度130km/h走行、内側を走る普通や快速をバカスカと追い抜いていく。しかし、運行開始当時外側線は国鉄本社の管轄、新快速含む大阪近郊の列車はすべて、大阪鉄道管理局管轄の内側線・電車線を走行した為、ダイヤ編成もそれほど自由にとはいかなかっただろう。

その後年月を経るごとに列車増発、後年現在のように外側線を走行できるようになって、ダイヤの制約が少なくなり高速走行も可能に。分割民営化してJR西日本が発足してまもない平成元年には、新快速を始めとする大阪圏の快速列車用車両221系が開発されて大量投入され、一躍イメージリーダーとなった。
最高速度も120km/hに引き上げられ、その後も223系、225系と新快速向けの車両が登場して最高速度も130km/hにまで向上、在来線の快速列車としては最速の地位を築き上げている。

運行区間も近年に至るまで拡大されている。西側は姫路、さらには上郡・赤穂線直通播州赤穂まで延長された。東側は東海道線米原方面と湖西線直通に分かれているが、平成に入り大部分が交流電化で交直流電車でないと入線できなかった北陸本線の直流化工事が行われ、直流化された区間に新快速の乗り入れが始まるようになる。平成3年に長浜までが直流となり新快速の終点が同駅まで延長、平成18年には長浜〜敦賀間までも直流に変更、途中近江塩津で再度合流する湖西線もすべて直流化し敦賀まで運行区間を一気に延長した。現在東側は湖西線経由、東海道・北陸本線経由どちらも敦賀までが最長となっている(敦賀発着列車がどちらのルートを通るかは、時間帯によって異なる)。

速度が速く所要時間が短い上、日中でも最短15分間隔という時刻表いらずのダイヤ、特急券がいらず普通の切符だけで乗れるのは、もう完璧といえるほどのサービスレベルである。新快速が停車するということはもう京阪神の仲間入りみたいなもので地元にとっては最強のカードである。普通、近年の鉄道誘致というと新線建設や新幹線などを連想しそうだが、こちらでは新快速停車、延長の方が重視される。既存の電化方式を変更して路線を新快速の車両に対応させることで、延長を実現した事例はほかにないのではなかろうか。

長らく別料金不要の新快速だが、2019年3月ダイヤ改正からは初の有料座席サービスとしてAシートの導入を開始、500円でグリーン車感覚でリクライニングシートの車両を利用できるサービスが開始された。朝夕に上下4本ずつ、12両編成のうち1両(9号車)のみ連結されている。グリーン車と違うのは、車内が立席エリア(車両の出入口ドア付近、デッキに相当)と座席のエリアに分かれており、特に乗るためのグリーン券のようなものはないため、立席エリアには普通に乗ることができる。座席に座った時に係員に降車駅を伝えて料金500円を支払い、その際に整理券を受け取って着席中は座席のホルダーに入れておく仕組みだ。そのため、空席の有無に関係なく「とりあえず乗っておく」ことが可能となっている。

以前主流だった8両編成から全列車12両編成に増強されて座席数も増え、着席チャンスも以前より増えているが、元々乗客数が多く混雑するだけにやはりそう簡単に座席確保という訳には行かない。関西地方の東端から西端へと高速移動できる手段として18きっぷでも当然乗れるため移動効率も高い。長距離移動となれば、やはり座席の確保は重要だ。今の所まだAシートも限定された列車にしかなく試験的な意味合いが強いだろうが、今後も全体のサービス向上の施策は続きそうである。

ということで手持ちの写真からちょっとピックアップしてみますか。新快速はそれなりに乗っているはずなのですが、なんと写真の少ないこと!2015年大阪にいた時にも全然撮ってないのか…。当たり前に見られるものってやっぱり撮らないもんですね…。
117系の旧塗色(新快速用)もあったので、言い訳がてら。(笑)

223系新快速 姫路にて 初めて新快速に乗った時の写真でもある。
この時姫路駅はまだ高架化完成しておらず、何気なく撮ったが貴重な一枚になった。(2003年)
三宮にて(2013年)
摂津富田にて(2011年)

新快速用車両として登場した117系。
新快速撤退後の2015年、湖西線の普通列車に使用されているが、新快速時代を彷彿とさせる姿。(京都にて)

相鉄・JR直通線でAfterglowの江ノ島へ(3)

これより、ゲームイベントの舞台となる江ノ島の話になります。ネタバレになることや公式情報で目に触れることができる情報以外のことは触れないようにしております。そのため写真も、イベント本編に影響しないもののみ載せています。拙いですが、雰囲気をお楽しみ下さい。

小田急江ノ島線で、片瀬江ノ島に到着した。
自分にとって「いつも通り」の江ノ島、のはずがこの日ばかりはいつも通りでない感覚があったかな。ゲームとのコラボでのイベントという視点は、江ノ島もそうだが今までになかった、かな。

ガルパのゲーム内で2018年3月に行われたイベント、『奔走!夕影をめぐる旅』
そのイベントストーリーの舞台である「井の島」のモデルになったのが、ここ江ノ島。名前からしてわかりやすいですな。(そこ普通に突っ込むか?)
ちなみにその当時、自分はガルパをやってないどころか、「ガルパ」の「ガ」の字も知らないし、ガルパの母体となったバンドリ(BanG!Dream! アニメ・漫画)自体もまだ知らない。
そんな自分が、今バンドリの世界にハマって、ガルパをやっている。
アニメ・ゲームの聖地巡礼というのも、かつては、付き合うことはあっても自分から行くなんて…と思っていた方であった。

出会いって、やっぱり尊いなぁってつくづく思う。
それに、最初の頃は「こんなに面白いものがあったのに、なぜもっと早くに気づかなかったんだ!」って思ったのだが、なんかこういうのって、しかるべき時がこないと出会えないようになっているような気がすることがある。

それこそ、自分の中で経験値を得て、レベルアップっていうのかな、そういうのがある程度ないと、自分の人生に影響を与えるようなインパクトのある出会いっていうのも、遭遇できないんじゃないかって思う時がある。

こんなことを書いたのも、ガルパが今年2020年の自分に多大なるプラスの影響をもたらしてくれたからに他ならない。
去年から今年初めにかけて、自分の心身の悪化が、一つのピークに達してしまった。以前にもなりかけたことがあったがその時はなんとか治ったものの、今回はそれ以上にという感じで、どうしたものかという状態になっていた。そんな中で、一度以前に目に触れていたのをふと思い出し、見始めたところ見事にマッチしたのがこのガルパだった訳だ。

あまり書くとまた長くなってしまうので程々にしたいところだが、ガルパを始めて目にしたのは、井の島イベントの後のことになる2018年の夏のこと。バンドリ・ガルパ自体が、開始から1年ちょっとたった頃で勢いに乗り始めたころだろうか。
通勤で乗る電車にもガルパの広告があったので、頻繁に目にすることになった。当時、最初の放送がされていたミニアニメ『ガルパ☆ピコ』の中吊り広告に描かれた各バンドのヴォーカルのキャラ達(といってもガルパピコの場合コメディなので、二頭身)が、自分の印象にまず残った。
ただ、その時はごちうさ(ご注文はうさぎですか?)などを見ていたので、記憶の片隅に置かれて、手を付けることはなかった。ましてその時はゲームもやっていない(というか、時間的・精神的にそこまでやる余裕もない)時期だったので、ゲーム、しかもガルパのような「音ゲー」なんて、完全に無縁の世界だった。なので、その時からガルパを始めていなかったのは、ある意味仕方のないことだったかもしれない。
が、かつてガルパを目にしていなかったら…と思えるくらいの衝撃はあったと思う。ガルパの個性的なキャラクターの領域もそうだし、やると思っていなかった音ゲーにもハマっている自分がいる(音ゲーは現在ガルパと、その後Pianistaをやり始めている。これもまた難しいが楽しい)。趣味・娯楽の領域での話ではあるが、なんか人生ってわからないもんだな。

そんな身の上話はほどほどにして、「儚い」旅を始めるとしようか。って、そこで薫さん呼びますか?

片瀬江ノ島駅もしばらく来ない間に、工事が完成して元の景色に戻ったな。

先に羽沢横浜国大を回ってきたこともあり、既にお昼になっていたので、まずは腹ごしらえとする。
昼食も本当は「いつも通り」入るお店があるが、残念ながら今日は事情があって別の所にさせてもらった。あれれ、Afterglowの旅と言いながら「いつも通り」じゃないぞー?
事情って、あ、えー、ケータイの充電がやばくなって、ポータブル充電器も久々なもので充電を忘れてしまい、お店で充電できるところを探すしかなかったからであります。あちゃ…。
Afterglowの井の島イベントでもそうだが、旅はハプニングがつきものですなぁ。あ、一応今回の旅にあたってイベントストーリーを見てからきてみました。

まあ、モカちゃんは〜、ハンバーガーが食べられたので〜、よかったで〜す!

いやいや、そこはとんこつ醤油ラーメンだろ?

さて、腹ごしらえもすんだことだし、
行くぞ〜、えい、えい、お〜!

ってことで、行くとしますか。(笑)
コラボイベントは、江ノ島界隈の各所に設置されているイベントの「のぼり」に書いてあるワードを集めて、完成させると景品をもらえるというワードラリー形式。
のぼりの設置場所は、公式サイトにだいたいの場所が出ているのでそれを見ながら探す。全部で10箇所・10文字、それを組み合わせてキーワードは3種類完成する。キーワード一つ作るだけでも良いのだが、せっかくなので10箇所全部回ってみよう。のぼりには、ワード(ひらがな)と、Afterglowの5人のメンバーのうち誰かが描かれている。

大雑把には、江ノ電の江ノ島駅から延びている、片瀬すばな通り(いつも歩いているがこんな名前だったのか…恥ずかしながら知りませんでした)と、藤沢市の観光センター、そして江ノ島の島内を歩くことで完成する。江ノ島は起伏・高低差があることもあり、全行程を歩くと結構な歩数で運動になるはずだ。

一番きついのは、江ノ島岩屋に設置されているラスト10番目ののぼり。岩屋の入り口まで、延々と石段を下らないとたどり着けない。岩屋自体が江ノ島の一番奥である上に、行程上島の最高点付近まで一旦登って降りなければいけないため、歩きで行くのは、慣れていても疲れる。
そしてその岩屋ののぼりにいるのが、つぐ(羽沢つぐみ)だ。


こんなところまで行ってしまうとは、つぐは今日もつぐってますなぁ(※注)!

う、うん!つぐってるよ!

なんかこんな用法ありなのかと思えてしまうが、まあちょっと、つぐらないと行けない場所であることは事実か。

あ、江ノ島弁天橋(江ノ島入り口の橋)から出ている遊覧船を使うと、歩かずに岩屋に行けます。大人片道400円。行きか帰り、どちらか使ってみるのも良いでしょう。そういえば、筆者は江ノ島に何度も行っていながら一度も乗ったことがないなぁ。

「羽沢」といえば、図らずも今日羽沢横浜国大駅に行ってきたな。いや、本当に「図らずも」ですか?(笑)
もっとも、Afterglowのバンドメンバーの苗字は渋谷区の地名から取られたもので、羽沢も横浜市の羽沢ではなく、かつて渋谷区の広尾のあたりの旧地名から取られたとされる。渋谷区で羽沢ってどこかと思っていたら、旧地名だったのか。そういえばヴォーカルの美竹蘭も渋谷駅近くの旧地名、美竹町に由来する。美竹通りが、今も名前として残る。

あの「住居表示」というもの、整理とかの意図はいいのだけれど、それによって昔の地名がなくなるのはどうにからならないものだろうか。昔の地名をそのまま生かすのって、そんなに面倒なことなんでしょうかね?シロウトなので、わかりませんが…。
ということで、今となっては多分横浜の羽沢のほうがおそらく知名度は高いだろう。新駅もそうだけど、第三京浜の羽沢インターチェンジが以前から存在するので、クルマで横浜に行くことがあれば、まず一度は見ている地名だと思う。

もっともバンドリでは姉妹という設定で、別のバンド(=別の区)に同姓のメンバーがいる場合がある。宇田川さん(巴・あこ)と氷川さん(紗夜・日菜)が、今のところ該当かね。そこからすると、そのうち横浜市の地名から名前をつけたメンバーでバンドを結成することがあれば、羽沢さんがもう一人現れるかもしれない。いや、そんなこと言い始めたらキリがないけどな。(笑)あと、RAS(RAISE A SUILEN)に関しては、メンバー名に地名が唯一採用されていない。

ってまたどうでも良い話が長くなった…。

10個の文字を全て拾って、キーワードを全て完成させて最後に観光センターに持ち込む。記念品としてステッカーをゲット。観光案内所にもしっかりAfterglowのメンバーと、ゲーム内のメンバーイラスト。
「のぼり」の写真をさすがにここに出すわけにはいかないので、今回この記事でもAfterglowらしさが出せたのが、ここくらいになったかな。

うん、悪くないね!(笑)

Afterglowというにはちと早い気もするけど、夕暮れ時の江ノ島。
平日なのでラッシュになるし、地元の交通機関が混んで密状態になる前に、早めに帰るとしよう。

文中にAfterglowのメンバーのセリフを、さりげなく散りばめてみましたが、下手くそですね。(苦笑)

コロナ対策をしっかりして、お気をつけてお出かけ下さい。

注)つぐる・つぐってる
つぐ(羽沢つぐみ)が頑張っているところを、彼女の性格・傾向みたいなものとかも含めて捉えて表したような造語。彼女の、ちょっと普通じゃない頑張りの様子を見てか、モカちゃん(青葉モカ)が使い始めた言葉だと思われる。要するに「頑張りすぎ」の意味が込められていると言える。

つぐはとても真面目で働き者の頑張り屋さんだが、その働きぶりは客観的に見るとちょっと尋常ではない。そもそも、実家が喫茶店(羽沢珈琲店)であり手伝いをしている上に、通っている高校(羽丘女子学園)の生徒会にも一年生から所属してそちらも活動が多忙、さらに現在二年生になって副会長に就任、会長殿はご存知三年氷川日菜(っていうか、そっかあの娘は高三なのか!)。いつも「るんっ♪」ってきたものを即採用しようとする日菜会長の最大の被害者お相手をする毎日。というか精神年齢的に、つぐの方が高三だと思うが…(笑)

そんなところもあると思えば、元々小さい頃からの幼馴染み同士だったメンバーの中で、たった一人クラスの離れてしまった美竹蘭のために5人でいられる居場所を作ろうという話の中で「バンドをやろう!」と最初に切り出して本当にバンド活動を開始(これがAfterglowである)。その後もガルジャムのライブに出ようと最初に言ったのも彼女だったろうか。とにかくAfterglowの5人で何かをするときは大抵言い出しっぺがつぐだったり、ひまりなど他の誰かがやりたい・言いたいと思ってても口に出しづらいことをうまいこと引き出して、実現させようとする方向に持っていく前向きさを持っているし、バンドの中でも調整役的な立ち位置になることが多いとみえる。

バンドではキーボードを担当、スタジオ練にライブもこなす日々。学校の勉強、実家、生徒会、バンド……芸能人でもないのに、いったいいつ休んでるんだ?実際、作中ではバンド、生徒会と多忙な中で本当に倒れてしまい入院を経験している。

これを書いてて思ったのは、自分も「つぐってる」ことがあるよなぁ…なんて思ってしまうことでしょうか。大雑把にいえば、羽沢つぐみちゃんのキャラクターって、ある意味典型的な日本人像、というか日本のサラリーマン像に通じてるのだと思いますね。つぐちゃん本人もそうですが、これからもつぐりすぎないように、皆でつぐっていきましょう!

蘭:だから、つぐつぐ言い過ぎだって!

※お断り
この脚注自体、お遊びで書いてみただけなので、あまり間に受けないでください…。

相鉄・JR直通線でAfterglowの江ノ島へ(2)

ということで、新駅の羽沢横浜国大駅を見てみよう。

相鉄・JR直通線は本数が少なく、日中は1時間に2本、朝夕のラッシュ時でも1時間に3〜4本しかない。時刻表も、ご覧の通りである。

筆者が乗ってきた時間はまだ1時間に3本あって、20分後には次の特急が来るタイミングだったので、まだ良い方である。
相鉄・東急直通線が開業し、ここから新横浜・東横線方面へ向かう列車も加わると、本数も倍以上になってようやく使いやすい駅になるだろう。

次の列車が20分後ということで、ずっと待っているにはちと長いが駅周辺をぶらぶらしている時間はあまりない。駅を出て適宜周辺の写真を撮っていくとしよう。

上り線側にあたる2番線には、新宿行きの相鉄12000系が停車していた。相鉄の新色である「YOKOHAMA NAVYBLUE」に身を包んでいるが、JRのE233系とほぼ同じである。

階段・エスカレータを上がった地上にコンコース、改札が配置されている。改札口は一か所だけで、すぐに出口となる。

駅前の様子。横浜の環状2号が通っており、すぐ近くに第三京浜の羽沢インターチェンジもあるため車の往来は非常に多い。駅周辺は住宅地となっている。貨物線・貨物駅に隣接する場所ということで、場所柄もあってかまだあまり普通の鉄道駅のような駅前風景という感じではない。お店なども見られない。

バス停もあり、保土ヶ谷駅ゆきの神奈中バスが発着している。だがバスの方も、1時間に1〜2本という寂しいダイヤである。

駅名の由来になった横浜国立大学へは徒歩15分ほど。大学のキャンパスは、元々鉄道駅にそれほど近い場所ではなく、横浜市営地下鉄の三ツ沢上町駅から徒歩15分程、相鉄線(本線)の和田町駅から徒歩20分ほどであったので、この駅ができたとしても特別近くなった訳ではないというのが、ちょっと悲しい所である。地図で見てみるとわかるが、大学の場所がちょうどこれら3駅を結んだトライアングルの真ん中に当たっているためだ。とはいえ、相鉄・JR直通線も既存の貨物線に接続・乗り入れる形で開業させる以上、致し方ない所ではある。
身も蓋もないことを言ってしまえば、横浜駅から平日に限り、大学内に乗り入れるバスが運行されているので、横浜駅方面から楽に通学するならば、やはりバス利用ということになるだろうか…。

とはいえ東京方面から大学への通学に関しては、今まで横浜市営地下鉄、相鉄線、バスにしても横浜駅に一旦出る必要はあり、その点で羽沢横浜国大駅の開業によって横浜駅に出なくても良くなったことは、大きなメリットではないだろうか。現在は本数が少ないが、東横線との乗り入れも始まればさらに利便性は高まる。

駅を出ると環状2号、貨物線を跨ぐ歩道橋が架かっている。上に上がってみると周囲の様子もよくわかるが、やはり貨物駅、と思う。

ちょっと駆け足だが駅周辺を見て、次の特急に乗り込む。次もまたE233系である。
相鉄線として新たに建設されたトンネル区間を行く。武蔵小杉から羽沢横浜国大までは16.6kmもあったが、この先西谷までは2.1kmと近く、トンネルを少し走るともう到着前の放送が入る。西谷以西の相鉄線の駅から横浜方面へ向かう際に、間違って新宿行きの電車に乗った挙句、羽沢横浜国大でも降りないまま行ってしまうと…と思うと、ちょっとコワイかな。とりあえず基本的なことではあるが、電車の行き先と乗り過ごしには気をつけましょう…。

上下線が離れて、相鉄本線を間に挟む形でトンネルから地上に出て、西谷駅へ。新宿から、横浜駅を通らずに相鉄線エリアへと到達した訳だ。


ここで、快速湘南台行きに接続する。湘南台へ向かういずみ野線が分岐するのは二つ先の二俣川駅で、西谷〜二俣川は相鉄本線(複線)になるので、西谷で接続した場合、どちらかの列車が先に発車しなければならない。
で、特急と快速が接続するなら、一般的には今乗ってきた特急が先に発車すると思う所だが、なぜか快速が先に発車するとのアナウンスが入る。特急より格下のはずの快速が、特急を待たせることになる。西谷〜二俣川間は途中鶴ヶ峰駅があり、特急は通過するが快速は停車しなければならない。それもあるのに、快速が先に発車するというのはちょっと謎だ…。素直に考えると西谷で接続せずに二俣川で接続させれば良いのにと思うが、何かの都合なのだろうか。

とりあえず、最初はこのまま特急に乗って大和で小田急に乗り換えるつもりだったが、快速が先に発車すると聞いてそちらに乗り換えた。江ノ島へは大和か湘南台のどちらかで小田急江ノ島線に乗れればよい(運賃は多少変わるが)。それに、快速の車両が相鉄8000系で、マニア的に「るんっ♪」ってきたので乗りたかったっていうのもあります!(笑)

相鉄も平成初期に投入された8000系・9000系までは独自の車両を設計、投入してきた。特有の直角カルダン制御、車内の窓はボタン式の自動窓、一部車両はクロスシートなど、関東の鉄道の中では異色な機能・デザインの車両が特徴的だった。近年登場の10000系からは、多分にもれず他の私鉄車両と同様にJRのE231系・E233系をベースとしたデザインに変わっている。共通化する良さもあるが、個性が失われる寂しさもある。東急との直通を睨んで設計された新型の20000系については、再び独自設計が採用されているので、今後はこちらの勢力拡大に期待したい所である。まだ少数派の車両であるが、今後東急直通に向けて増備が予定されている。

湘南台に出て、小田急江ノ島線に乗り換えて江ノ島を目指す。Afterglowのキーワードではないが、なんか江ノ島にいくのも、自分にとってのいつも通りっていう気がしてきたかね。

相鉄・JR直通線でAfterglowの江ノ島へ(1)

どういうタイトルなんだ?

年が明けてから初詣がてら湘南方面に行ってからというもの、その後コロナ禍という未曾有の事態に。自分も在宅業務メインになり、時々気分的にどこかに行きたくなったりはしたがやはり自粛ということでずっと過ごしてきた訳である。

この先の展望がまだわからず、楽観視をして良い状況では決してないとは思うが、とりあえず仕事の方も、自分もある程度出勤する体制に戻っている。この度は気をつけながら少し出かけてみようかと思った。

コロナの影響もあって、昨年11月に開業した相鉄・JR直通線にもまだ乗ることができていなかった。また、冒頭のタイトルにある「Afterglow」だが、現在話題の『バンドリ ガールズバンドパーティ』(長いので、以下通称されている「ガルパ」と略そう)に登場する五人組女子高生バンド。現在同ゲームとのコラボ企画で、江ノ島を歩いてキーワードを集めて景品をゲットするというイベントが行われている。今回それも兼ねてということで、行ってきた次第である。

ガルパについては、自分も今年3月頃からゲームを始めた。漫画やアニメなども展開されている、いわゆるメディアミックス作品であるが、その中の『ガルパ☆ピコ』をみ始めたのがきっかけか。音ゲーなんてやったことないし、無理ではと思っていたのだが、その時の自分の状態と、ガルパの世界観が見事にハマったのか好きになってしまい、勢いでゲームもやっぱりやってみようと思い立った次第である。最初は「音ゲーなんて無理」って思ってたくせに、まるで嘘のようにもう半年続けている。ガルパ、恐るべし…。(笑)

ユーザー数は、3月の頃確か全世界1300万人だったと思うが、9月には2000万人を突破したという。今、ゲーム内でそれを記念したミッション及びアイテム配布をやっている。コロナ禍で日常の活動は制限されるしどこにも行けないしっていう状況になったが、その分家の中での楽しみとしてのゲーム業界は大好調!『あつ森』も売り切れ御免だったな。ガルパは今年そんな中で3周年を迎えたこともあり、ユーザー数を一気に伸ばしたとみられる。

前置きがちょっと長くなったが、旅を始めるとしよう。
新宿駅に降り立つ。
多くの人がそうかもしれないが、日常的に行くことが多かった新宿駅も、コロナの中で、長らく行かない場所になってしまった。
世界最大の乗客数を誇る新宿駅だが、
在宅勤務もある程度広まったことで、人の姿は少し減って、通路も余裕ができたように見える。

10時33分発の、折り返し相鉄線直通海老名ゆき(相鉄線内、特急)に乗る。
車両は、JR埼京線のE233系7000番台である。
相互乗り入れということで、相鉄からはJR乗り入れ用に設えられた12000系が乗り入れてくる。しかしお互いの乗り入れ先の走行距離の関係上か、JRの車両の方が多く使われている。

2番線から発車、基本的に日中は2番線が相鉄線直通として使われており、
埼京線の大宮方面は主に3番線で折り返しているようだ。
1・4番線は従来通り、埼京線・りんかい線の直通系統や湘南新宿ラインなど、新宿駅を跨いで走る列車が主に使用している。

車内の液晶モニターによる所要時間案内。新宿から羽沢横浜国大までは36分、相鉄本線に合流する西谷までは39分となっている。あくまで目安の時間で、自分の乗った10時33分発の列車は、時刻表だと羽沢横浜国大に11時14分着であった。その先、大和へは11時33 分(新宿からちょうど60分)、終点海老名には11時40分着(同67分)である。新宿から海老名まで、このルートでいくと1時間少々という訳だ。ちなみに、素直(?)に新宿と海老名を結ぶ小田急線では、この列車より遅い10時41分発の快速急行小田原行きに乗っても11時26分には海老名に到着する(所要時間45分)。比較するものではないとは思うが、一応書いてみた。(笑)

武蔵小杉〜羽沢横浜国大の間は16.6km離れており、既存の貨物線を走りスペースもない関係か途中駅が設けられておらず、所要時間約15分のノンストップ区間である。ただしあくまでも途中駅が存在しないだけであり、JR側としては全ての停車駅に停車するので「各駅停車」と案内されている。一方、羽沢横浜国大を出て相鉄線に入ると途中通過駅のある列車が生じ、各駅停車と特急の2種類に分けられている。

最初は渋谷に停車、埼京線(正確には山手貨物線)を走るので同線のホームに停車するが、今年6月に山手線の隣に建設されていた新ホームが完成し、移転を果たした。長らく、山手線から離小島のように南側に大きく離れたホームで、相当歩かされる構造だったが、ようやくそれも解消されて乗り換えが楽になった。
ただし、新南口が旧ホーム側に位置する関係で、旧ホームも完全に撤去はされておらず通路として今も使用されている。新南口がどれくらい使われているか少し気になる所だが、埼京線の渋谷駅は平成8年に営業を開始しておりもう25年近く経過していることから、ある程度定着しておりやすやすと無くすこともできないだろう。

恵比寿、大崎と停車、このあたりは実は以前通勤で乗っていた区間なので、なんだかとても懐かしい。あの頃は、埼京線にE233系がまだ投入されておらず、205系全盛の時代だったが、他の路線にE233系が投入されている最中だったので、そろそろ埼京線にも来るのではと思い始めた頃だっただろうか。埼京線、205系全盛期の最後の時期だった。ちょっと懐かしくなったので、205系の写真でも貼っておこうか。

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大崎からは湘南新宿ラインと同様、大井工場を左にみながら、蛇窪の信号所を通って横須賀線(正確には東海道の貨物線だが)に乗り入れる。

西大井、武蔵小杉と横須賀線の駅に停車、武蔵小杉からは相鉄・JR直通線に入る。羽沢横浜国大まではJRの管轄だが、案内上わかりやすくするためか、武蔵小杉駅の時点で「相鉄線」として案内されている。うむ、確かにその方がよかろう。

線路上はここまでも・ここからも東海道貨物線であるが、ここから先違うのは横須賀線の走行する線路とは別の線路に入っている。横須賀線が停車する新川崎は、ホームがないため停車しない。元々、横須賀線とは別路線と扱われているため、新川崎駅も駅として存在せず、武蔵小杉の次は羽沢横浜国大である。
しかし武蔵小杉から分岐した後の列車の速度は、あんまり早くない。地下に入るためカーテンを閉めたこともありメーターはみえなかったが、60km/hくらいでずっと走っていた気がする。ポイントをいくつも通過したような感じがしたので、速度が上がらないのはそのせいかもしれない。

鶴見付近では横須賀線・京浜東北線・東海道線を乗り越して、JRの線路群で一番東側に出る。隣には京急が走っているが、快特に追い抜かれた。余談であるが向こうの快特の行き先は「逗子・葉山」となっている。そうだ、京急も駅名改称が行われて、もう「新逗子」駅ではない。なんだか、見慣れない。

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ほとんどそのまんまの速度で、鶴見駅をすぎた先で地下トンネルに入る。トンネルに入ってからの方がスピードが上がった。途中、貨物列車とすれ違う。やっぱり、貨物線である。

しばらく暗闇を走行した後、トンネルを一旦出る。羽沢の貨物駅の手前で貨物線から分岐し、新設された相鉄直通の線路に入る。トンネルを出た所では第三京浜道路と交差する。


相鉄直通の線路に進入して、再び地下トンネルに入るとすぐに羽沢横浜国大駅に到着である。JRと相鉄の境界になる駅だが、一般的な途中駅と同様の相対式2面2線しかないため、ターミナルっぽい感じは全くなく、やっぱり途中駅である。だが境界駅なだけに、双方列車の折り返しは可能になっており、一部実際にここで折り返す列車が存在する。

この駅から武蔵小杉側を見てみると線路が分岐する構造になっており、分岐側は今入ってきたJRとの直通の線路で、地上に登っていく。分岐しない本線側にあたる線路は、将来開業する相鉄・東急直通線(案内上は、相鉄新横浜線)の線路で、JRへの線路を分けた後またトンネルに入る形になっている。

羽沢横浜国大駅から武蔵小杉側を見る。
写真右隅、わずかに埼京線のE233系が写っているが、そちらの線路がJRからくる線路で分岐・合流する側になる。現在の所はそちらの線路のみが使われている。
分岐・合流側でない直線の方の線路は、将来相鉄・東急直通線開業の際に使用される。

京王線の風景 2020年1月〜その4(下高井戸〜桜上水間)〜

高架化前の京王線沿線散歩も第四回を迎えました。今回は下高井戸から桜上水へ向かいます。

この辺りは線路の北側に道が続くので、そちらから行くと辿りやすいです。ただ、今回午後に北側から西に向かったため逆光になりやすかったですが。桜上水周辺は車庫が広がり、駅周辺の建物も高くないので遮るものが少なく北側から見るとモロ逆光でした…。そのうち別のタイミングでもまた回ってみようと思います。


下高井戸駅から線路北側の沿線道路を歩きます。古き良き私鉄沿線の風景が続きます。電車の写真も撮りやすいですね。



桜上水駅に近づくと、道は北側に向けて斜めにそれていきます。線路との間の三角形の土地は高架化用地とされたようで、フェンスで仕切られています。
この少し先には京王線の車庫線が広がります。


途中で左に曲がって車庫線沿いの道にきました。手前側が桜上水駅となります。
高架化に際し線路のやりくりは出るのかもわかりませんが、スペースは確保しやすそうですね。



駅東側の大踏切から撮った桜上水駅ですが、逆光…うまくいけば屋根で避けられたかな。



踏切を通過する7000系下り特急。
もう当たり前の光景ではありますが、7000系はもともと各停のグリーン車置き換え用として投入されたので、特急に日常的に使われるようになるとは思いもしませんでしたね。それこそ下高井戸が橋上駅舎になる前、急行系の列車は基本的に6000系でしたからね…。6000系が大量生産されて急行系列車に集中的に使われたためですが、京王線は各停の方が5000系、7000系(その前は2000系などのグリーン車ですね)が見られて、味があったように思います。




上りの9000系が通過。9000系も8000系を抜いて京王最多の形式(総数264両)になってしまったな。数自体は6000系(304両)には及ばなかったものの、最多形式だった6000系の置き換え用ということで、オールマイティに運用され都営新宿線乗り入れもこなすなど以前の6000系の座はしっかり引き継いでいます。

この画像には alt 属性が指定されておらず、ファイル名は IMG_5022-1024x768.jpg です




踏切を渡って線路の南側へ。こっちの方が撮りやすいな。
線路脇の道はこのまま上北沢、八幡山へと続きます。

桜上水駅は、下り線、上り線の順に現在同様の2面4線で高架化されるとともに、車庫線も高架化されるようです。小田急線の経堂駅に近いイメージでしょうか。
急行以下4種類の列車が止まり停車本数は多いのですが、それにしては乗降客が少なめでちょっと寂しい感じがします。桜上水の1日の乗降客数は3万8千人程度、快速・各停しか止まらない下高井戸、八幡山の方が1日4万人以上の乗り降りがあります。急行は昔から停車していますが、車庫があり乗務員交代があるのも関係しているのでしょうか。
八幡山や仙川はかつて各停しか止まらないのに乗客が多い駅で、2001年に快速が停車するようになってからはさらに伸びています。仙川は区間急行まで止まるようになりましたね。夕方ラッシュなどに運行される急行は通過してしまうので、それも止まってくれないでしょうか。(笑)




桜上水に停車中の9000系下り快速




駅の北側には車庫線が広がります。かつては桜上水検車区と工場もあり、もっと規模が大きかったはずですが、若葉台検車区に移転して縮小され、一部住宅展示場などに転用されたと思います。



9000系の快速が発車していきました。

高架化の区間はまだまだ続きます。次回は上北沢へ向かいます。

銀座線渋谷駅新ホーム移転

1月3日から銀座線渋谷駅の新ホーム使用開始となりましたね。
島式ホームになり、幅もだいぶ広くなりかなり余裕のある感じだと思います。今まではホームが上下別々で片方降車ホームでしたが、その運用もなくなりホーム上で普通に折り返しが行われています(線路の片方はかつてのホームを経て、車庫に接続)。この光景もなんだか慣れないですね。



M字のアーチ形構造が特徴的なホーム



ホーム上で折り返す電車



スクランブルスクエア側の改札を出ると、旧降車ホームを利用した通路につながります。伸びている線路はホームから車庫へ続く線路です。年末年始でここまで切り替わった訳ですね。お疲れ様です。

E233系、相鉄線へ

かなり遅ればせながらになってしまいましたが、2019年11月に相鉄・JR直通線が開業し相鉄線海老名から埼京線への直通運転が開始されました。
乗りに行こうかとは思っていたものの諸般事情と、また落ち着いた頃にでもしようと思っていて行かずにいました。というか今回も新規開業区間を乗った訳ではないんですが(あれれ…)。たまたま江ノ島から海老名方面へ移動するのに大和で降りて相鉄線に乗った際に埼京線のE233系を拝むことが出来たという感じです。本当はこの日直通線に乗るという選択肢もありましたが、行程を迷った挙句またの機会にすることに…なにぶん、乗るからには沿線に何か行くところを見つけたいので、もうちょいリサーチしてみようと思います。(笑)



大和駅の相鉄線ホーム(ブレました…)後ろに埼京線の緑のE233系が止まっております。こうしてみると相鉄線じゃないみたいで不思議な感じですね。(笑)



相鉄線の下り各停で海老名に向かいました。途中かしわ台に12000系の回送が止まっていました。直通線で使われる相鉄側の車両ですね。




海老名に到着するとまたE233系に出くわしました。回送列車でしたが、時間的に12時ちょうどに海老名に着いた列車でしょうか。海老名駅は2線しかなく、直通線は本数が少ないためやりくりは大変そうですね。




海老名駅の駅名標と絡めて撮ってみたかったですが、時間切れで回送が発車してしまいました。とりあえず左に広がる小田急の線路群と絡めておくか(汗)緑のE233系の運用範囲も神奈川県内まで広がりましたね。
相鉄・JR直通線の開業により、途中経路は全く違いますが海老名〜新宿は経路が二つになったことになります。小田急の方が最短経路で速く本数も圧倒的ですから、競合関係というには無理があるかもですが(新宿まで小田急快速急行で46分、相鉄・JR直通線特急で62分)。
そういえば埼京線では川越〜新木場(りんかい線直通)の方も、別経路として東武東上線・有楽町線の直通で行くことが出来ますね。始発の川越で有楽町線の車両と顔を合わせたと思ったら、終着の新木場でもまた再会する訳ですね。直通運転は思わぬ顔合わせができて面白いものです。

京王線の風景 2020年1月〜その3(明大前〜下高井戸間)〜

高架化される前の京王線の風景を記録する旅(?)第三弾、明大前から下高井戸に向かいます。
代田橋〜明大前間は線路沿いを直接進む道が少なく回り道をする必要がありましたが、明大前〜下高井戸間は線路沿いに道が続くので楽に進めますね。



明大前を発車する下り都営10-300系。踏切を渡って線路の南側に出ます。


下高井戸に向けて線路脇に道が続きます。昔から京王線に馴染みのある者にとっては、沿線にあった大川ボクシングジムも懐かしいものです。

この辺りでは古くからの架線柱も立っているようです。それも高架化で見納めですね。
明大前から少し小高くなり、また下りになると下高井戸駅です。



下高井戸駅が見えてきました。右に急カーブしておりホームと電車の隙間がかなり開く駅です。筆者も何度かここで乗り降りしてますが、電車の端っこから乗り降りした方が良いですね。急カーブのため下り線には65km/hの速度制限標識が掲げられています。
歩いていたらちょうど通過する下り特急の8000系と、上り各停の7000系がすれ違いになりました。



停車中の7000系電車



そのまま進むと駅の裏を進んだあと、世田谷線の踏切を通ります。




西側(桜上水寄り)にある駅舎に出てきました。




下高井戸駅は今でこそ綺麗な橋上駅舎の駅になりましたが、90年代中頃あたりまではそれもなく、昔ながらの構造で長いこと残っていた駅です。元は8両編成までしか止まれず、ホームを10両編成用に延長する改良も兼ねていたかと思います。
駅舎の前、ちょうど商店街になっているこの通りの踏切(下高井戸1号踏切)、京王線で最後まで踏切警手がいて手動で遮断機の上げ下げが行われていましたね。昔はこの駅で降りることはなかったので踏切までは流石にわかりませんでしたが、昔の風景はなんとなく記憶にあります。橋上駅舎ができる前はホームの上に遮るものがなかったので開放的な感じがしましたが、できた後はホーム八王子寄り、世田谷線乗り場のところはちょっと暗くなったなぁと思います。(仕方ないですが…)
高架化では現在の駅の真上に、現在と同様の2面2線で整備されます。ちょうど橋上駅舎があるところになるのでしょうか。


下高井戸駅前市場、名実ともに下高井戸のシンボルです。これを見ると妙に安心してしまう。(笑)
今は下から見上げる形ですが高架化後はどうなるのかな。

ということで今回は下高井戸までやってきました。次回は桜上水に向かいます。

京王線の風景 2020年1月〜その2(代田橋〜明大前間)〜

高架化される前の京王線の様子を収めよう!ということで、第2回目の今日は代田橋駅から明大前駅に向かってみることとします。前回は線路が高いところを通っていたので踏切が登場せず車両の写真も少なめでしたが、今回からどさっと増えます…(笑)
普通に鉄道写真として、踏切周辺でしばらく撮影していたい気分になりますが、あくまで京王線の地上風景を収めることがテーマなので、基本的にはさっさと先に進んでます。とはいえ京王線は昼間でも過密ダイヤなので沿線を歩いてカメラを向ければ写真があっという間に増えますね(笑)。そして踏切は開かずの踏切とまではいかないかもですが、引っかかる頻度が高いです。こちらは鉄道好きとしての散策ですし気にしませんが、普通にボーっと歩いてるとすぐ踏切が鳴ってしまいます。さみしい反面、高架化の効果も期待される所でしょう。




代田橋駅西側すぐの踏切(代田橋1号踏切)



ちょうど下り列車の都営10-300系と、上りの8000系が通過。駅の西側は井ノ頭通りが少しだけ並行し、井ノ頭通りの左側はおなじみ東京都水道局の和田堀給水所になります。
高架化に際しては、井ノ頭通りが左側の水道局の方にずらされて、スペースが確保されるようです。




一旦踏切を渡って線路の北側に出ます。西に向かう路地に入ると大原稲荷神社があります。
路地裏かつ線路脇という絶妙な位置にあり、境内から京王線の電車を眺めることができます。もちろん、電車を見るのはちゃんとお参りしてから。



稲荷神社から見た京王線。この辺り、現在線路北側はこの神社や建物がびっしり、南側はすぐ井ノ頭通りと水道局で取られているのでスペースが本当にありません。とりあえず水道局側にスペースを捻出して井ノ頭通りをずらして高架を作るようですが、工事の図を見るとこのあたりは仮線が作られ、少し線路が北側に移されるかのように見えました。神社にも影響するのでしょうか。




神社を出て路地を歩きます。本当、いい感じの路地の風景です。ただ、迷路とも言われる世田谷の路地、道に迷いやすい場所も多いです。この辺は京王線と甲州街道があるので分かりやすいのですが、京王線の南側・小田急線方面へ向かうときは、気をつけた方が良いでしょう。今はナビのおかげで心配も少ないのかもしれませんが、自動車泣かせな地域ですね。
京王線沿いでも、線路でいきなり行き止まりになってる箇所がぽつぽつあります。こんなところは住宅街をぶった切る私鉄沿線っていう風景ですね。高架化されると道がつながるのかな。




稲荷神社の裏、ちょうど行き止まりの場所を都営10-300系が通過。





少し先の踏切を渡り、井ノ頭通りに出ることにします。まだ午後3時前後ですが冬の日は短く、西日が映えてますね。前面も一部ステンレスになっている7000系は、ちょっとギラギラしますがかっこよく見える気がします。





踏切を渡って、この辺りのシンボルとも言える和田堀給水所へ。歴史的建造物としても見応えがあるものですが、惜しまれつつも建て替えられることになっています。
井ノ頭通りは現在給水所を回り込むように通っていますが、将来的には給水所の南側にルート変更されて直線道路になるようです。また現在は環七〜甲州街道の間が片側一車線と狭いですが、それも改良により拡幅されるのでしょうか。


給水所を過ぎて再び京王線との踏切。上りの8000系撮るのにちょっと引っ張り過ぎたかな。。。しかし踏切は本当に良く鳴っています。朝ラッシュ時上りは1時間に30本ほど運行される京王線、ラッシュ時間帯はどこも開かずの踏切と化します…。




明大前駅手前の踏切まで来ました。踏切の先(南側)には松原のお富士さんがあります。



せっかく来たので、お富士さんにも行ってみました。富士塚も立派なものですね。こちらの富士塚はかつて存在したものの東京空襲で罹災し、2017年に復興されたものだそうです。
そういえば、この日お昼に行った成子天神にも富士塚がありましたね。富士は日本人の心の拠り所ですね。




明大前駅まで来ました。現在この辺りも谷のような地形になっていて谷底を井の頭線が走る感じですが、代田橋同様京王線が高架化されるとより高いところにホームが設置されます。このあたりでは線路の南側に用地が確保され、一旦は現在のホームの南側に下り線のホームから設置開始されますが、最終的には2面4線の追い越し可能な駅になるようです。この辺りも代田橋付近同様スペースが狭いため、工事に最も苦労しそうな場所に見えますが。
井の頭線は現在の掘割のままになるので、京王線が高架化されるとその分乗り換えがちょっと遠くなるでしょうか。

ということで今回は明大前駅まで、次回は下高井戸へ向かいます。

京王線の風景 2020年1月〜その1(笹塚〜代田橋間)〜

さて、2020年初詣の最後で触れましたが、京王線笹塚〜仙川間が高架化されるということで、見納めになる地上の風景を収めておこうと思い沿線を歩いてみました。
2020年1月現在、工事は開始されてはいるもののまだ始まったばかりという感じで、激変する前の様子を収めるなら今のうちという感じでしょうか。あとは工事が進んで仮線移設などが行われれば都度見に行って見ようかと思います。


笹塚駅で降りて沿線散策スタートです。



笹塚〜代田橋駅の間から工事区間に入ります(この写真の右側、もうちょい新宿寄りからかと思います)。代田橋駅付近、環七を越えるところは谷のようになっていて、今は高架の笹塚駅から少し高度を下げ、盛り土で環七を乗り越えるとそのまま台地の上にある代田橋駅(地上)に到達します。
代田橋から先の高架は台地上に造ることになるので、笹塚駅を出てから上り勾配になります。このあたりの高架、現在は地形に高さを合わせるためか極端に低くなっていますが、完成後は高くされるのでしょう。




環七通りとの交差地点にきました。ちょうど下り電車が通過中で、写真左すぐのところが、現在の代田橋駅ホームになります。
現時点でも高いところを走っているように見えますが、環七との交差の周辺だけ土地が低く谷底のようになっているだけで、代田橋駅の途中から地形が高くなってそのまま地上を走るようになります。
代田橋駅の名前にもなっている「代田」という地名。このあたりの環七周辺の地名であり、小田急や井の頭線の駅にも見られ(世田谷代田、新代田)その名前の由来はあの「ダイダラボッチ」からきているのだとか。
よくわからないようですが、この辺りにも足跡とされる場所があるらしいですね。環七の周辺だけ土地が谷になってるのも実は足跡ではと思いたくなりますが。。。





京王線をくぐった北側、環七と甲州街道が交差する大原交差点から撮影。環七はほとんどの主要道路交差で陸橋になっていますが、ここは陸橋になっておらず信号での交差点になっています(甲州街道の本線が地下道で環七をくぐる構造)。そのためか渋滞が起こりやすいようです。
ガードの右側に代田橋駅のホームが見えます。上の写真では見えませんでしたがここだとよく見えます。駅の手前側は工事用の壁で覆われているのが伺えます。そういえばたまたまですが、今回9000系が多いですね。




環七を渡って反対側の歩道、ホームの裏の路地。突き当たりは玉川上水の遊歩道になります。
玉川上水も新宿からこのあたりまで辿ってくることができます。なお、新宿〜幡ヶ谷付近までは現在京王線(本線)のトンネルになっています。




玉川上水の上にかかる代田橋駅。現在線路が高いのはここまでで、写真右側からは地平になります。高架化されるとさらに高度の高い普通の高架駅になるんでしょうね。
現在は相対式2面2線のホームですが、高架化に当たっては仮線に移設され島式の仮設ホームになり、高架化後も島式ホームとなるようです。




駅西側、明大前寄りに現在の駅舎があります。上写真の位置からは直接いけないので、玉川上水から甲州街道に一旦出て商店街を歩きました。京王線の沿線らしい駅前商店街の風景も高架化で一味違ったものになるでしょうか。
近くで言えば、小田急の方が先に(2000年代前後)高架化されましたね。かなり前のことになってしまったのと、写真も撮ってないので(筆者の年齢的にもちょっと小さかったかな・・・)記憶を辿る感じですが、小田急も地上の複線だった頃は世田谷区内の景色は大体似ていたように思います。京王も高架化されると、今の小田急沿線と似たような景観になるのだろうか。あ、京王の場合北側に首都高が並行しているのはちょっと違うところか。高架化されてそのあたりがどう見えるようになるかも、ちょっと面白いところかな。(笑)
って想像を膨らませてますが、今の景色の方がもう過去になっちゃうんだからしっかり焼き付けておかないと・・・。

ということで、次回はお隣明大前駅に向けて歩きます。
今回はたまたま踏切なしでしたが、次回からは踏切オンパレードになるのでそこも楽しみであります(笑)。